9話 2人の誓い
話はレンヤ達の方へ戻る
アンがウルウルした瞳で俺を見ている。
「レンヤさん、必ず勝って!この戦いが終わったら、婚約の証として私とキ、キ、キ・・・」
急にゴニョゴニョとなって顔が真っ赤になっているぞ。
プシュ~~~
あっ!頭から煙が上がった。
(一体、あいつは何をしているんだ?まぁ、今はこの怪物を倒さないとな。)
「グ、グガァアアアアア!貴様ハ何者ダァアアアアアアアアアアア!タダノ人間ガコンナ事ガ出来ルハズガ無イ!」
苦し紛れにデスケルベロスがもう片方の前足を振りかぶって、鋭い爪で切り裂こうとしてきた。
ガシッ!
今度は右手で爪を掴む。
両手でデスケルベロスの両前足を掴んだ状態になった。
だが、その巨体で俺を押し潰そうとしている。
「バカメェエエエエエエエエ!イクラ力ガアッテモ所詮ハ人間!コノ体格差ハドウニモ出来ナイハズダァアアアアアアアア!コノママ潰レロォオオオオオオオオオオオオオ!」
「ふん、そんなものか?」
少しずつデスケルベロスを持ち上げる。正直、そんなに重いとは思わない。
(俺って、やっぱり人間辞めたのか?)
「バ、バカナァアアアアアアアア!我ノコノ体ヲ持チ上ゲルダトオォオオオオオオオオオオ!貴様!本当二人間ナノカァアアアアアアアア!」
「それに関しては俺もちょっと自信を無くしてきた。だけどな、確実に言える事がある。貴様はアンを殺そうとした。俺は絶対に貴様を許さない!貴様を滅ぼす為なら、俺は鬼でも悪魔にでもなる!」
バキィイイイイイイイイン!
デスケルベロスの爪を握り潰した。
「バ、バカナァアアアアアアアア!我ノコノ爪ヲォオオオオオオ!岩サエモ容易ク切リ裂ク・・・」
デスケルベロスの下顎にアッパーを喰らわせると、思いっ切り吹っ飛んでいってしまった。
「ブヘェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」
「五月蝿い・・・」
吹っ飛ばされたデスケルベロスはピクピクしていたが、しばらくしてヨロヨロと立ち上がった。
「さっきから気になっていたが、この喋り方・・・、お前、魔王か?もしかして生き返ったのか?」
「違います!」
後ろからアンが叫んだ。
「この魔獣は父の魔剣が具現化した姿。父の魔力で出来た魔剣だから、父の残留思念が残っているの。」
アンがジッと俺を見つめる。
「だから、レンヤさん・・・」
「父を安らかに眠らせてあげて・・・、死んでもずっとこの地に縛られている父を・・・、お願い・・・」
一滴の涙がアンの瞳から零れた。
「アン・・・」
「もうこれ以上、父の醜い姿を見たくない・・・、だからお願いします・・・」
2人の間に沈黙が続いた。
「分かった・・・」
右手を頭上に掲げた。
「来いぃいいいいいいいいいいいい!アーク!ライトォオオオオオオオ!」
俺の右手の掌に光が集まり光が剣の形になった。
輝きが収まると黄金の剣を握っていた。
「久しぶりだな、相棒!」
柄頭に赤い宝石が埋め込まれていて、嬉しそうに輝いている。
「コ、コノ剣ハァアアアアアアアア!」
デスケルベロスが目を見開き真っ赤な瞳が俺の剣を凝視している。
「ナゼダ!ナゼ貴様ガ『聖剣アークライト』ヲ!ソノ剣ハ勇者ニシカ使エナイハズダ!」
ゆっくりと正眼の構えをとる。
「そんな事はどうでもいい・・・、確実なのは、貴様がここで滅ぶ事だけだ。」
聖剣の刀身から金色の光が溢れ始めた。
「光よ!我が剣に集いて、我が牙と変れぇえええええええええ!」
上段に構え、一気に剣を振り下ろした。
「光牙斬!」
振り下した刀身から三日月状の金色の衝撃波が飛び出す。
ドガガガァアアアアアアアアアアアアアア!
