7話 勇者の目覚め
どれくらい僕は彼女を抱きしめていたのだろう?
僕の胸の中で泣いていた彼女はいつの間にか泣き止み、嬉しそうに頬ずりしている。
(何で?)
「アンジェリカさん・・・」
「お願い・・・、もう少しこのままで・・・」
(仕方ないなぁ~、意外と甘えん坊さんかな?)
もう一度ギュッとしてあげると本当に嬉しそうにしている。
こんな美少女に抱きつかれる経験なんて無かったからかなりドキドキしている。
「ふふふ、幸せです。レンヤさん・・・」
(あれ?なんか彼女が変な感じがする。ここまで僕に気を許すなんて考えられないと思う。)
落ち着いたのか、彼女が顔を上げ僕を見つめている。
「レンヤさん、あなたの言葉はとても嬉しかった。私もあなたとずっと一緒にいたい・・・、やはりあなたは私の運命の人だったのですね。」
はいぃいいいいいいいいいいいいいいい!
何でそんな話になる?
僕は彼女を元気づけようとしただけだよ!
ちょっと待て!さっきの僕の言葉を思い出してみよう。
『あなたは1人じゃない。僕があなたと一緒にいます。あなたが魔族かどうかは関係ない!僕はあなたとずっと一緒にいたいのです。』
あっ!これってよく聞いたらプロポーズと同じセリフじゃないの?
誰が聞いてもそう思ってしまうよな?
咄嗟に出た言葉だったけど・・・
勘違いと思い込みが激しい彼女には、僕の言葉がプロポーズに聞こえたのに間違いない!
・・・
やってしまったぁああああああああああああああああああああああ!
彼女の今の幸せそうな顔を見ていると「いやぁ~、実はそんなつもりじゃなくてぇ~」って・・・
言える訳ないだろう!
「アン」
彼女がボソッと呟いた。
「はい?」
「レンヤさん、私の事は『アン』って呼んで下さい。この呼び方はごく親しい人だけに許していました。あなたと私はずっと一緒に共になると将来を誓い合いましたし、もうそんな余所余所しい話し方はしなくて良いですよ。私は元々こんな話し方ですけど、レンヤさんは私に対しては気軽に話して下さいね。私も気軽に話すように努力するから。」
「はい、アンジェリカさん、」
「アン・・・」
「アン、分かりました。」
しかし、彼女がジッと僕を見つめている。心なしか機嫌が悪そうだ。
「分かったよ、アン。これで良いのか?」
パァァァ!と花が咲いたように彼女が笑顔になった。
「はい!レンヤさんは私には遠慮しないで下さいね。もう私達は婚約したのですから、お互いに楽に接していきましょうね。」
(げっ!いつの間に婚約まで話が進んでいる!本当にアンの思い込みパワーは・・・)
アンが嬉しそうに僕に抱きついて胸に頬ずりしている。
僕も思わず微笑んでしまった。
(まぁ、アンが喜んでいるならこれで良いかな?それにこんな美少女のお願いなんて断れない。)
こうしてアンに抱きつかれているのは嬉しいんだけど、ちょっと困った事が・・・
アンの胸って意外と大きい、いや!かなり大きいよ。
その大きな胸が僕にグイグイと押し付けられてくる。
生まれて初めて異性からのアプローチを受けたし、最初からこんなにグイグイと来られると正直恥ずかしい。しかも、大きな胸が僕に押し付けられるものだから・・・
(僕よ!心を無にするんだ!邪な心でアンに接したらダメだ!煩悩退散!)
アンが落ち着いたのか僕から離れたけど、ずっと手を繋いでいる。
やっぱり1人は心細いのだろう。と、思いたい。
アンの手の繋ぎ方が普通に手を繋ぐのでなく、指を絡めて繋いでいる状態だ。
「ふふふ、これが本に載っていた恋人繋ぎなのね。」
そんな言葉が聞こえた気がしたが、気にしたら負けのような気がしたので、気のせいにしておこう。
「ところで、アン、この部屋から出る方法ってあるのかな?あの大きな扉が勝手に閉まって閉じ込められてしまったんだよ。」
「この部屋はあの扉以外に出入り口は無いわ。父は絶対的強者だったから、この部屋に入った敵は誰も逃がさないようにしていたからね。でも大丈夫よ、私ならあの扉を開けられるわ。」
(さすがアン、頼りになります。)
大きな床の穴を迂回して扉まで歩いていく。
アンが穴を興味深そうに見ている。
「どれだけ激しい戦いがあったのかしら?この部屋って余程の事が無い限りはここまで壊れる事はないのよ。これだけ派手に壊れているから、父と勇者の戦いってすごいものだったのね。」
(違います。この穴は僕がやらかしました。黙っていよう・・・)
扉の近くまで来ると突然背中に悪寒が走った、
(何かが来る!)
