73話 家族の想い
「レンヤか?」
振り向くと父さんが立っていた。
3年ぶりに会ったのに、いつもの笑顔で俺を出迎えてくれた。
「父さん、久しぶりだよ。」
俺も思わずにやけてしまった。
「しかし、何だ、この真っ黒な髪は!俺と母さんから受け継いだ自慢の金髪を染めやがって!そんなに勇者に憧れていたのか?今でもそうなのか?」
父さんがニヤニヤしながら俺を見ている。
「い、いや、そういう訳ではなくて・・・」
バン!
店側のドアが思いっ切り開けられた。
「その声!レンヤなの!」
母さんの声だ。
ダダダッ!と大急ぎで俺に向かって走ってくる。
ギュッ!
思いっ切り母さんに抱きしめられてしまった。
「この抱き心地、レンヤに間違い無いわぁぁぁ~~~」
(メッチャ恥ずかしいですが・・・、母さん、俺の精神値がガリガリと音を立てて削れているのが分かるよ!)
「むっ!」
俺を抱きしめていた母さんが急に俺を離した。
さすがに恥ずかしいのが分かったのかな?こんな往来のど真ん中で、いくら親子でも抱き合うのはさすがに恥ずかしいのだろう。
(いや、母さんの状態が何か違う。)
「クンクン、う~ん、レンヤ・・・、あなたから別の女の人の香りがするわね。それも複数の人の香りよ。どういう事?まさか、冒険者になるって言って出て行ったけど、ジゴロになって女を騙してヒモ生活をしているのじゃないわね?」
(はいぃいいい?何でそんな考えに至る?)
「お前なぁ~、いくら何でも発想が飛び過ぎだぞ。どうしてそんな考えになるんだ?」
さすがに父さんも呆れているよ。
俺も母さんの発想は想像していなかった。
「だってねぇ~」
何?母さんが別の方向を見ている。
あの方向は・・・
アン達が馬車の影から俺をジッと見ている。
それを母さんが気が付いたのか?
「レンヤ、あの子達は何なの?お店をジッと見ているからお客かと思っていたけど、ずっとレンヤを見ているじゃないの?しかも、どの子もこの町では見かけない程の美人ばかりよ。」
ガシッ!
母さんが俺の両肩をがっしりと掴んだ。
「レンヤ!白状しなさい!一体何をやらかしたのよ!事の次第によっては・・・」
(怖い!怖い!)
母さんの迫力がハンパない!こんな怖い母さんなんて初めて見るよ!
「止めて下さい!」
アンの声だ!
「「はっ!」」
俺と母さんが同時に声を出してしまった。
父さんはなぜかニヤニヤ笑って俺を見ているよ。
「申し訳ありません。」
馬車から飛び出してきたアンが深々と母さんに頭を下げている。
「本来はレンヤさんと一緒にご挨拶をしなければならなかったのですが・・・」
「レンヤ・・・、この子はあんたの何?」
母さんの目がとても怖い。何だろう、テレサの怖い目付きと同じに見える。
(やはり親子だよ・・・)
「私はアンジェリカと申します。この度、レンヤさんと将来を誓い合いました。そのお許しをもらいにお伺いしました。」
アンは真っ直ぐな視線を父さん達に向けてハッキリと話した。
「「はい?」」
今度は父さんと母さんの目が点になった。
お互いに顔を合わせて、『コイツ、何を言っているのだ?』って顔になっている。
ダダダッ!
