6話 魔王の娘
「私は魔王グリードの娘、アンジェリカです。」
僕の目の前にいる魔族の女性が・・・
ちょっと待った!
魔王の娘だって!
確か・・・、勇者と魔王の話は500年前の話だ!
そんな昔の人が今、この場にいるのがおかしいよ!いくら魔族は人間より長生きの種族といっても、エルフのように数百年から数千年生きるのは不可能だ!魔族で500年以上生きた話は聞いた事が無いぞ!まぁ、魔族の中ではアンデッドに身を堕とした者は不老不死になっているけど、そんな奴等はまともに人の姿をしていない。一部バンパイアなどは見た目は生前と変わらないが、モンスターの分類になっている。目の前の彼女は僕と同じくらいの歳の感じだし、魔族だったらずっと若いままでいる事自体が考えられない。
「やはり驚かれましたか・・・、魔王の娘となれば恐怖しかないでしょうね。」
彼女がまたもや暗い表情になってしまう。
(いや!そんなのでビックリしている訳でないよ!)
「こうして人族がここに辿り着いたって事は、父は討たれたのでしょうね。私は逃げも隠れもしません。私の首を持って帰ってこの争いに終止符を打って下さい。魔王の血筋が途絶えたと分かれば、他の魔族も降伏するでしょう。」
そう言って目を閉じた。
だけど、よく見ると少し震えている。
(やっぱり死ぬのは怖いよなぁ・・・、それに、彼女は思いっきり勘違いしているみたいだ。)
「あ、あのぉぉぉ・・・、アンジェリカさんでしたっけ?そんな事はする必要はありませんよ。」
「えっ!どうしてです?」
驚いた表情で目を開け僕を見ている。
「自己紹介がまだでしたね。僕の名前はレンヤ・・・」
「ゆ、勇者でしたかぁああ!」
僕の名前を聞いた途端に大声で叫ばれてしまう。
まだ話している最中なんですが・・・
「勇者の名前は確かレンヤと・・・、やはり父は敗れてしまったのですね。あれだけの事をしていれば滅ぼされるのは仕方ないでしょう。出来れば、平和になった世界をこの目で見たかった・・・、魔王の娘としての柵を無くして、ただの1人の魔族の女として・・・」
(この人、人の話を聞かないよ・・・)
「勇者がこうして目の前にいるのは、私も滅ぼされる事なんでしょう。改めて覚悟は出来ました。どこの誰かも分からない人族に討たれるくらいなら、父を倒した勇者に討たれた方が名誉です。さぁ、私にトドメを・・・」
(だからぁぁぁ・・・、勘違いです!)
「アンジェリカさん!」
少し強めの口調で彼女へと声をかけると、彼女がピクン!となって固まった。
「頼みますから落ち着いて下さい。」
「は、はい・・・」
(ふぅ、どうやら落ち着いたみたいだよ。)
「アンジェリカさん、今から話す事は本当の事ですし、落ち着いて聞いて下さいね。」
コクコクと首を縦に振ってくれている。どうやら分かってくれたようだ。
「信じられないかもしれませんが、勇者と魔王の戦いは500年前に終わりました。もう一度言います!500年前です!」
「ご、ご、500年前ですか・・・」
ガーン!とショックを受けたような表情になって僕を見つめている。
下を向いてプルプルと震えていた。
「私は既に死んでいたのですね・・・、こうしてあなたとお話をしていますけど、私はレイスかゴーストになっていたのですか・・・、死ぬ前に恋というものをしてみたかった。父は本当に過保護で誰とも私と同じ年頃の男の子を近づけなかったし、本で読んで憧れていました・・・、そんな未練が私を亡霊にしたのですね・・・」
彼女の目から涙が溢れてきた。
(う~ん・・・、勘違いもそうだけど、思い込みも激しい・・・、どうやら悪い魔族ではないのは間違いないと思う。)
このままでは埒が明かないので、彼女に近寄り手を握った。
彼女が呟く。
「温かい・・・」
「そうです、あなたは生きているんですよ。どうしてか分かりませんが、あなたは500年の時を超えて蘇ったみたいですね。あなたを見つけた時はまるで眠っているようでした。胸に真っ黒な剣が刺さった状態で・・・」
「私が眠っていた?そして真っ黒な剣ですか?」
僕はコクンと頷く。
「えぇ、とても軽く重さを全く感じませんでした。その剣を抜くと霧となってあなたの体に吸い込まれ、あなたが目を覚ました次第ですよ。正直、僕も何が何だか全く分かりませんけどね。」
