35話 3人でデート①
「ラピスお姉ちゃん・・・」
マーガレットが抱きついて涙を流しているのを、ラピスは頭をそっと撫でながら優しく微笑んでいる。
(へぇ~、ラピスもそんな表情が出来るんだ。今までで見た笑顔の中じゃ1番の笑顔じゃないかな?しばらくはそっとしていてあげよう。)
「レンヤさん・・・」
アンが申し訳なさそうな表情で俺の隣に来た。
「どうした?」
「マリーさんの串焼き肉なんだけど、子供達に大好評で足らなくなったのよ。子供達は満足して食べたけど、司祭様達や私達の分が無くなっちゃった・・・」
(マジかい・・・、子供の食欲恐るべし・・・)
「私達の分のお昼はここにある材料で作れるけど、司祭様夫婦の分の串焼き肉が無いと申し訳なくてねぇ~、夕食用にまた買ってこなくてはいけないと思うの。」
「分かったよ。俺が買ってくるよ。」
「ゴメンね。」
アンが申し訳なさそうに俺を見ている。
「私も一緒に行きたかったけど、子供達が懐いちゃって・・・、それに、こんな経験が無かったから、とても楽しいのよ。子供達を置いて出かけられないの。」
「お姉ちゃん、一緒に遊ぼう!」
マーガレットと同じくらいの歳の女の子がアンの袖を引っ張っている。周りには何人も子供達が集まっていた。
「分かったわ。一緒に遊ぼうね。」
子供達を見るアンの目がとても優しい。一緒に遊ぶのを心から楽しんでいる感じだ。
「レンヤ、それじゃ私と一緒に行かない?」
ラピスが嬉しそうに俺を見ている。
「だってねぇ~、昨日はデート出来なかったし、今なら2人っきりで出かけられるしね。どう?」
「ちょっと待って!」
マーガレットが俺とラピスの間に割り込んだ。
「私も一緒に行きたい!お兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒にいたいの。ダメ?」
とてもうるうるした目で訴えているよ。
そんな目をされたら断れないなぁ・・・
「分かったよ。じゃぁマーガレットも一緒にな。ラピス、それでも良いか?」
「全然問題無いわ。マーガレットちゃんなら大歓迎よ。ふふふ、3人でデートだね。」
ラピスが嬉しそうに微笑んでいる。マーガレットもとても嬉しそうだ。
こうして町に繰り出したのは良いけど・・・
(さて、どこに行こう?)
昨日はアンのリクエストで露店街の買い物に付き合ったけど、この2人はどこに行きたいのか?
俺自身、前世も含めてデートなんかした事が無かったし、非常に困った。
「あら、レンヤ、どうしたの?何か考え事?」
ラピスがニヤニヤ笑っている。
(こいつ・・・、俺が行くところを分かっていないのを知って、わざと意地悪に言ってきたな。)
俺からマーガレットに視線を移した。
「マーガレットちゃん、どこか行きたいところあるかな?今日はマーガレットちゃんの好きなところに行こうね。」
「え!本当に良いの?」
マーガレットがとても嬉しそうにラピスを見ている。
ラピスは俺の方に視線を移してパチッとウインクをしてきた。
(ラピス、助かる・・・)
「それじゃね、最近出来たって聞いたケーキのお店に行きたい!ケーキって食べた事も無いし、とっても美味しいって聞いたからね。」
しかし、急にショボンとなってしまった。
(どうした?)
