58話 領主の館へ⑤
親父さんが『信じられない!』って感じの表情で俺を見ている。
「レンヤの雰囲気が称号が変わる前と比べてだな、これだけ雰囲気が変わるなんておかしいと思っていたんだ。そうなると、今のお前は500年前の勇者様って事か?」
「素敵・・・、伝説の勇者様が私の目の前にいるなんて・・・」
おいおい、王女様の目がハートになって俺を見ているぞ。
「それはちょっと違うな。」
みんなが誤解しているみたいなのでちゃんと説明しないとな。
「確かに俺の魂は500年前に死んだ勇者だよ。当時の記憶も残っている。だけどな、俺はティエラの町のパン屋の息子のレンヤだ。ここにいるテレサの兄で間違い無い。中身がかつての勇者だという事だよ。」
「兄さん・・・」
テレサが潤んだ瞳で俺を見ている。
「俺は500年前の魔王との戦いで命を落とした。魔王と相打ちになってな。」
「何だとぉおおおおおおおおおおおお!」
親父さんが再び大量の冷や汗をかきながら俺を見ている。
「し、信じられん・・・、国の歴史書にはそんな事は一切書かれていなかったぞ・・・」
「それは本当だよ。だって俺本人が言っている事だしな。勇者が魔王と相打ちになった事は誰にも言えないだろう?俺が死んだ事は隠す事にしてラピスと一緒に表舞台から消えた事にしたのだろうな。ラピスもラピスで俺を転生させる為に転生魔法と言われる禁呪を使った事で魔法が使えなくなった時期もあったし・・・、俺と違って頭の良いアレックスならそのくらいの事はするはずだ。」
「確かにそう考えれば辻褄が合いますわ。さすがはアレックス賢王様だけありますね。勇者様がいなくなって世の中が不安にならないようにと、この国を大きく成長させご自身が勇者様の代わりを務めようと頑張られたのでしょう。そして魔法が使えなくなったラピス姉様も気遣って、勇者様と一緒に姿を消された事にしたと思います。」
初めは俺を見ていた王女様だったけど、うっとりした表情でラピスを見ているよ。
「しかし、転生魔法ってそんな魔法があったなんて・・・、そんな魔法をつかえるラピス姉様はなんてすごい魔法使いなんでしょう。」
「私はそんな立派な魔法使いではないわ。」
ラピスが少し神妙な表情で俺を見ている。
「大賢者と呼ばれていても結局は好きな人を助ける事が出来なかったのよ・・・、ソフィアの力でも魔王の最後の呪いは解けなかったわ。何も出来ずにこのまま永遠のお別れなんてどうしても我慢が出来なかった・・・、レンヤの死の間際で私は初めて『レンヤが好き』と気付いたの・・・、それまではレンヤを見ていると時々モヤモヤした気持ちが何なのか分からなかったわ。男嫌いの私がまさか恋をするなんてね、そんなのは想像もしてなかった・・・、段々と私の腕の中で冷たくなっていくレンヤを・・・、愛していると自覚した途端にレンヤを失ったあの瞬間は今でも忘れない・・・」
ラピスの目から涙が溢れ出す。
「私はレンヤを失いたくなかったの。一か八かの賭けで唱えた転生魔法は大賢者の固有スキルの1つよ。一生に一度だけ使える魔法だけど、転生が出来る可能性は限りなく低いわ。しかも成功するかしないかも関係無く代償として100年間は魔法が使えなくなるの。運よくレンヤの転生は女神様に認められ成功したわ。私はハイエルフ、100年の期間は数千年も生きる私にとってはあっという間だったけど、レンヤがいない100年間はとても淋しかった・・・、魔法が使えるようになった私は、レンヤが生まれ変わるその時まで眠りについたの、一切歳を取る事の無い結界の中でね。再びレンヤに会うのにおばちゃんエルフになっている訳にいかないわ。」