「アン!気を付けて!」
咄嗟に足元に飛び散っていた荷物の中身の予備の剣を拾い握りしめた。
(何て事だ!アイツは倒し切れていなかったのか!)
穴の中から真っ黒な大剣がゆっくりと浮かび上がってくる。
「あれは父のガーディアン・ソード!」
アンが叫んだ。
「アン、あれは何か知っているのか?さっきもあれで死にそうな目に遭っているんだ。」
「あれは父の魔剣の1つ、防衛用の魔剣よ。強力なモンスターに変化して侵入者を殺す為のものだわ。まだ機能していたなんて・・・」
大剣が真っ黒な霧に包まれ、霧が晴れるとさっきと同じデスケルベロスが現れた。
しかし、かなりのダメージを受けているのか、3つ首のうち左側の首が潰れていて、右の後ろ脚がちぎれて無くなっている。全身は傷だらけで血に染まっていた。
(くっ!これでも僕の実力では歯が立たない!)
デスケルベロスがアンを睨んでいた。
「魔力ヲ・・・、魔力ヲヨコセェェェ・・・」
「喋った!しかもアンを狙っている!」
デスケルベロスがアンに飛びかかった。アンを抱きしめ咄嗟に横に転がると、今までアンがいた場所にデスケルベロスの顎があった。
(ギリギリ躱せた!このままじゃジリ貧だ!)
「魔剣は魔力で構成されているわ。損傷が酷いから私の魔力を求めているのよ。暴走してしまって私の命令も届かない・・・」
アンを背にして剣を構えるが、恐怖で膝がガクガク震える。だけど!
「僕はアンを守る!どんな強敵でも絶対に逃げない!」
「ゴミガァアアア!邪魔スルナァアアアアアアアア!」
デスケルベロスが前足で僕を横に払った。
ドカッ!
「ぐあぁあああああああ!」
剣で受け止めたがあっさりと剣が折れてしまい、そのまま吹き飛ばされてしまう。
ゴロゴロと転がり何とか起き上がったが全身が痛い。
(このままでは殺される・・・、絶対に勝てない・・・)
アンの前にいるデスケルベロスがゆっくりと前足を振り上げる。
「魔力ヲヨコセェエエエエエエエエエエエ!」
アンだけは絶対に助ける!例え僕が死んでも!
思いっ切り地面を蹴ってアンの前に飛び込み、両手を広げデスケルベロスの爪を受け止めようとした。
弱い僕にはアンを守れる方法はこれしかない!
アンを守れるなら死んでも後悔しない!
同時にデスケルベロスも前足を振り下ろした。
「レンヤァアアアアアアアア!」
後ろでアンの叫び声が聞こえる。
(不思議だ・・・、なぜかデスケルベロスの動きがゆっくりと見える。あぁ・・・、僕は死ぬんだな。)
『条件を満たしました。称号【勇気ある者】から【勇者】にクラスチェンジします。』
(何だ?この声は?僕の頭の中で聞こえるみたいだけど・・・)
不思議な事に目の前の光景が止まって見える。
『成功しました。ステータスが大幅に上昇します。』
『スキルを獲得しました。明細は次の通りです。』
『武技(極)を獲得しました。』
『体術(極)を獲得しました。』
『全属性魔法(極)を獲得しました。』
『特殊魔法(極)を獲得しました。』
『勇者魔法を取得しました。』
『自動防御を取得しました。』
・・・・・・・
次から次へとスキル獲得の声が聞こえる。
一体いくつスキルを覚えるのか?
『記憶の封印を解除します。成功しました。かつての記憶が解放されました。』
記憶?封印?僕は・・・、いや、俺は!
思い出した!
今までの18年間の記憶以外に、俺が勇者として500年前に生きてきた時の記憶が頭の中に流れ込んできた。
長い戦いの日々、魔王との決戦、そして・・・
頼りになる仲間達・・・、アレックス、ラピス、ソフィア・・・
「俺は勇者・・・、勇者レンヤだ・・・」
次の瞬間、目の前が真っ白になった。
「ここは?」
全てが真っ白な世界だ。俺1人がポツンと立っている。
突然声が聞こえた。
「勇者レンヤ・・・」
「誰だ!」
俺の目の前に光が集まり人の姿が出来上がった。
「なっ!あなたは?」
俺の目の前に現れたのは女性だった。
しかし人間ではない。
腰まである金色に輝く髪に金色の瞳、そして人間と決定的に違うのは背中に薄っすらと金色に輝く白い大きな翼が生えていた。
そして人外の美貌を湛えた微笑み。普通の人間なら男女問わず一目で恋に落ちるのは間違いないくらいに美しかった。
「私は女神フローリア」
(やはり女神様!)