アンの隣にラピス、マナさん、ローズも馬車から飛び出し並んだ。
「「「私達もです!」」」
全員が一斉に頭を下げる。
「おまっ!」
父さんが今にも目を落っことしそうなくらい見開いて驚いている。
「えぇえええええ!きゅうぅぅぅ・・・」
母さんが白目を剥いて気絶してしまった。
超絶美人4人が俺との結婚の話をしに来たものだから、さすがの父さんもパニックになっているし、母さんは気絶してしまったので、お店は臨時休業となってしまった。
今は実家のリビングでみんな揃って座っている。
ついでに、ローズ商会のソファーをお土産に持ってきたので、今は父さんが座って寛いでいて、もう一つは母さんが横になっていた。
「レンヤ、このソファーはどうした?貴族様でも持っていないような贅沢品だぞ。本当に何をやらかしたんだ?」
俺達は今まで父さん達が使っていたソファーに並んで座っている。
「しかもだ、こんな美人ばかり4人と結婚するなんて・・・、お前、生活はどうするのだ?まさか、母さんが言ったようにヒモ生活か?」
こめかみを押さえてプルプルしている。
う~ん、実はまだ増えるんだよな。しかも、その中にはこの国の王女様も入っているって分かったら、2人はどうなるのだろう?とても心配だよ・・・
(それにしても、2人揃ってヒモ男って・・・俺ってそんなに信用が無いの?)
いつまでも黙っている事も出来ないので本当の事を話さなくてはならない。
「父さん、実は・・・」
話し始めた瞬間に父さんが俺の話を遮った。
「まさかと思うが、レンヤ、お前は本当に勇者になったのか?」
ドキッ!
(何で?)
「ふふふ、不思議そうな顔をしているな。俺はな、お前が本当に勇者になると思っていたんだよ。だから、3年前、家を出て行くと言った時も反対しなかったのさ。だけど、こうしてお前の無事な姿を見るまでは心配で堪らなかったけどな。」
「父さん、ありがとう・・・」
思わず涙が出てきてしまった。父さんは俺が勇者になるって信じてくれていたんだ・・・、こんなに嬉しい事は無いよ・・・
「でも、どうして?」
父さんがニヤッと笑った。
「お前とテレサがレッド・ベアーに襲われた時だよ。お前はテレサを追いかけて先に森の中に入っていった。それからしばらくして、森の中に巨大な雷が落ちたんだよ。雲一つない快晴の空に落雷なんてあり得ない現象だよ。心配になって落ちた場所に行ったらな、血だらけのお前と傷1つ無いテレサがいたんだよ。お前は背中をバッサリと切り裂かれていたけど、その前には黒焦げで真っ二つになったレッド・ベアーが転がっていた。お前の手にはとても美しい黄金の剣が握られていてな、しばらくすると俺の目の前で消えてしまったんだよ。」
(じゃぁ、父さんはアーク・ライトを見たって事か?)
「お前が握っていた剣は聖剣だとすぐに分かったよ。この国の男共はどいつも勇者の物語を読んで大きくなったからな。俺も勇者の物語はよく覚えているよ。今でも子供がなりたい大人No.1人気は勇者だしな。お前が聖剣を持っていたんだ。どの物語にも書かれている聖剣の絵と一緒だった。そして、その時の雷は勇者の魔法だったのだろうな。その事は誰にも言っていないし、信じてもらえない事も分かっていたしな。」
「父さん・・・」
「お前があの『勇気ある者』って称号を得た時はピンと来たよ。今はまだ勇者になる時期じゃないとな。その時が来たらお前は勇者になるのだろうってな。そして、お前は勇者となって戻って来たのだろう。どうなんだ?」
「レンヤさん・・・」
隣に座っていたアンが俺の手を握った。
驚いてアンを見ると泣いている。いや、アンだけではない、あのラピスもマナさんもローズも泣いていた。
「どうした?」
「ううん、大丈夫・・・、素敵なお父様だと思ってね。」
アンがそう話すとみんながうんうんと頷いている。
「私は親の記憶があまり無いから良く分からないけど、親ってこんなにも素晴らしいのね。そんなご両親だからレンヤ君も真っ直ぐに育ったと思うわ。」
マナさんも感極まって泣いている。
