4話 裏切り
頬がジンジンする。
それ以上に心が痛い。
(力の無い正義って、これほどまでに悔しいなんて・・・)
グレンさんがゲラゲラ笑っている。
「げへへへ、情けないなぁ~、冒険者が受付嬢に介抱されるなんて、どんだけ弱いんだ?まぁ、荷物持ちには関係ないか。」
「おい!すぐに準備しろ!早速魔王城に向かうぞ!」
マナさんがギュッと唇を噛みしめ立ち上がろうとした。
ギルドマスターがマナさんの前に立った。
「マナ君、君は私の判断が間違えているとでも思っているのか?単なる受付嬢の君が私の人事に口を挟むなんて越権行為だよ。それ以上私に楯突くと相応の処分をしないといけないが・・・」
ニヤニヤとギルドマスターが笑っている。
視線がグレンさんにチラチラと向いているので、指名依頼をした事もあり、この2人には何かあるに間違いない。
だけど、今の僕には何も出来ない。
「分かりました・・・」
今にも泣きそうにマナさんが立ち尽くしている。
そして再びしゃがんで僕の殴られた頬を撫でてくれた。
「レンヤさん、ごめんなさい・・・、これ以上はもう私には何も出来ない・・・、どんな事をしても必ず無事に帰ってきて・・・」
「分かりました。マナさん、必ず帰ってきますので、待っていて下さい。」
「早く来なさいよ!このノロマ!」
魔法使いの女が金切り声で僕を呼んでいる。
渋々彼らの後を追い一緒にギルドを出て行った。
今は魔王城の中で黒の暴竜のメンバーと一緒に探索を行っている。
今回の黒の暴竜のメンバーは4人だ。
リーダーのグレンさんと魔法使いの女、会話で聴いたけどリズって名前みたいだ。どうやらグレンさんの恋人らしい。その他には斥候の男に回復師の男である。そのメンバーの後ろを荷物を持って歩いているけど・・・
その荷物はとても大きなリュックなんだよね。
(お、重い・・・、何でもかんでも僕に持たせ過ぎだよ。これだけの荷物は普通だと2人のポーターが必要な量だよ!あいつら全員武器以外は手ぶらだし、ポーターは奴隷じゃないんだよ。前のポーターが辞めた理由も分かる。)
何とか後ろを付いて歩いているけど、少しでも遅くなると魔法使いの女がキーキーと騒ぐし・・・
(はぁ~、とんでもない連中に目を付けられたものだよ・・・、とほほ・・・)
だけど、腐っても彼らはAランクのパーティーだった。
斥候の男が先行して通路の確認を行い、罠やモンスターの確認を行っている。
この魔王城は500年前に勇者に魔王が倒されてから廃墟と化していたので罠の類は無かったけど、やはりモンスターの巣窟にもなっているのでかなりの頻度でモンスターに遭遇した。
それも、AランクやBランクのモンスターばかりが出てくる。
確かにこれだけ強いモンスターばかりだと、普通の冒険者では探索が出来ないのも分かる。
そんなモンスター達にも大して苦戦せずに倒していくのは、後ろから離れて見ている僕にとってはとても羨ましい光景だった。
(僕にも力が欲しい・・・)
「うおぉおおおおおお!」
ザンッ!
グレンさんが巨大な剣を振り下し、目の前にいる3mは超える3つ首の魔獣ケルベロスを一撃で真っ二つにする。
「ファイヤー!ボール!」
ドォオオオオオオオオオオン!
リズさんの手から大きな火の玉が何発も飛び出し、奥にいたオーガの集団に襲いかった。
派手な爆発音がして煙がはれると、全てのオーガが息絶えている。
「ふぅ、片付いたな。ここまでが探索された場所か。ここから先が未開の領域ってな訳だな。それにしても広い城だよな。まだ1階なのにこれだけ広いと気が滅入るぞ・・・」
グレンさんが大剣を肩に担ぎ、今いる部屋の先にある扉に視線を向けている。
そのグレンさんの横にリズさんが寄り添い腕を組んできた。
「グレン~、ここまでは大した奴もいなかったから、こっから先も楽勝だよ。何で今まで攻略されなかったのかな?まぁ、私達よりも優秀なパーティーが来なかったかもね?きゃははは!」
グレンさんがニヤッと笑った。
「そうだよな。俺達はAランクだが、もうじきSランクになるんだ。王国内でも2グループしかいないSランクの仲間入りにな。この魔王城を攻略すれば俺達は間違いなくSランクになれるな。ぐはははぁあああああ!」
「それに魔剣が見つかれば俺は最強になれる!最強になれば誰も俺に逆らえん!あぁ~楽しみだな~」
(勘弁してよ・・・、こんな奴がギルドのトップになったらお終いだよ。)
しかし、ここから先に行った冒険者は誰1人と帰還していない。一体何があるのだろうか?
