80話 王都へ②
アンの目の前の女性も涙を流しながら見つめていた。
「我が祖先セバス・ダンタリオンのお言葉です。
『我が主の姫君であられるアンジェリカ様は必ず我らの前に姿を現すであろう。その崇高なお心と共に我らも再びお仕えする日を夢見て・・・』
そう、我が家に言い伝えられておりました。」
「じいや・・・」
「祖先はかつての魔王様にお仕えし、その姫君であられるアンジェリカ様の教育係でもありました。勇者との最終決戦の際には、魔王様より永遠の眠りを受けられたアンジェリカ様を最深部の祭壇へとその御身を移し、残された家臣団と共にいつかは目覚められる時を待って、魔王城より脱出し魔王領にて再起を図っておりました。」
「先程言われたアスタロト家も覚えています。確か、父の側近の1人でしたね?」
「そうです!」
再び女性が頭を下げると、女性の後ろにいた十数人の魔族全員が同じように地面に片膝を着け頭をさげた。
「「「我が主、アンジェリカ様へ再び忠誠を!」」」
一斉にアンへと言葉を放った。
「ははは・・・、まさかこんな事になるなんてねぇ・・・、でも、くそ真面目なじいやならここまでやるわね・・・」
とっても困った顔のアンがいた。
とててて!
3歳くらいの女の子が人々の間から抜け出しアンへと駆け寄って行く。
「こ、こら!エミリア!」
先頭にいた女性を無視して、アンへと抱き着いてしまった。
「お姉ちゃん、キレイな角にお目々だね。私もなりたいなぁ・・・、えへへ・・・」
ニッコリと微笑むとアンも嬉しそうに笑って、その子を抱きかかえた。
「そうね、あなたもいつかはなれるかもね。それにしても可愛い!」
ギュッとアンが抱きしめ頬をスリスリしている。
「も、申し訳ありません!娘が粗相を!」
「良いのよ、私、子供が大好きだからね。」
そう言ってアンが俺を見るのだが・・・
「レンヤさん、早く私達の子供も欲しいね。うふふ・・・」
(おいおい・・・、みんなの前でそんな事言うなよ・・・、恥ずかしいよ。)
「私の方が先に子供を作るわ。出来るまでずっと夜は一緒よ・・・」
げっ!ラピスまでかい!
2人揃ってそんなところで張り合わないでくれよ・・・
(とほほほ・・・)
「お姉ちゃん達って仲良しなんだね。お姉ちゃん達の後ろにいるとってもキレイな人も笑っているよ。」
「「「はい?」」」
何のホラーだ?
俺達3人以外には誰もいないのだが・・・
アンもラピスも慌てて後ろを振り返ったけど誰もいない・・・
ゾゾゾゾゾォオオオオオ!
背筋にツツ~っと汗が流れる。
「えっ!お姉ちゃん達、見えないの?そこにいるよ。お姉ちゃんと同じ色のお目々と髪の毛で、背中に天使みたいな羽が生えているよ。」
「「「フローリア様かい!」」」
急に脱力感が・・・
フローリア様やぁ~~~い、俺達に内緒で何をしているのだ?
・・・
ちょっと待て!
何でこの子はフローリア様を存在を感じ取る事が出来るのだ?
俺達でも感知出来なかったのに・・・
「へぇ~、この子って神の眼を持っているんだ。神眼よりも更に上位で最上級とも言える、まさに言葉通りの『神の眼』を持っているなんてね。フローリア様は時々意識を飛ばして私達を覗き見しているのよ。何か面白いネタがないかと探しているみたいね。ネタにされた時は堪ったものじゃないけど・・・、そんなフローリア様を感じ取れるなんて、将来は私の後を継いで2代目の巫女になれるかもね。魔族とはいっても、この子からはアンと同じでダリウスの気配は感じられないわ。」
ラピスが感心しながらアンが抱いている女の子をマジマジと見ている。
(ほぉ~、ラピスが感心するほどの子なんだ。)
先頭の女性の横にいた壮年の感じに見える男が顔を上げた。
「アンジェリカ様、まさかとは思いますが、一緒におられる方は、勇者と大賢者ですか?名前がレンヤとお話しになりましたし、フローリアの巫女と聞こえたもので・・・」
「レンヤさんは生まれ変わって再びこの時代に転生しましたし、ラピスさんもこうして再び表舞台に現れましたが、何か?」
ザワッ!
その男から大量の殺気が俺達へと降り注ぐ。アンの抱いている女の子がビックリしてアンにギュッと抱き着いた。
この殺気はかなりの殺気だ!
テレサレベルの殺気を出すなんて、この魔族の男はかなりデキる!
