98話 王都決戦⑥(冒険者ギルド①)
レンヤ達が王都へ着く日の朝
「う~ん、気持ちいい朝ね。こうしてベッドに眠るなんて久しぶりだわ。立派な宿に泊めてくれた緑の狩人のみなさんに感謝ね。」
朝日が差し込む部屋の中で、ベッドから降りたエミリアが小さい体を伸ばしていた。
「アンジェリカ様から教えていただいた情報では、今日が例の帝国の使節団がこの王都に来る日ね。ギリギリ間に合って良かったわ。ナルルースさんとはギルドで待ち合わせだったわね。父さんと母さんの3人で行く事にしましょう。ギルドの応援をしなければいけないけど、私達魔族が大勢で動くとマズいからね。」
王都にあるギルド本部の受付ホール
「おはようございます、ナルルースさん。」
エミリアを先頭にし彼女の両親と3人がギルドへ赴き、ナルルースの前までやって来て挨拶をしていた。
王都では魔族はチラホラと見かける事はあるが、冒険者になっているのはごく僅かなので、エミリア達をとても珍しそうに見ていた。
注目を浴びているのは魔族だからだけでなないだろう。
エミリアと彼女の母であるディアナの人外の美しさに、ギルド中の男が見とれているのもある。しかも父親のカイルもとてもイケメンで、エミリア達と同様に女性陣がうっとりとした目でカイルを見ていた。
「どうやら使節団が王城へ入ったようね。私達のメンバーの2人が護衛で一緒だったから、さっき連絡があったわ。」
ナルルースそう言った後、横に少し離れたところにいるパーティーへと歩いていった。
6人の冒険者のパーティーだ。
「今回、あなた達と一緒に行動するパーティー『白の沈黙』の方々よ。並の冒険者だとあなた達の足手まといになるのは間違いないから、私達と同じSランクのパーティーと一緒に行動してもらうわ。」
その中の1人がエミリア達の方へと歩いてくる。
背中に大きな剣を担いだ浅黒い肌の大男だ。
「初めましてだな。俺は『白の沈黙』副リーダーのガッツだ。それにしても3人揃ってとんでもない実力の持ち主だよ。俺達のパーティーに欲しいくらいだな。」
ガッツと自己紹介した男がエミリア達にニカッと笑った。
その笑顔にエミリアも微笑んだ。
「珍しいお方ですね。人族は私達魔族にはあまり良い思いをしていないはずですが?こうして対等に見てくれるなんてとても嬉しいですわ。」
「見た目や種族で差別するなんて2流の人間のやる事だよ。特に、あんたは小さい子供に見えるけど、俺には分かるよ。俺達Sランクでも簡単には勝てない相手だってな。」
人懐っこい笑顔で笑ってエミリア達を見ている。
「それにな、俺達のリーダーがあんた達は信用出来ると言っているんだ。殆ど喋らないリーダーだけど、間違った事は言わない最高のリーダーだぞ。みんなにあんた達を紹介するよ。」
ガッツに連れられエミリア達が白の沈黙のパーティーの前まで歩いていく。
パーティーの中にいる白いローブを着た20歳過ぎくらいの若い男がなぜかモジモジしている。
「すまんな。うちのリーダーはコニュ障なもんで、人見知りが激しいんだよ。実力は俺達の中でもダントツなんだけどなぁ・・・」
「うん、分かるわ。とても強いってね。」
エミリアの言葉にガッツが嬉しそうにしている。
「おっ!お嬢ちゃんも分かるのか?」
エミリアがうんうんと頷いているた。
「そうね・・・、彼は珍しい白魔導士だけど、魔力は私達魔族以上にあるわね。人間を辞めているレベルよ。それに彼の仕草もとんでもないわ。おどおどしているように見えて全く隙がないし、それを見抜けず近寄って攻撃をしようものなら、あっという間にカウンターでやられるのがオチね。」
「な・・・」
ガッツが驚愕の目でエミリアを見ていた。
「これは凄まじいな・・・、ナルルースさんから最高の助っ人と言われたけど、ここまでのレベルなんて思わなかったよ。マックスの事を見ただけで分かるなんて、ただの魔族じゃないだろう?」
しかし、エミリアがゆっくりと首を振った。
「いいえ、私はどこでもいる普通の魔族よ。ちょっと変わっているのは間違いないけどね。」
「そ、そ、そんな君が・・・、普通じゃないよ・・・」
ボソボソと言いながら白いローブの男がエミリアに近づいて来る。
エミリアの両親が前に立ちエミリアを守ろうとした。
「ご、ごめん・・・、君達に危害を・・・、加えるつもりなんて・・・」
立ち止まってペコペコと頭を下げていた。
