59話 領主の館へ⑥
「まぁ、これでレンヤ達の事情は分かったよ。それでは接見の間に戻るとするか?」
まだ親父さんがニヤニヤしているが、取り敢えず俺達の事情は説明が出来たから、これ以上は長々と部屋にはいない方が良いだろう。
再び接見の間に戻り、これから事の話をする。
ソフィアは王都の教会本部の最深部の部屋で、自らに封印をかけて眠っている事を以前ラピスから教えてもらっている。
そうなると、俺達も王都に行かなくてはならない事になる。
だけど、今の俺達はまずティエラの町へ戻って両親に会う事を優先したい。
アンとラピスを見ていると、やっぱりちゃんと両親にみんなを紹介したい。それが今の俺の最優先事項だ。
(テレサや王女様は王都まで一緒に付いてもらいたいのだろうけど、それは我慢してもらいたい。)
王女様の言っていた帝国との『婚約式』も、俺達がティエラの町に寄ってから王都に入っても時間的には間に合うはずだ。親父さんが怪しいと言っていたから、俺達もこの時期には王都にいたいと思っている。最悪、間に合わなくても俺とラピスが飛行魔法で先に王都に到着して、その後、アン達を転移魔法で迎えに行く手もあるから、そんなに慌てることもないだろう。
王女様達は3日後に出発する事になった。
マナさんの引き継ぎも明日中には終わる目途が立ったので、俺達は王女様の護衛として親父さんがギルドへ指名依頼として依頼をする事でまとまった。
俺達は王都の手前の町であるティエラの町へ行くのでそこまでの護衛となったけど、この町から王都まで馬車で3日の距離だから、実質ずっと王女様と一緒に行動するのと変わらないと思う。
親父さんが王女様に気を利かせての事だろうな。
「ふふふ、こうして勇者様達とご一緒に旅を出来るなんて夢のようです。」
嬉しそうに王女様が俺の腕に抱きついてくる。
しかし、テレサがすかさず王女様を引き剥がして、自分が俺の腕に抱きついてきた。
「殿下~、殿下はまだ兄さんと目立つような事をしてはダメですよ。当面はこの国とは距離を置くことになってますからね。だから、しばらくの間は私が兄さんを独占出来るのですよ。」
「何言っているのよ。いくら兄妹でもあなたは王女様の護衛なんだから国の人間と変わらないわ。王女様と同じくあなたも我慢ね。」
今度はラピスがテレサを引き剥がして、俺の腕に抱きついてきた。
(お前等・・・、何をコントみたいな事をしている・・・)
「ふはははぁああああああああああああああ!お前等、いつまでもイチャついていないで、そろそろ食事にしようじゃないか?本来は食事会でお前達を呼んだのだからな。」
「そうですね。それではお言葉に甘えて御馳走になりましょう。」
アンが優雅にお辞儀をすると、親父さんの後ろに控えている男どもがみんな顔を赤くしてモジモジしていた。
メイド達も『はうっ!』とした感じで、アンを見つめうっとりしているが・・・
アンからのお姫様オーラが半端ない!思わず俺もちょっと照れてしまう。
(ギルドだけでなく、この屋敷の中もアンのファンクラブが出来るのか?ホント、俺やラピス以上に人気者だよな。)
いざ食事となると・・・
(恥ずかしい・・・、と言うか、貴族の食事って本当に面倒くさいよ!)
アンとラピスの食事マナーが完璧過ぎるものだから、俺の不作法が非常に目立つ!
まぁ、王女様は「そう気にしないで下さいね。」と言ってくれるが、やはりねぇ・・・
「兄さん、私が食べさせてあげようか?」
俺の隣に座っているテレサが、ニコリと微笑みながらフォークに肉を乗せて俺の口元に運んでくれた。
「こら!テレサ!そんなはしたない作法はダメじゃない!」
「あら、殿下・・・、そんな事を言いますが、殿下こそこのフォークはどうしたのですか?私の目が変なのですかね?兄さんの口元へパスタを運んでいるように見えますけど・・・」
テレサがニヤニヤと笑って王女様を見ている。
(アンにラピスよ、助けてくれよぉぉぉ~~~~~)
なぜか俺の両隣には王女様とテレサが座っていた。アンとラピスは俺の正面に座っている。
「まっ!私達はいつでもレンヤと一緒に食事出来るからね。今回は王女様達にレンヤの隣を譲ってあげるわ。」
「そうね、久しぶりの兄妹の食事ですからね。仲良く並んで食べると良いですね。テレサさん、レンヤさんの隣を存分に堪能してね。うふふ・・・」
ラピスもアンも余裕な態度で俺の隣を譲ったんだよなぁ・・・
(いつもの2人の態度からは考えられない。何か天変地異の前触れか?」
「レンヤァァァ・・・」
ラピスがギロッと俺を睨んだ。
「何か失礼な事を考えていない?私も空気を読む事くらいは出来るわよ。」
ドキィイイイイイイイイイイイ!
