8話 ラピス復活!
その頃、エルフの里では・・・
巨大な氷の棺の前で長老が立っていた。
「3年前にラピス様にほんの少しだけ変化があったのに、すぐに元に戻ってから今まで変わり無しか・・・」
「禁呪の使用から100年の魔法が使えない期間を、我ら里の者の育成に力を入れられたのには感謝します。だけど、魔法が使えるようになってからすぐに、こうして自らを封印されるとは思いもしませんでした。」
「いつになればあなた様はお目覚めになるのでしょう・・・、我らに導きを・・・」
ピシッ!
「何の音だ!」
長老が怪訝そうな表情でキョロキョロろ周りを見渡した。
ピシッ!ピシッ!パキッ!パキパキ・・・
氷の柩に無数のヒビが走った。
「おぉおおおおおお!絶対に壊れないと言われていたラピス様の『コーキュートス・コフィン』が割れる!まさか!ラピス様がお目覚めになられるのか!」
とうとう全体が崩壊し、氷の欠片がガラガラと音を立てて崩れた。
氷の欠片はすぐに蒸発し、一面に水蒸気が立ち上り柩のあった場所が全く見えなくなった。
「ラピス様!」
思わず長老が叫んでしまう。
煙が晴れるとそこには・・・
「おぉおおおおお!ラピス様!」
若草色のローブを纏い、少しウエーブがかかって腰まである名前の通りラピスラズリのように深い青色の髪と瞳、そして通り過ぎれば誰もが必ず振り返るであろう美貌を湛えた笑顔でラピスが立っていた。
「長老、久しぶりね。元気にしてた?」
「はい!ラピス様は全くお変わりなく、こうして再びお目にかかれる日が来るとは・・・」
「はいはい、固い挨拶は無しよ。今から私は里を出ていくわ。その為に魔法を使えない100年の間に私がいなくなってもいいように準備していたからね。」
「そ、それはどういう意味で?」
いきなりの出ていく宣言に長老の目が点になっていた。
「ラピス様はこの大陸でただ1人のハイエルフです。最も神に近い存在で、聖女に並び女神様のお声を聞ける神聖な存在です。昔のように女神様の巫女として再び我らエルフ族を導いてもらえるのでは?」
「それは無理。あなたには言っていなかったけど、私はこれから恋に生きるハイエルフの女になるのよ!先に言ってしまえば、頭の固いあなたはうるさいでしょうし・・・」
ラピスは胸に手を当てて上を向き目を閉じる。
「私は恋をしてしまったのよ。もう彼以外には考えられないの・・・」
「マジですか?絶対にあり得ないと思っていたラピス様が恋とは?そんなラピス様が恋をするなんて・・・、そんな可哀想な男は一体誰なんですか?」
長老の目が更に点になる。
「長老・・・、私をバカにしていない?私だって普通に恋には憧れていたのよ。」
「い、いえ・・・、やはりラピス様から恋って言葉が出てくるのは今でも信じられないもので・・・」
「まぁ、確かに私に言い寄ってくる男はどいつも最低だったからね。それか、ただ遠くから気持ち悪い目で見てくるか・・・、この里にいるエルフ族以外の人間はほとんどが好色の目でしか私を見ていなかったわね。だけどね、彼、レンヤだけは違っていたのよ。どちらかというと、私にも興味が無いって感じかもね。あの頃のレンヤは魔王への復讐だけで生きていたし、いつも捨て身の戦いだったわ。でもね、決して私達仲間を見捨てる事はしなかった。自分がどれだけ傷ついても必ず私達を守ってくれたわ。」
「レンヤって・・・、まかさ500年前のあの勇者レンヤですか?」
「そうよ。」
ラピスがうっとりとした表情で話を続ける。
「私は女神フローリア様の神託で勇者パーティーに加わり、魔王討伐の旅に出たのは知っているわよね。最初の頃はレンヤの事は単にパーティーの仲間の1人しか思っていなかったし、魔王の討伐が終わればパーティーは解散するから、私はこの里に戻ってくるつもりだったのよ。」
「だけどね、私は知ってしまったのよ。彼の心を・・・、彼は確かに魔族には容赦無かったわ。勇者の里は魔族に滅ぼされて唯一生き残ったのが彼だけだった。それで魔族を憎むのは分かったけど、本当の彼は違っていたのよ。魔族とは確かに戦争をしていたけど、その戦いの中で身寄りのなくなった魔族の子供や、人族で奴隷として虐待されていた魔族は助けてコッソリと魔族領に返していたわ。『俺は別に魔族の全てを憎んでいない。魔族に生まれたこと自体が罪だと思い込んで弱い者を虐げるゲスな人間になりたくない。勇者だからって人間だけを守る訳ではないし、人間だろうが魔族だろうが弱い者を守り笑顔を戻す。それが勇者の務めだと思っている。』って言ってね、助けた奴隷だった魔族をその身寄りのない子供達の親にして家族にし、飢えないよう十分なお金と食料を渡していたわ。普段は本当に無愛想だし、何にも面白みのない男だけど、本心はすごく優しくて熱い男だった・・・、その事に気付いてからよ、段々と私が彼を意識しちゃってね・・・」
