61話 忘れない想い②
「ホムラァアアアアアア!」
僕の腕の中には血だらけのホムラがいた。
「レンヤ、ゴメンね・・・、お嫁さんになる約束守れなか・・・」
腕の中で目を閉じピクリとも動かなくなったホムラをずっと抱いていた。
「どうして・・・、どうして・・・、何でホムラが犠牲にならなければ・・・」
里の家々は壊され炎が上がっていて、道には里の人々の死体が転がっていた。
どの死体も無惨に切り刻まれている。
「誰がこんな酷い事を・・・」
僕はアレックスと2人で里から離れ山の中で狩りをしていた。
帰ってくる最中に里の方から煙が大量に上がっていたので、ただ事ではないと感じ急いで戻ったが・・・
「レンヤ!」
アレックスが僕の隣まで走って来た。
「大変だ!魔族に襲われている!しかも魔王がお前の父さんを・・・」
(魔王だって!)
ドォオオオオオオオオオオオオオン!
遠くから爆発音が聞こえた。
「あの方向は僕の家だ!」
既に動かなくなってしまったホムラを抱きながら、アレックスと一緒に僕の家へ全力で走って行く。
「そ、そんな・・・」
僕の目に前には右腕を切り落とされた姉さんが蹲っていた。
その姉さんの前に真っ黒な大きな剣を構えた魔族の男が立っている。
そして・・・
「父さん!」
父さんは全身をズタズタに切り裂かれ地面の上でゼイゼイ言っていた。
別の魔族の男が父さんの頭を踏みつけていた。
「勇者といえど、我ら魔族のエリートには敵わなかったな。みじめなものだよ、げひゃひゃぁあああああ!」
「ぐぁああああああああああああああああ!」
父さんが苦悶の声を上げていたけど・・・
グシャッ!
「そ、そんな・・・」
父さんの頭が潰されてピクピクと痙攣していた。父さんを殺した魔族の手には手足を切り落とされた母さんの頭を鷲掴みにして、そのまま父さんの死体の上に投げた。
「母さん・・・」
母さんの体はピクリとしない。
何で母さんまで殺されなければ・・・
(許さない・・・)
冷たくなったホムラを降ろし、父さんを殺した魔族へと駆け出そうとすると、いきなり後ろから肩を掴まれた。
「アレックス!」
「レンヤ!堪えるんだ!今の俺達には逃げる事だけしか出来ない。これだけの魔族には絶対に勝てない・・・」
とても悔しそうな顔で胸元からネックレスを取り出した。
「万が一にと親父から借りた魔道具だ。レンヤ!お前まで死んでしまったら勇者の血が途絶えてしまう!この転移の魔道具で逃げるんだ!」
「で、でも・・・」
「エクスプロード!」
ドォオオオオオン!
姉さんの前にいる魔族の前で大爆発が起きる。
「レンヤ!今のうちに逃げなさい!魔王は私が命を懸けても食い止めるから!」
姉さんが思いっ切り僕へ向かって叫んでいる。
「見事な家族愛だな・・・」
煙の中から声が聞こえる。煙が晴れると爆発前と全く変わらずに佇んでいる魔族がいた。
「そんなぁあああ!あれだけの至近距離の爆発でも無傷だなんて!」
「いや、そうでもないぞ。」
そう言って自分の頬を姉さんに向けて指差していた。薄紫色の肌をしているその頬には薄らと赤く線が走っている。
「さっきの攻撃は見事だったぞ。お前の父であった勇者は期待外れだったが、お前は魔王である我に僅かであるが傷を付けたのだからな。下等な人族にしては奇跡的な攻撃だ。しかも、たった1人で我ら精鋭の半数以上が殺されるとは思いもしなかった。我を楽しませた礼だ、よって慈悲をお前に与えよう。」
ヒュン!
ゴロン・・・
風切り音が聞こえたと思ったら突然姉さんが倒れた。倒れた拍子に頭が体から離れ、ゴロゴロと目の前にいた魔王の足下へ転がっていった。
あまりの事で声が出ない・・・
「人族は最大の苦痛を与えて殺すものだけど、お前は頑張った。久しぶりに楽しい戦いが出来たよ。よって一切苦痛も与えずに殺してあげたぞ。それが我の慈悲だ、喜べ。」
足元に転がった姉さんの首を掴んで持ち上げた。
そして僕の方を見た。
「悔しいか?お前達は生かしておいてあげるぞ。死ぬ気で我に復讐をするんだな。その最大にまで育った復讐心を我が飲み干してあげよう。その時はお前に最高の絶望を死をプレゼントしてやろう。お前は何も出来ずに死ぬのだよ。人族が我ら魔族に、この魔王に逆らう事は不可能だと知らしめてな!ふはははぁああああああああああああああ!」
そのまま姉さんの生首を僕へと放り投げた。僕の足元に姉さんの首が転がっている。
「姉さんまで・・・」
ドクン!