「その剣は父の魔剣です。」
「魔剣ですか?」
「そうです、段々と思い出してきました。私がこうして眠りについたのも・・・」
「父は
『アンジェリカ、どうやら勇者達がこの城に侵入したみたいだ。この城に辿り着くまでも配下の者は次々と奴等に敗れ去った。勇者とはここまでの存在だったとはな・・・、正直、この我でも勝てるか分からん。もし、我が敗れるならお前がどうなるか・・・、魔王の娘として見せしめで生き地獄に落とされるのは容易に想像出来る。私はお前が大切だ。お前には不幸な目に遭わせたくない。だから許してくれ・・・』
そう言って、私の胸に魔剣を突き刺しました。段々と薄れゆく意識で父の言葉だけがはっきりと聞こえたのです。
『愛しいアンジェリカよ、お前はこの魔剣の力によって永遠の眠りにつく。歳もとらずにずっと美しいままでな。我が勝てばすぐにこの眠りは解けるだろう。だが、我が滅びれば永遠に目を覚ます事はない。だけど安心するがよい、いつかは我と同等の力を持つ者が現れればその眠りを覚ます事は可能だ。そして、その力のある者だけしか入る事が出来ない場所にお前を眠らせておく。その者がお前を幸せにしてくれる事を願う。』
『愛してるぞ、アンジェリカ・・・』
そう言われた事を覚えています。」
「魔剣は我々上級の魔族が自分の魔力を物質化して出来るものです。個人ごとに形状、能力は千差万別ですが、父は魔王というだけあって、複数の魔剣を生み出す事が出来たのです。その1つの魔剣が私を眠りにつかせたのでしょうね。」
そしてウルウルした目で僕を見ている。
「あなたは私を目覚めさせてくれました。人族でありながら父と同等の力を持つ者です。こうして私が人族のあなたの手で目覚めたのは運命なのでしょうね。」
(・・・)
ちょっと待ったぁあああああああああああああ!
どう考えてもこの話は変だぞ!
僕が魔王と同等の力?そんなのはあり得ない!
「アンジェリカさん、その話はおかしいですよ。勇者は500年前に確かに魔王を討伐したと伝えられていますが、その後は人との関わりを絶って歴史から消えたのですよ。僕は普通の一般の家庭から生まれた人間ですし、レンヤって名前も偶然ですよ。かつての勇者に憧れて付けられた名前です。しかも、僕は冒険者としても無能、最弱と言われているのですよ。今回もたまたま通路を見つけてあなたに会った訳ですし・・・」
今度は彼女が僕の手をギュッと握った。
「そんな事はありません。こうして私はあなたと出会いました。500年の時を超えて・・・、先ほどは私は運命と言いましたよね?私の願いは魔族と人族の争いが無くなる事です。お互いの種族が手を取り合う未来を望んでいます。人族のあなたが魔族である私を目覚めさせたのは間違いなく運命なのです。」
「い、いや、いきなりそんな事を言われても・・・」
「父は魔王としての性なのかもしれませんが、人族に対しては容赦はしませんでした。魔族と人族との戦いの日々・・・、私はずっと胸を痛めていました。魔族でも家族や身内には愛があるのに、なぜ人族に対して敵対をしなければならないのか?そんな事を考えるのは私だけかもしれません。でも、いつかは魔族と人族が手を取り合う未来を見たいのです。」
「そんな事を考えたらダメでしょうか?」
彼女が力強い視線で僕を見つめている。
しばらくお互いに見つめ合っていた。
ふと冷静になってしまって、今の状況を確認してしまった。
・お互いに手を繋いでいる。
・目の前の美少女とジッと見つめ合っている。
・・・
「「あっ!」」
同時に手を放してしまった。彼女の白い肌は首まで真っ赤になってしまっている。
僕も間違いなく真っ赤な顔になっていると思う。
「す、すみません・・・、はしたない真似を・・・」
「い、いえ・・・、僕こそすみません。会ったばかりなのに手を繋ぐなんて、馴れ馴れしい事をしてしまって・・・」
(うぅぅぅ・・・、気まずい空気だ・・・)
「取り敢えず、まずはここから出ましょう。ここから出ない事には始まりませんからね。今後の事は追々考えましょう。」
「そうですね。」
(よし!何とか話題を変えられた!)
