76話 閑話 ギルドの受付嬢①
私はエミリーよ!
このティエラの町にある冒険者ギルドのNo.1受付嬢よ!
まぁ・・・、ついこの前までNo.1だったのにぃいいい!
忘れないわ!ギルドマスターがいきなり私のところに来て、「エミリー!お前はたった今をもって見習い受付嬢に降格だ!」って言われたのよ。
信じられない!
何で私がこんな目に遭わなければならないのよ!
この町の唯一のAランク冒険者パーティー『黄金の大鷲』の専属受付嬢であり、そのリーダーの恋人である私が何でこんな仕打ちを受けなければならないのよぉおおおおおおおおおお!
納得出来なかったから、すぐにギルドマスターに直談判したわ。
でもね、ギルドマスターが王都の本部からの辞令を私に叩き付けたのよ。
『受付嬢エミリーを見習いに降格する。尚、納得出来ない場合は解雇とする。』
な、何よ!この辞令は!
私をピンポイントで降格にする辞令なんて・・・、これは私に対する嫌がらせよ!
何も私は悪い事もしていないのに・・・
黄金の大鷲に有利になるように、率先して報酬や実入りの良い仕事は回していたけど、依頼の完遂率は100%でギルドの迷惑どころか発展に貢献しているのよ。
それだけ優秀なパーティーだし、優先的に良い依頼を回すのも当たり前よ。
それに少しくらい依頼の難易度と報酬を誤魔化したって、どうって事ないじゃないの?
その夜、私はリーダーのザックと一緒に食事に出かけて、今はベッドで彼の腕に抱かれている。
「ねぇ、ザック聞いてよ。私ね、何でか分からないけど見習いに降格になったのよ。しかも嫌だったらクビだって脅してくるし・・・」
「どうしてだい?エミリーがこんな目に遭うなんて・・・、でもね、僕はエミリーが見習いになっても大丈夫だよ。この愛は変わらないし、今までのエミリーの受付のおかげで3年前までCランクで燻っていた僕達が今やAランクだよ。君の気遣いには感謝しているからね。今度は僕がエミリーを養ってあげるよ。だから無理しなくても良いから。」
そう言ってザックが私にキスをしてくれた。
その後はもう・・・、えへへ・・・
ザックはそう言ってくれたけど、やっぱり自分の生活費は自分で稼ぎたいと思っていたから、見習いの身分になってしまったけど、頑張って仕事を続けていたの。
何だか最近のザックの態度が、急によそよそしい感じがするようになったのもあるし・・・
他の受付嬢と楽しく話をしている回数も増えている気がする。
心のどこかで今後、私に起こる事を予感していたのかもしれない。
そんな状態で1ヵ月が過ぎた頃
「みんな、臨時だがこのギルドに受付嬢が新しく配属されてきた。噂に聞いているが、基本的に勇者様の専属受付嬢だ。とても優秀な受付嬢と聞いているから、我々が忙しい時は手伝ってくれると言っている。だからといって楽しようとして仕事を押しつけるなよ!」
ギルドマスターが朝礼で新しい受付嬢の話をしていたけど、何!勇者ですって!
(本当に現われたんだ・・・、そして、今はこの町にいるの?)
ザックは何だか他の受付嬢にご熱心みたいだし、もう私との愛は冷めているのかもしれない・・・
Cランクの頃はあれだけ貢いであげていたのに、自分が有名になったら私を抱いてもすぐに帰ってしまうしね・・・、
(もうお別れかもね・・・)
ギルド内が急にザワザワし始めた。
何があったの?
「何てキレイな人・・・」
女の私でもうっとりするくらいの美人な人が現れたわ。しかも私達と同じ受付嬢の制服を着ているなんて・・・
(この人が勇者専属受付嬢?)
その人は私達の前でキレイなお辞儀をして挨拶してくれた。
「初めまして、マナと申します。不慣れですがみなさんに迷惑をおかけしないよう頑張りますので、ご指導の程よろしくお願いします。」
そして、仕事が始まり受付業務が始まったけど・・・
何!この女は!
・・・
勇者専属と言われていたからそれ以外の事はしないと思っていたけど・・・
次々と一般の冒険者達の受付をこなしているわ!しかも、私達よりもテキパキと完璧に・・・
いきなりこのギルドで一番人気の受付嬢になったのでは?
仕事が出来るってレベルじゃないわよ!化け物レベルの優秀さよぉおおお!
そして、ザックも・・・
「ねぇねぇ、マナさん、仕事終わったら食事行かない?この町の良い店を知っているんだよ。だからどう?」
それはそれは、とてもしつこく新しい受付嬢をナンパしている。
(私という女がいるのに、どういうつもりなのよ。)
「すみません、私には夫がいますし・・・、それ以前にギルドの受付嬢が冒険者とみだりにお付き合いする事は・・・」
ニコニコ笑いながらもやんわりと断っている。
そうよ、ちゃんと断ってよね。ザックは私の彼氏なんだし、絶対に認めないわよ!