「でも、貴族様用のお店だからとても高いって聞いたし・・・、やっぱり無理だよね・・・」
「心配するな。」
優しく頭を撫でてあげる。
「今はお金はたくさんあるから大丈夫だぞ。それにな、みんなにもお土産に買っていこうな。喜ぶぞ。」
「本当に?」
ジト~とした目で見ているよ。
確かに、つい最近まで貧民生活していたからなぁ~、いきなり大金持ちになった事なんか知らないだろうし・・・
「本当だよ。お店の場所は俺も知っているから、一緒に行こうな。」
ぱぁ~とマーガレットの顔が明るくなった。
「うん!行く!」
マーガレットの左右に俺とラピスが手を繋ぎ3人仲良く並んで町中を歩いていった。
(う~ん、デートっていうよりも、仲の良い親子3人が歩いているにしか見えないだろうなぁ~)
「おっ!レンヤじゃないか?」
3人で歩いている最中に横から声を掛けられた。
(あちゃ~)
歓楽街を根城にしているチンピラ3人衆だよ・・・
その中の1人がニタニタ笑いながら俺に近づいてくる。
「よぉ、無能、良い身分だな。お前みたいな奴が極上のエルフの姉ちゃんを連れているって、どんな奇蹟が起きたんだ?一緒にいるちびっ子の方も上玉だな。将来は美人に間違いなしだよ。」
後ろの2人もニヤニヤ笑っている。
「お前みたいな無能が侍らせているような女じゃないぞ。黙って置いて去れや。俺達が可愛がってあげるからな。げへへ・・・」
「レンヤ・・・」
ラピスの顔が厳しくなって臨戦態勢に入っている。
マーガレットの方はビビッてしまいガタガタ震えていた。
(マズイ!このままじゃラピスが暴れてしまう!)
ドォオオオオオオオオン!
俺に近づいている男の前に雷を落とした。
直後に3人へとダッシュする。
「な、何が起きた!」
突然の落雷に驚いている3人の腕を一瞬で掴み、一気に建物の陰に連れ込んだ。ここならラピス達に見られる事は無いだろう。
「お、お前・・・、何をした?」
バリバリバリ!
「「「ひぃいいいいいいいいいいいい!」」」
電撃を浴びた3人はピクピクしている。
「お、お前・・・」
とても怯えた目で俺を見ている。
「悪いが金輪際俺に構わないでくれないか?仕返しなんか考えたら確実にお前達の組織を潰す。本音としては、お前達の組織を潰したくないし、顔役は歓楽街の秩序を保つのに必要な存在だからな。だけど、俺を敵に回す事は、勇者と大賢者を敵に回す事になると覚えておいてくれ。」
もう1回電撃をビリビリと流してあげるとピクピクしていたが、何とか意識は途切れさせないように調整しておいたので、すぐに立ち上がって脱兎のごとく逃げていった。
(ここまで脅せばもうちょっかいは出さないだろな。)
何食わぬ顔で2人の前に戻ってきた。
「レンヤ、見事に撃退したね。私だったら黒焦げにしてたわよ。」
ラピスがニヤニヤしながら見ているし・・・
(おいおい、簡単に殺人行為をするって言うのは勘弁してくれ・・・、500年前と今とは価値観が大違いなんだぞ。)
「お兄ちゃん、何があったの?いきなりドーンって大きな音が聞こえたと思ったら、お兄ちゃんが消えていたし・・・」
心配そうにマーガレットが俺を見ていたので、頭を優しく撫でてあげる。
「もう大丈夫だよ。さぁ、行こうな。」
「うん!」
再び3人で手を繋ぎ途中で露店のアクセサリー屋に寄って、マーガレットにネックレスをプレゼントしてからケーキ屋へと歩いて行った。
安いネックレスだったけど、マーガレットはとても喜んでいたな。
「一生の宝物にするね!」
って、どれだけ大切にするつもりなんだ?
「うわぁ~~~~~、立派なお店・・・」
マーガレットが目をキラキラさせてお店を見ている。
さすがは貴族御用達のお店だ。外観がとてもオシャレだし、並んでいる商品1つ1つがとても高そうだよ。
前世では砂糖はとても貴重品で一般庶民がとても手を出せるような物ではなかった。アレックスが国を豊かにしたおかげで、価格もかなり下がって今ではちょっとした贅沢品として庶民でも手が出せるようになった。
それでもこのお店の商品はとても高い!この町の裕福層をターゲットにしているだけあるよ。しかも、この町の領主は貴族様だから御用達って事でお店を続けられるのだろうな。
「レンヤ、中でも食べられるのね。私達はお昼はまだだから、ついでにここで食べていかない?」
ラピスも興味津々でお店の中を覗いている。
「500年前はこんなのは無かったし、私も興味があるわ。」
俺も中を覗いてみたけど、若いオシャレな女性が数人楽しそうに食事をしている。
俺みたいな一般庶民が入っても大丈夫なのかな?
(ちょっと不安だよ。)
2人にカッコ悪いところを見せられないので、堂々とした態度でお店の中に入っていくと、メイド服を着た店員が俺達の前に現れた。
「いらっしゃいませ。本日はどのような御用で?」
「え~と、食事とケーキをお土産に買おうと思って・・・」
「かしこまりました。それではお席を案内します。」
深々と頭を下げて店の奥へと案内してくれた。
メイドの後を付いていくけど、何か変だぞ?
