57話 領主の館へ④
「そ、そんな・・・」
アンの手刀がテレサの首筋に当てられている。
「テレサさんでしたっけ?まだ続けますか?あなた程の実力者なら、私のこの手刀でもあなたの首を簡単に切り落とす事も可能だとお分かりになると思いますけどね。」
「くっ!」
悔しそうな顔でテレサが床へ視線を落とした。
「私の負けよ・・・」
おいおい・・・、アンの強さはどうなっているんだ?
先日、俺と行った模擬戦の時よりも遙かに動きが良くなっている。一瞬にして消えテレサの後ろに瞬間移動したのは、指輪の転移機能を上手く使っているし、さっきの白刃取りの事もある。アンの戦いのセンスはとんでもないと思う。
(アンって、戦えば戦うほど強くなるのか?潜在能力は計り知れないよ。さすがは歴代最強と言われた魔王の娘だけの事はある。味方であって本当に良かった。)
「テレサ、落ち着いたか?」
俺もテレサの前に立った。
憑きものが落ちたかのようにテレサの表情が和やかになっている。
「兄さん、完敗だったわ。剣聖の称号を授かって自惚れていたのね。上には上がいるって実感したわ。」
「そんな事はありませんよ。」
アンがテレサに話しかけた。
「テレサさん、あなたの剣気は凄まじいものがありましたわ。私も本気で相手をしないと危ないくらいにね。さすがはレンヤさんの妹さんだけあると思いますね。今回はあなたが少し冷静さを欠いていたから勝てただけですよ。普段のあなただと私でも勝てるか分かりません。」
「いいえ、それでも私が負けると思うわ。」
テレサがゆっくりと首を振った。
「対峙して分かったわ。あなたは私よりも遙かに高い場所にいるのが・・・、兄さんが選んだだけの人であるわね。」
そしてアンへペコリと頭を下げた。
「兄さんをよろしくお願いします。私は妹ですから兄さんと一緒になる事は出来ません。分かっていましたが・・・、何で私は兄さんの妹になったの?妹でなければ自由に恋が出来たのに・・・」
テレサの瞳から涙がポロッと零れた。
「大丈夫ですよ。」
ニコッとアンが微笑みながらテレサへ手を伸ばした。
驚いた表情でテレサがアンを見つめている。
「あなたはレンヤさんの事が好きなんでしょう?そう簡単に諦める事が出来ますか?」
「い、いえ・・・、兄さんと別れるなんてそんな事は無理です・・・、それなら私は死を選びます。」
(お~い!テレサの愛が重い!重過ぎる!)
「兄妹、そんなのは関係無いと私は思いますよ。私はレンヤさんと出会うまでは恋をした事はありませんでした。たった1人残された私をレンヤさんは支えてくれました。初対面で会ったのにも関わらず、レンヤさんの優しさがとても嬉しかった・・・、そして私はレンヤさんに恋をしたの。いえ、初めて会った時から私の心はレンヤさんに囚われてしまったのでしょうね。私とレンヤさんの恋は本来は許されない恋・・・、だけどレンヤさんは笑ってそんな私を受け入れてくれました。だから大丈夫ですよ。私と比べれば兄妹の結婚なんて些細な事です。王家の人間では兄妹や親子で結婚した事例は過去にいくつもありますし、ちゃんと文献にも残ってますからね。あなたがレンヤさんを好きな気持ちでい続ける限りは私達も応援しますよ。」
「本当に?」
「もちろんですよ。」
アンがウインクした。
「それに、私は一人っ子だったので姉妹には憧れているのですよ。マナ姉様は私の姉になってくれました。あなたは私の妹になって欲しいです。」
アンが差し出した手をテレサがギュッと握った。
「お義姉さん・・・、そう呼んでも構わないの?」
「もちろんよ。私の可愛い義妹になるのですからね。しかも、レンヤさんの妻として同じ立場になりますし、遠慮はしなくてよろしいですよ。」
お~い・・・、2人で何を盛り上がっている?いつの間にか仲良くなっているし・・・
「お義姉さん。これからはそう呼ばせて貰いますね。」
「あぁぁぁ~、この言葉、最高です。」
テレサに言われてアンがうっとりした表情になっているよ。
ふと思った。
父さんや母さんに何て言えば良いんだ?
アンやラピス達は普通に紹介出来るだろうけど、『いやぁ~、テレサとも結婚する事になって・・・』って、そんなの言えるかぁあああああああああああああ!
・・・
でも、アンとテレサが仲良く手を繋いでいる姿を見てしまうと、今は何も言えないよ。
フローリア様、これも試練なのか?
(はぁ~、父さんと母さんの呆れ顔が目に浮かぶよ・・・)
「レンヤ!私は王女様を応援するわ。」
(はい?ラピスの声だ。何を言っているのだ?)