「ラピス姉様・・・、そんな悲しい事が・・・」
王女様がラピスの話を聞いて涙を流している。
「私とソフィアは誓ったのよ。どれだけ先の未来になろうが、必ず私達は生まれ変わったレンヤを迎えに行くってね。そして、500年後の今の時代にレンヤは生まれ変わったのよ。生まれ変わったレンヤはすぐに見つける事が出来たわ。レンヤは私からは絶対に逃げる事は出来ないようになっているからね。」
ラピスがニヤッと笑いながら俺を見ていた。
ゾクッと背中に悪寒が走る。
テレサがボソッと呟いているよ。
「私もそんな能力が欲しいわ・・・、そうすればいつでも兄さんの居場所が分かるのに・・・」
(テレサ、それは勘弁してくれ・・・、お前までラピスと一緒に追いかけられるなんて恐怖でしかないよ・・・)
「ちょっと待って下さい!」
今度はテレサがラピスの話に入ってきた。
「今、『ソフィア』と仰いましたよね?もしかしてかつての勇者パーティーの聖女ソフィア様の事ですか?」
「そうよ。」
「そんなのあり得ないです。大賢者様のようなハイエルフなら分かりますが、ソフィア様は人間なんですよね?いくら幻の称号の『聖女』でも数百年も長らえる方法は無いはずです。」
「いいえ、ソフィアはもう聖女ではなくなっていたのよ。」
「どういう事ですか?」
テレサの疑問も分かるし、俺も疑問に思っていた。
いくら聖女の称号をもっていても、アンに刺さっていた時間停止効果のある魔剣やラピスの封印魔法のような魔法やスキルは持っていなかったはずだ。
しかも、今のラピスの言葉はソフィアが聖女の称号ではなくなったと言っている。
俺が死んでから何が起きたのだ?
「ソフィアはねぇ・・・」
ラピスがゴクリと喉を鳴らした。俺も釣られて喉を鳴らしてしまう。
「聖女から大聖女にクラスチェンジしたのよ。」
(はい?)
「「「・・・」」」
う~ん・・・、とても微妙な空気になってしまったぞ・・・
「ふふふ、ちょっと勿体ぶり過ぎたわね。ここまで空気が悪くなるとは予想外だったわ。調子に乗ってごめんなさい。」
ラピスがちょっと申し訳なさそうにしている。
「クラスチェンジは滅多にないけど、女神フローリア様に認めてもらえれば出来るのよ。ソフィアは魔王討伐の功績を認められてフローリア様に大聖女として認められたのよ。大聖女のスキルに女神様の能力を借りるスキルがあるの。そのスキルを使って女神様のお力を我が身に宿して、私と同等の結界を作って眠りに入ったのよ。」
「そ、そんな力が・・・」
テレサがわなわな震えている。
「大聖女の称号は初めて聞いたわ。」
王女様も震えていた。
「神に匹敵するスキルを使える称号があるなんて、是非ともソフィア様にお会いしたいです。未知なる称号・・・、どんなスキルをお持ちかとことん聞かなくてはなりません。あぁ、そんな方が勇者様を追いかけて蘇るなんて・・・、ステキ・・・」
おい!王女様!ちょっと自分の世界に入り込んでいないか?
