75話 新商品
「何だ?これは?」
父さんが不思議そうな顔で、アンが取り出したパンをジロジロと見ていた。
見た目はアン握り拳2つ分くらいの大きさの平べったく焼いてあるパンだ。
それを受け取ると再びマジマジと見つめている。
「ふむふむ、これは柔らかいパンだな。貴族様用に作ったのか?」
「違います。」
ローズが父さんの前に出てきた。
「お義父様、いきなり失礼しました。私はローズマリーと申し、レンヤさんと今は一緒に暮らしています。」
「お、おぅ・・・」
父さんが慌てているよ。ローズの美貌もハンパないから顔を直視出来ないくらいに動揺しているよ。
ローズも父さんが持っている同じパンを自分の収納魔法から取り出した。
「これは普通にこのお店で売ろうと考えているのですよ。画期的なパンとしてです。」
「そ、そうか・・・」
「そうですよ。今、庶民用としてお店で売られているパンは日持ち重視じゃないですか。固くて大きいだけ・・・、そのままでは食べる事は出来ませんし、普通はスープに浸してふやかしてから食べるのが一般的なパンの食べ方ですね。しかもあまり美味しくありません。ただお腹を膨らませるだけの存在ですよ。」
「お、おぅ・・・」
「私達はそんな常識を打ち破るパンを開発しました。食事は美味しく楽しいものでなければならないと思います。しかもこのパンは特別な作り方ではなく、誰でも作れる方法をです。今までの方法ではどうしても原価が高く、貴族用としての高級品でしか販売出来ませんでした。」
「そ、それをどういう事にしたのだ?」
(おっ!父さんが食い付いている。)
さすがは父さんだよ。曲がりなりにも一国の主だ。商売の話にはちゃんと真面目に聞いてくれている。
「今の仕入れでは無理でしょうね。物流経費が高すぎて、その分、原価が跳ね上がってしまいます。それを一気に私達が解消したのですよ。」
「どんな方法だ?」
「ここに来る途中の町で小麦の生産地がありました。そこから直接私が買い取ったのですよ。それも大量にね。そして、その小麦は私が現在保管してあります。いつでも好きなだけ取り出せます。」
「そ、そんな事が・・・」
「ふふふ、そこは私の出番だったからね。」
ラピスがドヤ顔でローズの隣に立った。
「だ、大賢者様が!」
「そうよ、この私が付与した収納魔法付きの指輪が役に立ったのよ。ローズマリー用の指輪は特別製だし、私とレンヤと同じで容量の制限無しよ!」
「そ、そんな事が・・・」
父さんも母さんもプルプルと震えている。
「これなら物流費もかかりませんし、このパンにはもう1つ驚きのアイデアがあります。試しに食べてみて下さい。」
ローズが持っていたパンを母さんに渡した。
2人が恐る恐るパンをかじると・・・
「「!!!!!!!!!」」
驚きの表情を浮かべプルプルと震えていた。
あっという間に完食してしまった。
「「う、美味かったぁぁぁ」」
キレイにハモって幸せそうな顔で感動している。
「小麦と同じで、砂糖もかなりお安く仕入れる事が出来ました。このパンには砂糖が大量に必要ですからね。」
「それを私が調理したのよ。」
今度はアンがローズの横に立った。
「このパンの中に入れてあります物はアズーキです。普段は塩茹でにしてスープとして食べますよね。でも、私の故郷では甘く煮詰めて米を小さく丸くした物に包んで食べるのですよ。ここでは米はなかなか手に入りませんし、パンで何か出来ないかと思って色々と試行錯誤しました。」
アンがまたパンを取り出すと、母さんが慌てて手を出した。
「お願い・・・、もう1個欲しいのよ。これは癖になる味よ!食べ過ぎると太るのが分かっているけど・・・、また食べたくなってくるわ・・・」
「どうぞお義母様」
アンがニッコリと微笑んで母さんにパンを渡してくれた。
「このパンはね、アンが頑張ってくれて出来たパンだから『アンパン』って名付けたのよ。」
ラピスがニッコリとアンを見ていると、父さんも母さんも嬉しそうにアンを見ていた。
「俺も賛成だよ。でもこのお店で本当に良いのか?この味ならもっと良い場所で売れると思うし、わざわざ庶民用にしなくても貴族様用でもバカ売れ間違いないと思うが・・・」
父さんが疑問をラピスへ投げかけたが、ラピスは優しく微笑みながら首を振った。
「これはね、かつてのソフィア、アレックスの望みだったのよ。」
