84話 ソフィア復活②
SIDE ソフィア
「そ、そんな!」
嘘よね・・・、レンヤさん・・・
私の目の前にはレンヤさんが横たわっていました。
だけど、その胸には大きな穴が・・・
「ヒール!」「ハイヒール!」「パーフェクトヒール!」
何で!何で傷が塞がらないのよ!
私の治癒魔法は例え死んでしまった者をも生き返らせる事が出来るのよ!
「どうして治らないのよぉおおおおおおおおおおおおおおお!」
いくら魔王の呪いでも私の力なら!
だけど、私の力では魔王の呪いを解除する事は出来ませんでした。
今にも力尽きそうに弱々しくレンヤさんが私達に話してくれます。
「みんな、こんな俺に付いてきてくれて本当にありがとう・・・、俺はみんなと出会えて幸せだった。そして・・・、すま・・・、な・・・、い・・・」
レンヤさんがゆっくりと目を閉じました。
そして2度と開かれる事はありませんでした。
私は・・・
私は・・・
何て無力だったの・・・
幻の称号と呼ばれた『聖女』の私ですが、私に出来る事といえば回復魔法と支援魔法しかありません。
レンヤさんとアレックスさんが前衛で戦って、ラピスが強力な魔法でトドメを刺す。だけど、私は・・・
本当にみんなと一緒に戦っていたの?
みんなは私の回復魔法と支援魔法のおかげでとても助かっていると感謝してくれるけど・・・
レンヤさんは直接戦う力を持たない私を守る為にいつも傷だらけになって・・・
私を庇って死にそうになった事も何度もありました。
私もみんなと一緒に戦う力が欲しかった。
せめて自分を守れるくらいの力でも・・・
そんな私を庇った為にレンヤさんは・・・
魔王を倒した?
人類の悲願?
世界が平和になった?
レンヤさんのいない世界でそんなのは私には関係ありません。
いつの間にか私の心にはレンヤさんしか考えられなくなっていました。
どんなに苦しくても辛い旅でも、レンヤさんは一切弱音を吐きませんでした。それどころか私達を守る為にどれだけ自分自身を犠牲にしてきたか・・・
レンヤさんはとてもぶっきらぼうでした。それは過去に自分の家族と婚約者を魔王に殺され、その心の傷が他人を寄せ付けなくなっていました。自分の親しい人がこれ以上亡くなってしまう恐怖からだったと、アレックスさんが内緒で教えてくれましたけどね。
必要以上に私やラピスと交流をしなかったのは、そういう訳だと分かりましたが、レンヤさんの孤独な心を癒やす事が出来ない私の力不足を感じ、心が痛かったです。
私はいつの間にかレンヤさんに心惹かれていたのですね。
レンヤさんのいない世界なんて、私の居場所も無いわ・・・
レンヤさんの後を追わないと・・・
もう生きる気力を失って、レンヤさんの後を追うつもりで手に握った短剣を自分の胸に突き立てようとしました。だけど、その時に私の隣にいたラピスから今まで感じた事のない程の大量の魔力が放出されていました。
突然の事で我を忘れてラピスを見ていましたが、レンヤさんの体が光に包まれました。
「これは?ラピス、何をしたの?」
「まだ手があるわ。」
ラピスがゆっくり立ち上がり私を見つめていた。
「魂はまだ離れていないわね?」
そう、レンヤさんの魂はまだ肉体に残っているわ。
「えぇ、まだ天に召されていない。もうしばらくすれば女神様の元に旅立つわ。」
何でそんな事を言うの?
そう言えば・・・
大賢者の固有スキルの中で特殊なスキルがあったのを教えてくれた事を思い出した。
「はっ!ラピス、まさか・・・」
ラピスがゆっくり頷いた。
「えぇ、禁呪を使うわ。これを使えば戒めで100年は魔法が使えなくなるけど、レンヤの存在が無くなる事に比べれば些細な事だわ。レンヤの為なら私は全てを捧げられるの。」
全身から膨大な魔力が溢れると、レンヤの全身を覆う魔法陣が浮かび上がった。
「未来で再び出会う奇蹟を信じて・・・」
レンヤさんの体が浮かび上がり徐々に姿が薄くなっていく。しばらくすると完全に姿が無くなってしまった。
これは大賢者だけが使用出来る特殊な呪文『転生魔法』。
まさか、ラピスがそこまでの魔法を使うなんて・・・
ラピスがレンヤさんに対する本気度がこれほどだなんて・・・
負けられない・・・、私がレンヤさんを独占するのよ!
その為には、私も生まれ変わったレンヤさんに会う準備をしなければならないわね。
いつ生まれ変わるか分からないけど、女神フローリア様なら分かるはずよ!
ふらっとラピスがよろけたのでそっと私が彼女を支えたわ。。
ラピスは汗びっしょりだったけど、ニコッと私に微笑んでくれた。
「成功よ。いつの未来になるか分からないけど、レンヤは生まれ変わるわ。それにレンヤの魂に目印を付けたのよ。レンヤが目覚めれば私が察知出来るようね、そして迎えに行くわ。どれだけ離れていても必ず・・・」
(何!ラピス、そんな事を考えていたの?)
