49話 王女様がやってきた③
「へぇ~、辺境と言っていたけど、思った以上に栄えているわね。さすが叔父様が治めているだけあるわ。」
殿下が感心しながら町の中を歩いています。
私は殿下の友達としての設定で一緒に仲良く歩いていました。
「テレサ!良い匂いがするよ!う~ん、堪らない!」
「シャル、ちょっとはしゃぎすぎよ。遊びに来た訳じゃないんだから。」
しかし、殿下はブスッとした顔で私を見ています。
「良いじゃないの、少しくらい羽目を外してもね。こうして外に出る事って無いんだから、楽しくて楽しくて・・・、あっ!良い匂いはあのお店からよ!行きましょう!」
はぁ~、全く殿下は・・・
でもとても楽しそうね。普段は王宮の中にしかいないし、こうやって町に出る事は無いから、嬉しくなる気持ちは分からなくもないわ。
(仕方ないわ。護衛はしっかりさせてもらいますよ。)
殿下と一緒に串焼き肉を焼いているお店の前まで来ました。
この匂いは私も堪りません。お腹がグ~と鳴ってしまいました。
「テレサ・・・、聞こえたわよ。」
ニヤニヤした顔で殿下が私を見ています。恥ずかしさで穴があったら入りたいくらいです。
「お嬢ちゃん達、お腹が空いたのかい?」
恰幅の良い年配の女性がニコニコしながら声をかけてくれました。
「うちの自慢の串焼き肉だよ。遠慮せずにどうだい?」
「うん!それじゃ2本ちょうだい!私とテレサで1本づつ食べるわ。」
「ありがとうね。じゃぁ、ちょっと待っててくれよ。」
お金を払い焼きたての串を受け取り口に入れると・・・
「美味しい・・・、こんな美味しいお肉は初めて食べたわ。」
チラッと殿下を見てみると、とても美味しそうに食べています。
「これは美味しいわ。素材本来の味を余すことなく見事に引き出している。シンプルな料理だから腕前がダイレクトに表われるのね。良いものを食べさせてもらったわ。」
「おや?お嬢ちゃん、良く分かっているね。身なりもそうだけど、どこかの良いとこのお嬢ちゃんかい?」
「いえいえ、そんな立派な身分ではないわ。我が家は貧乏貴族だから、少しでも安くて美味しいものを食べたいだけよ。」
殿下・・・、どの口が言っているのですか?殿下は王族だからって威張ることもなく気さくな方だから、王宮内でも人気があります。それにですね、殿下はすぐに食べ物を口に入れましたが、本来は毒味役が食べて安全を確認してから食べるのですよ。もし何かあったら我々の首が物理的に飛んでしまいます。チラッと後ろで控えている護衛を見ましたが、顔が青くなっていましたよ。庶民的な王族と言えば聞こえは良いですが、それに振り回される者もいることを少しは考えて欲しいのですが・・・
「若いのに立派だね。貴族様の身分でも嵩に掛けない。ここの領主様もあんたみたいに立派なお方だし、この町に住んでいて本当に良かったと思うよ。それに勇者様達も本当に謙虚な方なんだよね。そろそろこの町を出るって事だから、今までお世話になった人達に挨拶をしているんだよ。若いのに出来た人間だね。」
「「勇者様?」」
殿下も私も同時に叫んでしまいました。
「あんた達、勇者様の事を知らないのか?今はこの噂で持ち切りなのに。」
「すみません、私達はさっき町に着いたばかりなもので・・・」
ペコリと私達は頭を下げました。
本当は知っているのですが、ここはちゃんと情報を集めないといけません。
どうやら、この方は勇者について知っているみたいですね。
「勇者様ってどんな方なんですか?」
殿下が目をキラキラさせながら聞いています。
「そうだねぇ~、どこから話せば良いのか・・・」
「お願いします!知っている事、全部教えて下さい!私、物語の勇者様のファンなんです!あなたの知っている勇者様は物語の勇者様と同じですか?」
うわぁ~、殿下が思いっ切り食い付いています。相手がちょっと引いていますよ。
「ちょっとシャル!落ち着いて!」
「ははは、物語の勇者様も人気だからねぇ~、気持ちは分からんでもないさ。勇者様って言っても、半年前にこの町に来た時は普通の冒険者だったのさ。物語の勇者と同じ名前のレンヤって言うんだよ。まぁ、普通の冒険者って言うよりも、無能って言われていつも冒険者仲間からバカにされていたんだ。あの頃は本当に可哀想だったよ。」
(まさか?)