衝撃波が床を抉りながら、デスケルベロスへと真っ直ぐ飛んで行った。
スパァアアアアアアアアアアアアン!
デスケルベロスが悲鳴も上げずに体の中心から縦に真っ直ぐに両断された。
「ア、アンジェリカ・・・」
デスケルベロスがそう呟いた。
「父様!」
アンが叫んだ。
「父様!正気に戻ったのですか!?」
「愛する娘よ、どうやら無事に目覚めたようだな・・・、我はお前の幸せを願っている・・・」
デスケルベロスの体が黒い霧に変わり霧散して消えてしまった。
「父様・・・、最後は安らかに眠れたのですね・・・」
「アン・・・」
俺が声を掛けると、アンが潤んだ瞳で俺を見ていた。
どんな慰めの言葉も彼女には意味が無いと思う。今の俺にはこれしか出来ない。
そっと彼女を優しく抱きしめた。
「父様・・・」
彼女は俺の胸の中で静かに泣いていた。
「レンヤさん、ありがとう。もう落ち着いたので大丈夫よ。」
どうやら落ち着いたみたいだな。
俺の胸の中で泣いていたアンが少し恥ずかしそうに俺を見ていた。
(正直、俺も恥ずかしい・・・)
アンが俺から離れたが、まだ少し恥ずかしそうな感じだ。
「レンヤさんに会ってから、私って泣いてばかりですよね。そう思うと恥ずかしいです。」
それは仕方ないと思う。
魔王の娘として何不自由なく姫として過ごしていたのに、魔王に眠らされ目が覚めると周りには誰もいない。たった1人で500年後の未来に取り残されてしまったのだ。
それで不安にならない方がおかしい。
俺は転生したから、今の時代は普通に家族がいる。
だけど、この時代のアンにはもう誰も頼る者がいない・・・
天涯孤独の身だと・・・
アンをジッと見つめる。
さっきはアンにずっと守ると言ったが、500年前に俺はアンの父親を殺した男だ。そんな俺と一緒にいられるのか?しっかりとアンの気持ちを確かめなくてはならないと思う。
「アン、いや、アンジェリカ・・・」
きょとんとした表情でアンが俺を見ている。
「レンヤさん、急に畏まってどうしたの?あっ!今気が付いたけど、髪の毛が黒くなっている!どうして?それに、レンヤさんの雰囲気が違う気が・・・、とても大人っぽくなった感じが・・・」
(そりゃそうだ、俺が死んだ時は25歳だったからな。それにこんな性格だったし・・・)
「アンジェリカ、俺はお前をずっと守ると言った。そして、お前はずっと付いて行くと言ってくれた。だけど、俺は500年前にお前の父親を殺した勇者だ。まぁ、俺も死んだから相打ちだったけど、お節介な奴がいてな、こうして今の時代に転生して蘇った。お前はそんな俺に付いてきてくれるのか?」
アンが黙って俺を見ていたが、悲しげな表情で話し始めた。
「やはりレンヤさんは勇者でしたか・・・、父と同じ力を持つ者は勇者以外にあり得ません。そして、その言葉は私が言うべきでした。私は知っています、父が人族への侵攻の際に最大の脅威としていた勇者を真っ先に滅ぼしに行った事は・・・、そしてただ1人を残して里の者は魔族の精鋭に殺されてしまった事も・・・、その生き残りがレンヤさんだった。だから、私の方がレンヤさんに殺されても仕方ない事です。父はそれだけ酷い事をしてしまいましたから・・・」
両膝を床に着けて祈るような仕草で目を閉じる。
「さぁ、この聖剣で私の首を刎ねて下さい。レンヤさんの一族を滅ぼした憎き魔王の娘の首です。父が犯した罪の清算と勇者一族の仇をどうぞ・・・」
そんなの出来る訳ないだろうが!
何で親のしたことを娘が責任を取らなくてはならない!
魔王の娘というだけで!