扉を進んでいくととても大きな通路が広がる。
途中に現れたモンスターもグレンさん達は軽々と撃退していった。
目の前にとても大きな両開きの扉があった。今までの扉と比べても大きさも桁違いだし、何よりもとても豪華だった。
500年前に廃棄された城とは思えないくらいに煌びやかだった。
「すげぇ~」
グレンさん達も扉の前で息を飲んでいる。
リズさんがニヤニヤしながら扉に近づいた。
「グレン、この扉凄いよ!埋め込まれている宝石1つ1つが国宝級の宝石だよ!後でこの宝石も根こそぎ持って帰ろうね。この宝石だけでも一生遊んで暮らせるよ!」
興奮したリズさんが扉の宝石に触ろうとしたら・・・
ギギギ・・・
自然と扉が内側に開いた。
「何だ!」
グレンさん達が一斉に身構える。
扉が開いた先にあったのはとても大きなホールだった。
ホールの奥には階段のような物があり、十数段上がったところは平らになっていて、大きな石の玉座が置かれていた。
「これは・・・、もしや、魔王の間か?これだけ立派な扉の奥にある部屋だ。間違いないなぁ~」
グレンさんもリズさんもニヤニヤ笑っている。
「グレン!ここは魔王の間に間違いないよ!伝説では勇者が魔王を討伐したのは魔王の間って言われているし、魔剣は必ずここにあるよ!うふふ、これで私達は大金持ちよ!」
斥候の男も回復師の男もニヤニヤしている。
(おかしい・・・)
確かに黒の暴竜のパーティーは僕が見てきたパーティーの中で一番強いのは間違いない。だけど、ここまで来れたパーティーってそんなに弱くはなかったはずじゃないか?
今まで誰も戻れなかったのには絶対に何かある!
しかも、この扉は勝手に開いたし、どうもこの部屋に誘われている気がする。
斥候の男がゆっくりと扉に近づき中を覗いている。
しばらくするとニヤッと笑った。
「グレン、玉座の前にある石段の前を見てみろ。」
「何だ?」
ジッと見ていたグレンさんの表情が変わった。
「あ、あ、アレは!まさか・・・」
「そのまさかじゃないか?真っ黒な剣だから間違いないぞ。」
僕もチラッと中を覗いてみた。2人の会話の通りに床に真っ黒な剣が突き刺さっていた。
「ひゃはぁあああああ!とうとう見つけたぞぉおおおおお!」
みんなが喜んで部屋の中に入ろうとしたが、とても嫌な予感がした。
単なる気のせいかもしれない、だけど、今まで無能、役立たず、弱いって言われ続けてきたけど、何とかいままで生き残ってきた自信もある。その僕の危険察知が働いた感じだ。
「みなさん!」
僕が大声を出してしまったので、みんなが足を止め僕をギロッ睨む。
「何だよ無能、誰が喋って良いって言ったんだ?」
グレンさんが怒りの目で僕を睨んでいる。
「グレンさん、これは変ですよ。この状況は明らかにみなさんを誘っていますよ。今まで誰も帰還出来なかった何かがあるはずです。一旦戻って、体勢を・・・」
「うるせぇえええええええええええええ!」
思いっ切り怒鳴られてしまった。
「この無能が!お宝を目にして戻れだと・・・、俺達はAランク黒の暴竜だぞ!無能が俺様に指図するな!」
次の瞬間、思いっ切りお腹を蹴られてしまった。
い、息が出来ない!
「ゲ、ゲホ!ゲホ!」
「俺様に指図するからこうなるんだよ。殺されないだけ喜べ!」
「無能!さっさと行くわよ!いつまで寝ているのよ!この愚図!」
リズさんも真っ赤な顔で俺を睨んでいた。
みんながズカズカと部屋の中に入っていく。僕も痛むお腹をさすりながらみんなの後を付いていく。
だけど、体に纏わりつくような不安が消えない。
(バレたら怒られるけど、念には念を入れて・・・)
背中に担いでいた馬鹿でかいリュックを扉のところに置いた。
(勝手に開くって事は、もしかして勝手に閉じる可能性もあるよな?万が一扉が閉まっても、このリュックがあれば完全に閉まらなくなるはずだ・・・)
みんなは魔剣に目が眩んだみたいだ。僕を残してズカズカと奥へ進んでいく。
僕も慌てて後を追いかけた。
みんなに追いつき、魔剣まであと30mくらいまで近づいて・・・
突然、変化が起きた!
