46話 司祭様の秘密③
「まぁまぁ、みなさん、気持ちを切り替えましょう。」
司祭様ナイス!
とういうか、この気まずい空気を切り替えられるのは司祭様かヘレンさんしかいないだろう。
ヘレンさんがクスクスと笑っている。
「ふふふ、女神様ってもっと威厳のある方だと思っていたけど、意外と私達に近い存在みたいね。もしかして、私達に気を遣って堅苦しくないようにしていたかも?」
「いえいえ、そんな事はないわ。」
ラピスが会話に参加してきた。
「フローリア様は確かに女神様だけど、100年前くらいからかなり変わったのよ。それまではもっと機械的な感じでいつも淋しそうな感じだったのに、急に感情を表に出して幸せそうにしていたわ。10年前にはいきなり結婚したし、その結婚相手がねぇ・・・」
急に俺を見ているけど何で?
「まぁ、他人のそら似かもしれないし、神の事は確信が無ければ下手な事は言わない方がいいかもね。それにこの女神像から見られているみたいだし、フローリア様の話はここでは言わない方がいいわ。」
『ちっ!ラピスさん、余計な事を・・・』
「「「ひえぇえええええええええええ!」」」
全員が青ざめて悲鳴を上げてしまった。
見られている!確実に・・・
『もぉ、ラピスさんが余計な事を言ったものだから思わず声が出てしまったじゃないの。私の事は気にしないで話を続けて下さい。おほほほほぉぉぉ・・・』
(おいおい、そんな事言われても、気になって話が出来ないよ。余計にみんなが緊張してしまっているよ。)
『気にしないでって言ったのに仕方ないですね。それじゃ司祭様、新たに得た力でヘレンさんの目を治して下さい。さっきも言いましたが、導師の力なら簡単ですからね。それではどうぞぉ~~~』
「司祭様、女神様のリクエストなら仕方ないですね。」
アンがニッコリと微笑んだ。
名指しされていないから余裕だよな。
「あなた、覚悟を決めましょう。聖女に匹敵する導師の力をフローリア様に見せてあげて下さい。」
「分かった。ずっとヘレンの目を治す手立てを探していたが、まさかこんな形でヘレンを治す事になるとは思わなかったよ。」
「ふふふ、あなたはずっと頑張っていましたからね。その苦労が報われただけよ。あなたの妻になれて本当に良かったわ。こうして奇蹟を目の前で見れるのだから。あなた、信じているわ。」
司祭様がヘレンさんの前に立ち、掌をヘレンさんの目の前にかざした。
「神眼でまずはヘレンの状態を確認するぞ。鑑定眼だけでは盲目としか分からなかったしな。」
しばらくすると司祭様が驚愕の表情になった。
「こ、これが神眼の力・・・、分かる、分かるぞ、ヘレンの目の状態が事細かに頭の中に浮かんでくる。これなら確実に治せる。」
「ヘレン、いくぞ。」
ヘレンさんが頷いた。
「はい、あなた・・・」
「パーフェクト・ヒール!」
ヘレンさんの全身が輝いた。
『パーフェクト・ヒール』
回復系魔法では最上級の魔法だ。全ての病気を治す事も出来るけど、それ以上に凄いのは失った体の部分を元に再生可能な事だよ。手足が無くなった人でも、この魔法を使えばニョキニョキと生えて完全に元の体に戻るんだよな。かつてソフィアが俺の腕を再生してくれた時に使ってくれたけど、目の前で自分の手が生えてくる光景はちょっと気持ち悪かった。
司祭様は神眼を使ってヘレンさんの目の状態を確認して、確実に治すようにしたのだろうな。
神眼と回復魔法はとても相性が良いのは俺も分かる。
「見える・・・、あなたの顔がハッキリと見えるわ・・・」
涙を流しながらヘレンさんが司祭様を見つめていた。
「でも少し老けたわね。それだけ苦労をかけさせたのね。ごめんなさい・・・」
フッと司祭様が笑った。
「あれから10年も経つんだ。老けない方がおかしいぞ。だけど、君は変わらずキレイなままだよ。」
「ありがとう、そう言ってくれて・・・、でもね、今のあなたの姿もカッコイイわよ。惚れ直したわ。」
2人が見つめ合い、ヒシッと抱き合った。
「もう2度と君を不幸にさせない。」
「ずっとあなたに付いていくわ。愛してる、ヴィクター・・・」
「ふふふ、フローリア様の言った通りになったわね。」
ラピスがニヤニヤ笑いながら2人を見ている。
「そうですね。私達はそっと出て行きましょう。これからの2人に祝福を・・・」
アンもニコニコ微笑んでいた。
教会を出て孤児院へと戻ってきたけど誰も起きていなかったので安心したよ。
ベッドに入るとマーガレットがヒシッと抱きつく。
「えへへ・・・」
楽しい夢を見ているんだろうな。ニヤニヤ笑っているよ。
俺もすぐに眠りに入った。
翌朝、早朝・・・
マナが先に起きて部屋を出て行く。
「さて、朝食の準備をしなくちゃね。ヘレン母さんの目が見えないからみんなで持ち回りで準備をしているけど、今朝は私が頑張らないとね。」