許さない・・・
何でみんな殺されなければならないんだ・・・
それも残酷に・・・
魔族は悪・・・
そんなのは分かっていたけど、ここまで残酷になれるものなのか?
魔族は僕が根絶やしにしてやる・・・
絶対に許さない・・・
絶対に・・・、絶対に・・・、絶対に・・・、絶対に・・・、絶対に・・・絶対に・・・、絶対に・・・
ドクン!
ドクン!
「あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
僕の中で何かが弾けた気がした。
魔王をギロッと睨み指差す。
「許さない・・・、お前達魔族は僕が・・・、いや!俺が絶対に根絶やしにしてやる・・・」
右手が熱い!
魔王を指している指先がとても熱い!
バチバチ!
(これは!)
俺の指先が放電している。まるで姉さんが使っていた雷魔法のようだ。
突然、頭の中に色んな情報が入ってきた。
(まさか!これが勇者の力の引継ぎだと!)
「喰らえぇえええええええええええええええ!サンダァアアアアアアアア!ブレイクゥウウウウウウウ!」
ガカッ!
上空から巨大な雷が魔王へと降り注いだ。
「ふん!」
しかし、魔王が真っ黒な大剣を軽々と片手で頭上に振ると、魔王目がけて落ちていた雷が消されてしまった。
「ふふふ・・・、これは、面白い・・・」
ニヤリと魔王が笑っている。
「まさかこの場で成人にもなっていない子供が勇者の力に目覚めるとはな・・・、怒りで潜在能力が解放されたのか?たった今我が殺した勇者達は石ころと同じ程にしか感じなかったが、貴様から感じる覇気は我も身震いする程だぞ。ここまで気分が高揚するとは・・・」
そして大剣の切っ先を俺に向けた。
「しかしだ、これだけの力の勇者に目覚めたのなら話は別だ。このまま成長されると我の覇道の最大の障害になるからな。先ほどは生かしておくと言ったが状況が変わった。」
「死ね・・・」
魔王から圧倒的なプレッシャーが放たれる。恐怖で全身が押し潰されそうだ。このままでは勝てない。
「くそぉおおおおお!負けるかぁあああああああああああああ!」
右腕を頭上に掲げた。
「来いぃいいいいいいいいいいいい!アーク!ライトォオオオオオオオ!」
キィィィンンン!
俺の手に黄金に輝く剣が握られた。
(これが聖剣アーク・ライト・・・)
聖剣からとてつもない力が溢れているのを感じる。
(だけど・・・)
魔王の大剣からのプレッシャーの方が遙かに強力だ・・・
(くそ!このままでは・・・、だけど、刺し違えてもみんなの仇を取る!)
「レンヤ・・・」
後ろからアレックスの声が聞こえる。
「アレックス!」
「レンヤ、このままじゃ俺もお前も終わりだ。戦力差があり過ぎる。だから・・・」
アレックスがギュッとネックレスを握った。
「もう少しで術が起動する。あと少しで良い!時間を稼いでくれ!」
「俺は逃げん!相打ちになっても魔王を殺す!そしてここにいる魔族全員を殺す!」
「バカヤロォオオオオオオオオオオ!」
グシャァアアア!
「!」
アレックスに頬を殴られた。
「冷静になったか?」
アレックスが俺を睨んでいる。
「犬死なんて誰も望んでいない。ここは引くんだ・・・、俺だって悔しいよ・・・、だけどな、生き残らなければ、それこそカナエさんに顔向け出来ん!頼む!引いてくれ!」
アレックスに殴られた頬が熱い・・・
しかし、その熱さがあってか、心は段々と冷静になってくる。
「悪かった・・・、そうだよな・・・、『勇者はいつも冷静であれ』と姉さんに言われていたよ。だったら、その術が完成するまでの時間を稼ぐ。」
「あぁ、頼む。」
「どうだ?死ぬ前の最後の会話は終わったか?我の慈悲に感謝するのだな。友と話をするだけの時間を与えてあげた事に・・・、ふふふ・・」
魔王が大剣の切っ先を再び俺に向けている。そのまま両手で握り上段に構えた。
「魔王・・・、確かに今のままじゃお前に勝つ事は出来ない・・・、だけどな、ちょっと油断し過ぎじゃないか?人間を舐めんなよぉおおおおおおおおおおおおおお!」
聖剣を天に掲げる。
「ギガ・サンダー・ブレイクゥウウウウウウウ!」
ピシャァアアアアアアアアアア!