魔剣が細かくガタガタと震えている。
「何だ?」
グレンさんが足を止めて剣を構えた。
すると、床に刺さっていた魔剣が独りでに床から抜け宙に浮かんだ。
剣の刀身から真っ黒なモヤが湧き出る。
(やっぱり罠だ!)
モヤがどんどん広がり僕達の方へ迫ってくる。
ピタッとモヤの動きが止まり、今度は段々と小さくなっていった。
モヤは晴れるとそこには・・・
GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!
咆哮を上げながら、真っ黒な3つ首の魔獣が僕達を睨んでいた。
それに大きい!さっきのケルベロスとは比べものにならないくらいだ。10m近くはある・・・
「デスケルベロス・・・、ケルベロスのユニーク個体、Sランクのモンスターだぞ・・・」
グレンさんがガタガタ震えながら魔獣を見ている。
「いやぁあああああああああああああああ!」
いきなりリズさんが叫んだ。
「ファイヤーボール!ファイヤーボール!エクスプロード!」
リズさんからいくつもの火の玉が飛び出し、デスケルベロスへと飛んでいく。
ズドドドォオオオオオオオオオオオオオ!
いくつもの爆発がデスケルベロスを包み込んだ。
「やったか!」
グレンが叫ぶ。
しかし・・・
爆発の煙が晴れてそこにいたのは、全く無傷のデスケルベロスの姿だった。
「む、無理だ!あんなのに勝てっこない!」
斥候と回復師が我先へと扉へと駆け出し始めた。
デスケルベロスの左右の口から火の玉が放たれる。
「うぎゃぁああああああああああああああああ!」
火の玉の直撃を受けた2人は骨も残さず消し炭になってしまった。
ゆっくりとデスケルベロスは僕達の方へ歩き始める。
「あぁあああああああああああああああ!エスクプロード!エクスプロード!エクスプロード!」
リズさんが半狂乱になって魔法を連発し、デスケルベロスがさっきよりも大きな爆発に飲み込まれた。
GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!
爆発の粉塵の中から大きな火の玉が飛んできた。
ズドォオオオオオオオオオン!
僕達の目の前の床で火の玉が爆発した。
粉塵のおかげで狙いが上手くいかなったのか、直撃は避けられた。
直撃すればあの2人みたいに骨も残さず焼き尽くされるところだった。
だけど・・・
「うわぁああああああああああああああ!」
爆発で吹き飛ばされてしまう。
ヨロヨロと立ち上がると・・・
ギギギ・・・
(まさか!)
扉が閉まり始めている。
「やっぱり罠だったんだ!」
急いで扉へと走った。
「ダメだ!間に合わない!」
ガキッ!
「あれは!」
僕が万が一と思って置いたリュックが扉と扉の間に挟まって完全に閉まっていなかった。
大きなリュックだったので、何とか潜り抜ける事が出来るくらいに隙間が空いている。
しかし、リュックも扉の閉まる力に耐えられなくなり始めていて、いつ潰れてしまうか分からない。
生き残っている2人に呼びかけた。
「グレンさん!リズさん!早く来て下さい!扉はまだ完全に閉まっていません。今なら何とか潜り抜けて脱出出来ます!」
2人が1度顔を見合わせてから僕の方へと向いた。
なぜか揃ってニヤッと笑った。
「パラライズ!」
リズさんの声が聞こえ、紫色の稲妻が一瞬だけ僕へと向かってくるのが見えた。
「えっ・・・」
体が痺れる・・・、動けない・・・
視線は動かせるので2人へ再び視線を動かすと、グレンさんが扉の隙間へと辿り着き僕を見た。
「無能、助かったぜ。最後にもう一働き頼むわ。ぐふふふ・・・」
とても嫌な笑顔で僕を見ている。そして隙間から部屋の外に出て行った。
リズさんも隙間の前で止まりニヤニヤしながら見ている。
「無能らしい最後ね。私達はギルドにとっても大事な人材だけど、無能は1人2人減っても問題ないからね。私達の為に立派な捨て駒になってね。あんたが残ればあの化け物の時間稼ぎになるからね。きゃはははぁぁあああ!」
そう言って隙間に体をねじ込ませて出て行った。
グシャッ!
とうとうリュックが潰れ扉が閉まってしまった。
ガコン・・・
逃げ場が無い上に体がマヒして満足に動かせない。
今までのパーティーはこの罠で全滅したのか・・・