俺もラピスも構えた。
「お止めなさい!」
凜とした姿のアンが立っていた。
「私の大切な夫と親友に何をするのです?事の次第によっては私があなた達を・・・」
「も、申し訳ありません!」
男が深く頭を下げると後ろに控えていた全員も一斉に頭を下げた。
「で、ですが!かつての魔王様を滅ぼしたのは勇者達では?父上の仇では?」
しかし、アンが優しく微笑んで首を振った。
「あの戦いは全ては父が起こした間違った戦争でしたのよ。不意打ちで真っ先に勇者の里を襲いレンヤさんの怒りを買ったのは父の自業自得です。そんな我々をレンヤさんは許してくれたのよ。そして私を妻に迎えてくれたのに・・・、何も事情を知らない上に被害者ヅラするとは、魔族の公爵家には相応しくない行為ですよ。いくらじいやの子孫でも・・・」
ブワッとアンの全身から黒いオーラが噴き出した。
「も、申し訳ありません!我々が足元にも及ばないこの圧倒的な魔力!間違いなく魔王様の魔力に間違いありません!出来過ぎた真似をしてしまい誠に・・・・」
全員がアンに対して土下座をしてしまった。
(こうやって見ると、アンって本当に魔王の娘だったと実感するよ。ここまで魔族がピリピリするなんて・・・)
「ホント、パパもママも頭が固いのよ。ごめんなさい、お姉ちゃん・・・」
アンに抱かれている女の子が申し訳なさそうにアンを見つめていた。
「大丈夫よ。」
ニッコリとアンが微笑んだ。
「それにしても、あなたも大変ね。成長阻害の呪いをかけられているなんてね。私には見えるわ、あなたの体に真っ黒な鎖が巻きついているのがね。」
「すごいよお姉ちゃん、私の呪いが見えるなんて・・・、この呪いはね、アスタロト家から受けたのよ。私の家系を断絶する為にね。パパもママも強いからまともに戦いたくないから、私に標的を移したのよ。本当は殺すつもりの呪いをかけたみたいだけど、結局は私を殺す事は出来なかったわ。その呪いが変質して成長阻害の呪いに変ってしまったの。でもね、アスタロト家がやった証拠が無いから私達もこれ以上は手を出せなかったのよ。」
(何だ、この子は!急に大人びた話し方になったぞ。)
「お兄ちゃん、私を抱っこして。」
そう言ってニッコリと微笑んで俺を見ている。
「それじゃレンヤさん、はい!」
アンが女の子を俺に渡してくれたので抱っこしたが、どう見ても3歳児の女の子にしか見えない。
母親は俺の母さんよりも少し年配に見えるし、隣の父親も同じ様な感じだ。この年齢の子供の親にしては確かに老けていると思う。
それにしても・・・
この子もかつてのアンにソックリだよな。
魔族らしく薄い紫色の肌かと思いきや、アンと同じく真っ白と言えるほどの透き通るような肌だよ。瞳はラピスよりも薄いスカイブルーで、髪は魔族にも人族にも多い金髪だ。角は真っ黒だけどまだ子供だから小さいから、帽子でも被ると人間の美少女(美幼女?)にしか見えないな。大きくなれば間違いなくアンやラピスレベルの美少女になるのは間違いないだろう。
「う~ん、勇者のお兄ちゃんは私の運命の人ではなかったみたいね。」
女の子がちょっと残念そうに俺を見ていた。
「仕方ないわね。レンヤさんは私の運命の人なんだから、誰でもホイホイとくっつく訳にはいかないわね。運命の人は意外と直感で分かるものよ。私はレンヤさんを一目見た瞬間に全身に電気が走ったようになったからね。あの時は訳が分からなかったけど、今はそう思うわ。」
優しくアンが女の子の頭を撫でている。
「エミリアちゃん、あなたもそんな相手が必ずいると思うわ。それもそんな遠くないところにいると思うのよ。もう少しの辛抱だと思うから頑張ってね。」
「うん!お姉ちゃん!ありがとう!その時は私の呪いも解けると良いな。」
「大丈夫よ。」
アンがニッコリと微笑んだ。
「物語にもあるでしょう?お姫様の呪いは王子様が解いてくれるものだってね。あなたの王子様なら絶対にあなたの呪いは解けるのは間違い無いと思うわ。私達の後ろで見守ってくれている女神様はハッピーエンドが好きだからね。」
「うん!分かった!」
「それでは・・・」
アンが大人達の方へと向き直った。
まだ全員が土下座をしていた。
「・・・」
「はぁ~~~、そこまで私の事を恐れなくても・・・」
アンが少し泣きそうになっていた。
「みなさん・・・」
アンが恐る恐るみんなに声をかけるとピクンと震えた。
「「「は、はい!」」」
「確かに私は500年前の魔王の娘ですけど、もう父はいませんし私はただの魔族の女ですから、そこまで畏まられてもねぇ・・・」
「そうよ、お父さんもお母さんも頭が固いからねぇ・・・、お姉ちゃん達は良い人だから、私達の力になってもらうと思うよ。」
「エミリア・・・」
女性が顔を上げてアンをジッと見つめている。
「少しは落ち着いたみたいですね。それでは、どうしてあなた達はこの森にいるのですか?魔族がこうして人間の国にいるのは珍しいですし、この国の王都に魔族が集まっているとも聞いていますから、あなた達も関係があるのでしょうか?」
「お話をすれば少し長くなりますが、宜しいのですか?」
隣の男が顔を上げアンへと話し始めた。
「宜しいですよ。」
アンがニッコリと微笑んで頷いた。
「はい、それではお話しします。」
男が恭しく頷いた。
「私の名前はカイルと申します。私の隣にいますセバス様の子孫であるディアナ様の夫になります。事の詳細は私の妻がお話しします。」
隣の女性も再び深々と頭を下げた。
「全てはアスタロト家が魔族領を我が物にしたいと行動を行ったのが始まりです。」
「アスタロト家が?確かに、あの家は父の腰巾着でしたね。父に対しては絶対服従なふりをしていましたが、かなりの野心家だったと思いますね。私は個人的には嫌いだったので必要な事以外は無視をしていましたが、子孫もそんな感じでしたか・・・、血は争えませんね。」
ハッとアンがディアナさんを見つめた。
「では、先程のダンタリオン家の断絶にアスタロト家が関わっていたと言った事も、今の事に関係するのですか?」
「そうです。」
ディアナさんが深々と頭を下げた。
「アスタロト家はアンジェリカ様が眠りの魔剣で封印された事を知っていました。この時代の当主がアンジェリカ様を迎え自分が魔王となって魔族領を統一しようと野心を持ち始めました。革新派と呼ばれる派閥となって手下の貴族家を増やしていきました。」
(待てよ・・・、革新派って?)