「私も最初は外れ称号で冒険者なんて無理だと思ったよ。だけどね、あの子は本当に頑張っていたんだ。『いつかは絶対に勇者になる』って、いつも私に言っていたよ。冒険者としては最低ランクだし、そんなに依頼をこなせないから生活は大変だっただろうね。冒険者の仕事が無い時はいつもこの露店街で手伝いをしていたね。」
(その言葉・・・、もしかして兄さんの事?)
殿下がチラチラと私を見ています。
「ねぇ、テレサ・・・」
小声で殿下が私に話しかけてきます。
「どう考えてもあなたの兄さんの話にしか思えないのだけど、どう思う?」
「ははは・・・」
引き攣った笑いしか出来ません。
私も殿下と同じで勇者=兄さんとしか考えられません。
「それがさ、私も聞いた話だけど、あの魔王城まで無理やり連れていかれてから変わったんだよね。どうやらそこで何かあったんじゃないのかな?称号が外れ称号だったのが勇者に変わっていたとギルドで確認されていたし、それに伝説の聖剣まで持っているって話だよ。それは最近の事だよ。」
そんな・・・、称号が変化するなんて・・・
こんな話は今まで聞いた事が無いわ。
(まさか?)
さっき門の前で殿下が言っていたわ。
『勇気ある者』を縮めると『勇者』になるって。
やっぱり勇者は兄さんなの?
「それとね、レンヤはねぇ、勇者になってから本当にモテモテだよ。まぁ、勇者だからって事はないだろうけど、とんでもない可愛い子を捕まえたものだよ。がははは!」
ピキッ!
(何ですって!)
「すみません、その女性の方ってどんな人なんですか?」
これは絶対に聞き出さなくてはなりません。
もし勇者が兄さんだったら悪い虫が付いているかもしれません。兄さんはお人好しですからね。勇者の立場を利用する輩がいても不思議ではありません。
「あぁ、あの子達の事かい?」
えっ!1人ではないの?一体何人いるのよ!
いけない、体がブルブルと震えている。
(抑えるのよ私・・・、今ここで暴れてしまっては元も子もないわ・・・、兄さんだとまだ決まった訳でもないし・・・)
「まずは銀髪の子だね。あの子は本当に良く出来た子だよ。礼儀正しいし言葉使いも丁寧だから、最初はどこかの国のお姫様かと思ったくらいだったからね。特にあの2人はお似合いだよ。私から見ても熱々のカップルだからねぇ~、普通なら見ているだけで胸焼けがしそうだけど、不思議と自然に一緒にいる感じだよ。」
ビキッ!ビキッ!
(許せない・・・、私以外に心を許している人がいるなんて・・・)
「テレサ・・・、テレサ・・・」
「はっ!」
殿下が心配そうに私の顔を見ています。
「テレサ、どうしたの?今、とても怖い顔になっていたわよ。そんな顔なんて初めて見たわ。」
「ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたもので・・・」
「まぁいいわ。お姉さん、ところで他にも女の人がいるの?気になるわ。」
「お姉さんなんて嬉しい事言うねぇ~」
お店の人がとても嬉しそうにしています。さすがは殿下です。相手の喜ぶツボをちゃんと押さえています。
「次はエルフの子だね。エルフって初めて見たけど、とんでもない美人なのには驚きだよ。見た目はあんた達と同じくらいの歳にしか見えないね。しかも、噂ではその子は大賢者様って言うじゃないかい。確かにレンヤは『ラピス』って呼んでいたから間違い無いだろうね。そうなると、一体何歳なんだろうね?エルフってどんな化け物かと思ったよ。そんな伝説の人がこの町にいるなんて誰が想像出来る?私が見る限りは大賢者様がレンヤにべた惚れみたいだね。若いっていいわ。」
「テレサ・・・」
「シャル・・・」
お互いに目を合わせてしまいます。
小声でまたボソボソと話します。
「まさか、大賢者様の情報まで聞けるとは思わなかったわ。どうやら勇者様と一緒に行動しているみたいね。」
「そうですね。」
「それにギルド1番の可愛い子ちゃんまでが惚れてしまって、レンヤにくっついてしまったからねぇ~、他の冒険者達が失恋したって揃ってやけ酒を飲んでいたのは有名な話だよ。」
勇者様!どれだけモテモテなんですか!
絶対に勇者様は兄さんではないと断言出来ました。兄さんはそんな無節操な人では決してないからです。
兄さん・・・、今はどこにいるの?
会いたい・・・
「きゃぁあああああああああああああああ!」
いきなり女性の悲鳴が聞こえました。
直後に大きなバッグを抱えた男が私達の前を大急ぎで走り去って行きます。
(何が起きたの?)