「私の親は口減らしで成人前なのに私を娼館に売りとばしたわ。結局は私を売ったお金でギャンブルに手を染めて犯罪奴隷になって死んでしまったけどね。レンヤさんのご両親は私の理想の両親だと思う。そんな人が私の父親になってくれると思って嬉しくて・・・」
ローズもウルウルな目で泣いている。
「レンヤ、良かったね。500年前と違ってこんなにも温かい家庭でずっと育っていたんだね。今のレンヤが穏やかなのも分かるわ。」
ラピスもなぜかみんなに釣られて泣いている。
(おいおい・・・)
「おいおい、みんな泣かないでくれよ。湿っぽい話をしに来た訳じゃないんだからな。」
親父はみんなが泣いてしまったものだから、おろおろして困った顔をしているよ。
「何だよ、俺が悪者みたいじゃないか・・・」
しばらくしたら母さんが目を覚ました。
「う~ん、何か夢を見ていたわ。レンヤが帰ってきたけど、たくさんのお嫁さんを連れてくるって夢をね・・・、そんな貴族様みたいな事が出来る訳が・・・」
「な・・・」
目の前にいるアン達が再び母さんの視界に入り、またもや硬直してしまっている。
「ジュリア・・・、いい加減に認めろ。これは現実だよ。」
父さんが母さんの手を優しく握り見つめている。
「あ、あなた・・・、本当に・・・」
コクンと父さんが頷くと、今度は母さんが俺へと視線を移しアワアワと震え始めた。
「レンヤ・・・あなた、本当にこの人達と結婚したの?」
俺が頷くと横に4人並んで座っているアン達も頷き、
「「「「はい、お義母様!これからもよろしくお願いします。」」」」
ピッタリとハモってから深々と頭を下げた。
「そうね、とうとうその日が来たのね。」
母さんががっくりした感じで俺を見ている。ゆっくりと立ち上がって俺を優しく抱きしめた。
(何で?)
しばらくしてから俺から離れ、再びジッと見つめていた。
「実はね、レンヤが生まれる前、おめでたが分かった前の日にね、母さんは夢を見たのよ。」
(どういう事だ?)
「夢なのに今でも鮮明に覚えているわ。真っ白の世界に私1人が立っていたのよ。しばらく立っていると女性が現れたの。」
(まさか・・・、俺が勇者の力に目覚めた時の光景に似ている。)
「その女性はとても美しいお方だったわ。金色に輝く髪に瞳、そして、背中にも金色に輝く翼が生えていたわ。」
「フローリア様・・・」
ラピスがボソッと呟いた。
その言葉を聞いた母さんがニコッと微笑んだ。
「やっぱり女神様だったのね。あれだけ神々しいお方は後にも先にも誰も見た事はなかったわ。」
(何でフローリア様が、わざわざ母さんに?)
「その女神様が私に仰ってくれたのよ。」
『あなたにこれから授かる子は世界の運命を左右する事になるでしょう。そして、真の力に目覚めるまでは相当の試練を受ける事になります。彼が道を誤らないよう、あなたは精一杯の愛情を注いで下さい。それが彼の生きる力になるでしょう。』
「そしてね、その後でニコニコ微笑んで、こう言ったのよ。」
『彼の周りには多くの女性が集まるでしょう。その女性は全て彼の力になりたいと集まって来ます。だから心配しないで下さいね。まぁ、傍から見るとクズなハーレム野郎と見られるかもしれませんけど、そればっかりは仕方ありませんね。ふふふ・・・』
「お前!俺はそんな話は聞いた事がないぞ!」
母さんの話に父さんが慌てている。
「あなた、そんな話をしても信じてくれると思う?」
「ま、確かにそうだよな・・・、俺もレンヤが聖剣を持っていた事も誰にも言えなかったし・・・」
父さんも気まずそうに呟いていたが、その言葉に母さんがピクッとした。
ジロッと父さんを睨んだ。
「あなたこそ、今の聖剣の話は何?こんな大事な事を何で私にも言わなかったの?」
「い、いや・・・、俺の目の前で消えてしまったし、誰も信じてくれないと思ってな・・・」
母さんに問い詰められているので、父さんが冷や汗ダラダラであたふたしているよ。
(弱った・・・、どうすればこの状況を収められる?)