ラピスのタイムラグ無しの指摘に心臓が止まりそうなくらいに驚いた。
(ホント、ラピスは鋭すぎる。怖いよ・・・)
アンもジロッと俺を睨んでいたが、ニコッと微笑んでくれた。
しかしだ!微笑んではいるが目が全く笑っていない!
(今夜はマジで殺される・・・)
「ふはははぁああああああああああ!今夜は無礼講だ!マナーは気にせず食べてくれ。俺からもお前にプレゼントがあるからな。」
親父さんがニヤッと笑っている。何を計画しているのか?
「「美味しい!」」
王女様とテレサが肉を食べながら驚いている。
それからすぐににへらぁ~と至福の表情に変わった。
「何て美味しいお肉なの・・・」
「言葉通りに蕩けるような気分になるお肉だわ。王宮でもこんな最上級のお肉は食べたことがないわ・・・」
(まさか!)
俺も肉を食べると・・・
(コレはぁあああああ!)
「ドラゴンの肉・・・」
「さすがレンヤだ、良く分かったな」
親父さんが手を上げると、1人の女性がいつの間にか親父さんの後ろに立っていた。
スラッとした女性でとてもキレイな人だ。
「俺の右腕の人間でな、この町の諜報部のトップだ。お前も良く知っている人だぞ。」
(???)
頭の上に大量の?マークが浮かんでいる。こんなキレイな人は会った事も無いけど・・・
ブゥウウウン!
女性の全身が一瞬ブレると・・・
(マジか!)
串焼き肉屋のマリーさんがニヤッと笑っていた。
「レンヤ!ドラゴンの肉、ありがとうな。家族も喜んでいたし、上司にもお裾分けしたら大喜びだったよ。私の上司はここの領主様だけどね。」
「マ、マリーさん・・・」
「ふふふ、驚いたかい?」
ニヤニヤ笑いながら首に掛かっているペンダントを俺に見せた。
「このペンダントはうちの旦那が昔、魔王城から命がけで見つけた魔道具なのさ。最初はどんな効果か分からなかったけど、こうしてなりたい姿をイメージして魔力を流すと、こんな風に姿を変える事が出来るようになったのさ。」
「叔父様、コレって国宝級の魔道具になりますよ。それを国に報告せず勝手に・・・」
王女様がアワアワしながらマリーさんのペンダントを見ていた。
「がはははぁあああ!シャルロットよ、そんな細かい事は気にするな。見ているだけの魔道具なんて逆に勿体ないぞ。こうしてちゃんと使ってあげるのも良い事なんだからな。」
「叔父様!それは詭弁ですよ!」
「まぁまぁ、そう言うな。でもな、この魔道具のおかげで町中の情報がすごく集めやすいからな、この町の治安維持にも役に立っているんだ。」
「まぁ、それななら私も文句は言いませんが・・・」
「だけど、うちの旦那でも命辛々逃げてきた魔王城を攻略したなんてねぇ・・・」
マリーさんがジッと俺を見ている。
さっきの美人の姿だとドキッとなってしまうけど、いつものマリーさんの姿(偽装なんだよね)で見られるとなぜか安心するよ。
「でもな、レンヤのおかげでギルドの膿が取り除けたんだ。その事に関しては旦那は感謝していたよ。」
そうなんだ。それにしてもマリーさん旦那さんって誰なんだ?
「だけどなぁ~、サブマスターから急にマスター代理にされたものだから、忙しくて大変そうだよ。」
(ま、ま、マジかい!あのマッチョゴリラのサブマスターの事か?)
