表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/335

5話 辛うじての勝利と出会い

拝啓


父さん、母さん、そして妹よ


僕はもうダメかもしれません・・・

先立つ不孝をお許し下さい。



体が痺れてほとんど動けない。目の前には巨大で真っ黒な3つ首の魔獣が涎を垂らしながら僕を見ている。

ゆっくりと歩いて近づいてくるが、僕はその場から動く事も出来ない。


(僕は囮に、いや、コイツの餌にされたんだ・・・、自分達だけ助かろうと思って・・・)


デスケルベロスが僕を見てニヤッと笑った気がした。絶望が僕の心を押し潰す。



絶望が僕の心を塗り潰していく・・・


(もう終わりだ・・・、短い人生だったなぁ・・・)


諦めて目をゆっくり閉じ、何も考えないようにした。


突然、頭の中に3人の顔が浮かび上がってきた。


(アレックス!ラピス!ソフィア!)


思わず言葉が出てきた。

「ふっ!こんな事で諦めたらあいつ等に笑われるな。俺は諦めが悪いんだよ・・・」


(どうして?それに今の僕の口調もあの夢の中の勇者そっくりだ!)


あの3人は3年前に夢の中に出てきた勇者レンヤのパーティーメンバーだ!どうしてこんな時に?

それに・・・、なぜだろう・・・、昔から知っている気がする・・・


「ありがとう、みんなから勇気をもらったよ・・・」


もう諦めない!だけど、絶望的な状況には変わらない。


(どうやってこの状況をひっくり返すか?)


首から上は何とか動く。周りを確認するんだ!

僕の周りの状況を確認すると、リュックが扉に押し潰されて破裂し中身が飛び散っている。

右手のすぐ前に小さな麻袋が落ちていた。


「これは!」


今回の探索の荷物は僕が全て管理していたから、この麻袋の中身は分かっている。

これなら一矢報いる事が可能かも?


「右手は?」

ぎこちないが何とか動かせそうだ。


震える手で何とか麻袋を握り締める。

その麻袋に思いっ切り魔力を込めた!


僕は無能と呼ばれているけど、称号をもらった者は例外なく魔力を使う事が出来る。

魔力は攻撃や回復に使うだけではない。

僕はこの3年間の間に【生活魔法】というものを使う事が出来た。簡単な火起こしや飲み水を作ったり汚れを落とす魔法で、戦闘には全く役に立たないけど、生活する分には色々と役に立ってくれた。


そして、この麻袋に入っている物は・・・


攻撃魔法が使えない者でも同等の魔法を使う事が出来る魔道具だ。

この中には赤い魔石が入っている。

魔石とは魔物を倒すと手に入る宝石で、魔物の心臓の近くにあるものだ。

その魔石も色んな種類があり、今回のこの赤い魔石は炎の魔法を封じ込めている。魔法使いでなくても魔法が使える貴重なものだ。

でも、今は黒の暴竜のメンバーも逃げてしまったし、勝手に使っても何も言われないだろう。というか、こんな目に遭わせてくれてきっちりとお返しするからな!


魔力を流した麻袋がほんのりと温かくなってきた。

この痺れている体ではそう遠く投げる事も出来ないし、ヤツへ投げるタイミングが全てだ。


ゆっくりと歩いてくる。もう抵抗をしないと思っているのだろうな。

そして、ゆっくりと僕を味わうのだろう。


「舐めるな・・・、意地を見せてやる・・・」


「今だ!」

麻袋を思いっ切りデスケルベロスへと投げた。


狙った場所に麻袋が落ちた。デスケルベロスの腹の真下へと・・・

麻袋が真っ赤に輝き大爆発を起こした。


ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンン!


「ぐあぁああああああ!」


あまりの爆発にゴロゴロと体が転がされてしまった。


「どうだ!」


爆発があった場所は石の床が吹き飛び、地面が抉れて大きなクレーターが出来ている。

(ファイヤーボール10数発分の威力がある魔石だ。防御の弱い腹へ直撃したし、いくらSランクの魔物でも・・・)


煙が晴れて穴の状態がはっきりと見えてきた。


「嘘だろ・・・」


デスケルベロスはまだ生きていた。あの爆発でも倒せないなんて・・・

それでも腹の方から血が滴っている。ダメージは与えたみたいだ。

しかし、真っ赤な目を僕に向けてジッと睨んでいる。怪我をさせられて怒っているのかもしれない。


(もう手が無い!ここまでか・・・)



ピシ!



