79話 王都へ①
「今日もやっと落ち着いたわね。それにしても、オープンから10日も経つけど客足がそんなに減らないわねぇ・・・」
「そうですね。でも売れるのも分かります。こんなに美味しくてお得な価格設定ですから、毎日でも買いに来られる方が何人もいますよ。それに、ローズマリーさん目当てで来ているお客さんも多いですね。」
「そうかしら?」
ローズが不思議そうにエミリーを見ていた。
「私はそんなにモテるとは思わないけど・・・、どちらかと言えばアンの方が人気があると思うけどね。」
「いえいえ、そんな事はありません!」
「どうして?」
「確かにアンジェリカさんには親衛隊と呼ばれるファンがいますけど、女性からの人気はローズマリーさんの方が圧倒的なんですよ!昨日から私もこうしてお店にいますけど、女性客からは『ローズマリーさんの美しい秘訣を何としてでも教えて』って、どれだけ言われたやら・・・、私もローズマリーさんの美しさには憧れていますし・・・」
真っ赤な顔でエミリーが俯いてしまった。
「ふふふ、可愛いわね。」
ローズがニコニコしながらエミリーを見ていたが、急に俺の方へと視線を移した。それも流し目で俺もドキッとしてしまう程に妖艶な視線だった。
俺もエミリーと同じく顔が赤くなってしまう。
「秘訣はね、恋よ。恋をすれば女は美しくなるのよ。どこまでもね。」
「わ、私は・・・」
「恋は人それぞれだけど、あなたは今まで本気の恋をしたことがないわ。どちらかというと、お金だけの打算的な男と女の付き合いだったみたいね。恋はね、心に秘めれば秘めるほどに大きく燃え上がるものよ。あなたもそのうちに分かると思うわ。でもね、決して諦めたらダメだからね。今は苦しくても必ず報われる日が来るわ。あなたが本気で頑張っていればね。」
「は、はい・・・」
何だ?エミリーが俺をチラッと見たけど・・・
「頑張ります・・・」
その後はローズとエミリーがお互いにニコニコしながらお店の後片付けをしていた。
エミリーは昨日から我が家で住み込みの従業員としてローズが採用した。
かつて、俺が無能だったと散々バカにして酷い目に遭わされたギルドの受付嬢だったけど、自分が行った事を心から反省して、今はとても頑張って働いている。
(ちょっと無理している感じもあるけどなぁ・・・)
本人が頑張るって言っているから、俺は何も言わないよ。
ギルドで泣きながらいきなり土下座をしてきたけど、俺としてはもう区切りの着いた話だから、後はみんなに任せようと思う。
ラピスもローズもこうして世話を焼いているから見所はあると思っているのだろうな。
(頑張れよ・・・)
「それじゃ、そろそろ王都へ行く準備をしないといけないわね。お店の準備と予想外の売れ行きで予定がかなりズレてしまったけどね。」
リビングでラピスがボードを取り出し、みんなの前で説明を行っている。
「暗部からの報告だけど、あと2週間後にはこの国の第1王子と帝国の皇女との婚約式が行われるわ。だけど、その帝国の動きが変だと報告が入っているのよ。」
「ラピス、それは?」
「式が始まるまで2週間近くはかかるのは、この国中の貴族が集まるにはそれくらいの時間が必要だからね。明後日には帝国の使節団が王都に入る事になっているの。その使節団には皇女も一緒にいるんだけど、肝心の父親の皇帝が別行動で動いているのよね。しかも、帝国の最大戦力の七将軍全員と一緒にね。」
「自国の防衛に将軍は誰1人も回していないのか?しかも全員が王国へ行く必要があるのか?」
「そうなのよ。しかもよ、まるで戦争にでも行くような準備を整えて行軍しているの。わざと皇女達よりも少し遅れるようにしてね。まるで皇女を餌にして王国の守りの穴を開けるような感じなのよ。その隙をついて一気に王国へ攻め入るのでは?とアラグディアが心配しているわ。だけど、こんな事は私から王国には言えないし、王国もここまで把握していないと思うわ。」