「良いじゃないか、俺は稼いでいるんだし、あんたの旦那よりも絶対に幸せにしてあげるから。だから、どう?一回でいいから食事くらいに付き合ってもいいだろう?このギルドNo.1パーティーリーダーの俺が誘っているんだぞ、僕の女になるのは名誉なことなんだよ。」
う~、まだ諦めていないの!アイツは!
しかも、アイツ!まだ知り合ったばかりの受付嬢相手に俺の女になれってぇえええ!
それによ!あの女は旦那がいるのに不倫しろってか!
自分はモテるから寝取れると思っているの?
確かに・・・
Aランクになってからは私以外の恋人もいたと聞いていたわ。あちこちの女から貢いでもらっているみたいとも・・
(私って・・・、単なるアイツの都合の良い女だけだったの?)
悔しくて涙が出そうになってきた・・・
ザワッ!
何?急にギルド内がザワザワしている。
みんなの視線が入り口に釘付けになっているわ!
(何があったのよ?)
入り口に黒髪の男と・・・、うん?何か見た記憶があるわね。
えっ!それよりも!何!男の後ろにいる女達はぁあああああああ!
銀髪で今までに見たことが無いほどの美少女に、青い髪で絶世の美女とも言えるエルフの女・・・
こんな女の人って見た事が無い・・・
今日来た新しい受付の女もスゴイ美人だし、今日は一体何の日なのよ!
(わ、私だって可愛さには自信があるのよ・・・、多分・・・)
でも、この3人の前では私の存在は目立たないかも・・・
昨年まではこの町1番の美人と言われていたパン屋の看板娘のテレサが王都へ行ってしまったから、安心していたのに・・・
何?黒髪の男は!そのまま真っ直ぐあの新しい受付嬢のところまで行くの?後ろには美人、美少女を引き連れて・・・
こんな男ってどんな男なのよぉおおおおお!
ん?何?和やかに受付嬢に手を振っている。
そして・・・、その女もニコニコ笑って手を振り返しているなんて・・・
女の前でまだ頑張ってナンパしているザックを無視しているわ。
(まさか?あの女の本当の仕事は勇者の専属受付嬢だったわね?)
あの黒髪の男は!もしかして・・・?
「よぉ、マナさんどうだ?」
黒髪の言葉に女が微笑んでいるわ!
「大丈夫よ、要領は同じだから仕事で苦労する事はないわね。だけどねぇ・・・、『レンヤ』君、ちょっと困った事があってね・・・」
何ぃいいいいいいいいいいいいいい!
今、聞こえた言葉はぁああああああああ!
聞き違いじゃなかったら、レンヤって言ったわね?
その名前は覚えているわ。確か・・・、3年前に冒険者の登録で私のところに来た男の名前よ!
その時のあの名前の男は無能の称号持ちだったわね?
無能が冒険者をするなんて生意気だったから、わざとザック達に聞こえるようにして洗礼を受けさせてあげたわ。ホント、無能が何も出来ないまま虐められるのを見ているのは楽しかった。
ふふふ、それからも私は色々と嫌がらせをしてあげたわね。
もうこのギルドでは仕事を出来ないようにしてあげたから、逃げるようにこの町を出て行ったのね。
確かに名前は覚えているし、髪も黒髪になっていて大人びた感じになっているけど、当時の面影は確かに残っているわ。
何でコイツが戻って来ているの?しかも、この受付嬢とはとても仲が良さそうだし、後ろの美人達は何?
(あの無能が何?どうなってるの?)
「おいおい、兄ちゃんよぉ~」
あっ!ザックが無能に絡んでいるわ。ナンパの邪魔をされたと思っているのね。
(ざまぁよ!)
「俺がこの姉さんに話をしているんだよ。それを邪魔するんじゃないぞ!この町1番の俺に逆らっても・・・」
何?いきなりザックが固まってしまったわ。視線が無能の後ろに釘付けになっている!
あの2人に惚れたの?
「おい!お前!何だこの後ろの美人達はよぉ!俺に断りも無く美人を侍らすんじゃないぞ!」
急に機嫌が悪くなったと思ったら、いきなりニヤリと笑った!
「げへへ、お前には勿体ない女だよ。俺が可愛がってやるからその2人を置いて、このギルドから出て行けよ。No.1の俺に逆らうなっんてバカな事を考える訳無いよな?」
ザックゥゥゥ・・・
あんた、天狗になっているの?この町No.1は間違いないと思うけど、ここまで横暴な態度は初めて見たわ。まぁ、あの無能が女と一緒にいるのも生意気だけどね。
無能の後ろにいる女達の目付きが急に鋭くなった。
(えっ!か、体がガクガク震える。怖い、とっても怖いよ・・・、あまりの怖さで気を失いそう・・・)
ザックは?
