56話 領主の館へ③
「はいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
隣のアンを見ても驚きで開いた口がふさがらない状況だ。
そんな俺達の状況を見て楽しいのか領主様がニヤッと笑った。
「レンヤ、昨日ぶりだな。」
あまりにもビックリしたのでなかなか声が出なかったけど、やっと声が出た。
「お、親父さん・・・」
意地悪そうにまだニヤニヤ笑いながら座っているよ。
アンもまだ状況を把握出来ていないようだ。
「まさか、野菜売りの親父さんが領主様だったとは・・・」
「ふふふ、別にお前達を試すような事は考えていなかったからな。」
立ち上がり俺に向かって歩き始める。
「ここは辺境だ。人も物も常に不足しているんだ。働ける者が働く、俺が領主だろうが関係無いさ。まぁ、俺がこんな事をしているのはごく一部だけしか知らないけどな。」
「親父さん、心臓に悪いよ。」
領主の顔でなくいつもの野菜売りの親父さんの顔つきになったので、ついいつもの口調で話してしまった。
「俺が領主だからって畏まった言い方はしないでくれよな。勇者であるお前から丁寧に話をされると何か気味が悪いからなぁ。分かったか?」
「分かったよ。気遣いを感謝する。」
そう言って頭を下げたけど、親父さんがとても面白そうにしていた。
椅子に戻り座ったけど、まだニヤニヤしているよ。
「いやぁ~、まさかお前が勇者になるって想像しなかったぞ。半年前にこの町に来てから『外れ称号』って冒険者連中から散々バカにされていたけど挫けなかったよな。『いつかは勇者になる!』って言って本当に頑張っていたよ。俺もお前のそのひたむきさが大好きだったし、この町の連中からも好かれていたんだろうな。この町は努力する者が一番気に入られるからな。」
しかし面白そうにしていた表情が突然厳しい顔つきになった。
「ただ、1つだけお前を試してみたけどな。」
(どんな事だ?)
「ギルドに何度も使いが来ただろう?」
「あぁ、そんな事があったな。全部断って申し訳ないと思っている。」
「いや、その誘いを何度も断ってくれて嬉しかったよ。お前が権力になびく人間じゃないって分かったからな。まぁ、この半年間お前を見ていたけど、お前は本当に真っ直ぐなヤツだよ。俺の後継者にしたいくらいにな!」
語尾を強く言ってから俺をジッと見つめた。
(後継者って?やはり俺を貴族の仲間入りにする事を考えているのか?)
「だけど、お前は勇者だ。俺達のような貴族の世界に縛られる人間ではないだろうな。まっ!後継者は俺の息子にするさ。まだ成人前だけど鍛えないとな。」
(良かったぁ~)
さすがは親父さんだよ。話が分かる人で安心した。
「それに、隣のアンジェリカ嬢ちゃん、あんたには何か目的があるみたいだよ。レンヤもこの嬢ちゃんの目的を叶えてやりたいって思っているんだろう?単に好きで一緒になっている訳ではないのだろうな。」
「領主様・・・」
アンが潤んだ目で領主様を見ている。
「お嬢ちゃん、このドレスはな、俺の妹が昔着ていたドレスなんだよ。今はこの国の王に嫁いでいったけど本当に似合っているよ。こうやって見るとお嬢ちゃんはどこかの国の貴族の令嬢みたいだな。いや・・・、仕草から見てもかなり高貴な方だろう。王女あたりかもしれんな・・・、同じ王女でもうちの姪っ子とは大違いだ。少しは教育をして欲しいくらいだよ。」
「私はそんな大それた身分の者ではありません。」
アンが深々と頭を下げる。
「今は無き滅び去った国の者・・・、私の夢はレンヤさんと添い遂げる事です。それ以外の贅沢は考えていません。出来ればレンヤさん達と静かに暮らしていく事を望んでいます。」
「勇者と大賢者様が一緒だぞ。静かに暮らせる訳が・・・」
親父さんがそう言った瞬間にアンの雰囲気が変わった。
殺気のようなものがアンから放たれた。
「大丈夫です。あるお方より私の行く道は茨の道と言われていますが、レンヤさんとは共に歩くことを誓い合っています。どんなに大変だろうが曲げるつもりはありません。それに皆様にご迷惑をおかけするつもりはありません。どうか静かに見守っていただければ・・・」
ビシッと背を伸ばしてからスカートの裾を摘み深々とお辞儀をした。
あまりにも堂々とした態度で、親父さんも黙ってアンを見ている。
「ふはははぁああああああああああああああ!」
しばらくの沈黙の後、親父さんが勢いよく大声で笑い始めた。
そして立ち上がりアンの前まで歩いてくる。
とても嬉しそうにしているよ。
「見事だよ!その真っ直ぐな瞳!お嬢ちゃんって言ったのは失礼だったな。アンジェリカ嬢、あんたもレンヤや大賢者様と一緒な高みにいるんだな。さしずめ新しい勇者パーティーってところか。どんな事をしてくれるのか楽しみにしているよ。」
そして部屋の横にある扉に視線を移した。
「シャルロット、お前の負けだな。」
ギギギ・・・と部屋の横にある扉が開いた。
扉が開かれたその先には・・・
水色のドレスを着た王女様が立っていて、その後ろにさっき別れたテレサも一緒にいた。
「叔父様・・・、私の負けって?」
「そうだろう、彼女にここまで言われんだ。レンヤとずっと一緒になるって宣言しているんだぞ。もう夫婦みたいなものだな。」
「ちょっと私も忘れないで!」
ラピスが不機嫌そうな顔で俺達を睨んでいた。
「がはははぁああああああああああああ!大賢者様もそうか!」
親父さんが笑いながら俺の肩をバシバシと叩いている。
(ちょっと痛いですが・・・)
「レンヤ!モテモテだな!うちの姪っ子までがお前に惚れているって聞いて・・・」
「叔父様!」
「おっと!これは失言だった・・・」
王女様がブスッとした顔で親父さんを睨んでいる。
ゾクッ!