「ラピス、それってストーカーじゃない?いきなり告白したかと思えば付きまとう宣言までするなんて、あなたらしくないわね。」
「これが本当の私よ。レンヤに嫌われたくなかったから今まで大人しくしていたのよ。でも、もう我慢するのを止めたわ。こうして死に別れなんて2度と経験したくないの。次は私が彼を全力で守るわ。夫婦になって24時間付きっきりで・・・」
「そう・・・」
(私も覚悟を決めないといけないようね。)
「ラピス・・・、あなたの思い通りにはさせないわ。私も次は必ずレンヤさんを守る。レンヤさんのおかげで私は魔王に殺されなかった。代わりにレンヤさんが亡くなってしまった・・・、私のこの命はもうレンヤさんのものなのよ。だから、私がレンヤさんと添い遂げるわ!」
「ソフィア、何を言っているの?人族のあなたがいつ生まれ変わるか分からないレンヤを待っている事が出来ると思っているの?数年後かも数百年後かも分からないのよ。ハイエルフである私みたいに数千年も生きるのと違って、何を考えているのかしら。」
ラピスがギロッと私を睨むけど、そんなのは構わない!
思わずにやけてしまったわ。
(ここまで私が自分を主張したなんて初めてね。それだけレンヤさんの事が好きなんだと実感するわ。)
ラピスには『転生魔法』とほぼ無限の寿命の裏技があるけど、私にもレンヤさんを追いかける事が出来る手段はあるんだからね!
(聖女の更に上の存在の大聖女になれば・・・)
「それは大丈夫よ。私は聖女だから女神様にお願いをするのよ。レンヤさんが目覚めるまで私は眠りに入るわ。歳も取らずね。その秘術は女神様が認めた真の聖女だけが1度だけ使えるスキルよ。すぐに真の聖女になってレンヤさんが目覚めるのを待っているわ。だから、あなたにレンヤさんを独占させない・・・」
「小娘が生意気ね・・・」
(負けないわよ・・・)
ラピスとはこの旅を始めてから知り合って、今ではお互いに呼び捨てで呼びあう仲になったけど、この事に関しては譲れないわ!
必ず生まれ変わったレンヤさんの1番になります!
絶対に!
「それじゃアレックスさん、今まで色々とありがとうございました。」
私の目の前にはアレックスさんと彼の婚約者のセレスティアさんがいます。
ラピスが魔法を使う事が出来なくなってしまったので、私とアレックスさんがラピスをエルフの里まで送り、大急ぎで王国まで戻ってきました。
魔王がいなくなってモンスターや魔獣の異常発生が無くなったのか、帰りはそんなに戦闘も無く苦労せずに戻る事が出来ました。
王都に戻ってからは凱旋パーティーやパレードもありましたけど、ほとんどの行事はアレックスさんとセレスティアさんが行ってくれましたので、私はすぐに教会へと戻れました。
教会での引き継ぎを終わらせ、とうとう最後のお祈りを行う為にアレックスさんと最後の挨拶を行いました。
「ソフィア、頑張れよ。俺はもうレンヤとは会えないだろうが、俺の最高の親友だったと伝えてくれ。生まれ変わったレンヤがビックリするように国を大きくしておくからな!」
「ソフィアさん・・・」
セレスティアさんが私に微笑んでくれます。
「再び目覚めましたら、アレックスと私の子孫をよろしくお願いしますね。子孫がバカな事をしていたら遠慮無く叩きのめして下さい。お願いしますね。」
そう言われても・・・
そんな事は出来る訳がないでしょうが!
何か微妙な感じでのお別れとなってしまいましたが、アレックスさん達とは今生のお別れです。
そう思うと・・・
止めどなく涙が溢れてきました。
だけど、私は決心したのです!必ず再びレンヤさんに会うと!
「ソフィア様、何卒、もう一度お考え直しを・・・」
祈りの間に続く扉の前で教皇様が私にお願いをしてきます。
何度も言っています。私はもう聖女として教会の力にはなれないと!