ダメだわ!私以上にガクガク震えて今にも泣き出しそうよ!何が起きたのよ!
「レンヤさん、この人、クビを物理的に刎ねた方が良いかもね。こんなクズは生かす価値はないわ。」
銀髪の方が鋭い目付きで物騒な事を言っている!
首を刎ねるなんて何!そんな簡単に人を殺せる女なの?あんな可愛い見た目なのに・・・
「レンヤ、私もそう思うわ。これでNo.1だなんて・・・、ギルドには不必要なパーティーね。3年前にアンタを馬鹿にして出て行くしかない程に虐めた受付嬢を降格したのと同じように、コレも降格は間違いないようね。Fランクからやり直しね。嫌ならギルド追放よ。そんなクズな奴はギルドに要らないわ。」
何?今のエルフの女の言葉は?
体が別の感情で震えている・・・
『受付嬢の降格』・・・
それって私?
3年前の虐め?
まさか・・・
「勇者様ぁあああ!」
ギルドマスターの声だわ!
「勇者様、よくこの町においで下さいました。」
何!ギルドマスターがあの無能にペコペコと頭を下げている!そんなの・・・
(あの無能がどういう事なの?何が何だか分からない!)
「ちょっと待てよ!」
ザックが叫んだわ。
「俺を無視して話を進めるんじゃないぞ。思い出したよ、お前はあの無能だったな。依頼も満足にこなせないし、ゴブリンにすら勝てなかったお前だったな。そんな奴が何だ?女を侍らす身分にぃいいい?ギルドマスター!コイツは3年前に追い出した無能だぞ!そんな奴が勇者?はぁ?俺達を騙すのもいい加減しろや!俺がコイツの化けの皮を剥がしてやる!」
そうよ!ザック!アイツは無能なのよ!そんな無能に頭を下げるなんて出来ないわ!
「う~ん、ラピス、どうしよう?」
ふふふ、無能が困っているわ。無能はどんなに頑張っても無能なのよ!ザック!そいつのメッキを剥がしてあげなさいよ!
ん!何?あのエルフ女は!何でニヤニヤしているのよ!
「レンヤ、降りかかる火の粉は自分で払いなさいよ。アンも殺気を消しなさい。これ以上強くするとこのギルドにいる全員がショックで死んでしまうわ。」
「あっ!ごめんなさい・・・」
銀髪女が申し訳なさそうにしている。何だろう・・・、とても体も心も軽くなったわ。
「分かったよ。すぐに終わらせるよ。」
「無能めぇえええ!俺を無視するなんて舐めんなぁあああ!」
ザックが我慢出来ずに殴りかかったわ!
「えっ!」
バチィイイイイイイイイイイイン!
大きな音がしたと思ったら、いきなりザックが吹っ飛んでいった!
(何?何が起きたのよ!)
ドガガガァアアアアアア!
クルクルと回転してギルドの反対側の壁まで吹っ飛んでいった!
そのままピクピクしながら気を失っているわ!
しかも!何!その変な姿は!
眉間に大きなたんこぶを作って、目も白目状態の半開きだし、口も大きく開けて泡も涎も垂れ流しなんて・・・
その姿をギルドの中にいる全員が面白そうに見ているわ。
ザックもAランクになってから増長して他の冒険者に威張り散らしていたものだから、そんな情けない姿のザックをみんな馬鹿にして見ている。目をさまししても、当分はギルドの笑いものになるのでは?
(こんな醜態を晒したザックは終わったわ・・・)
アイツを見てみると・・・
「そ、そんなぁぁぁ・・・、デコピンだけであれだけの破壊力って・・・」
デコピンの状態でニヤニヤ笑ってザックを見ていたわ。
しかも、銀髪女もエルフ女も同じように見下した目で見ていた。
「レンヤ君、ゴメンね・・・、私がハッキリと断らなかったから、変に絡まれてしまって・・・」
受付の女がペコペコとアイツに謝っている。
「まぁ、仕方ないよ。この町じゃ3年前は俺は無能って呼ばれて散々虐められてたからな。今でも俺の事を覚えている奴は俺をそう見るだろうし・・・」
「だから、私が理事長を使ってそいつ等を降格にしたけどね。レンヤをバカにした職員はもれなく見習いに降格したわ。私が500年前に定めたギルドの規約の中に受付嬢は守秘義務があるわ。冒険者の称号はその後にも関わるくらいだしね。」
(500年前?あのエルフ女が規約を作った?しかもギルドの理事長を使う?もしかして王都にいるギルドトップの理事長よりも偉いの?)
「はっ!」
(確か・・・、あのエルフ女は『ラピス』って無能から呼ばれていたわ。)
ガクガクガク・・・
(そ、そんな・・・、あり得ない・・・)
体がガタガタと震えてしまう。