王女様にあるまじきだらしない表情だぞ!しかもだ!ちょっと涎も出ている。
「ちょ、ちょっと殿下・・・、目を覚まして下さい。初めて聞く称号だからって食い付き過ぎですよ!」
テレサが王女様の脇を肘でつついている。
「はっ・・・」
王女様が我に返ったようだ。さすがに恥ずかしかったのか真っ赤な顔でモジモジしている。
「ソフィアの事は分かったけど、俺の話から脱線してしまったので元に戻すけど大丈夫か?」
「レンヤ、ごめん・・・」
「勇者様、申し訳ありません・・・」
ラピスと王女様がペコペコ俺に謝っている。
「勇者として目覚める前までは、テレサ、お前も知っているような普通の男だったけどな。まぁ、昔、お前をレッド・ベアーから助けた事は本当に記憶が無いんだよ。悪い・・・」
「良いのよ、兄さん・・・、こうやって本当の事を話してくれて私は嬉しいの・・・」
テレサがうっとりした表情で俺を見ているよ。
ホント、コイツはヤンデレなんだなぁ・・・、テレサの真実を知った俺の方は怖いけど・・・
「この事に関しては女神様が俺の記憶を操作して、勇者の力を再び封印したと思っているよ。そうしないと7歳児の俺が『勇者』に目覚めたって事になると、周りが大騒ぎになるのは確実だっただろうしな。」
「そうね、私があの時聞いた声は女性の声だったし、女神様だったのでしょうね。」
ウンウンと納得したようにテレサが頷いてくれた。
「まぁ、そんな訳で普通に成人になって祝福を受けたけど、授かった称号はみんなが知って通り『勇気ある者』だったけどな。正直、この3年間は辛かったよ。こんなに辛い日々を過ごしていたけど、勇者になりたい気持ちはずっと無くなる事はなかったなぁ~」
「それは元の魂が勇者様だったからでしょうね。どんな困難にも挫けない、私が好きな物語の勇者様はそんな方でしたからね。」
王女様がうっとりした目で俺を見ているよ。
テレサもそうだけど、2人揃ってずっと見つめられているからちょっと恥ずかしい・・・
「今になって物語の勇者を思い出すとねぇ・・・、穴があったら入りたいくらいに恥ずかしいな。アレックスめ・・・、絶対に俺がこうして生まれ変わって物語を読む事を分かって書かせただろうな。アイツのニヤニヤ笑いが目に浮かぶよ。」
ポロッと俺の目から涙が落ちた。
「アレックス・・・」
急にアイツの事が懐かしくなった。ラピスはこうして再び会えたし、ソフィアも待っていると聞いている。
アレックは天寿を全うしてもうこの世にいないとフローリア様から教えてもらっていた。
そう思った瞬間に涙が出てきた。
「レンヤ・・・」
ラピスが心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
「大丈夫だ。ちょっとアレックスの事で感傷的になったな・・・」
「勇者様・・・」
王女様が心配そうに見ていた。
「心配するな。かつての親友の事で懐かしく思っていただけだよ。アレックスとはもう2度と会えないけど、あいつがこの国をここまで大きく立派にしたんだ。友人としてとても嬉しく思うよ。俺には絶対に出来ない事だからな。それにこうしてアレックスの子孫にも会えたんだ。姫様、こうして見ると目元がアレックスに似ている感じがするな。」
「そうね、私もそう思うわ。」
ラピスも頷いていた。
「それに当時のアレックスの婚約者だったセレスティアの面影もあるわね。あの子も私と一緒でペッタンコ同盟の1人だったのよ。あなたもどうやら彼女の血が現れたのかもね。間違いなくアレックス達の子孫で間違いないわ。」
「ありがとうございます。」
王女様が深々と頭を下げていた。
「伝説の英雄の方々にそう言っていただけてとても嬉しいです。父や母にこの事を伝えられないのはとても心苦しいですが・・・」
「シャルロットよ、それは仕方ないだろうな。まぁ、俺の方から国王には親書を書いておく。お前はその親書を渡してもらえないか?例の帝国の王女との婚約式が無事に終わるまでの辛抱だからな。それ以降は帝国とは直接やり取りを行う事は当分ない。その間にレンヤにはこの国の後ろ盾は無い事にして色々とやってもらう事があるから、お前はそのサポートをしてもらう事になるだろう。あくまでも内密に、これだけは忘れるなよ。」