何だ!とてつもない殺気がこのホール全体を覆った。
アンもラピスも和やかな顔から真剣な表情になっている。いつでも戦闘に入れる状態だ。
だけど、この殺気は覚えがある!ついさっきも味わっている殺気だ!
(まさか!)
この凶悪な殺気はテレサから放たれている!
これが『剣聖』の称号を持った者の殺気か!当時のアレックスの剣気とは比べものにならない。並の精神の持ち主では気を失う程のレベルだぞ!
「あ・・・」
テレサのすぐ近くにいた王女様が、テレサの殺気に当てられて意識を失いそうになってふらついている。
(マズイ!)
咄嗟に身体強化をかけ一気に王女様へ走り抱きかかえた。
「ゆ、勇者様・・・」
何とか気を失わないようにしているが、かなり辛そうに俺を見ている。
(ん!何だ?)
王女様の顔がどんどん赤くなり、今にも顔から火が出てきそうなくらいに真っ赤になってアタフタしている。
「ゆ、勇者様にお姫様抱っこされているなんて!幸せぇぇぇ・・・」
そのままギュッと王女様に抱きつかれてしまった。
(おいおい・・・、以外と余裕があるな。)
しかし、テレサの殺気が半端じゃない。そのままだと王女様が本当に気を失ってしまう可能性が高いので、抱きかかえたまま後ろへ一気に跳躍しテレサから距離を取る。
「姫様、大丈夫か?」
「は、はい・・・、何とか気持ちは楽になりました。」
まだ顔は赤いが辛そうな感じは無くなったようだ。
「ラピス、姫様を頼む。」
「分かったわ。」
ラピスが俺の隣まで来ると王女様を立たせて、ラピスに支えてもらう。
「さて、俺はあのちょっと病んだ妹を何とかするか・・・、しかし、『剣聖』の称号は尋常じゃないな。ホント、殺気だけでも人を殺せるまでのレベルとは予想外だよ。」
「勇者様、すみません・・・、私がテレサを連れてきたばかりに・・・」
ペコペコと王女様が頭を下げているけど、そんなに畏まらなくてもいいと思う。単なる兄妹喧嘩だからな。
「テレサ・・・」
「兄さん・・・」
テレサから再び大量の殺気が溢れてくる。
ここまでヤンデレな妹だったとは・・・
「兄さん、私を置いて結婚したの?さっき聞いた『共に歩くことを誓い合っている』って、やっぱり・・・」
(さて、どう説明すれば?)
「レンヤさん、ここは私に任せて。」
ズイッとアンが俺の前に出てきた。
「あなたは・・・、私から兄さんを奪った憎い女ね・・・」
テレサの全身からどす黒いオーラが噴き上がり、表情も鬼のように険しくなっている。
(マジで流血騒ぎになってしまうのか?)
「決闘よ!」
テレサがアンに向かって叫んだ。何を言っているんだ?
「ここは領主様の館、殿下もいらっしゃるから流血騒ぎはしたくないの。だから決闘で決着を着けない?」
(おいおい、死人が出るくらいの殺気を出しておいてよく言うよ・・・)
「私が勝てばあなたは兄さんと別れてちょうだい。あなたが勝てば兄さんとのお付き合いを認めてあげる。まぁ、私に勝てる人間なんてこの世にいないけどね。ふふふ・・・、あはははぁああああああああああああああああああああああああ!」
ヤバイ!ヤバイ!テレサの病み具合が更に加速しているぞ!
アン、そんなテレサの決闘を受けるのか?