「気が付いたら、私が彼を好きになっていたの・・・」
「そうなんですか。伝説ではそんな話はありませんでしたね。いやぁ~、さすが勇者ですね。人知れず魔族を助けるとは、敵に対してもそんな寛容な心を持っているなんて・・・」
うんうんと長老が頷いている。
「レンヤは魔王との戦いで相打ちになったわ。魔王の呪いで聖女の回復魔法も蘇生魔法も効果がなかった。だから、私は転生魔法に賭けたのよ。転生魔法は女神フローリア様に転生のお伺いを立てる魔法よ。一生に1度しか使えない上に、対価として私の魔力100年分になったけど、女神様は私の願いを聞き入れてくれたの。
『ラピス、あなたも私と同じで好きな人を目の前で亡くしたのね。分かりますわ、その気持ち・・・、彼の転生を認めます。そして、あなたはこれからは好きに生きなさい。
あなたが彼と一緒にいる事がこの世界の平和に繋がるでしょう。再び彼等と一緒にいる事は、将来起こるであろう災厄に立ち向かう事にもなります。
この世界に真の平和を・・・』
ってね。
人間だと100年となると死と引き替えになるから誰もこの魔法は使わなかったけど、私にとって100年はあっという間みたいなものだからね。」
「は、はぁ・・・」
長老が信じられない顔でラピスを見ていた。
「レンヤがいつ転生するかも分からないし、私はずっと1人で待つのも嫌だったの・・・、それにね、レンヤには少しでも若い姿で会いたかったのよ。だからよ、この『コーキュートス・コフィン』で強制的に私の時間を止めたって訳よ。分かるでしょ?私の女心ってものをね。」
「え、えぇ・・・、ま、まぁ・・・」
「そして、とうとうレンヤの魂に打ち込んだマーカーに強い反応があったの!肉体は仮死状態で氷漬けになっているから、精神を切り離してずっとレンヤが目覚めるのを待っていたのよ。この400年は本当に長かったぁぁぁぁぁ~~~~~~、暇で暇で死にそうだったわよ。3年前にかすかに反応があったけどこの反応はちょっとねぇ~と思ったから、様子を見ていたけどね。」
ラピスがグッと拳を握り上に突き出した。
「だけどぉおおおおおおお!とうとうレンヤの強い反応が出たのよぉおおおおおおおおおおお!」
直後に元に戻り、可愛らしく長老にウインクした。
「ついさっきね。」
「は、はぁ・・・」
長老はラピスの口調の変化に付いていけず、ただ相槌を打つしかなかった。
「そんな訳で今から出ていくわね。」
さすがに長老も慌てている。
「いやいや、ラピス様!いきなりそんなのは勘弁して下さい!」
「そういえば引き継ぎはまだだったわね。早く追いかけたくて忘れてたわ。アラグディア!」
「はい、ここに・・・」
長老の後ろに1人の男がスーッと現れた。
エルフの男だが、見た目は初老に差し掛かっている感じだ。鍛え抜かれた体と鋭い眼光は一目で強者と分かる雰囲気を出していた。
「お、お前はアラグディア!400年前に武者修行と言って里から出て行ったが、戻ってきたのか?」
「はい、ラピス様の命によりこの里の守り人となる為に鍛え戻ってまいりました。」
地面に膝を着き恭しくラピスに頭を下げた。
その態度にラピスはニコッと微笑む。
「400年ぶりね。それにしても老けたわねぇ~、あの生意気鼻たれ小僧が立派になったものだわ。」
「400年も経てばいくらエルフの私でも年寄りの仲間入りですよ。ラピス様基準で考えられても困ります。」
「そうね、でも早い到着ね。念話で読んでからすぐに来るとは思わなかったわよ。」
「私には優秀な弟子が沢山出来ましたから、その弟子に送ってもらいました。ラピス様だけしか使えないと言われていた転移魔法も使える者もいますからね。今後の森の守りはお任せ下さい。」
「ありがとう、これで私も心置きなく里から出られるわ。アラグディア、里の事は頼んだわね。」
アラグディアが再び深く頭を下げた。
「全てはラピス様の為。心置きなく恋を成就させて下さい。応援しています。」
「こうやって応援されると頑張らないとね。」
ラピスの足元に魔法陣が浮かび上がる。
「レンヤァァァ~~~~~、今から行くわね!愛しているわぁあああああああああああああああ!」
絶叫を残しながらラピスの姿が消えた。
長老がポツンと淋しそうに立っていた。
「儂だけ除け者・・・」
アラグディアが長老の肩に手を乗せた。
「長老、ラピス様はあんな方なんですから、我々の基準で考えたらダメです。それでもこの里の未来をちゃんと考えて下さったのですから、残された我々で頑張ろうじゃないですか。ラピス様が気持ちよく里帰り出来るようにしましょう。」
「そうだな・・・、ラピス様はサラッと仰ったが、『将来起こるであろう災厄』、それに対して我々も備えをしないとな。」
2人が上を見上げた。
長老が再び呟く。
「またもや勇者様やラピス様達は戦いに巻き込まれてしまうのか・・・」