87話 ソフィア復活⑤
「これからの修行は組み手と型稽古になるわ。」
どんな過酷な修行が始まるのでしょうか?
期待と不安で体が震えます。
「まずは私に打ち込んで来なさい。」
そう言って美冬様が構えました。右足を前に出し、左腕を後ろへ引き右腕を私の方へ突き出しています。
「これは!」
この世界に来てから6千年経ったと言われましたが、この構えは絶対に忘れません!
あの衝撃は今でも鮮明に覚えています。
ニヤリと美冬様が笑いました。
「あら、この構えを覚えていたのね。私が教える『白狼神掌拳』はこの構えが基本よ。反撃はしないから、さぁ!打ち込んで来なさい!」
(ならば!)
この鍛えられた身体能力なら!
自分でも驚くほどのスピードで美冬様へと殴りかかりました。いくら美冬様でも大丈夫でしょうか?
ペシ!
「へっ!」
ならば!もう1度!
ペシ!
(どうして?)
確かに美冬様に全力で打ち込んでいるのに、美冬様に触れた瞬間に勢いが全て吸収されるみたいよ・・・
美冬様の頬に軽く拳を添えているみたい・・・
「ふふふ、不思議そうね。」
「はい・・・、どうしてか全く分かりません。」
「みんな誤解しているみたいだけど、真の強者というのは圧倒的な攻撃力だけを誇らないものなのよ。攻撃以上に防御を重視するの。相手の攻撃が分かるから防御も出来るのよ。だからね、相手の防御を把握すれば自分の攻撃はどうなるか?」
美冬様の視線が私を捉えました。
ゾクッ!
背中に大量の汗が流れます。
トン・・・
美冬様の人差し指が私の胸の中心へ、ゆっくりとそっと添えられました。
「ぶほぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
胸にとてつもない衝撃を受けました。一気に数十メートルも吹き飛ばされました。
そのままゴロゴロと地面を転がります。
「げほ!」
何て衝撃!あの時以上に強烈だわ!
(だけど・・・)
「最初の時よりも段違いに耐久力が上がったわね。」
いつの間にか美冬様が私の前に立っています。一瞬で移動するなんて・・・
「それでも相手の防御を無視して確実にトドメを刺す事が出来るのよ。分かった?」
「は、はい・・・」
美冬様にとって今の攻撃は本当に軽く添えるようなものなんでしょう。あれだけの力でもここまでの衝撃とは・・・
(これが神殺しの拳!)
だけど私は諦めません!絶対にマスターします!
あと4千年!レンヤさんが目覚めるまでには!
必ず!
「はっ!」
私の正拳突きが美冬様へまっすぐ飛んでいきます。
スルッ!
「なっ!」
その正拳突きを左手の手の甲で受け流されます。
私の突きの態勢が崩され、その隙に美冬様が私の目の前まで移動してきました。
一瞬の動きで私の目にも追えず、美冬様の顔が私の目の前に迫っています。
ドンッ!
「ぐはっ!」
鳩尾に強烈な衝撃がぁあああ!
一気に肺の中の空気が吐き出されてしまいました。
美冬様の肘が私の鳩尾へと突き刺さっています。文字通り深々と・・・
「ぐっ・・・」
よろよろと倒れ込んでしまいます。
そんな私を美冬様は上から覗き込んでいました。
「だいぶ良くなってきたわね。さすがに千年も組み手をすれば多少は覚えるものなのね。」
千年・・・
さすがに美冬様はずっと付きっきりで指導はしてくれませんが、美冬様がいない時は私一人で美冬様と戦うイメージを行い型稽古を行っています。
(だけど・・・)
全く美冬様のスピードに追い付くことが出来ません。今では10倍の重力でも普通に動けるのに、美冬様の動きはそれでも私の目には全く見えない事が多いです。
「ソフィア」
「何でしょうか?」
「あなたの頑張りは認めるわ。だけどね、頑張りだけではどうしようもならない事もあるのよ。」
「そ、それは・・・」
もしかしてこれ以上の修行を頑張っても無理と言われるの?
嫌です!絶対に強くなりたい!
「ふふふ、何を心配しているのよ。確かにあなたには才能は無いわ。それだけはハッキリと言える。」
こうもハッキリと言われると・・・
「だけどね、あなた、もう少し周りを見る事も覚えなさい。あなたは強くなりたい気持ちが強すぎて周りが全く見えていないわ。」
(どういう事です?)