「教皇様、何度もお断りしていますが、私は考えを改める気はありません。この部屋に入り祈りを捧げ、私は永遠の眠りに入ります。ですが、それもかなり危険な賭けと言われています。私が聖女の称号を授かった時に更に上位の真なる聖女である『大聖女』の存在を感じていました。それが今なのです。」
「で、ですが!ソフィア様に万が一があれば・・・、いえ!かなり危険だと仰っていたのでは!」
しぶとく教皇様が食い下がっていますが、私の気持ちは変わりません。
「教皇様、あなたには真実を伝えましたよ。本来は死ぬはずだったのは勇者のレンヤさんではなく私でした。助けてもらった命はレンヤさんに捧げるとね。私は失敗するつもりはありませんよ。必ず大聖女になって遠い未来にレンヤさんと一緒になります。この意志は変わりません。」
「あなたがそれでも反対するなら・・・」
「私の生きる意味が無くなります!どういう事か分かりますよね?一度はレンヤさんの後を追うつもりで自害を覚悟した私です。今更死ぬ事なんか怖くありませんから、潔く自害します!」
ジロッと教皇様を睨むとガタガタと震えています。
「そ!それだけは!」
「私が我儘を言っているのはよく分かっています。ですが、私にも譲れないものがある事ですよ。最初で最後の我儘を通させていただきますね。これからの教皇様達への言伝もお願いしますね。」
ギギギ・・・
祈りの間に1人で入ると自然に扉が閉まりました。
私の目の前には巨大なフローリア様の石像が立っています。
その石像の前にしゃがみ両手を組み祈り始めました。
かつての旅の思い出が蘇ります。
ここで初めて聖女の称号をいただいたのですね。そして一緒に神託もお聞きしました。
【勇者と共に魔王を討つ旅へ・・・】
その直後でしたね、レンヤさん達がこの教会に訪れたのは。それから1年・・・、苦難の旅でしたが魔王を討ちました。
だけど・・・
「レンヤさん・・・」
涙が止まりません。
もう泣かないと決めたのに・・・
レンヤさん、私をこれだけ悲しませたのですよ。再び会った時は必ず埋め合わせをしてもらいますからね。
どれだけ祈りを続けたのかしら?
体の感覚が無くなっています。ずっと目を閉じて祈りを捧げていたからでしょうか?
不思議・・・、体がふわふわしている感じね。
『条件を満たしました。称号【聖女】から【大聖女】にクラスチェンジします。』
突然、頭の中に声が響きました。
「何?この声は?」
「おめでとう、ソフィアさん。」
そ、その声は!1度だけ聞いた事があります。神託を授かった時に・・・
目を開けると、私の前にとてもキレイな女性が立っていました。
金色の髪に金色の瞳、私を見てニッコリと微笑んでいます。
こんなキレイな女性は見た事がありません。ラピスも人外の美しさでしたが、目の前にいる方の美しさは・・・
(この方が女神フローリア様!)
一目でフローリア様と分かりました。どんな言葉を用いても形容出来ないほどの美貌です。
「ふふふ、さすが大聖女になられただけあありますね。あなたもラピスさんと同様にこの世のものではないほどに美しくなっていますよ。」
そう言ってフローリア様が横を向きました。
(何で?)
「えっ!」
体がガクガクと震えます。
どうして?この言葉が次々と私の頭の中でグルグルと回っていました。
「何で私があそこに?しかも、祈りを捧げる姿のままに・・・」
あそこにいるのが私だとすぐに分かりました。
両手を胸の前に重ね、目を閉じ祈りを捧げながら立って佇んでいる私です。
ですが、その姿は今までの私と違って成長し大人になった私でした。
(大人の私ってここまでキレイになるんだ・・・)
その姿の私が巨大な透明な水晶のようなものの中に入っています。
「驚きました?」
フローリア様が悪戯っぽく微笑んでいました。
「はい、何で私があそこに?今、ここにいる私は?」
「混乱するのも仕方ないですね。それでは順番にお話をしますね。」
ゆっくりと頷きました。こんな信じられない状況ですが、不思議と心は落ち着いています。
「まずは、あなたは2年も祈り続けていたのですよ。」
「2年も・・・、そんなに・・・」
「そうですよ。あなたはそこまで真剣に祈り続けました。本来なら2週間足らずであなたは脱水症状で死んでいたでしょうね。しかしあなたはそうなりませんでした。」
「もしかして?あなた様が?」
「そうですよ。私が結界を張ってあなたをこの世界から切り離したのですよ。あの結界にいる限りずっと永遠に眠ったままでいますからね。それにしても・・・」
またもやフローリア様はあちらの私を見ています。
「まさか、大聖女にクラスチェンジした途端に体が成長するなんてね。多分、大聖女の力を使いこなす為に成長したのかもしれませんね。大聖女の称号は今回初めて授けますし、どんな効果があるか完全には把握していませんでしたからね。でも安心して下さいね。悪い事になっていないのは私が保証します。」
「ありがとうございます。」
思わずフローリア様にお辞儀をしてしまいました。念願の大聖女の称号をいただいたのです。
これでレンヤさんをずっと待っていられます。
だけど、こうして私が分離しているのは?
「あなたがこうして分かれている事に気が付いたみたいですね。あなたのもう1つの願い、その願いを叶える為に、あなたの精神をこうして切り離しておいたのです。」
「精神?」
「そう、今、私の目の前にいるあなたは精神体なのよ。これから私達の世界『神界』に行く為にね。」
まさか!私が神々の世界へと・・・
ラピスはフローリア様の巫女として神々の世界へと行き来していましたが、私も行けるなんて考えた事もありませんでした。
体がブルブルと震えます。
私のもう1つの願い・・・
フローリア様は分かってくれたのですね。
レンヤさんの背中を守って戦いたい。もう守られるだけは嫌です。




