60話 忘れない想い①
「ねえねえ、レンヤ・・・」
(ん?)
「いい加減に起きてよ。」
パチッと目が覚めると、1人の女の子が僕の顔を覗き込んでいた。
僕と同じで黒い髪に黒目の子だ。
里の人はみんなこんな感じだけどね。
「ホムラか・・・」
僕は川沿いの草むらの上で横なっていたけど、いつの間にか眠っていたみたいだった。
ホムラが僕の横に座ってジッと見つめている。
「ねぇ、レンヤ・・・、最近ちょっとだらけていない?」
「仕方ないよ、姉さんが成人になって父さんから勇者の称号を受け継いだんだ。僕は姉さんの従者として生きる事になるんだろうな。もう勇者としての訓練はしなくて良いと思ったらね、ちょっとホッとしているんだ。」
「こら!レンヤ、だからといって訓練をサボる言い訳にならんぞ!」
「げっ!アレックス!」
アレックスが腕を組んで、寝転んでいる僕の頭の上で仁王立ちになって睨んでいた。
「国の預言師が魔王の復活を予言したんだぞ。いくら勇者でも1人では勝てん。俺もレンヤも13歳だ。成人までに勇者と一緒に戦えるようにしないといけない。その為に俺は修行としてこの里へ来ているんだからな。俺は王子としてこの国を守る為に戦う。だから、レンヤ・・・、お前も俺と一緒に戦って欲しい。」
「仕方ないなぁ~」
僕は起き上がってアレックスの方へ向き直った。
「お前の力は俺が認めているんだ。お前の姉さんも凄まじい実力だけど、俺はお前の方がもっと実力があると思っている。将来は姉弟勇者っていうのも悪くないかもな。」
アレックスは僕を見てニヤニヤしているけど、僕はそこまで強くないよ。
だけど、僕も勇者一族の一人だ。父さんや姉さんの力にはなりたいと思っている。
「ふふふ、そうなると私は勇者のお嫁さんになれるのかな?」
ホムラが顔を赤くして僕を見ているよ。
(恥ずかしいな・・・)
「いやぁ~、いつ見ても熱々の2人だよ。俺の口から砂糖がこぼれるくらいに甘ったるいな。」
そうやってアレックスが僕を茶化すけど・・・
「アレックスも何を言っているんだよ。5歳になった時から婚約者が決まっているお前には言われたくないよ。それに、その婚約者はとても可愛いしな。お前には勿体ないくらいだ!」
「照れるな照れるな、セレスティアは本当に自慢の婚約者だよ。お前の言う通り俺に勿体ないくらいにな。ははははははぁあああ!」
くそ~、こいつには茶化しが効果ないよ・・・
それだけ婚約者の事が好きなんだろうな。
チラッとホムラを見ると、ホムラも僕をチラチラと見ている。
「俺がここにいてもお邪魔虫みたいだな。仕方ない、お前の親父さんのところへ行ってもうしばらく稽古をつけさせてもらうか。」
アレックスが笑いながら手をヒラヒラさせて僕達から離れていった。
「ねぇ・・・、レンヤ・・・」
ホムラが申し訳なさそうに僕の服の袖を引っ張っていた。
「どうした?」
「レンヤは迷惑じゃなかった?私とレンヤは婚約しているけど、親同士で決めた婚約だから・・・」
ギュッとホムラの手を握った。
「そんな!全然迷惑じゃないよ!ホムラはとっても可愛いし、アレックスに言った言葉じゃないけど、ホント!僕には勿体ないくらいと思っているよ。ホムラこそ僕みたいな男で迷惑じゃないのかな?」
急にホムラの顔が険しくなった。
「レンヤァァァァァ・・・、冗談でもそんな事は言わないでよ。私はレンヤが好き、レンヤ以外の男の人と結婚する気はないわ。」
そしてジッと見つめてきた。
「だからね、ちゃんと私をお嫁さんにしてね。こんなにもあなたを好きになったのだから、ちゃんと責任を取ってね。」
「お、おぅ・・・、勿論だよ。」
ホムラの圧が余りにも強くて「うん」としか言えないよ。
途端にホムラの表情が緩んでニッコリと微笑んでくれた。
とても可愛い笑顔だな。
こんな可愛い子が僕のお嫁さんになってくれるなんて、ホント勿体ない話だと思う。
僕とホムラは親同士の取り決めで10歳の時に婚約したけど、ホムラがとても乗り気なもので僕の両親も喜んでいたな。
だけど・・・
アレックスの話だと魔王が現われるのだと・・・
聖剣のアークライトは今だ父さんが所有しているけど、そう遠くないうちに姉さんが引き継ぐことになっている。聖剣の引き継ぎは、姉さんが父さんに力を示して聖剣に認められなければならない。
姉さんも強いけど、現役の勇者である父さんも鬼神のように強いんだよなぁ・・・
(僕はそんなに強くないし・・・)
この里はフォーゼリア王国の中にある里で、昔からこの国の王家と関わりが深い。
だから、王子であるアレックスは昔から僕の友達として、アレックスがこの里に来た時は一緒に遊んだりしていた。
今では遊ぶよりも鍛錬仲間かな?