聖剣に巨大な雷が落ちた。
「何事だ!」
魔王が叫ぶ。
「ふっ!勇者を舐めるなよ。魔法は放って相手にぶつけるだけじゃないんだよ!」
刀身が青白く輝きバチバチと激しく放電している。
そのまま上段で構え、魔王へと剣を振り切った。
「サンダァアアアアアアアア!スラッシュゥウウウウウウウウウウウウ!」
ドガガガガァアアアアアアアアアアアアアアアア!
青白い衝撃波が地面を抉りながら魔王へと走って行く。
「いくらお前でもこれは無効に出来ん!これが魔法と剣気の合わせ技だぁあああああああああああああああ!」
「くっ!」
魔王が剣で衝撃波を防いで、そのまま後ろへ下がった。
「やはり我が危惧した人間だ・・・、恐ろしい戦闘力を持っているとは・・・」
「今だぁああああああああああああああ!」
アレックスが叫ぶと俺達の足元に魔法陣が浮かんだ。
今の必殺技で力を使い果たしてしまったのか、意識が遠くなり目の前が真っ暗になってしまった。
「ここは?」
目が覚めると見知らぬ部屋にいた。とても豪華なフカフカのベッドの上だ。
「どうやら目が覚めたみたいだな。」
(その声は!)
アレックスの声が聞こえたので声の方へ視線を移すと、アレックスがベッド脇の椅子に座って俺を見ていた。
「ここは王城の中だよ。お前は3日間眠っていたのだぞ。」
「そうか・・・」
「まさか成人前で勇者の力に目覚め、しかも、カナエさんすら使えなかった技まで使えるとはな・・・、末恐ろしい才能だよ・・・」
「だけど魔王には全く届かなかった・・・」
「そう腐るな。」
アレックスが立ち上がった。
「もう立てるだろう。一緒に来い。お前に見せたいものがある。」
俺はベッドから降り、アレックスの後を付いて部屋から出ていく。
そして城内のある場所に着いた。
「ここは?」
城の中庭みたいな感じだが、あちこちに石碑が立っている。まるで墓地みたいな場所だ。
「ここは歴代の王族が眠る場所だ。俺もいつかはこの場所に眠る事になるだろう。」
アレックスが真新しい2基の石碑の前で立ち止まった。
(これは?)
「俺はこれだけの事しか出来ん・・・」
石碑に掘られていた名前を読むと・・・
(そ、そんな・・・)
「なぜ姉さんとホムラの名前が彫られている?王家とは関係ないはずだぞ・・・」
「これが何も出来なかった俺の贖罪だ。俺の力が足りないばかりに・・・」
アレックスを見ると止めどなく涙を流していた。
「転移の魔道具で俺とお前は里からこの城へと転移してきた、その際に、ホムラの死体とカナエさんの首も一緒に転移してきたのだ。里は壊滅し、今は魔族に占領されている。俺はこの国の王子なのに何も出来ずに尻尾を巻いて逃げるだけしか出来なかった。2人の亡骸は里に埋める事も出来ない・・・」
「アレックス・・・」
「2人が死んでしまった事は俺も責任がある・・・、聖剣ミーティアに認められたはずなのに、魔王の前ではビビッて真っ先に逃げる事だけしか考えなかった。レンヤは刺し違えても魔王と戦おうとしたのに・・・もうこんな情けない事は嫌だ・・・、里のみんなが殺されたのは弱い俺の罪・・・、その事を忘れないようにこの地に2人の墓を建てた。」
「もう自分を責めるな・・・、里最強の姉さんでも敵わなかったんだ・・・、それなら俺も同罪だよ・・・」
2人で黙って石碑を見ていた。
しばらくするとアレックスが口を開いた。
「なぁレンヤ・・・、もっと強くなれるかな?」
「なれるさ・・・、必ず強くなる。魔王よりも・・・、姉さん、ホムラ・・・、誓うよ、俺は必ず魔王を倒す。いや!魔族を1人残らず滅ぼす・・・」