信じられない・・・
今のマリーさんの姿なら納得ですけどねぇ~~~
偽装前のあのスレンダー美人のマリーさんとマッチョゴリラの2ショット・・・
・・・
う~ん・・・、やっぱり見た目が似合わないと思うのは俺だけ?
「今はまだ正式な辞令は出ていないけど、この町のギルドマスターになるって言われているみたいだよ。だけどなぁ~」
そう言ってマリーさんが俺を見ているけど・・・
「ギルドNo.1の受付嬢を持って行かれたからってショックを受けていたよ。あの子がいなくなったらどんだけ仕事が増えるのか?ってえらくビビっていたね。見た目と違ってうちの旦那は気が弱いからな、がはははははぁあああああ!」
(サブマスター、マナさんを連れて行ってすみません・・・)
「レンヤ、申し訳ないと思ったら、例の肉、もう少し融通してくれれば嬉しいな。ふふふ、あの肉は美味しいだけじゃなくて気力も回復するみたいだしな。旦那にもっと食べさせてやりたいから頼むよ。」
「分かりましたよ。マリーさんにはこの町に来てからずっとお世話になっていましたからね。明日、お店に届けておきますよ。」
マリーさんがニカッと笑った。
「頼んだよ。」
「レンヤ!俺のところにもな!」
親父さんが慌てて俺に向かって話した。
「分かりました。特にお2人にはずっと世話になっていましたからね。これまでのお返しが出来るって事ですよ。そんなに多くは渡せませんがそこそこの量はお約束しますよ。」
嬉しそうに2人が頷いてくれた。
あっという間に食事時間が終わり、この屋敷から出て行く時間となった。
玄関ホールで親父さん達が見送ってくれている。
「レンヤ、楽しかったぞ。またこの町に来る事があったら必ず顔を出せよ。」
「分かったよ。その時は良い知らせと一緒に戻ってくるさ。」
「頼んだぞ。俺の心配が当たらなければ良いのだが、こんな時の心配ってのは当たるからなぁ・・・、頼めるのはお前だけしかいないからな。」
「影ながら俺も手助けしますよ。なぁ、テレサ。」
テレサが左手に着けた指輪を撫でながら頷いてくれた。
「兄さん、殿下の護衛は任せてね。剣聖の名に恥じないよう頑張るわ。」
テレサがグッと拳を前に突き出してきたので、俺も拳をテレサの拳に合わせる。
「頑張れよ。って、3日後は一緒に旅をするけどな。」
「そうね、ティエラの町までは存分に兄さん成分を補給させてもらうわ。」
「勘弁してくれ・・・」
みんなからの笑い声がホールに響き渡った。
- 領主の屋敷から帰って我が家のリビング -
「ふぅ~、やっと終わったよ・・・」
ソファーに座って寛いでいる。
「ご苦労様。」
ローズがニコッと微笑んで俺の前のテーブルにカップを置いてくれる。カップの中は真っ黒な液体が注がれていた。
カップを手に取り中の液体を一口飲む。
「う~ん、美味い!ローズの淹れてくれたコーヒーは最高だよ。」
「良かった。頑張って練習した甲斐があったわね。」
嬉しそうに俺の隣に座った。
この数日でローズの態度がかなり変わってきた。
最初の出会った頃の焦った感じに比べると、今のローズはかなり落ち着いている。さすが裏社会でトップを張っている人物だけあると思うよ。
俺を観察して俺の嫌うような態度はしてこないし、甘え方もとても上手だ。最初の強引さは何だったのだろう?と思ったけど、今のローズなら一緒にいても落ち着くし甘えられると愛しく思う。
みんなと上手く付き合っているし、仲が良いのは良い事だ。
『コーヒー』は俺とローズが大好きな飲み物だったりする。
この家に豆で置いてあって、ローズがラピスから豆の挽き方、淹れ方を教えてもらい、俺が帰って来ると淹れてくれるようになった。
「この苦味が何か癖になるのよね。」
ニコニコしながらローズがコーヒーを飲んでいる。ミルクや砂糖を入れる飲み方があるとラピスが言っていたけど、何も入れずにそのまま飲むのが俺の好みだ。ローズの好みも同じだったみたいだ。
ラピスは「私はちょっと苦手ね。紅茶が1番よ。」と紅茶派で、アンもマナさんも紅茶派だったりする。
だけどアンは俺に合わせたいみたいで、頑張ってコーヒーも飲むようになっているが、まだ苦手なのか渋い顔をしながら飲んでいる姿が可愛いよ。
「レンヤ君、お疲れだったわね。」
マナさんがにこやかに微笑んで俺の隣に座った。マナさんとローズに挟まれる形で座っている。
「マナさんこそお疲れさんだよ。こうしてマナさんに聞いてみるとギルドの受付嬢の仕事って大変なんだなぁ~と思うよ。」
「大丈夫よ。こうしてレンヤ君成分を補給出来れば私はいつも元気だからね。」
うわぁ~、マナさんがテレサと同じ事を言っているよ。
そうだった・・・、マナさんもブラコン&ヤンデレだった・・・
ローズが大人しくなったと思っていると、今度はマナさんが遠慮しなくなってきたんだよなぁ~
マナさんってかなり独占欲が強いのかも?