アンのつぶやきが聞こえた。
「これで私もみんなのところへ・・・」
そうか・・・
アンが記憶の戻る前の俺にやたらとくっついていたのは、やはり淋しさから来ていたのだな。
だけど、俺が勇者としての記憶と力を取り戻した今は、俺の事は復讐者と思っているのかもしれない。あの時の戦いはそうだったし、魔王の娘であるアンも俺の事は耳に入っていたのだろう。
俺がかつての勇者と分かった今、俺に対して罪悪感しか持っていないアンにはどこにも心の拠り所がない。そして1人ぼっちになるならと死を望んでいる。
俺はアンを殺す事は出来ない。いくら魔王の娘といっても彼女には罪は無い。だが、今のままではアンは遅かれ早かれ自ら死を選ぶのは間違いないだろう。
俺は・・・
目を閉じているアンの肩に手を乗せた。
ピクッとアンが震える。
「アン、もう終わった事だ。俺の復讐は500年前に終わっている。魔王と相打ちになった事でな。」
「えっ!」
アンが驚きの表情で俺を見つめている。
「転生した俺は優しい両親とちょっと生意気な妹がいる家庭で幸せに暮らしていた。今は冒険者として旅に出ているけど、お前の事はちゃんと家族に紹介しないといけないからな。そうだろう?俺達は婚約したのだからな。」
「えっ!えっ!」
「さっきも言っただろう、俺はお前をずっと守るってな。魔王の娘、そんなのは関係ない!俺はアンジェリカを守りたい。俺は確かに勇者だけどお前の勇者でもある。お前がかつての魔王の娘として責める奴もいるだろうが、そんなのは俺が全部ぶっ飛ばしてやる。」
「本当に?本当ですか?」
俺は頷いた。
「あぁ、本当だ。それにお前の親父が言っていたじゃないか、『幸せを願っている』ってな。いくら魔王だったとはいえ1人の親だ、子供の幸せを願わない親はいない。俺がお前を幸せにしてやる。」
「私はレンヤさんに許されるのですか?」
「許すも許さないも、お前は全く関係無いと思っている。さっきも言っただろう、魔王の娘だってのは関係無いってな。それに、魔族と人族が仲良くする世界を作りたいって言ったじゃないか。俺はそんな世界を目指すお前に協力したい。」
「私もレンヤさんと一緒にいたいです・・・」
俺はアンの手を取り立たせジッと見つめた。
「アンジェリカ、いや、アン・・・、俺は今まで運命というものを信じていなかった。だけど、今は違う。俺は500年前に1度死んで、この時代へと転生した。そしてお前は500年前から時を越えて俺に会った。本来会えるはずの無い出会いで・・・、こうして俺とお前が、かつての敵同士が戦いが終わった後に会った。もうかつての戦いは無い・・・、こうして俺とお前は手を取り合っている。これが運命の出会い以外に考えられない。」
アンもジッと俺を見つめている。
「アン、再び誓う。アンは俺が守る!アンが望んだ人族と魔族とが手を取り合う平和な世の中になるまでずっとな!だから、俺を信じて付いてきてくれ!」
ポロポロと涙を流しながらアンがニコッと微笑んだ。
今まで見たアンの笑顔の中でも最高に思える。
「信じるも何も、私はレンヤさんの婚約者ですよ。さっきはネガティブになってしまいましたけど、もう迷いません。私も一生、レンヤさんと共に歩んでいきます。泣き虫な私ですけど、よろしくお願いします。」
「アンの嬉しい涙はとてもキレイだよ。もう2度とアンに悲しい涙は流させない。必ず守るからな。」
コクッとアンが頷いた。再びニコッと微笑んでくれた。もう涙は流していなかった。
「レンヤさん・・・、こうしてレンヤさんを見ていると心臓がドキドキします。これが恋なんでしょうね。」
「あぁ、俺もドキドキしてるよ。アンがあまりにもキレイだからな。」
「ふふふ、レンヤさんにキレイって言われるとすごく嬉しいです。」
再び見つめ合った。繋いでいた手を離しアンが抱きつき、俺もギュッと抱きしめる。
「レンヤさん、大好き・・・、愛してます。」
「俺もだよ。初めて好きになった人が君で良かった。」
アンが目を閉じ唇を俺の方へ向けてきた。
俺とアンの唇が重なろうとした。
「はい、ストップ~~~~~~~~~!」
俺もアンもキスする直前で固まってしまった。