(何?この音は?)



ピシ!ピシ!ピシ!



ガラガラガラ!



いきなりデスケルベロスの姿が消えた。叫び声を上げているみたいだが、どんどんと声が小さくなっていく。しばらくすると「バシャァアアアン!」と小さく聞こえた。


辺りには静寂が漂った。


「生きている・・・」


僕の目から止めどなく涙が溢れてきた。



しばらくすると体の痺れが無くなってきた。

どうやらパラライズの効果が切れてきたみたいだ。

ゆっくりと起き上がり爆発の場所へと歩いていく。


「うわぁ~、深そうな穴だ・・・、爆発で床の構造物が抜け、岩盤まで抉れてしまったからなぁ~、あれだけ大きい体だから重さに耐えられなくなったみたいだ。まさか、魔王城の下に大きな空洞があるとは思わなっかったよ。水の音がしたから、どうやら水脈みたいだね。」


グルッと周りを見渡す。

う~ん・・・、あの大きな扉以外はドアらしき物は見当たらない。上の方には明かり取りの小窓がいくつも天井近くにあるけど、空を飛ばない限り届きそうもない。

「入口の扉は閉まってしまったけど、どこかに出入り口がないかな?パッと見ではどこにも見当たらないけど、あの場所1つだけが出入り口じゃないはずだ。」


取り敢えず玉座の裏の壁の方へと行ってみる。

「物語によくあるパターンだと、玉座の裏に脱出用の隠し扉があるんだけどなぁ~」


念入りに壁を調べてみると、1ケ所だけ微妙に色の違う石のブロックを見つけた。

(どうやらそれっぽい感じだ・・・)

ブロックを触ると『ゴトッ!』と音が聞こえ、石が壁の中に入っていった。


ゴゴゴ・・・


すぐ横の壁が開き奥へと続く通路が現れる。


「やっぱり!」


恐る恐る中を覗くとそんな広くない通路が奥まで続いている。天井部分が所々に薄っすらと発光していて、内部はそんなに暗くなかった。


「ここを進むしかないよね。どこかの出口に繋がれば・・・」


意を決して中に入り通路を進んでいく。

薄っすらと明るいので歩きやすく、魔物も全く出てこない。

この通路は一本道で、途中で何カ所か曲がり角はあったが、脇道などは一つも無かった。


「やっぱり脱出用の通路で間違いないかも?」


しばらく進むとそんなに大きくないホールへ出てしまった。


「えっ!ここで終わり!」


何もないガランとしたホールだった。この入口以外には扉も無い。

ただ、ホールの中央の光景を見て、思わず息を飲んでしまった。恐る恐る近づいてみる。


「これは?」


石の寝台のようなものが中央に置かれていた。

しかし、これが驚きの原因ではなかった。


1人の女性が寝台の上で両手を胸に当てて眠ったようにしている。

その女性の胸には真っ黒なレイピアのような細剣が突き刺さっていた。


「一体、何が・・・」


その女性を良く見てみると・・・

薄い青色のドレスを着ていて、本当に眠っているように横になっている。

目を閉じているが、とてもキレイな顔立ちのようで、見た感じでは僕と同じくらいの年齢かもしれない。

髪はサラサラの銀髪で、ついさっきまで髪の手入れをしていたのでは?と思う程に輝いていた。


しかし、それ以上に驚いたのが・・・


「魔族だ・・・」


肌は透き通るように白く、見た目は完全に人間に見えるが、ただ1点、僕達と違うところがあった。

彼女の頭の両脇には2本の真っ黒な角が生えていた。人間と魔族の決定的な違い、それは魔族には頭に角が生えている。

魔族は魔族領に住んでいる種族で、500年前は人類の敵として、魔王と共に戦争を起していた。この戦争の話が勇者レンヤの物語だ。

しかし、全ての魔族が人間と敵対的ではなかった。魔王が滅び世界が平和になってからは、一部の友好的な魔族は人間と交流を持っていた。

ただ、これまでの事もあって、魔族の地位は人間よりも低く、人間の町にもほとんど魔族を見る事は無い。王都では時々見かける事もあると聞いていたが、僕は今まで見た事が無かった。