後ろを振り返ると、ラピスと王女様が仲良く立っている。
どうやらテレサの殺気を浴びて体調が悪くなっていたのが良くなったようだな。
しかしだ!
何で王女様がモジモジしている?
それにラピスが応援だって?
(???)
「私と王女様は同士になったのよ!お互いに持っていない者の気持ちが良く分かる者同士にね!」
(???)
一体何を言いたいのか全く分からない。
「アンにあなたの妹は持っているからあんな立派なドレスを着られるのよ!でもね、私と王女様は着られるドレスは限られてしまうの・・・、特に胸の谷間を強調するドレスは着られないの!そもそも谷間なんて無いし・・・」
(はい?)
よく2人を見てみると・・・
(確かに・・・)
ラピスも王女様もアレだった。
俺の口からはとても言えないよ・・・
この数日でラピスのコンプレックスはよく分かっている。王女様も同じコンプレックスを持っていたんだな。しかも、王女様の方がラピスよりも若干胸が薄い気がする。王女様はテレサと同じくらいの歳だろう。同じくらいの歳のテレサがかなり大きいのだ、だけど王女様のこの胸の大きさなら他人の大きさが気になるのも分かる。
そんな俺の視線を察知したのか、王女様がまたモジモジし始めた。
「お母様はかなりの巨乳だったのに、私はその血を受け継がなかったの・・・、ラピス様からお聞きしたわ。勇者様は胸の大きさで女性を選ぶような人ではないと・・・」
「はいぃいいいいい!」
(お前ら何を相談していた?)
2人が見つめ合っている。
「王女様、これからは2人でレンヤを虜にするように頑張ろうね。巨乳だけが女の全てではないと見せつけないと・・・、アンを始め、レンヤの妹にマナ、ローズマリーと巨乳揃いだけど絶対に負けないわよ。分かった!」
「はい!ラピスお姉様!私は絶対に負けないわ!」
王女様が胸を押さえて俺に訴えていた。
「勇者様!胸が小さくても良いところが沢山あるって教えて差し上げます!」
(お前らなぁ・・・、何ちゅう会話をしているんだよ・・・)
とてつもない頭痛がしてきたのは気のせいだろうか?
「ふはははぁああああああああああああああ!」
親父さんの声だ。
俺の隣に立ってポンポンと肩を叩いてくる。
「レンヤ、取り敢えず収まって良かったな。まぁ、しかし、何だ・・・」
「親父さん・・・」
「頑張れとしか言えないけどな。こうも個性的な人間がお前の周りに集まって来るとは、ある意味同情するよ・・・」
「これも勇者の試練と思って頑張ります。」
「頑張れよ!」
親父さんと固く握手をした。
「女性陣が盛り上がっているところ悪いけど、レンヤ、お前はこの国に縛られるのは嫌なんだろう?シャルロットはこの国の王女だし、ここで勝手に話を進める訳にいかんからな。それにお前の妹さんもこの国の騎士団の副団長だ。国王がおいそれと幻の称号を持つ者を簡単に手放すとは思えん。」
そして王女様を見る。
「少しは頭が冷めたか?」
「叔父様、申し訳ありません。」
王女様が深々と頭を下げた。
「私も勇者様とお会い出来て浮れていました。叔父様の仰る通り勇者様は国に縛られるのを嫌がっているみたいですね。」
「レンヤ、それはアレか?」
親父さんが今まで見た中で1番真剣な表情で俺を見つめている。
「ギルドでのゴタゴタは色々と聞いている。貴族は情報収集が肝だしな。大賢者様を通じて女神様が降臨されたってのもちゃんと情報が入っているよ。まぁ、お前にとっては女神様が言われたあの神託が気になっているみたいだけどな。」
ゴクリと親父さんが喉を鳴らした。
「やはり魔王復活の神託の事か?」
「嘘・・・、魔王が復活したって、本当ですか?そんな話はこの町での情報収集の時には1つもありませんでした。」
王女様が真っ青な顔で俺を見ている。
俺は黙って頷いた。
「そうか・・・」
親父さんがやっとの感じで声を絞り出した。
「俺は魔王城を探索したが魔王はいなかった。魔王の正体も居場所も現時点では分かっていないから、あまり噂にもならないのだろうな。俺やラピスの存在が今のこの町では1番の噂になっているのもあるし、それにギルドでも魔王関係の話は把握出来ていないのだから尚更噂にならないと思うよ。まぁ、魔王がいる可能性があると俺達が考えているのは、魔族領と帝国の領地になってしまった魔族の神殿だよ。」
「帝国絡みか・・・」
「叔父様、帝国って、まさか?」
「そうだ、帝国と言えばあのサーベラス帝国の事だよ。お前の兄である第1王子とサーベラス帝国の王女様が恋仲って事だよな。以前、この国に留学していた王女様が王子殿下と恋仲になって結婚の約束までしてしまったのは有名な話だろう。」