「確かに怪しいな・・・、国に直接連絡が出来なくても王女様には伝えて良いんじゃないのか?」
「う~ん、それも考えたのだけど、王女様と私達との関係は今は内緒の状態だからね。下手に動いて王女様の立場を悪くする訳にいかないわ。伝えれば、確実に王女様は国王に進言するでしょうし、下手すれば逆に王女様が変に疑われるだけよ。私達はあくまでもさり気なく動かないといけないと思うのよ。」
「そうですね。」
アンも頷いている。
「それと、王都の冒険者ギルドから情報だけど、ならず者や冒険者を追放になった者達が、ゾロゾロと王都に集まっているみたいなのよ。スラム地区の元締めが、スラム街の治安があまりにも悪くなってきたものだから、冒険者ギルドへ助けを求めているみたいよ。」
「何でそんなタイミングに・・・」
「それと、まだ未確認だけど、大量の魔族の難民が王都に入り込んできたみたいなのよ。何が目的で王都に流れ着いたのか・・・、魔族領にも何か異常が起きたみたいね。」
「やはり、魔王絡みか?」
「多分・・・」
ラピスがゆっくり頷いた。
「それとね・・・」
「帝国の七将軍の陣営へ偵察へ行っていた暗部のエルフ達が全滅したのよ。最後に1人だけが辛うじて生き残って里へ報告に戻ったけど、あまりの大怪我ですぐに亡くなってしまったわ。」
ポロッとラピスが涙を流した。
「懸命に情報を持ち帰ってくれたの・・・、彼等の犠牲は絶対に無駄に出来ないわ。その情報の中で、マナがギルドで言っていた行方不明のグレンとリズが七将軍と一緒にいたって・・・」
「そ、そんな・・・、じゃぁ、あの犯罪奴隷の馬車を襲ったのは帝国?」
「そう考えるのは妥当ね。しかもよ!フローリア様に弱体化された筈なのに、喜々として暗部の精鋭達を次々と殺していたとも!彼らから放たれていた殺気は人間レベルを超えていたって!暗部の彼らは最低でも冒険者ランクではA以上の猛者よ。それを・・・」
あの2人が帝国に付いただと?しかも、女神様の戒めを解いているだと?
しかも、聞く限りでは以前よりも大幅に強くなっているみたいだ。
(分からない・・・)
だけど、あの2人の因縁は終わっていなかったとは・・・
次こそは必ず決着を付ける!犠牲になった者達の無念も込めて・・・
「明後日には使節団が王都に到着するわ。私達の方はちょっとのんびりし過ぎたわね。普通の乗り合い馬車だと1週間近くかかってしまうから、私とレンヤで空を飛んで王都まで行く事にするわね。それなら、明後日の朝一には王都へ到着出来るわね。」
「分かったよ。さすがに俺とラピスは王都の知識は500年前だし、一気に転移で行く訳にいかないからな。一度、王都へ行けば今後は自由に転移出来るし、マナさんやローズも後で迎えに行くから待っていてくれな。」
「「分かったわ。」」
2人が頷いてくれた。
「私は?」
アンが手を上げた。
「アンは私達と一緒に行動よ。王都の魔族の動きが気になるし、そいつ等に対する切り札にはアンが必要になる気がするの。王都まではレンヤに運んでもらってね。」
「はい!」
とても嬉しそうに頷いてくれたよ。アンを抱えて空の移動とはな。問題は全く無いし、アンにとってはご褒美だな。
「まぁ、王女様には王都に到着したら王城へ顔を出してもらいたいと頼まれているけど、教会でソフィアを復活させてから向かう事にするわ。ソフィアを後回しにしてしまうと何を言われるか分からないからね。ある意味、あのテレサよりも怖い存在だと私は思うからね。」
(マジかい・・・)
周りを見てみると・・・
みんなが青い顔でガタガタしていた。
あのヤンデレ具合を部屋で実感したテレサよりも怖いだと・・・
みんなが恐れるのも分かる気がする。
ソフィアよ・・・
お前までもがヤンデレになってしまったのか?
俺の妻は何でこんな連中ばかり集まるのだ?
翌日
キィイイイイイイイイイイイン!