「ひったくりよぉおおおおおおおおお!誰か捕まえて!」
年配の女性が走りながら叫んで私達の方へと走って来ました。
(まさか!今の男がひったくりの犯人?)
「テレサ!すぐに追いかけて捕まえるのよ!私の目の前で犯罪を犯すなんて許せないわ!」
殿下がとても怖い顔で逃げている男を睨んでいます。
「承知しました!」
すぐに駆け出し男を追いかけ始めます。
(私ならすぐに追いつけるわ。)
しかし、人混みの中から男の人がフラっと飛び出しました。
思わずぶつかりそうになります。
「あっ!ごめんなさい。」
慌ててその男の人を避けてしまったので、犯人と少し離れてしまいました。
(ちょっと待ちなさい!)
走っている男の目の前に女性が立っていました。
銀髪でとても可愛い女性です。
しかし、男はその女性を避けようとしません。
それどころか・・・
「どけぇえええ!死にたいのか!」
バッグを左腕に抱え、空いた右手にナイフを取り出し握っています。
そのまま真っ直ぐ女性に向かって走っています。
「危ない!逃げて!」
思わず女性に向かって叫んでしまいました。
しかし、私はその女性の行動に思わず足を止めてしまいました。
「大丈夫ですよ。私に任せて下さい。」
ニコッと私に微笑んだのです。
「このぉおおおおおおおお!舐めやがってぇえええ!」
男が激昂し、女性にナイフを突き出しました。
「ダメェエエエエエ!」
私は絶叫してしまいました。折角守る力を得たのに役に立たなかった・・・
恐る恐る女性を見ると・・・
ビタッ!
「嘘・・・、そんな事って・・・」
その女性は男のナイフを受け止めていました。しかも、そのナイフを親指と人差し指で挟んで・・・
「そ、そんな・・・、こんな受け止め方って見た事が無い・・・」
男が懸命にナイフを動かしていますが、全くビクともしません。あんな華奢な体にどんな力があるのです?その光景はまるであの時の再現みたいに現実離れしています。
男が諦めてナイフを手放し走リ去ろうとしました。
しかし、女性はニヤッと笑います。
「逃げられませんよ。少し痛い目に遭わないと大人しくなりそうもないですね。」
ドカッ!
見事なハイキックが男の顎を捉えました。
「ぐひゃ!」
かなりの高さまで男の体が浮き上がり、回転して頭から落ち始めます。
「トドメ!」
落ちてくる男の胴体を今度は横蹴りで腕をへし折りながら真横に吹き飛ばしました。
「うぼわぁああああああああああ!」
訳の分からない悲鳴を上げて男が地面に転がり倒れてしまいました。
ピクピクと痙攣して意識を失っています。
あ~、完全に顎が砕けているわ。それに横蹴りの際に腕を肘から砕いていたわね。
ご愁傷様・・・、一生柔らかい物しか食べられなくなったわ。それに右腕も満足に動かす事も無理ね。まぁ、悪い事をしたから自業自得だけどね。
この人は思った以上に過激かもしれない。多少痛めつけるレベルが再起不能まで痛めつけるなんて・・・
そういえば荷物は?
キョロキョロと周りを見渡すと、銀髪の女性がしっかりと受け止めていました。
男を叩きのめすだけでなく、同時に荷物も受け止めているなんて・・・
動きからでも分かる。この人はかなりの達人に間違いないわ。私と同レベルかそれ以上かも?
私の視線に気付いたのか、私を見てニッコリと微笑んでくれました。
とても可愛らしい笑顔です。男性どころか女性の私でも虜にされそうなくらい魅力的です。
「ぐわっ!」
(何?)
突然、私の後ろから男の呻き声が上がりました。
慌てて振り返ると、1人の男が倒れています。
(この男は?さっき走っている私の前に飛び出した男よ!どうして?)
「仲間がいたなんてな。追いかけられた時に偶然を装って邪魔をして、逃走の手助けをするとは考えたものだよ。」
(誰?どうしてなの?覚えのある声だわ。なぜ?胸がドキドキする。)
「そうね、ずっと挙動が変だったから目を付けていたけど、正解だったわね。」
(次は女性の声?)
野次馬の人混みの中から1組の男女が現われ、倒れている男の前に立ちました。
女性は見かける事も珍しいエルフです。それにしても絶世の美女と言っても間違いない程にキレイな人です。思わず私も惚けてしまいました。
男性の方に視線を移すと・・・
「そ、そんな・・・」
一瞬、頭の中が真っ白になってしまいました。
何とか思考を元に戻しましたが、自然と涙が出てきました。
「まさか・・・、兄さんなの?」