「数々の試練に打ち勝ち見事勇者になられました。心よりお祝いします。」
「女神様、なぜ、このような回りくどい事をして再び俺を勇者にしたのですか?」
「それはですね、あなたと一緒にいた方々からのお願いを私が認めたからですよ。再び出会える事を信じて、彼女達はかなりの無茶をしましたからね。あなたに会う為に彼女達は今は長い眠りに入っています。必ず迎えに行ってあげて下さいね。」
(彼女達?あっ!あいつらか!まさか俺が死んでも追いかけてくるなんて、恐ろしい奴等だよ・・・)
「それに、勇者であるあなたを転生させるには、ただ記憶を残して転生させるだけでは普通の人間にしかなれませんし、それではダメです。そう遠くない未来に再び魔王が誕生するでしょう。しかも、それ以上の存在も現れる可能性もあります。だから、あなたを再び勇者として転生させる事にしたのですよ。」
「勇者は普通に誕生しません。初代の勇者から子供が親の称号を受け継がれていくものなのです。なぜそうなるかは後で教えます。だけど、あなたが亡くなった時は継承する子供がいませんでした。あなたの代で勇者の血筋は完全に途絶えました。」
「残る方法は、新たに勇者を誕生させる事です。勇者の力は強力です。あなたもかつての勇者でしたから、その力の事はよく分かっているでしょう。かつての勇者一族のように力の使い方を教えるような家族も現在はいません。新たに勇者の称号を授ける時は、数々の試練に打ち勝ち正しい心を持った者にしか授けられません。」
「それで俺が勇者候補として選ばれた訳ですか?」
「そうです。ソフィアさんの言っていた通り、心の強い方でしたね。あっ!その事は内緒ですよ。絶対に私がソフィアさんの事をバラしたなんて言わないで下さいね。まぁ、話は元に戻しますが、あなたは勇者の名に恥じない正しい心の持ち主でした。そのおかげですかね?あなたの力は過去に例を見ないくらいのハイスペックな勇者となりましたよ。」
「確かに、さっきのスキルをもらった時の声がやたらと多かった訳だ。ちょっとスキルをもらい過ぎと思ったくらいだったからな。確実に以前の俺よりも強くなっているのは分かる。」
「改めてお願いします。あなたのこの力で世界を平和にして下さい。新たな脅威に人々が不幸にならないように・・・、お願いします。」
女神様が深々と頭を下げてくれた。
「女神様、心配しないで下さい。俺はこの願いを既に聞いています。アンの平和な世の中にしたいとの願いです。人族と魔族との争いが無くなり、お互いに手を取り合う平和な世の中にしたいと・・・、この願いは女神様の願いと結果は同じだと思います。だから頑張らせてもらいますよ。」
「ありがとうございます。さすが、旦那・・・、あっ!これ以上はマズイです!危ない、危ない・・・」
(何だろう?女神様があれだけ慌てるなんて、何を言いかけたのだ?気になる・・・)
「それではレンヤさん、この空間にいる時間もギリギリとなりましたので、元の世界に戻しますね。元に戻っても全く時間が進んでいませんから安心して下さい。」
目の前の真っ白な世界が段々と暗くなっていく。
(ちょっと待った!この世界に来る前の状況って、確かデスケルベロスから一撃をもらう直前だったよな?)
(勘弁してくれよ・・・)
目の前の光景が元に戻った。
「死ネェエエエエエエエエエエ!」
デスケルベロスの右の前足が俺へと振り下ろされている。あの鋭い爪なら俺はあっという間にミンチにされるだろう。
さっきの俺は本当にバカだったな。いくらアンを守るっていっても、これじゃ守るって事じゃないぞ。
俺がミンチにされ、すぐにアンも殺されてしまうからな。
だけど、自分の保身を省みず他人の為に前に進む心、この勇気が勇者になる為の条件だったのだろう。
(デスケルベロスの動きが遅い!ゆっくりと見えるぞ!これがステータスUPの恩恵か?)
ゆっくり左手を上げた。
ガシッ!
デスケルベロスの爪を俺は素手で掴んでいた。
あれだけの巨体の打ち下ろしの攻撃を受け止めたがビクともしなかった。
これだけステータスが上がっているとは予想外だ。
「バ、バカナァアアアアア!ヒ弱ナ人族ガ我ノ力二拮抗スルナンテ・・・」
デスケルベロスが激しくもがいているが、俺が掴んだ爪は微動だにしない。
そのままの状態で後ろを振り向くと、アンが信じられない表情で俺を見ている。
「レンヤさん・・・」
「アン・・・」
「はい・・・」
「アンは俺が守る!アンが望んだ人族と魔族とが手を取り合う平和な世の中になるまでずっとな!だから、俺を信じて付いてきてくれ!」
アンがとても嬉しそうに微笑んでくれた。
「はい!私はレンヤさんを信じます!絶対にレンヤさんから離れません!」