「えぇ、来月には婚約式が王都で行われます。」
「そういう事か?」
親父さんが俺を見つめた。
「そういう事さ。俺達はこの国には迷惑はかけられないって事だ。俺はこの国と柵が無いって事実が必要なんだよ。ギルド組織管轄なら国とは関係無く動きやすいし、最悪、帝国内の神殿で派手な事をしてもこの国にはお咎めは無いからな。いくら帝国でも世界規模のギルドには喧嘩を売れないからな。」
「お前は帝国が怪しいと睨んでいるのか?」
「俺も冒険者の端くれだよ。無能だと言われていた頃からでも世界の情勢はある程度分かっているよ。ここ最近の帝国はシュメリア王国に戦争を仕掛ける噂が出ている。小競り合いみたいな戦いはあったけど、大規模な戦争なんて500年前の人類と魔王の戦い以来だよ。だけど、こんな噂が出ていても魔王の情報が全く出てこないんだ、俺は魔王と帝国が手を結んでいる可能性もあると思っている。魔王の目的は人類の滅亡、いや、人類の代わりにこの世界の覇権を目指しているからな。可能性があった魔族領で魔王が誕生する事だけど、魔王が誕生すればすぐに魔族がまとまって500年前のように人間に対して戦争を起こすのは間違いないしな。魔族領からはそんな動きは今のところは一切無いと情報は入っているよ。」
「まっ!色々と考えているが、杞憂で終われば良いけど・・・」
「レンヤ・・・、お前、10日ほど前に勇者になったばかりなのか?何かずっと昔から戦いをしているように戦い慣れをしている感じだぞ。つい最近まで冒険者で底辺の生活をしていたような感じは無いな。口調も髪の色も変わっているし、本当にお前はあの無能と呼ばれていたレンヤなのか?」
親父さんが冷や汗をかきながら俺を見ている。
(しまった・・・、ちょっと話し過ぎたな・・・)
【レンヤ】
【ラピスか!】
【この領主なら信用出来ると思うわ。アンの事はさすがに話せないけど、あなたの事は話しても大丈夫だと思うわ。他言無用との条件付きだけどね。】
【分かった。俺から話をするよ。テレサにもいつかは真実を話さないといけなかったしな。】
「親父さん・・・、いえ、カルロス・ルミナス辺境伯様、お人払いを・・・」
「どうした、レンヤ?急に態度も変わって・・・、そうか・・・」
親父さんが俺の態度の変化に気付いてくれたみたいで、後ろにいる護衛の人達の声をかけた。
「お前達、俺は執務室でちょっとレンヤ達と話をしてくる。それまでここで待機しているんだ。」
「「「はっ!」」」
後ろに控えていた騎士やメイド達が一斉に頭を下げた。
「レンヤ、それじゃ少し移動するかな。」
「叔父様!」
王女様が叫んだ。
「私も一緒に!ダメですか?」
「OKよ。」
ラピスが王女様にウインクした。
「私とあなたはペッタンコ同盟の同士だからね。でもね、これから聞くことは一切口外しないと約束出来るならね。」
「は、はい!」
ブンブンと首を振りながら返事をしている。
(しかし、ペッタンコ同盟って・・・)
思いっ切り吹き出しそうになったが、鉄の意志で耐えた。
「兄さん、私は?」
テレサが俺に尋ねて来たが、俺の返事よりも早くアンがテレサの隣に立った。
「テレサさん、これから話す事はあなたにとっても重要な事だから、もちろん一緒よ。薄々気づいているみたいだけどね。」
コクンとテレサが頷いた。
「さて、一旦場所を移すか。」
しばらく廊下を歩いて一緒にいた執事から執務室に通された。
部屋に入ると、執事が扉を閉めて出て行く。親父さん、王女様、俺達、テレサの6人が部屋の中にいた。
「ここなら誰も盗聴や覗き見する奴もいない。安心して本当の事を話せるぞ。」
親父さんは自分の机の椅子に座り、俺達は部屋にあるソファーに座った。
俺の両側にアンとラピスが、テーブルを挟んだ向かい側のソファーに王女様とテレサが座っている。
「テレサ・・・」
「兄さん、何?」
俺はジッとテレサを見つめる。
テレサも真剣な表情で俺を見つめ返してくれている。
「薄々気が付いているだろが、俺は500年前に魔王を倒した勇者の生まれ変わりだ。勇者の称号が目覚めた事によって封印されていた記憶と能力が甦った。」
「やはり・・・、そうだったのね・・・」
テレサが少しはにかんだような笑みを浮かべていた。
ガタッ!
椅子を倒して親父さんが勢いよく立ち上がった。
「レンヤ・・・、お、お、お前・・・、それは本当の話なのか・・・?」