そんな魔族が僕の目の前にいる。


しかし、剣に胸を突かれているので死んでいるのだろう。眠っているようにみえるけど、胸の上下の動きも無いし呼吸はしていなのが分かった。確実に死んでいると思う。

次に胸に刺さっている真っ黒な剣が気になった。


「コレって、みんなが言っていた魔剣?さっきみたいに魔獣化するのかも?」


しばらく見ていたが何も変化が無かった。


「このまま剣が刺さった状態でいるのも可哀想だよ。魔族とはいってもせめて弔いはしないと・・・、剣を抜いて彼女の横に置いておけば良いかもしれない。」


正直、この剣は手に入れる気がしなかった。彼女に刺さっている事もあったけど、泥棒みたいな真似はしたくなかったのもある。


恐る恐る剣に手を伸ばし、剣の柄を握ったけど何も起きない。

ゆっくりと剣を彼女から抜いた。


(軽い!まるで剣の重さを感じない!どうなっているんだ?)


すると・・・

剣の輪郭がぼやけてくる。黒い霧のようになって、彼女の周りに纏わり付いた。

剣の刺さっていた傷口から、霧が彼女の体の中に入っていった。


(何が起きているんだ?まさか、さっきのように彼女が魔獣に変わるのか?)


霧が全て彼女の中に入っていた。すると、傷口がみるみると塞がってくる。


そして・・・



眠っているような感じの彼女がパチッと目を開いた。

真っ赤な瞳が僕を見つめている。



(そ、そんな事って!)


ジリジリと後ずさりするけど、彼女の視線も僕を追いかけている。

相手は魔族だ。魔族は人間よりも遙かに身体能力が高いから、まともに襲われたら終わりだ。

刺激しないように慎重に扉へと移動する。


「あのぉぉぉ・・・」


澄んだとてもキレイな声が聞こえる。彼女が上半身を起こして僕に呼びかけていた。


(動いた!どうする?このまま一目散に逃げるか?)


しかし、彼女はすごく困った表情で僕を見ている。そしてペコリと頭を下げた。


(はい?)


「怖がらせてすみません。あなたは人族ですよね?どうしてここまで来れたのですか?」


どうやら僕に対して敵対の意思は無さそうだ。無いフリをして、油断をしたら襲われる可能性もあるけど・・・

だけど、彼女を見ていると悪意というのは全く感じない。それによく見てみると、とんでもない美少女だ!ここまでキレイな人は見た事が無い。あっ!でもマナさんもキレイだったよなぁ~、それと、夢で見た大賢者ラピスや聖女ソフィアもとてもキレイだった。あっ!妹もキレイだぞ。僕が家を出た時はまだ13歳で子供だったけど、あれから3年経った今ではもっともっとキレイになっているだろうな。


(う~ん・・・、意外とキレイな人が多いな・・・、まぁ、あの2人は夢の中で出てきただけだし、僕の理想が具現化したのかもしれない。)


物静かに佇んでいる目の前の彼女はどこかのお姫様のような感じもする。


「えっと・・・、あなたは?」


彼女がニコッと微笑んでくれた。

この笑顔だけで僕の心が鷲掴みにされそうだ。それくらいに魅力的な笑顔だよ。

「良かったです。私の事を怖がらずに話してくれて・・・」

しかし、すぐに暗い表情に変わった。

「人族は私達魔族の事を目の仇にしてますからね。私達魔族はそれだけの事をしてきましたから・・・」


「いえいえ、確かに魔族のイメージはそうかもしれませんが、中には人族に友好的な魔族の方もいますよ。僕はまだ会っていませんが、そんな方達は確実に存在していますからね。あなたもその方達と同じように思えますよ。」


彼女が再び微笑んでくれた。

「ありがとうございます。そう言っていただくと嬉しいです。あなたは私の事を怖がらないですね。」


(いやいや、正直、とても怖いです。出来ればすぐに回れ右してこの部屋から出ていきたいです。でも、あなたが美し過ぎて見惚れていただけですから!男の悲しい性です。)

「ところで、あなたのお名前は?いえ、人に名前を尋ねる時は先に私の方から名乗らないと失礼ですね。」


座ったままだけど姿勢を正し、僕を真っ直ぐ見つめてくれた。

「私の名前はアンジェリカ・アルカイド、グリード・アルカイドの娘です。」


(・・・)


(グリード・・・、確かにそう言ったよな?僕の記憶が確かなら、魔族でこの名前はの人は只1人!)


背中に大量の冷や汗が出てくる。


「名前だけでは分かりにくいかもしれませんね。人族の方には父の事はこう言えば分かりやすいかもしれませんね。」


「父の名前は、魔王グリード・・・」


「えっ!」



「私は魔王グリードの娘、アンジェリカです。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