彼女が寝台から降り立ち上がった。
500年も眠っていた割にはすぐに起き上がれて行動できるなんてすごい。
「体は何ともないですね。今までの感覚と変わりません。」
自分の体をキョロキョロしているけど、どうやら違和感はなさそうだ。
「500年も眠っていた割にはすぐに体を動かせるなんてすごいですね。」
「多分ですが、厳密には私は眠っていなかったと思います。私の時間が止まっていただけで、時が戻れば元に戻ったのでしょうね。だから、500年もずっとこのままでいられましたし、すぐに動けたのもそんな理由だと思います。」
「時間が止まるですか?そんな魔法は聞いた事もないですし、時間停止と言えば伝説の【収納魔法】が中に収納した物に時間を止めていつまでも新鮮なままに出来ると、文献に出ていたくらいですね。」
「まぁ、父の魔剣ならそれくらいの事は可能でしょう。魔剣は想いの力を具現化したものですし、魔族最強は伊達ではありませんよ。」
「そ、そうなんですか・・・、僕みたいな人間には想像出来ない世界の人ですよ。」
改めて魔王という存在は凄いものと実感する。それを倒した勇者って完全に人間を辞めていません?
「レンヤさん。」
「はい?」
「レンヤさんは、父の魔剣を解除したのですよ。レンヤさんは絶対にすごい人だと思います、もっと自信を持って下さい。」
「は、はい・・・」
(そんなの実感出来る訳ないよ・・・、とほほ・・・)
いつまでもそんな話をしても仕方ないので、彼女を連れて部屋の外に出た。
この部屋は結局行き止まりだったので、玉座の間まで戻る羽目になったけど・・・
通路から玉座の裏に出ると彼女が立ち尽くしていた。
「本当にこの城は滅びてしまったのですね。私の記憶ではついさっきまでこの場所にはたくさんの人がいたのに・・・」
玉座に手をかけた。
「石以外は全てがボロボロに・・・、本当に500年が経っていたのですね。」
「父様・・・、じいや・・・、ばあや・・・、もう誰もいないのですね・・・、私は一人ぼっち・・・」
「何で私だけが残されたのですか?私もみんなと一緒にいたかった・・・、こんな現実に耐えられない。」
マズイ!さっきまでは実感が無かったみたいだったからあんな態度だったけど、こうして魔王城の現実を見て精神が耐えられなくなっている!
彼女は魔王の娘、今は魔王はいないけど何がきっかけで彼女が新たな魔王になるか分からない。
早く彼女を元気づけないと!
「アンジェリカさん・・・」
ゆっくりと彼女が振り向いてくれた。瞳に涙が溜まっていて、今にも泣きだしそうだ。
「レンヤさん・・・」
「あなたは1人じゃない。僕があなたと一緒にいます。あなたが魔族かどうかは関係ない!僕はあなたとずっと一緒にいたいのです。頼りない僕だけど、あなたの泣き顔を見たく・・・」
いきなり彼女が僕の胸に飛び込んできた。
「レンヤさん・・・、うぅぅぅ・・・、うわぁあああああああああああああああああああ!」
彼女が僕の胸に顔を埋め思いっ切り泣いていた。
そんな彼女をギュッと僕は抱きしめた。
彼女が泣き止むまでずっと・・・