その白ローブの男の隣にガッツが近寄り、パンと背中を叩く。
「マックスよ!もっと堂々としないとなぁ・・・、ホント、実力はあるのに人と話す事だけは全くダメだな。俺達幼馴染だけしかまともに喋る事が出来ないのも問題だぞ。」
「ご、ごめん・・・」
そしてマックスと呼ばれた男がエミリアをジッと見つめた。
その姿にガッツがニヤニヤと笑っている。
「おいおいマックス・・・、まさかお前・・・、幼女趣味なのか?」
そう言われたマックスが真っ赤な顔になったが、真剣な表情で再びエミリアを見つめていた。
「違うよ、彼女・・・、呪いにかかっているから・・・、本当の姿の彼女が見えたんだ。とても綺麗・・・」
「「「えっ!」」」
エミリア含め彼女の両親も驚きの声を上げた。
「あなた!私の呪いが見えるの?信じられないわ・・・・」
「本当・・・、黒い鎖に体中繋がれているし、それが呪いだと思う。僕なら・・・」
「僕なら何?」
エミリアがマックスへと詰め寄り腕を掴んでいる。
しかし、他人には慣れていなiいし、とても可愛いエミリアに詰め寄られているから、マックスの顔は今にも火が出そうなほどに真っ赤になっていた。
「ご、ごめん!」
その事に気付いたエミリアはさっと腕を離しマックスから距離を取る。
「私の事が分かる人ってとても珍しかったから・・・」
「僕こそ・・・、ごめん・・・」
白の沈黙のパーティーの中から1人の女性出てきて、マックスの隣に並んだ。
「お嬢さん、リーダーが舌足らずだから私が一緒にいるわ。私はアーシャ、あっちのでくの坊の恋人よ。」
そう言ってガッツを見ると、ガッツが真っ赤になって近づいてくる。
「おい!アーシャ!誰がでくの坊だ!」
エミリアがクスクスと笑っている。
「みなさん、本当に仲良しね。」
「まぁ、みんな小さい時からの付き合いだし腐れ縁だよ。」
照れくさそうにガッツが呟いていた。
「はいはい、本題に入るわよ。」
アーシャが手を叩いてその場を仕切り始める。
「お嬢さん、このマックスはね白魔導士なんだけど、特に解呪が得意なのよ。私達の装備も元々がダンジョンで見つけた呪われた装備だったのだけど、マックスが解呪してくれたおかげで伝説級の装備になった訳。そのおかげで私達はSランクパーティーになれたけどね。」
「そんな事はありませんよ。」
ナルルースがにっこり笑って近づいてくる。
「装備に目が行きますけど、彼らの実力は本物よ、何せ、私の旦那様に鍛えられたからね。特にガッツさんは一番可愛がられたんじゃないのかな?」
「いやいや・・・、あれが可愛がられたって・・・、何度も死ぬ思いをしましたよ。」
当時の事を思い出したのか、ガッツが真っ青な顔になっている。
「マックスさんの力に関しては私も保証するわ。称号は白魔導士だけど、実力は上の導師クラスに間違いないからね。」
「それじゃマックス、お嬢さんの呪いを見てみない?解呪出来るようなら呪いは解いた方が良いからね。」
アーシャの提案にマックスが頷いた。
「それじゃ・・・、頑張ってみる・・・」
ジッとエミリアを見つめると掌をエミリアへとかざした。
「多分だけど・・・、いけるかもしれない・・・」
「それじゃ、俺は残りのあいつらと打ち合わせをしてくるぞ。アーシャ、後は頼んだ。」
そう言ってガッツが離れていった。
「マックス・・・、大丈夫?」
アーシャが心配そうにマックスを見ている。
そのマックスは額に汗を流しながらエミリアをジッと見つめていた。
マックスの掌が仄かに白く輝きだした。
「成功確率は2:8・・・、分の悪い賭けだけど・・・、君の真の姿が見えたから・・・、何としても本当の君に戻したい・・・」
ポゥ
「何?これ?」
エミリアの体が白く輝き始めた。
「「こ、これは?」」
エミリアの両親が心配そうにマックスを見ている。
「だ、黙って・・・もう少し・・・これだけの強力な呪いは初めてだけど・・・」
全身が白く輝きエミリアの姿が見えなくなった。
しばらくすると・・・
段々とエミリアの輝きが収まってくる。
そして、そこにいたのは・・・
アンジェリカのように真っ白い透き通る肌に、スラっとした長い手足のエミリアが立っていた。
肩口で切り揃えられていた髪は膝裏までの長さまで伸び、丁寧に手入れされたようにサラサラと金色に輝いている。
小さい時のような可愛らしい感じはなく、母親譲りであろう切れ長の目で男がすれ違うと10人いれば全員が振り返る程の美貌をたたえていた。