なぜこの里は王族と関わりが深いのかというと、もう1本の聖剣であるミーティアがこの国の王族に引き継がれている事もあるんだよな。
今の所有者は何と!まだ成人になっていないアレックスが認められていた。さすがは小さい頃から天才と言われていただけあるよ。
数年後の祝福の義でもレア称号が授かる事まで予言されている。
(同じ歳の友達でも天と地の差だよ・・・)
だけど、そんなアレックスは僕に対しては全く気にしないで友達として付き合ってくれている。
姉さんと比べて出来の悪い僕に何でここまで付き合ってくれるのかが疑問だった。
そんな疑問をアレックスが聞いた時は・・・
「レンヤ、何をバカな事を言っているんだ?俺には分かるよ、お前は才能の塊だって事をな。だけど、お前は優しす過ぎるんだ。模擬戦でも相手を怪我させないように気にし過ぎているのは分かっているよ。本気のお前は誰よりも強い。本当の勇者ってただ強いだけでなく、相手を思う優しさも持ち合わせている事が重要だと思うぞ。」
「お前の事は俺が認めているんだ。もっと自身を持てよ。」
そう言ってバシバシと背中を叩かれたなぁ・・・
ホムラにアレックス・・・
この2人のおかげで僕は姉さんと比較されても卑屈にならずに済んだと思う。
「レンヤァアアア!」
遠くから僕を呼ぶ声が聞こえた。
(げっ!あの声は!)
ドドドドドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
猛ダッシュで僕達の方へ駆け寄ってくる人影が見える。
ガシッ!
「うわぁあああ!」
思いっ切りハグされてしまう。
「ふふふ、捕まえたよ、レンヤァアアア!」
そして僕の頬にスリスリされてしまった。
「もぉ~、ホムラちゃんばっかり構ってないで私も構ってよ!いくらあんた達が婚約しているといっても、除け者にされたらお姉ちゃん泣いちゃうぞ!」
「姉さん!スキンシップ激し過ぎ!」
姉さんにスリスリされている最中に横目でホムラを見てみると・・・
「カナエお姉さん、大胆・・・」
顔を真っ赤にしながらアワアワして見ているよ。だけど、そんなホムラの姿も可愛い。
(お~い、ホムラさんやぁ~、助けてぇえええええ!)
・・・
「はぁはぁ・・・、死ぬかと思った・・・」
姉さんの馬鹿力で抱きしめられた上にグリグリとされたんだ、肉体的にも精神的にもとっても疲れた気がする。
最近の姉さんはスキンシップが激しいよ。勇者の称号を引き継いでから特にねぇ・・・
「姉さん、ホムラが見ているんだよ。ちょっとねぇ~」
しかし、姉さんがニヤッと笑っている。里1番の美人と言われているだけあって、ニヤニヤ笑いだけど、何だろう?嫌味の無い表情だ。
「レンヤ、何言っているのよ。アンタの嫁さんには私も入っているのよ。これは決定事項なのよ!」
「はいぃいいいいいいいいいいいいいいいい?」
(訳が分からない!)
「決まっているじゃない!レンヤは私の可愛い弟なのよ、可愛くて可愛くてもう堪らないのよ・・・、今まですっと我慢してきたけど、こんなに可愛くなってきたんだから、もう我慢出来ないわ。」
何てこったぁああああああああああああああ!
姉さんって、ブラコンにショタコンだったなんて・・・
ダメだ・・・
里最強と言われている姉さんから逃げられる道筋が見えない。僕の人生はこれで終わるのか?
しかし、突然姉さんが優しく微笑んでくれた。
「冗談よ。」
(良かった・・・)
「でもね、父さんに条件を突き付けたのよ。これから現われると言われる魔王を倒した報酬にはレンヤとの婚姻を認めてもらうってね。」
(うっそぉおおおおおおおおおおおおおおお!)
姉さん!何ちゅう条件を突き付けたんだよ・・・
俺との結婚って姉さんにとっての人参かい?
「だからね、レンヤ・・・」
再び姉さんが僕に抱きついてくる。
しかし、何だ?姉さんが震えている。
「レンヤ・・・」
「姉さん、どうしたの?」
「本当は怖いの・・・、魔王と戦うのが・・・、里で最強と言われてもやっぱり戦うのは怖いよ・・・、怖いと思うと体がブルブルと震えるの・・・」
「姉さん・・・」
「だからね、もう少しこのままレンヤを抱かせて・・・、こうしてレンヤを抱いていると落ち着くの。お願い・・・」
僕に抱きついている姉さんの目から涙が流れているのが見えた。
(そうだよな・・・、いくら強いっていっても、まだ15歳になったばかりの女の子なんだよな。僕と2つ上しか違わないし・・・)
それくらいに魔族との戦いは怖いのだろうな。僕も同じだ・・・
生きて帰れる保証は無い・・・
だから、絶対に生きて帰ってホムラと一緒に幸せに暮らすと決めている。
僕の生きる目標がホムラだから・・・
姉さんにとっては僕なのはちょっと微妙だけどねぇ~
だけど、僕も男だ!
「姉さん!」
「レンヤ、どうしたの?」
「僕は絶対に強くなる!姉さんを守れるくらいに!だから、もう少し待ってて欲しいんだ。これからはもっと真剣に鍛錬をするよ。僕が絶対に魔王を倒すから!」
「ありがとう、レンヤ・・・、大好きよ・・・」
ギュッと姉さんの抱きつく力が強くなってきたので、僕も姉さんを抱きしめた。
「もぉおおお!レンヤ!私を抱きしめてくれた事なんて無かったのに!」
ホムラがプンプンした顔で僕を見ている。
勇者としての訓練は大変だったけど、こうしてみんなでワイワイしている時間は大好きだった。
(ずっとこんな日が続けば・・・)
だけど、こんな平和な日々は突然終わってしまった。