食事をしているテーブルをすり抜けて更に奥へと案内されている。
奥の扉のある場所へと案内された。
(ここは個室だぞ。一体?)
「どうぞこちらです。中にお連れ様が待っています。」
メイドが頭を下げてから扉を開け、俺達を中に案内してくれた。
(はい?お連れ様?一体どういう事だ?)
中には1人の美女が立っていた。
真っ赤な髪に真っ赤な口紅で、俺の顔を見るとニコッと微笑んだ。マナさんの清楚な美人とは違い、とても妖艶な雰囲気が全身から出ている。とてもスタイルの良い体のラインがはっきり出ている赤いドレスも艶やかさを更に強調している。
「ロ、ローズマリーさん・・・、何で?」
彼女がスッと片膝を床に着け深々と頭を下げた。
「ちょっ、ちょっと!ローズマリーさん!何で頭を下げて?!それにどうしてここに?」
俺の質問には応えず、頭を下げたまま話し始めた。
「勇者様に大賢者様、この度は私どもの若い者がご迷惑をおかけし大変申し訳ありません。あのバカどもはよく言い聞かせておきましたので、何卒、ご容赦をお願いします。」
「ねぇねぇレンヤ、この人は誰?」
ラピスも目が点になって俺を見ている。
その気持ちは良く分かる。
「お兄ちゃん、今、この人、お兄ちゃんの事を勇者様って言わなかった?お兄ちゃんってもしかして勇者様だったの?」
マーガレットがとてもキラキラした目で俺を見ているよ・・・
(一度に質問されても・・・)
「ローズマリーさんはこの町の歓楽街の顔役の人だよ。歓楽街の仕事で雑用を色々としていたから顔は覚えているんだ。さっきの3人もこの人の部下だよ。まぁ、あの時は俺は無能って呼ばれていたから、酒場のウエイターや娼館の掃除が中心だったけどね。後は料理が得意だったから、娼婦のお姉さん達のご飯も作っていたよ。」
「あなた、本当に何でもしていたのね。ホント、500年前のあなたの姿からは想像が出来ないわ。」
ラピスの表情が呆れた感じになっている。
「だって仕方ないだろう。冒険者として仕事はFランクしか出来なかったし、それだけでは食べていけなかったからな。この3年間で雑用仕事ならほぼ全てやった気がする。」
「本当に苦労していたんだね。同情するわ・・・」
ちょっと涙目になって俺を見ているよ。
「知らなかったとはいえ、部下が本当に失礼な事を・・・どうか歓楽街には手を出さないで下さい。私で良ければ奴隷としてこの身をいくらでも捧げます。」
(何でこうなった?あの3人への脅しはやり過ぎた?)
慌ててローズマリーさんの手を取り立たせた。
「ローズマリーさん!あなた程の人が俺なんかに頭を下げたらマズイですよ。こんなところを組織の人に見られでもしたら、あなたの立場が無くなりますよ。」
しかし彼女はゆっくりと首を振った。
「いえ、勇者様に比べれば私の立場なんて娼婦上がりのゴミみたいなモノです。奴隷になる事に躊躇はありません。私1人の犠牲で歓楽街が守る事が出来れば安い命です。」
(はぁ~、この人も話を聞かないタイプとは・・・)
「落ち着いて下さい。今は目の前に子供もいるんです。子供の前でこんな事をするのは教育に悪いですよ。」
ラピスの横にマーガレットが立っている事にやっと気が付いたのか、マーガレットと目が合うと恥ずかしそうにしている。
「そうですね、子供の前で奴隷になるって言うのは教育上良くないですね。ごめんね、可愛いお嬢ちゃん。」
「ううん、大丈夫。それよりもお兄ちゃんが勇者様って本当なの?ラピスお姉ちゃんが大賢者様ってのは教えてもらったけど・・・」
さっきよりも更にキラキラした目で俺を見ているよ。
「本当よ。私達は情報が命だからね。昨日、ギルドでレンヤ様が勇者様に覚醒したって情報が入っているし、ドラゴンを倒してギルドに持ち込んで大騒ぎになっていた事も、今日は災害級のゴブリンキングを倒して持ち込んできた事もちゃんと情報が入っているわ。レンヤ様は間違いなく勇者様よ。」
ローズマリーさんもマーガレットと同じキラキラした目で俺を見ているよ。
(だけど、しつこいようだけど、ゴブリンキングは俺ではないぞ。どうも俺の手柄になっているみたいだ。倒したアンには申し訳ないな。)
「お姉ちゃん、奴隷になりたいってのは本当は嘘ね。」
じと~とした目でマーガレットがローズマリーさんを見ている。
そしてヒシッと俺に抱きついた。
「お兄ちゃんは私と結婚の約束をしたんだからね。お姉ちゃんには渡さないわ。」
「え!」
ローズマリーさんが驚きの顔で俺を見ている。
「レ、レンヤ様って幼女趣味?」
「違うわ!」
思わず突っ込んでしまったけど、俺は断じてロリコンじゃないからな!マーガレットは確かに可愛いけど、俺にとっては妹みたいなポジションだ。結婚の約束なんて子供の思い込みだと思うし、恋愛感情は無いぞ!