「叔父様、分かりました。」
「親父さん、申し訳ないな。色々と気を遣わせて・・・」
そう言って頭を下げたが、親父さんはニカッと笑ってくれた。
「気にするな。俺も帝国の事は気になっているんだ。きな臭い情報が入って来ているのはお前のところと同じだけど、それでもうちの国との婚約式を予定通りに執り行うとの連絡が来ているんだよな。帝国の真意が分かりかねん・・・」
【レンヤ・・・】
【ラピスか?】
【今の話に出ていた婚約式は気になるわね。例の指輪を妹に渡した方が良いかもね。】
【そうだな。テレサは王女様の専属護衛だから、婚約式には王女様と一緒にいるだろう。万が一に備えて身に着けてもらっていた方が良いな。】
「テレサ・・・」
そう言ってテレサを見るとちょっと驚いていた。まぁ、いきなり声をかけたからな。
「兄さん、何?」
「俺からお前にお守りを渡しておくよ。」
収納魔法からラピスにもらった指輪を取り出した。それをテレサの掌に乗せた。
「キレイ・・・、こんな立派な指輪なんて、本当にもらっていいの?」
うっとりした表情で指輪を見ているよ。そしてテレサの視線が俺やアン、ラピスの左手の指をジッと見ている。
「それに、この指輪って兄さんだけでなくてアンジェリカ義姉さんも大賢者様も身に着けていない?もしかして?」
「あぁ、これは俺達の家族の証だよ。それに・・・」
「どんな事があっても俺がお前を絶対に守るからな。この指輪はお前に何かあったらすぐに分かるようになっている。だからどんな事があっても心配するな。テレサ、お前は俺の大切な妹だからな。」
「うん、兄さん・・・」
テレサがギュッと指輪を握り締めて泣き始めてしまった。
(ちょっとちょっと!テレサよ!何でそんなに感動した感じで泣いているんだ!)
「やっぱり兄さんはあの時から変わってなかったわ・・・、最高の言葉よ。へへへ・・・」
アンがニッコリと微笑んでテレサを見ているよ。
「テレサさん、私もレンヤさんから同じように言われましたよ。心細かった私を元気付けてくれました。レンヤさんの言葉で私は生きる希望を持てたのです。分かりますよ、もうレンヤさん無しでは生きる事が出来ないくらいにレンヤさんの事が好きになっているってね。ふふふ・・・、あなたは本当に可愛い義妹よ。」
「ありがとうございます、義姉さん・・・、大賢者様と殿下は同盟を作られたみたいですから、義姉さん、私達も同盟を作りましょう。『兄さん大好き同盟』っていうのは?」
「ふふふ・・・、良いですね。私とテレサさんだけの同盟よ。」
アンとテレサがジッと見つめ合っている。
あの決闘からとても仲が良くなったのは喜ばしい事だけど、何かなぁ~、お互いの想いが相乗効果で更にパワーアップしていると思うのは気のせい?
あっ!2人が俺を見た!
ゾクッ!
(どうしてだ?とても恐ろしい何かがあの2人から感じる。)
間違い無い!アンとテレサは同類だ!ラピスも愛が重いと思ったけど、この2人の方が遙かに重い気がする!
「レンヤさん、大丈夫ですよ。私達はレンヤさんが大好きなんですから、レンヤさんの嫌がる事はしませんよ。」
「そうよレンヤ、もうあなたは私達から逃げる事は出来ないんだからね。まぁ、例えどんなに逃げても私からは絶対に逃れることは不可能なのは分かっているわよね?」
「兄さん、もう私は迷わないし遠慮しないわ。これからは兄さんを想い、兄さんを愛し、兄さんに尽くすわ。父さんや母さんから何を言われても構わないからね。こんな私にした責任をちゃんと取ってよね。」
(こいつら・・・、ラピスだけでなくてアンもテレサも何で俺の心を読めるのだ?)
チラッと親父さんを見ると・・・
とても嬉しそうにニヤニヤ笑っていた。
「レンヤ、モテモテだな。ここまで愛が重い連中が揃うのも珍しいな。まぁ、頑張れや。」
(親父さん、他人事だと思ってぇえええええ!)