「私は任務で当分の間、ここに来れないわ。だけどね、この千年の間に私が教えた事は忘れていないわね?」
「はい!」
その事には自信があります。
美冬様から教えていただいた型はずっと反復練習しています。今では考えるよりも先に体が動くくらいに身に付いているはずですが?
「これまでの修行はあくまでもあなたの体に覚え込むだけの作業よ。戦いは作業を覚えただけでは勝てないわ。あなたは素直過ぎるから動きを読むのは本当に簡単よ、悲しいくらいね。いくら身体能力、技を覚えてもこのままじゃ誰にも勝てない。まぁ、並みの相手なら問題ないでしょうが、あなたの目指しているものがこれで満足する訳がないわね?」
そうです、私はあの魔王以上に強くなりたい!
レンヤさんとラピス・・・
その2人と共に戦えるくらいに!
アレックスさんはもういないし、一緒に戦うことは無理だから基準には入れてませんが・・・
そんな事を思っていると、アレックスさんの子孫に怒られそうですね。
「ヒントだけあげるわ。」
「ヒントですか?」
美冬様がゆっくりと頷きました。
「私の言葉通り周りをよく見なさい。そうすれば、次はどうすればいいのか分かるはずよ。」
(周りを・・・)
「確かにあなたには才能は無いわ。だけどね・・・」
とても嬉しそうに美冬様が微笑んでくれました。
「あなたには努力の才能があったのね。しかも誰にも負けないくらいに頑張る努力をね。私も神々や人間などをこの数万年間数えきれないくらいに見てきたわ。あなたの努力は今まで見てきた人の中でもダントツよ。それだけは誇りにしておきなさい。」
「み、美冬様・・・、いえ!師匠!」
不思議です。どうしてなの?涙が止まりません。
「師匠ね・・・、あなたに言われるとなぜかしっくりとくるわ。そう呼ばれても嫌じゃない。」
そして真剣な眼差しで私を見つめていました。
「師匠からの助言よ。さっき周りを見なさいと言ったけど、少し詳しく教えるわ。あなたの足元よ。この千年間の努力の足元をよく見なさい。」
「足元ですか?」
「そう、こればっかりは私が教える訳にはいかない。教えればまた作業になってしまうからね。真にあなたの身に付ける為には必要な事よ。だから頑張ってね。」
そう言って師匠が消えていましました。
元の世界に戻ったのでしょう。
「私の足元・・・」
師匠が何を教えたいのか全く分かりません。
何日も何日もずっと私の足元を見ていました。
そして・・・
「これは・・・」
不思議な事に気が付きました。
師匠とは組手を行っていましたが、私の足跡は草むらには何も残っていないのに対し、師匠の足跡だけがハッキリと残っています。
(どうして?)
それもあちこちに足跡が残っています。
これだけの足跡を残すなんて、どれだけの力で地面を踏みつけているの?
いえ!その足跡を見て気が付きました。
「師匠は全くの狂いもなく同じ場所を踏んでいたの?この千年の組手の間ずっと・・・」
私はあれこれと師匠に当てることばかり考えていましたが、ずっと師匠に動きを誘導されていたなんて・・・
師匠が私の戦いを作業と言った意味が分かりました。
私の動きは全て把握していたのですね。だから何をしても師匠に届かなかった。
しかも動きを誘導されていても全く気が付かなったなんて・・・
今までは私自身の事しか考えていませんでした。
この足跡を使って師匠の動きを再現出来ないものか?師匠から見て私の動きは?
ハッキリと残っている足跡に私の足を乗せました。
そして、ゆっくりと師匠の動きを思い出しながら足跡を追いかけてみます。
「だめ!」
師匠はこんな複雑な動きをしていたの?単に目で追うだけだと普通の動きだったのに、この足運びをしながらだと今の私の実力では出来ない。
それだけ高度な体裁きだったのね・・・
改めて師匠の凄さを実感しました。
だけど・・・
必ず師匠の動きをマスターします!
そうすれば、私に足りないものが何なのかも分かる気がします。
「はっ!はっ!はいぃいいいいいいいいいいい!」
ガシッ!