頭の黒い角も大きくなり、アイスブルーの瞳は上位の魔族の証でもある真っ赤な瞳に変化し、マックスを見つめていた。
絶世の美女ともいえるエミリアに見つめられていたマックスだが、目を見開いて完全に硬直し微動だにしていない。
タラリ・・・
突然、鼻血がツツ~と流れた。
マックスの視線に気付いたエミリアが自分の体を見ると・・・
自分が一糸まとわぬ姿でマックスの前に立っている事に気付いた。
・・・
・・・
しばしの沈黙の後・・・
「いっ、いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
エミリアが大声で叫び、両手で胸を隠し蹲ってしまった。
「こっらぁあああああああああ!マックス!見るんじゃなぁあああああああああああっいっっっ!」
アーシャがマックスの顎をグーパンチで思いっきり殴りつける。
「ぶへりゃぁああああああああ!」
綺麗な放物線を描いてマックスが飛んでいった。
そしてアーシャが慌てて自分が羽織っていたマントを蹲っているエミリアに着せた。
取り敢えず裸の状態からは逃れることが出来たようだ。
「まぁ、あんな小さい子がこんな姿になったらねぇ・・・、服はみんな弾けて破れてしまうわ。それにしても何てスタイルなのよ、女の私でもうっとりする程なんてね。」
アーシャの視線が自分の胸へと移りボソッと呟いた。
「あれは反則よ・・・、私も大きさには少しは自信があったけど、彼女を見てしまうと自信を無くすわ・・・、しかも顔もスタイルも母親以上に完璧過ぎるし・・・」
「ふえぇえええええええええええええええ!」
泣き出してしまったエミリアだが、母親のディアナが優しく抱きしめていた。
「エミリア、大丈夫・・・、あなたの呪いは解けたのだからね。」
しかしエミリアはまだ泣いている。
「だ、だって・・・、私、男の人に裸を見られたんだよ。恋人でもない人に・・・、恥ずかしくてもうどこにもお嫁にいけないよぉぉぉ・・・」
「大丈夫よ。」
アーシャがエミリアにウインクをしている。
「どうして?」
「こいつに責任を取らせるわ。」
アーシャに殴られてまだ気を失っているマックスを、彼女は無造作にエミリアの前に放り出した。
「いくらラッキー・スケベでも嫁入り前の女の子の裸を見てしまったからね。それにこいつはね、うちのパーティーのメンバーで唯一独り身なのよ。こいつ以外のメンバー全員が婚約していたり既婚者なのよ。私もガッツと近々・・・、あっ!」
急にアーシャの顔が赤くなった。
「へへぇ~」とした顔でディアナがニヤニヤしながら見ていた。
「ま!ま!それは置いといて!こいつはどうかな?物件としては悪くないと思うけど、いえ!かなりの優良物件に間違い無いわ。後は本人達次第だけどね。まぁ、私が見る限りはお互いにまんざらじゃないと思うわ。特にこいつがね。」
そう言ってアーシャがマックスを見ながらウインクをしていた。
「エミリア、あなたは彼をどう思う?」
ディアナが優しくエミリアに話しかけると、エミリアは少し恥ずかしそうに頷いていた。
「う、うん・・・、彼には感謝しているわ。20年以上も苦しんだ呪いを解いてくれたし、実はね・・・」
まだ気を失っているマックスを優しく膝枕をしている。
「初めて見た時にね・・・、何かピン!ときたみたいなのよ。こうしているとね、とても嬉しいの。彼の温かさが伝わって私の心もポカポカするんだ。アンジェリカ様が仰っていたように、私にも王子様が現れたんじゃないかな?」
「それじゃ・・・」
カイルがアーシャの前に立った。
「私達夫婦は娘の気持ちを尊重するよ。彼と君達が娘を受け入れてくれれば喜んで送り出そう。ずっと呪いで我慢をしていたんだ、これからは好きな事をさせたいからな。」
「まぁ、後はあいつ次第だけどねぇ・・・」
しばらくするとマックスが目を覚ましたが、まだエミリアに膝枕をされている状態だ。
いくらアーシャのマントを羽織って裸ではないとはいえ、マントの下は裸だし、それを分かっているマックスはさすがに恥ずかしそうにしている。
しかし、そのマックスの頭を優しくエミリアが撫でていた。
「ご、ごめん・・・、君の・・・」
これ以上の言葉をマックスが出す事が出来なかった。
エミリアの唇がマックスの唇を塞いでいた。
しばらくしてから2人の唇が離れた。