孤児院の食堂へと入って行く。
しかし、入った途端に不思議そうに部屋の中を見ていた。
「あれ?何で厨房に明かりが点いているの?昨夜はちゃんと消したのを確認したのに・・・、ランタンの油代が勿体ないわ。」
慌てて厨房の中に入って行くとマナの動きが止まった。
「な、何でヘレン母さんがここに?」
厨房の中でヘレンが料理をしている。
マナが入って来た事に気付いてニコッと微笑みながらマナを見つめていた。
「マナ、大きくなったわね。それにとても美人さんね。10年前からあなたは可愛かったけど、こんなにキレイになったなんてビックリよ。」
ガクガクとマナが震えている。
「母さん・・・、もしかして・・・」
「そうよマナ・・・、女神様のおかげで目が見えるようになったのよ。あなたの顔もはっきりと見えるわ。だけどね、そんな変な顔をしていたらレンヤさんに幻滅されるわよ。アンジェリカさんにラピスさんにとライバルがいるんだから気を付けなさい。」
「そ、そんな事言われても・・・、嬉しくて・・・」
ダッとマナがヘレンに駆け寄り抱きついた。
「良かったね、母さん・・・」
「ありがとう、マナ・・・」
ヘレンもマナを抱きしめた。
しばらく抱き合ってからゆっくりと離れた。
「マナ、昔みたいに一緒に料理をしようか?あの時は私が作ってマナが手伝ってくれたけど、今回は逆になるわね。マナがどれだけ上達したのか見てみたいわ。」
「母さん、任せて。とびっきりの料理を作るわ。」
ヘレンがクスクスと笑う。
「いくら頑張っても朝から重たいものはダメよ。程々にね。」
「分かってるわよ。ここを出るまでは私が中心になって料理をしていたからね。」
「ふふふ、頼もしくなったわね。アンジェリカさんの料理に負けないように頑張りなさいよ。」
2人で楽しそうに料理を作り始めた。
「うん~~~、朝か・・・」
昨日は色々とあったから疲れていたのかな?最初は寝付けなくてアン達と一緒に教会に行って司祭様達の奇跡を目の前にしたけど、それでホッとして気が緩んだかもしれないな。
戻ってきてすぐに眠ってしまったよ。
目の前にはマーガレットが気持ち良さそうに眠っている。
(しかし、これだけ抱き付かれてしまうなんて、俺はマーガレットの抱き枕か?)
まぁ、マーガレットが嬉しそうな表情で眠っているんだ。起こすのは野暮だな。
しばらくまどろんでいると・・・
(ん!)
背中に何か柔らかいものが押しつけられている。
しかも温かいぞ!
(こ、この感触は・・・、まさか?)
恐る恐る首だけ後ろに向けると・・・
「おはよっ!ダーリン♡」
ニッコリとローズが可愛く微笑んでいた。ピッタリと俺の背中に張り付いて大きな胸を押し付けている。
ゾゾゾォオオオ!と全身に鳥肌が立った。
「いたぁぁああああああああああああああああ!」
思わず叫んでしまった。
「お兄ちゃん、うるさいよ・・・」
マーガレットが眠そうな目で俺を見つめている。
(しまった!起こしてしまったか?)
マーガレットを見ていた俺の視線がある場所で釘付けになった。
それはマーガレットの更に向こう側のベッドの脇に・・・
「やっと起きたわね。マーガレットちゃんを巻き込みたくなかったから、我慢して起きるのを待っていたのよ。」
「レンヤ、無防備過ぎよ。この雌豚め・・・、抜け駆け禁止とあれだけ言っていたのに・・・」
「ここで破廉恥な真似は許さないわよ。レンヤ君、本当は分かっていてローズマリーさんの好きにさせていたの?」
アン、ラピス、マナさんが腕を組んで仁王立ちになっている。
全身から真っ黒なオーラが出ているのがハッキリと見えた。
「ひえぇぇぇぇぇ~~~」
3人のあまりの迫力にマーガレットが真っ青な顔で俺から離れ、ベッドから飛び降りた。
「ふふふ、これで容赦無く制裁が出来るわね。」
アンがニヤッと笑う。
「雷魔法はレンヤ、あなただけが使える訳ではないのよ。初級なら私も使えるからね。」
ラピスが右手を頭上に掲げる。真っ直ぐに伸ばした人差し指の先がバチバチと放電していた。
「あなた達の姿は子供の達の教育に悪いからお仕置きね。ラピスさん、思いっ切りやって頂戴。」
マナさんがとても冷たい目で俺達を見ている。
「ま、ま、待て!まずは話し合おう!」
「問答無用ぉおおお!お仕置きよぉおおおおおおお!サンダァアアアアアアアアアア!」
ラピスの人差し指が俺達の方に向き、指先から青白い光が放たれた。
「「あばばばばばばばぁあああああああああああ!」
俺とローズの全身に電撃が走り全身がビリビリする。
死ぬ事はないように威力を抑えているのだろうが、地獄の苦しみだ。
まさに『THE・拷問!』だよおぉおおおおおおおおおおおお!