(アン・・・)
俺のそんな心配を気にしていないのか、アンは優雅に微笑んでテレサを見つめている。
「これはこれは・・・、レンヤさんの妹様でしたね。」
アンが深々とテレサへと頭を下げた。
「私の名前はアンジェリカ、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。お兄様であるレンヤさんとはお付き合いさせていただいております。」
「私の許可無しでね・・・」
テレサがギロッとアンを睨むが、アンは相変わらずのニコニコ顔だ。
「生きる希望を無くした私はレンヤさんに未来をもらいました。私の希望はレンヤさんと一生を添い遂げる事です。その障害となるなら妹様であるあなたでも容赦はしません。」
スーと息を吐き真剣な表情でテレサを見つめた。
「決闘をお受けしましょう。ですが、今のあなたでは私に勝てませんが、それでも良いのですか?」
「何を・・・」
テレサがブルブルと震えている。
「ふはははぁああああああああああああああ!良かろう!この決闘、俺が見届ける!」
「親父さん!」
親父さんが豪快に笑いながらアン達を見つめている。本当に嬉しそうだよ。
「レンヤ!お前の出番は無いな。これは女の戦いだ、お前を巡ってな。まっ!黙って見ていようじゃないか。がはははぁあああああ!人の修羅場を見るのがこんなに楽しいとはな!」
俺の方を見てから王女様を見ている。
正直、修羅場はもう勘弁して欲しいのだけど・・・
「シャルロット!お前もどうだ?万が一お前があの2人に勝つ事が出来れば、お前が堂々とレンヤの正妻になれるのだぞ!」
しかし、王女様は顔を真っ赤にしてブルブルと震えているよ。
親父さん、ついでに何をさり気なく爆弾を追加するのだ!アンの顔も怖くなり始めているぞ!
「無理無理!人間離れしている2人の戦いの間に私が入れる訳がないでしょうに!叔父様!それよりも何て事を言うのですか!私が勇者様の正妻に・・・」
そう言って王女様がモジモジしてしまっているよ。
その様子を親父さんはとても楽しそうに見ているし・・・
「おや?嫌だったのか?」
「い、嫌って訳では・・・、それはちゃんとお話をしてからで・・・」
「殿下・・・」
テレサがニヤッと笑う。その笑みがとっても怖い気がするけど・・・
「ご安心を・・・、私が勝てば殿下も兄さんとの結婚を認めますよ。私と殿下の約束ですからね。ふふふ・・・、アンジェリカさんでしたっけ?私は殿下の分までも頑張らなければいけないのよ。絶対に負けられないわ。まぁ、さっきの町中での動きを見る限りでは、私の負けはまず無いけどね。」
「テ、テレサ!あんた何を言っているのよ!」
王女様が更に顔を赤くしているよ。
親父さんにテレサ!王女様をネタにして遊んでいないか?
「ふふふ・・・」
険しい視線をしていたアンがニッコリと再び微笑んだ。
「あなたは王女様の想いも一緒にして戦うのですね。それは私も同じですよ。ここにいるラピスさんの想い、そしてここにはいないマナ姉様とローズマリーさんの想いも込めて戦いましょう。」
「兄さん・・・」
ずっとアンを見ていたテレサがグルン!と俺を睨む。
(何だ!今の動きは・・・、とても気色悪い動きだったけど・・・)
ニタァ~とテレサの口角が上がると。俺の背筋に冷たい汗が大量に噴き出してきた。
「兄さん、いつの間にこんなに女の人を侍らせているの?この決闘が終わったら兄さんに少しお話をしないといけないようね。兄さんは私だけを見ていれば良いのよ。他の女にはもう話す事も認めないわ。私だけを愛するように教育しないとね。うふふ・・・」
ヤバイ!ヤバイ!更に危険になっている。
思わずアンを見てしまう。
【アン、あいつの目を覚ましてくれ!これ以上危ないテレサを見たくない!】
アンが頷いてくれた。
【レンヤさん、任せて。妹さんの目を覚ましてあげるわ。それにしても可愛いじゃないの。こんなにもレンヤさんの事が好きだなんて、私達と仲良くなれそうだわ。】
【頼む!俺の今後の人生にも関わる事になっているからな!】
(ホント、何でここまで大事になったのだ?)
今までのテレサのヤンデレに気付く事が出来なかったしわ寄せか?まぁ、ここまでテレサが異常なんて誰も見抜けないと思う。
親父さんが再びアン達へ視線を移した。
「お嬢ちゃん達、場所はどうする?それにお互いドレス姿のままで戦う訳にいかないだろう?」
しかし、アンがペコリと頭を下げた。
「領主様、その事に関しては私は構いません。勝負は一瞬で終わるでしょうし、それに剣も必要ありませんからね。」
「こ、この泥棒猫がぁぁぁ・・・」
鬼の様な形相でテレサがアンを睨んでいる。
「ではお目にかけましょう。」
アンの姿が一瞬ブレたと思ったら目の前から消えた。
「どこに!」
キョロキョロとしながらテレサが絶叫したが、ピタッと動きが止まった。
「そ、そんな・・・」
「お分かりでしょう?もう勝負は着きました。」
アンがニッコリと微笑み、テレサのすぐ後ろで手刀を首筋に当てていた。