「これは呪いを解いてくれたお礼よ。そして、私の裸を見たお返し・・・」
「責任を取って私の恋人、いえ、旦那様になってね。嫌とは言わさないわ・・・」
とても嬉しそうにエミリアがマックスを見ていた。
「マックス!今こそ男を見せる時だな!」
「そうよ!この機会を逃したらあんたは一生独り者よ!」
「とうとうあいつも童貞を卒業か?」
「これで全員リア充になったな。お前に気を遣う必要が無くなったから助かるよ。」
などなどとメンバーから野次が飛んでくると、2人は真っ赤になって見つめ合っていた。
「僕も・・・」
マックスが起き上がりエミリアの手を取って立ち上がらせた。
「エミリアさん、実は・・・」
「マックス!男だろ!」
ガッツの檄が飛んで来た。
「う、うん!」
エミリアをジッと見つめた。
「エミリアさん!一目見た時から気になっていました。初めてお会いした時に見えたあなたの真の姿を好きになっていたと思います!これは僕からちゃんと言わして下さい!」
エミリアの手を取った。
「僕のお嫁さんになって下さい!頼りない僕だけど、必ず君を幸せにします!」
「約束よ・・・、私も大好き。」
ゆっくりと2人が抱き合い唇を重ねると、周りから大きな拍手が沸き起こった。
「まさか、こんな展開になるなんてね。ふふふ・・・、お互いに一目惚れで一気に激しく燃え上がる恋・・・、若いって良いわね。」
微笑ましい笑顔でナルルースが2人を見つめていた。
ちなみに・・・
エミリアは呪いが解けて本来の大人の姿になってしまったので、今まで着ていた子供の服が着れなくなってしまった。さすがにずっとアーシャのマントだけを羽織っている訳にいかないので、急きょ白の沈黙の女性陣から服を借りようとしたけど、エミリアの爆乳に合う服が無かった。
数日前からこのギルド王都本部で働き始めたマナがこの騒ぎを聞きつけ、内緒でローズマリーのところへこっそりと転移し服を借りてエミリアに着せると、問題無く普通に着れたのでみんなホッと一安心していた。
エミリアのあまりの爆乳に白の沈黙の2人の女性陣はかなりショックを受けたみたいで、何度もエミリアと自分の胸を交互に見ながらため息をしていた。
「ギーネ、首尾はどうだ?」
ギーネと呼ばれた男が目の前にいる男に深々と頭を下げていた。
「ゾルダーク様、準備は数日前に問題無く完了しています。魔王様の近衛隊の七将軍の1人、イレイザー様からいただいた転移石を用いた召還魔法陣は、この王都のあちこちに全て設置しておきました。後はこの起動石に魔力を流すと、あっという間にこの王都は地獄に変わりますよ。」
「ぐひひひ・・・、それは楽しみだ。下等な人間共、誰がこの世界の支配者なのか分からせてやる。この国はこの私、ゾルダーク・アスタロトが支配する!逆らう者は死だ!」
「そうですね。此度の魔王様のお力なら、この世界の覇者になられるのも間違い無いでしょう。我ら魔族の悲願が今度こそは!楽しみです!」
「げひゃひゃひゃひゃぁあああああああああああ!」
「ぐはははははぁああああああああああああああ!」
2人の下品な笑いが響いた。
ズルリ・・・
ジャラ・・・
ギーネと呼ばれた男の足下に黒い鎖が地面から現われてきた。
ギャリィイイイイイイッン!
「な!何だ!これはぁあああああああああああ!」
あっという間にギーネの全身に黒い鎖が巻き付いた。
「そ、そんな!この鎖の呪いは20年前にあのガキにかけた呪いが!何で今になって!」
ギリギリ・・・
「や、止めてくれぇえええ!あの小娘は死んでいなかったのかぁあああ!何で今になって呪いが返ってくる!この俺の呪いを返すほどの術者が現われたというのかぁあああああ!」
メキョッ!
「グヒャ!」
短い悲鳴を上げてギーネが鎖に引き裂かれバラバラになって弾け飛んだ。
辺りには猛烈な血の臭いが漂う。
「ど、そういう事だ?我がアスタロト家最強の呪術師が・・・、訳が分からん・・・」
ゾルダークが床の血だまりを青い顔で見つめていた。
「あの・・・、あの忌々しいダンタリオン家の小娘が生きていただと?あり得ん・・・、死んで断絶になったのはカモフラージュだったのか?」
「だが、どこにいるかも分からんガキに恐れることは無い!最後に笑うのは私だ!魔王に忠誠を誓うふりをしているが、人間上がりの魔王を私は認めない。最後に笑うのは私なのだぁあああ!」
「ぐはははぁああああああああああああ!」