思い出した!司祭様が言っていた魔族の派閥だ!司祭様はその派閥から魔王城で派遣された訳だ。だけど、魔王のガーディアン・ソードに返り討ちにあって戻る事も出来ず、ザガンの町でヘレンさんに助けられ夫婦になってしまったのだよな。
「アンジェリカ様の捜索も大して成果も出ず、次に行ったのが我々穏健派の公爵家を潰す事でした。我々ダンタリオン家以外にも最後の公爵家としてマルコシアス家もいましたが、魔王不在の現在は仕える主がいないとの事で穏健派になっていました。ですが、アンジェリカ様が復活し魔王として降臨されれば、マルコシアス家も人族に対しての戦争に参加するとアスタロト家と密約を交わしていました。」
「マルコシアス家ですか・・・、確かあの家系は私も知っている四天王の1人を輩出された家系ですね。私も覚えていますよ。四天王の1人『氷のシヴァ』と呼ばれていましたね。そして、最後は・・・」
そう言ってアンが俺とラピスを見つめた。
ラピスがフッと微笑んだ。
「四天王のシヴァはレンヤが助けたのよね。『女は殺せない』ってクサいセリフを言って・・・」
「確かに・・・、だけど、アイツは四天王の中でもそんなに強くなかったし、何かなぁ・・・、憎み切れない部分もあったよ。俺達に負けた時には眼に涙を溜めてウルウルして俺を見ていたな。最後のセリフが『お前達!覚えておけ!この屈辱を絶対に晴らすからなぁあああああ!例え私が滅んでも子孫の代までこの恨みを持ち続ける!』だよ。そう言ってどこかに走り去っていったのは覚えているよ。」
「そうね、私もあの子はそんなに悪い子と思えなかったけどね。だから見逃したけど、こうして500年後にしわ寄せが来ていたなんて・・・」
ラピスが少し鋭い視線で俺を見ていた。
「マルコシアス家がこうして残っていたのは素直に嬉しいですが・・・」
アンが少し悲しい表情で俺達を見ている。
「私には同年代の友達がシヴァだったから・・・、彼女は四天王の中で唯一生き延びていましたから、当時はとても嬉しかったです。ですが、その直後に父に眠らされましたから現在まで彼女がどうなったのか分かりませんでした。家は残っていたのですね。だけど、私がこうしてレンヤさんと一緒にいると知ったらどうなるか?じいやと一緒に私に尽くしてくれた家系ですが、宿敵と言えるレンヤさんにラピスさんがいるとねぇ・・・」
「お姉ちゃん、大丈夫よ。」
俺の腕の中にいるエミリアがニッコリと微笑んでくれた。
「どういうこと?」
「マルコシアス家が忠誠を誓ったのは先代魔王とお姉ちゃんだから、新たに魔王が生まれてもそう簡単にはアストロ家と手は組まないと思うわ。アスタロト家やマルコシアス家がこの国の王都に向かっているのは、私達同様に新たに魔王が誕生しこの国を滅ぼすと情報が入ったからよ。お姉ちゃんが復活して人族の敵になったのか?私達もその戦いに参加しなければならないのか?その見極めをする為にね。」
(魔王の誕生!やはり魔族には分かるのだな。)
「でもね、お姉ちゃんは新たに生まれたと言われている魔王ではなかったわ。それにね、お兄ちゃんと一緒でとても暖かいの。新しい魔王は関係ない。私達ダンタリオン家はお姉ちゃんを主人としてこの身を捧げると誓うわ。こうして森の中で出会う偶然なんてあり得ないわね。この出会いは運命だと思うわ。」
そして、彼女の母親へと視線を移した。
「アンジェリカ様、我が娘エミリアの言う通りでございます。先祖のセバス様同様に、我々は生涯あなた様に忠誠を尽くす事を誓います。」
そう言って全員が再びアンへ土下座をした。