「大賢者様、どういう事です?」
「それはね、かつてのこの国も特権階級が幅を利かせていたわ。あの戦いが終わった後はソフィアは教会に戻ったけど、アレックスはこの国を立て直すのに頑張ると言っていたわ。貧富の無い国を作りたいとね。さすがにそれは無理だったけど、学問に力を入れてこの国は他の国と比べても類を見ないほどに栄えているわ。私も500年ぶり町の様子を見てびっくりしたわよ。」
そしてパンを取り出した。
「だれもが美味しいものを食べたいじゃないの。特権階級だけしか食べられないものも多いけど、私達で出来る事ならそうしたいじゃないの。だから、今回のパンはその1つなのよ。みんながそれこそ子供からお年寄りまで喜んで食べられるもの、これがこのパンだと思うのよ。まぁ、このアンパン以外にも、私の里であるエルフの里特製の果物で作ったジャムパンも目玉商品として売り出すわよ!」
「ふふふ、この美味しさに感動して打ち震えなさい!」
何だかラピスに変なスイッチが入ったぞ。
父さんが心配そうに俺の隣に来た。
「レンヤ、大賢者様ってあんな人だったのか?もっと高尚な人だと思っていたぞ・・・」
「父さん、安心してくれ。ラピスは物語に出てくるような堅物な人間じゃないよ。俺達と同じ笑ったり泣いたりする普通の女の子だよ。」
「ちょっと変わっているけどな・・・」
ラピスを無視して、ローズが父さんに資料を見せている。
「お義父様、これが原価で、1個の単価をこれくらいで売り出そうと思っていますの。どうです?」
その資料をジッと見つめていた。
「素晴らしい計算だよ。だけどな、この町は意外と子供の数が多いみたいだ。そうなれば、子供にも買いやすいように少し単価を落としてな、う~ん・・・、これくらいならどうだ?単価での利益率はちょっと厳しいかもしれんが、販売個数を増やして利益額を補えば何とかなるのでは?」
「そうですね、このお店だけでなくて、ザガンの町でも売り出しましょう。転移の魔法を使えば町への移動はあっという間に出来ますね。あそこの町の孤児院に販売を委託すれば、孤児院の収入にもなりますし、孤児の自立にも役立ちますね。」
何だ、この2人の会話は・・・
こんな真面目に会話をしているなんて・・・
父さんとローズの事を少し舐めていたよ。反省・・・
「ねぇねぇ、レンヤ・・・」
(ん?)
母さんが俺の服の袖を引っ張っている。
「母さん、どうした?」
「いやねぇ~」
何だ?母さんが恥ずかしがっているけど・・・
「今、大賢者様が言っていたジャム入りのパンが食べてみたいのよ・・・、アンパンを2個も食べてしまったけど、ジャムパンってのも食べてみたいの、お願い!」
(ははは、母さんは平常運転だったよ。)
「はい、お義母さん、どうぞ。」
マナさんが母さんにパンを差し出した。
「私も収納魔法を使えるし、こうしてパンを収納して持ち歩いていますの。ジャムパンは小腹が空いた時にに食べるには丁度良いパンですからね。今後、ギルドで働く時のお昼用にも持って行くつもりですよ。」
「あ、ありがとう。だけど、みんなが収納魔法を使えるなんて・・・、本当にレンヤと結婚して良かったの?」
「もちろん!」
「もちろんですよ!」
アンとマナさんがニッコリと母さんに微笑みながら返事をしてくれた。
「レンヤさんは私に希望をくれましたの。この世界にたった1人取り残された私を励ましてくれたのです。もう、私にはレンヤさんしかいません。レンヤさんとは一生添い遂げます。
アンがうっとりとした視線を俺に向けながら話している。
「レンヤ君は私が一目惚れしてしまいましたの・・・もうレンヤ君しか私の目には見えない・・・、ですから、お義母さん、こうしてレンヤ君と一緒になる報告も兼ねて許可をもらいに来たのですよ。テレサさんにはちゃんと許可はもらいましたからね。うふふ・・・」
何だ?マナさんの目が例のトランス状態に入ったテレサの目に似ている気がする。
母さんが少しガタガタしながらうんうんと首を振っている。目に怯えを感じるが気にしてはダメだろう。
あのテレサの恐怖が身に染みている母さんだ、マナさんの言葉を絶対に断らないだろう。
(頼むから仲良くしてくれよな・・・)
「さぁさぁ、お義母さん、パンを食べて。」
マナさんが母さんに渡したパンを食べるように勧めている。