(決まったわ・・・)
師匠の動きを真似を始めて1000年、やっと師匠と同等の動きが出来るようになったと思います。
この1000年の間は師匠は覗きに来ましたが、一切口も手も出さずにずっと私の動きを見ているだけでした。
何も言わないって事は・・・
これが師匠はあの時伝えたかった事なんですね。
再び型稽古を始めます。
(分かります!)
私の動きがどれだけダメだったのか、
師匠の動きを真似ながら、かつての私との組み手を想像しながら体を動かします。
視線の向き・・・
足先の向きや運び方・・・
右手、左手の動き・・・
etc・・・
どれもバカ正直な動きです。
好きなように打ち込んでと言っているくらいにバレバレの動きでした。ずっと躱され続けたのも納得です。
師匠の仰る通りで、私の動きはただ体を動かす作業でしたね。戦いにもなっていませんでした。
師匠のこの足運びや体捌きは全てが詰まっています。
どれだけ頑張っても常に師匠の動きが一歩先です。師匠の影を追いながら延々と演舞を続けました。
だけど・・・
いつかは師匠に追い付きます!
あれから1500年・・・
単なる人間の私が9000年以上もこうして存在しているなんて・・・
神々の世界は私の想像を超えた世界でした。
そしてひたすら1人でいる孤独・・・
師匠から教えは受けていましたが、この時間の中ではほぼ触れ合っていないくらいに短い時間です。
普通の人間なら孤独に耐えきれず発狂するでしょう・・・
(だけど私は・・・)
レンヤさん・・・
あなたに再びお会い出来る日をずっと心待ちにしています。
その希望だけで私の心はドキドキします。
顔が真っ赤になっていると自覚しますね。思わず両手を頬に当ててしまいましたが、かなり熱くなっていました。
レンヤさんへの想いは一時も忘れた事はありません!
こんな私にしてしまったののよ、ちゃんと責任を取って下さいね。
「はっ!」
最後の足跡に足を乗せ残心を取り息を整えます。私のイメージの中の師匠の動きと全く同時に残心をとれました!
「やったぁああああああああああ!」
とうとうイメージの中の師匠に追い付きました!
ゆっくりと目を開けると涙がポロポロと溢れてきます。
(長かった・・・)
師匠の動きをイメージしやすくする為に目を閉じ演舞を行っていました。
最初の頃はとんでもない場所へ移動したりと苦労していましたが、さすがにこれだけ続けると逆に目を閉じた方が体の感覚を掴みやすい感じがしました。
そうしてずっと目を閉じ師匠の後を追いながら演舞していましたが、とうとう師匠の動きに追い付きました。私の動きと師匠の動きが見事にシンクロしました。
そして、目を閉じて修行を行うようにすると、ある日から不思議と周りの事が分かるようになっています。
真っ暗な世界なのですが不思議です。まるで私が自分の頭上にいるみたいな感じで、周りの事が全て分かってしまうのです。空気の流れ、足下の草1本1本が鮮明に分かるのです。
こんな感覚は始めてでした。
(これは!)
突然、私の真横に現われた気配は!
咄嗟に右足を軸にし左足を斜め後ろに引きました。その場でクルッと90°横に向きます。殆ど一瞬で横に向くと同時に両手を十字にクロスしました。
ガシッ!
とてつもない衝撃が受け止めた両手にかかりましたが、転がる事も無く、受け止めた体勢のまま後ろに飛びます。クルクルと空中で回転し地面へと着地しました。
自分から後ろに飛ぶことで衝撃の殆どを吸収出来ましたので全くダメージはありません。
「見事ね。どうやら心眼に目覚めたようね。それにしても久しぶりに会ったけど、私の言いたい事をちゃんと理解して修行をしているなんて、私自慢の弟子だわ。」
(その声は!)
どうやら私の隙を突いて攻撃したようです。
ほんの僅かの空気の揺らぎも察知出来るようになりました。
殺気に関しては随分前から察知出来るようになりましたが、殺気のない師匠の攻撃には本当に苦労させられました。
だけど、少しずつ分かるようになってきましたので、今のように防御をしてダメージを受ける事も少なくなっています。
「師匠!」
「・・・」
とても長い沈黙が続きます。
「へ!」
思わず私の口から間抜けな声が出てしましました。
目の前にいる師匠のお腹がぁああああああああああああああああ!