「それよりもレンヤ君の方こそ大丈夫?今夜は私がレンヤ君の隣だから、私がレンヤ君を癒してあげるね。」
そう言って俺の頭をギュッと抱きしめてきた。
(うっ!)
俺の顔がマナさんの大きな胸の谷間に挟まれてしまう。とっても幸せな気持ちになるけど・・・
(く、苦しい!い、息がぁあああああああああああああああああ!)
「こら!レンヤが窒息死してしまうわよ!」
意識が遠くなりかけていたけど、ラピスがマナさんに注意してくれたおかげで俺の顔の圧迫が緩んだ。
急いでマナさんの胸から顔を上げると・・・
「レンヤ・・・、すっごい幸せそうな顔ねぇ・・・」
ピクピクと表情が引き攣って不機嫌なラピスが目の前にいた。
「貧乳の私はマナのような方法でレンヤを満足させる事は出来ないわよ・・・」
(おいおい、そんな事で拗ねないでくれよ・・・)
「ラピスさん、どうぞ。」
マナさんが立ち上がってラピスに席を譲った。
「マナ・・・、無理しなくても・・・」
しかし、マナさんがニッコリと微笑んだ。
「大丈夫ですよ。私はもうレンヤ君成分の補給は終わりましたから、次はラピスさんの番ですよ。」
「あ、ありがとう・・・」
いそいそと隣に座りギュッと腕に抱きついた。
「ふふふ、レンヤの温もり・・・、幸せよ・・・」
幸せそうな顔のラピスを見ていると俺も嬉しくなってくる。
向かい側のソファーに移動したマナさんはアンの隣に座って、2人でニコニコしながら俺を見ていた。
(これが安らぎっていうものなんだな。前世では経験しなかった温かさだよ。)
就寝時間になったので、みんなでベッドに入った。今夜はマナさんとローズが俺の隣の番だ。
普段は大人しくなってきたローズだけど・・・
「レンヤさん・・・、早く私を抱いてね。その日を待っているから・・・」
妖艶な微笑みで俺を見つめている。
(いかん!煩悩退散!心を無に!)
「冗談よ。」
チュッと俺の頬にキスをしてくれた。
「今の私はこうしてレンヤさんと一緒にいるだけで幸せなのよ。今まで色々と汚いものを見てきたけど、レンヤさんから伝わる温かさが私の心を癒してくれるの。この町で初めて会ったはずなのに、なぜか昔から知っている気がする・・・、この温かさで癒された覚えが・・・、不思議ね。」
今度は可愛く微笑んだ。
(あれ?)
今の笑顔は覚えがある・・・
確か・・・
「レンヤ君」
グイッと顔を反対側に向けられた。
マナさんがちょっと拗ねた感じで俺を見ている。
(もう少しで思い出すところだったのに・・・)
「私を無視して2人で盛り上がらないでよ。」
そのままギュッと抱きしめられた。
「今夜はお姉さんに甘えて良いからね。ふふふ、ずっと昔からこうしてレンヤ君を抱いていた気がするわ。可愛い可愛い私の弟・・・」
マナさんからシャワー上がりの石鹸の良い香りがする。
不思議だ・・・
ずっと昔にこうして抱きしめられていた気がする。
俺はもう18歳なのに、こうしてマナさんに抱きしめられていると安心する。
かつての俺が失った温かさを思い出すように・・・
マナさんにローズ・・・
こうして一緒になったのは偶然ではないのかもしれない。
俺と2人に何があったのだ?