「はぁはぁ・・・、何で俺まで巻き込まれなくてはならん・・・」
(死ぬかと思った・・・)
俺と違って普通の人間であるローズは白目を剥いて気絶してるよ。
美人が台無しだ・・・
それ以前に、ローズってこんなキャラだっけ?
「ふぅ、スッキリしたわ。さぁ、朝食に行きましょうね。」
ラピスが何事も無かったかのように俺に微笑んでくれた。
「おいラピス、コレはどうするんだ?」
「レンヤさん、大丈夫よ。しばらくすれば何事も無かったかのように復活しているわ。さすがラピスさんが認めた人だけあるわね。」
「そ、そうなのか?」
「そうよ。」
ニッコリとアンが微笑んでくれた。
アン達と一緒に食堂へ行くと、しばらくしたらローズが現れた。
「レンヤさん、置いていくなんて・・・、これも愛情の裏返しかな?うふふ・・・」
「ねっ!言った通りでしょう?」
「あぁ、アンの言った通りだったな。」
「それくらい精神的にタフでないと裏社会のボスなんてやってられないわ。見習うべきかは微妙だけど・・・」
「その気持ち、俺も分かるよ。」
ヘレンさんの目が治って見えるようになった事で、子供達全員がヘレンさんのところに集まっている。
泣いて抱きついている子供もいるよ。
子供達からとても慕われているんだな。称号が『聖女』になっているけど、いつかは『聖母』になるかもしれない。
このような幸せを守る事が俺の使命だと思う。
かつての俺のように復讐で生きる人生にさせてはいけない。
魔王、絶対にお前の好きにはさせない・・・
マーガレットがヘレンさんから離れ俺の隣にやってくる。
「ねぇお兄ちゃん、ヘレンママの目って女神様が治したって言っていたけど本当?実はお兄ちゃん達が治したんじゃないのかな?」
「いや、本当に女神様のお力だよ。」
司祭様がニコニコ笑って俺の向かい側の席に座った。
「女神様は常にそばで私達を見ておられた。ヘレンは女神様からご慈悲をいただいたのだよ。だからマーガレット、君も将来は魔法使いになりたいと言っていたな。女神様のお目にかかるように頑張らないといけないぞ。」
「うん!頑張る・・・、えっ!」
勢いよく返事をしたマーガレットが突然硬直してしまう。口をパクパクしながら司祭様を見ているが、どうした?
マーガレットの視線を追っていくと・・・
「えっ!」
『静かにして下さい。今はレンヤさんとマーガレットさんだけにしか見えないようにしていますからね。』
司祭様の後ろにフローリア様が立っていた。
「マーガレット、落ち着け・・・」
「う、うん・・・、お兄ちゃん、夢じゃないんだよね?声も聞こえたし・・・」
「あぁ、本物だ・・・」
司祭様は気配で分かっているのか、静かに座ったままニコニコしている。
『驚かせてごめんね。マーガレットさん、ラピスさんからお話は聞きましたよ。だけど、無条件で称号を与える訳にはいきません。あなたが将来得るであろう称号はこれからのあなたの行動で決まります。だから、成人になるまで努力を忘れないで下さいね。あなたなら出来るはずよ。頑張りなさい。』
「は、はい・・・」
コクコクとマーガレットが頷いていると、フローリア様は満足したように微笑んでからス~と姿を消した。
「女神様って本当にいたんだね・・・」
「そうだよ。分かったかい?」
司祭様がニコニコと微笑んでマーガレットを見ていた。
「分かった!私、絶対に魔法使いになる!女神様に認めてもらえるように頑張る!」
「やる気があるのは良い事だよ。だけど無理は禁物だぞ。」
「はい!」
マーガレットが勢いよく返事をした。
この出来事が後にマーガレットが人類歴代最強の魔法使いと呼ばれ、歴史に名を残すなんて思いもしなかった。