「ちょ、ちょっとフローリア様!」
ラピスが急に騒いでいるけど何だ?
「えっ!」
ラピスの髪と瞳が金色に輝いている。
(まさか?フローリア様?)
金色の瞳と髪に変化したラピスが立ち上がった。
全ての人を包み込むような優しい笑顔で微笑んでから、俺の両親へ深々と頭を下げた。
しばらく頭を下げた後、元に頭を上げたが、相変わらずの微笑みで俺の両親へ微笑んでいた。
「私は直接この世界に降臨出来ませんので、今はこのラピスさんの体をお借りしてお二人の前へ現われました。」
父さんも母さんも顎が地面に着くのでは?と思うくらいにあんぐりと口を開けている。
(母さん、この表情、美人が台無しになるくらいに残念な感じだよ・・・)
「「は、はぁ・・・」」
だけど、両親がここまで放心状態になっている姿を見るのも初めてだし、ちょっと面白いと思った。
「私の名はフローリア・・・」
「やっぱり女神様・・・」「目の前にこうして降臨されるなんて・・・」
2人がブツブツ言っているけど、フローリア様は落ち着いて微笑んでいる。
「少しは落ち着きました?」
「「は、はい・・・」」
「ふふふ、私がこうして現われたのはですね、お礼を言う為ですよ。」
「「はい?」」
「あなた方はレンヤさんを立派に育ててくれました。いくら勇者の資格を持っていても、心が正しくなければ勇者にはなれません。そして、勇者になるには試練を乗り越えなければなりませんでした。彼は何度も挫けそうになりましたが、苦境を乗り越え見事、勇者になる事が出来たのです。」
「その事に私達がどうしてお礼を?」
父さんがフローリア様へ質問をしているし、その隣で母さんもうんうんと頷いている。どうやら、父さんと同じ疑問を持ったのだろう。
「レンヤさんの不屈の心・・・、その心を育んだのは間違い無くあなた達です。あなた達の愛情があってレンヤさんは真っ直ぐ育ち、そして多くの方々の心も掴んでいたのですよ。その心があってこそレンヤさんは勇者になれましたし、こうして、可愛いお嫁さん達も出来ましたけどね。」
「「は、はぁ・・・」」
「全てはあなた方の愛情があっての事、この世界を救う力に目覚める切っ掛けになったのです。まぁ、そんな大げさな話は別にして、これからもレンヤさんの両親として変わらぬ付き合いをして下さいね。」
その直後、ラピスの髪と瞳がいつもの青色に戻った。
「もぅ、フローリア様、憑依するならするって先に言ってもらいたかったわ。いきなりされると驚くのよ。絶対に私を驚かせて楽しんで居いるわね。今度会った時は文句を言わないと気が済まないわ。」
ラピスがブツブツ言っているけど、目の前の両親は固まっていた。
「ま、まさか・・・、あなたはエルフでは?」
父さんがワナワナしながらやっとの状態で言葉を出している。
「エルフで、女神様を憑依出来る存在って・・・、もしかして・・・」
母さんもプルプルしているよ。
「そうよ、私はラピス、まぁ、大賢者って呼ばれている事もあるわね。」
「「はぃいいいいいいいいい!」」
「「そ、そんな人がぁぁぁ・・・」」
バタン!
「あらら、レンヤ、あなたの両親が気絶してしまったわよ。」
父さんも母さんもキレイにハモって気絶してしまったよ。
確かになぁ・・・
目の前に女神様が現われたり、伝説の英雄の1人であるラピスもいるからなぁ・・・
普通の一市民では絶対に会う事もましてや話をする事すら出来ない筈だ。
俺達はもう当たり前の状態になってしまっているけど、これで驚かない人はまずいないな。
気絶するまで驚いてしまったし、そんな両親にちょっと同情してしまった。