アンを抱きかかえて空を飛びながら王都へと向かっている。隣にはラピスが嬉しそうにしながら一緒に飛んでいた。
「このペースなら夜までには王都の近くまで行けそうだな。それで、近くの森で泊まって明日、朝一番で王都に入る段取りだな。」
「そうよ、王都に入る許可証もギルド経由で発行してあるから問題無く入れるでしょうね。」
「問題は・・・」
「そう、教会ね。いきなりソフィアに会いに来ましたって言っても誰も信用してくれないだろうし、あなたが勇者、私が大賢者だと証明をしなければいけないでしょうね。今の教会はギルドと同じで、相手の称号やスキルを鑑定する魔導具を置いてあるから、かつての教会相手よりは楽なんじゃない?」
「あぁ、そうであって欲しいな。当時はソフィアを旅に同行してもらうもの一苦労だったからな。女神様の神託と言われても、ソフィア本人が言っても信用されなかったし、結局はラピスの力技で司祭連中を脅して無理やり許可をとったしな。」
「ラピスさんってそんな事をしたのですか?そんな過激な事をするとは思いませんでしたよ。」
アンが面白そうにラピスを見ていた。
そのラピスはさすがに面白く無さそうな顔だけど・・・
「もぉ!この話は言わないでよ!あの時はちょっと機嫌が悪かっただけだったし・・・、、頭の固い年寄り共に本当にイライラしたんだからね!」
「むっ!」
ラピスの態度が急に変わった。その理由は俺も分かっている。
「レンヤ・・・」
「あぁ・・・、俺の方にも反応があったよ。」
「何でこんなところに魔族の反応があるのよ・・・」
ラピスが上空から森の中を見ている。
俺の視線の先にも十数人の人が森の中を歩いている姿が見えた。
頭に角があり、肌が人間に比べ少し紫色をしている。典型的な魔族の姿だ。
魔族は基本的に魔族領に住んでいて、滅多な事では自分達の領土からは出てこない。それが、最近は王都に難民が集まっている話だし・・・
俺達は空を飛んでいるので、森の中にいる彼らからは気付かれていない。しかし彼らを眺めていると、女性や子供の姿も見かけた。
昨日、ラピスが言っていた難民なのか?彼らの行く方向は間違い無く王都だ。
(やはり・・・、一体、彼らに何が起きたのだ?)
「レンヤさん・・・」
アンが俺をジッと見つめている。何が言いたいのか分かっているが、我が儘を言えば俺達に迷惑がかかると思っているのだろう。
「アン、心配するな。俺達はアンの味方だしな、言いたい事は分かっているよ。なぁ、ラピス。」
「そうよ、これくらいで王都に遅れる事はないからね。」
ラピスも和やかに頷いてくれた。
「ありがとう、レンヤさん、ラピスさん。」
うるうるした目で俺とラピスを見ていた。
いきなり彼等の目の前に降りる訳にはいかないので、少し離れた場所に降り歩いて彼等の方へ移動した。
彼等が俺達に気付いたみたいだ。
数人から殺気が放たれる。殺気の強さからかなりの猛者もいる感じだがなぜ?
「お前達は人族か!なぜこの森にいるのだ?まさか、我々を追いかけて来たのか!私の命が尽きようとも妻や子供達には指一本触れさせん!」
鋭い視線で俺達を睨んでいるが、彼等の後ろに女性や子供達がビクビクしながら震えている姿が目に入った。
アンも気が付いたみたいだ。そのまま両手を広げて彼らの前に歩き始めた。
「みなさん、私達は敵意はありません。たまたまあなた方達に気付きこうして現れただけです。信じて下さい!」
アンが叫ぶが先頭の男の殺気が更に膨らんでいる。
「信用ならん!どちらかの公爵家が人族を雇い襲ってきたのだろう!騙されん!これだけの実力者を差し向けるとは、アスタロト家の者か?」
腰に下げた剣を抜きアンへと構えた。
「それなら・・・」
アンの体が輝き光が収まった。
「なっ!そ、その姿は魔族・・・」
先頭の男がガクガクと震える。
「しかも、金色の瞳に角だと、そんな魔族は見た事が無い・・・、貴様は何者なのだ!」
「私の名前はアンジェリカ・アルカイド、グリード・アルカイドの娘です。」
凛とした姿でアンが男に向けて名乗った。
「お、お待ち下さい!」
後ろにいた女性が慌てて男の前に出て片膝を地面に着け頭を下げた。
「そのお名前は存じております!我ら祖先から語り継がれていたお名前です!こうしてこの時代にあなた様にお会い出来るとは・・・」
顔を上げてポロポロと涙を流していた。
「私の名はディアナ・ダンタリオンです。アスタロト家の策略によって20年前に断絶してしまった3大公爵家の1つダンタリオン家の正当な跡継ぎになります。」
「ダンタリオン・・・」
アンもその名前を聞いて涙を流していた。
「まさか、じいやの家系なんて・・・、こうして500年後に再び・・」