「良かった・・・、私にもチャンスはあるのね。」
ニヤッと笑いながらマーガレットを見る。
「お嬢ちゃん、奴隷になりたいっていうのは本当よ。レンヤ様の恋の奴隷にね。私はレンヤ様を手に入れたいのよ。あなたも分かるでしょう?」
「私はあなたとは違うわ。」
「どういう事?」
ピクッとローズマリーの視線が鋭くなった。
「あなたはお兄ちゃんが好きではないわ。勇者様としてのお兄ちゃんが欲しいだけよ。その気持ちを恋と勘違いしているんだわ。お兄ちゃんが勇者様って聞いた時はびっくりしたけど、お兄ちゃんが勇者様かどうかは私には関係無いの。私はお兄ちゃんが好き、いつも優しいお兄ちゃんが好き、悪い事をしたらちゃんと叱ってくれたお兄ちゃんが好き、お兄ちゃんの全てが好きなの。あなたとは違う!」
「ふふふ・・・」
しばらくの沈黙の後、ローズマリーさんが微笑み、マーガレットの前に立って抱き上げた。
「私がこんな子に負けるなんてね。あなたに言われて気付いたわ、私の恋って勇者様に憧れていただけだったのね。レンヤ様は私のところで働いていた時期もあったけど、その時は単なる日雇いとしか思ってなかったからね。まだ他の女の子の方がレンヤ様に好意を持っていたわ。でもね、私のこの気持ちも恋なのよ。レンヤ様を想うとドキドキが止まらなくなったのよ。」
「それなら私と同じね。でもお姉ちゃんには負けないよ。」
マーガレットがニコッと笑うと、ローズマリーさんも微笑んだ。
「ふふふ・・・、可愛い子ね、気に入ったわ。名前は何て言うの?」
「マーガレットよ。」
「マーガレットちゃんね。あなたは私のような人間になっちゃダメよ。あなたは真っ直ぐに生きなさい。」
そっとマーガレットを床に立たせ、俺の前に来た。
「レンヤ様、数々のご無礼申し訳ありませんでした。私達はあなた様に敵対する意思は全くありませんので、潰すのだけは勘弁して下さい。」
そっと俺の耳元に口を近づけてきた。
「あの子にはああ言われたけど、私はあなたを諦めていないからね。私を抱きたくなったらいつでも言って、タダで抱かせてあげるわよ。ふふふ・・・」
「そんな色仕掛けばかりしていると、私が敵に回るわよ。」
にたぁ~とラピスが笑っていた。
「ひぃいいいいいいいいいいいいい!」
「私を出し抜こうなんて100年早いわ。それ以前に、色仕掛けでレンヤを落とす事は不可能よ。残念だったわね。」
「さすがは大賢者様です。私の完敗でした。いえ、お嬢ちゃんに指摘された時点で負けでしたね。」
しかし不敵に笑う。
「でも、私は諦めが悪いからレンヤ様の女になるまでは迫るわよ。妻はダメなら妾でも良いからね。」
ニコッと俺に微笑んだ。
今までの妖艶な笑みとは違い、とても可愛らしい笑顔だよ。不覚にもドキッとしてしまった。
(あんな笑顔は反則だよ。)