「あっ・・・、そうね、折角いただいたしね。」
嬉しそうに母さんがパンを頬張った。
「う~ん!何!これ!美味しってものじゃないわ!こんな美味しいジャムは初めてよ!アンパンのアズーキと同じくらいに中毒性があるわ・・・、ダメよ、これは手が止まらないわ・・・」
うっとりした表情でジャムパンをモシャモシャと食べている。
「お義母さん、これはどう?今、食べているのはエルフの里特製の苺で作ったジャムのパンだけど・・・」
ラピスが更に2個のパンを母さんに差し出している。
「これはアンズのジャムパンにリンゴのジャムパンよ。さすがにこの2種類は原価が合わないから商品化は無理だったわ。私達だけが食べられる特別製のパンだけどね。」
「特別製・・・、何て嬉しい響きなの・・・」
ギュッと母さんがラピスを抱いた。
「レンヤにこんな素晴らしい奥さんが出来るなんて・・・、ありがとう、レンヤの奥さんになってくれて最高よ。」
(う~ん、母さんって意外と食べ物に弱かったのか・・・、ジャムパンで簡単に籠絡してしまったしな・・・)
「それとお義父様、これも開発しました。」
ローズが丸い物を取り出した。
「これは?」
「ラピス様からのご提案でエルフの里では家庭料理になっている『ピザ』と呼ばれるものです。エルフの里で採れるトマトを使用したソースなるものを、パン生地よりも更に薄くした生地に乗せて焼きます。その際に上にチーズや野菜などを乗せて焼くのですよ。ラピス様のお力により、トマトソースが安く大量に仕入れる事が出来ましたので、こうして目玉商品の1つとして売り出すつもりです。問題が1つだけ・・・」
「どんな問題なんだ?」
「これは普通のパン窯では焼けないのですよ。専用のピザ窯というものが必要なので、お義父様にピザ窯を増設する許可が必要なもので・・・」
「何だ、そんな事か。」
父さんがニッコリと笑っている。
「君達は食べ物でみんなを幸せにしようとしているのだろう?だったら俺も協力は惜しまないさ。何せレンヤが認めた人ばかりなんだ。俺達も認めなくてどうする。家族だからな。」
「お、お義父様・・・」
「それに、俺は一介の職人だよ。経営の事は君達に任せるさ。アンパンにジャムパン、それにピザか・・・、販売となると忙しくなるな。」
ニヤッと父さんが笑っているよ。
「それにだ、いきなり売っても知名度も問題だ。その点についてもちゃんと考えてあるのだろうな?」
「もちろんです!」
「ふふふ、楽しみだよ。テレサが出ていってしまって淋しかった毎日が騒がしくなるな。」
父さんがニコニコしていると、母さんも嬉しそうに父さんの横に立った。
「本当にレンヤには感謝ね。可愛いだけじゃなくてみんなの事も考えられるお嫁さんを連れてきてくれるなんてね。この1年は2人っきりで淋しかったけど、これからは毎日賑やかに暮らせるのね。みなさん、これからもよろしくね。」
「「「「はい!お義母様!」」」」
みんなが一斉に母さんに挨拶し、嬉しそうに母さんも頷いていた。
それから、実家にはローズ商会で貴族用限定商品であるベッドやソファー、最高の贅沢とも言われるシャワールームまで設置した。
まぁ、その時の両親の顔は・・・・
一生分の驚きをしたくらいに驚きまくっていたな。
ラピスの土魔法で立派なピザ釜も出来たし、準備で1週間リニューアルにかかったけど、翌日に我が家のお店をオープン出来る準備が出来た。
「それじゃ、私とローズマリーさんで大通りの試食販売に行ってくるね。」
アンがウキウキした感じで籠一杯のパンを持って立っていた。
「それじゃ頼んだぞ。」
いやぁ・・・
アンとローズがパンを配ってお店のPRをしているものだから、あっという間に試食が無くなってしまった。
これで宣伝は大丈夫だろうと思っていたけど・・・
翌日、お店の前は・・・
「マジかい・・・、こんな光景、初めて見るぞ・・・」
人、人、人ぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!
ここまで長い行列なんて・・・
この町で1番有名なお店になってしまいました。
おかげで、マナさんはギルドへの勤務が1週間遅れてしまったし・・・
母さんは「もう、パンなんて見たくもない・・・」って、少しパン恐怖症になってしまうくらいに延々とパンを焼く羽目になってしまったよ。




