34話 孤児院②
司祭様からの殺気がスッと消えた。
(司祭様ってどんな人なんだ?少なくとも、あのAランクだったグレンよりも遙かに強い事は分かる。絶対に怒らせてはいけない人が増えてしまったよ。)
ニコニコと微笑んでいるのが逆に怖い。
「冗談はこれくらいにしておこう。子供達が会えるのを楽しみにしているから、孤児院の方に行こうではないか。特にマーガレットがレンヤ君に『今度はいつ会えるの?』ってしきりに聞いていたからね。とても喜ぶと思うよ。」
アンがススッと俺の隣に来る。
「あの司祭様ってかなりの人よ。人間なのに私達魔族並の強さはあるわ。一体、何でこんなところで暮らしているのかしら?」
「俺もここまでの人とは思わなかったよ。本当の強者って普段は力を隠しておくものなんだな。」
「それに、マーガレットって誰?」
アンがジト~とした目で見ている。
「あぁ、彼女ね。まだ7歳の女の子だよ。一緒に遊んであげてからずっと俺に懐いていてね、いつも俺にくっついているんだ。まだまだ甘えたい年頃だけど、司祭様に甘えるのは遠慮しているみたいだし、だから俺に甘えているんじゃないか?」
「ふ~ん、そうなの・・・」
アンが何か意味深な笑顔になっているけど、どうして?
「まぁ、いいわ。それじゃ孤児院のところに行きましょう。私も子供達と触れ合いたいの。今までそんな事がなかったし、実はとても楽しみにしているのよ。」
みんなで隣の建物の方へ移動した。
「レンヤお兄ちゃぁあああああああああああああああん!」
入り口の近くにいた女の子が、俺を見るなり猛ダッシュで突っ込んで来た。
「ぐえっ!」
ヘッドダイビングで俺に抱きついてきたけど、あまりの突進力で思わず声が出てしまう。
ちょっとぉ~と思ったけど、幸せそうに俺の胸に頬ずりしているものだから、これ以上は何も言えないよ。
まぁ、俺の事は兄と思って甘えているんだろうな。妹のテレサもこんな時期があったけど、段々と生意気になってきたよなぁ~、ツンツンしていると思えば、いきなりデレってなるし、年頃の女の子ってホント扱いが難しかった。
「へぇ~、この子がマーガレットちゃん?とても可愛い子ね。」
アンが嬉しそうにマーガレットを見ている。
「ふふふ、マーガレットは本当にレンヤ君が好きなんだね。」
マナさんも微笑ましく見ていた。
「うん!大好き!」
マーガレットが勢いよく返事をしている。
しかし、急に目つきが鋭くなった。
「マナお姉ちゃん、何かいつもと違う感じがするよ・・・、何かあったの?それに、他にも女の人がいるし、レンヤお兄ちゃんとどんな関係なの?」
マナさんが優しい目で微笑みかけた。
「マーガレット、実はね、お姉ちゃんはレンヤ君と結婚する事になったのよ。彼女達と一緒にね。今日はその挨拶で司祭様のところに来たのよ。」
「えぇえええええええええええええええええええええええ!」
マーガレットが絶叫する。
そしてポロポロと泣き始めてしまった。
「わ、私、レンヤお兄ちゃんに捨てられちゃうの?そんなの嫌だ・・・」
(おいおい、何でそう考える?)
「マーガレット、泣くなよ・・・」
優しく頭を撫でてあげると、うるうるした目で俺を見つめている。
「レンヤお兄ちゃん、私の事、好き?」
「もちろんだよ。好きじゃなかったらこうして会いに来ないしな。だけどな、お兄ちゃんは冒険者だから、いつまでもこの町にいることは出来ない。でもな、時々は会いに来てあげるよ。だから、心配するな。」
「うん・・・、あのね、お願いがあるんだけど、私が大きくなったら結婚してくれる?私もマナお姉ちゃんみたいに、レンヤお兄ちゃんと結婚したいの。それまで私、待っているね。」
(はい?まぁ、子供の頃はそう思う事もあるよな。お父さんと結婚したいって言ったりもする子もいるしな。甘えたい気持ちからだろうし、大きくなればそんな話をした事も忘れて素敵な人と結婚出来るだろう。マーガレットはとても可愛いから、大きくなったらモテモテ間違いないだろうしな。)
「レンヤお兄ちゃん、約束だよ。」
「分かったよ、約束しような。」
マーガレットがとても嬉しそうに俺に抱きついた。
(ふぅ、機嫌が直って良かったよ。)
しかし・・・
ラピスもアンもマナさんも呆れた表情で俺を見ていた。
「はぁ~、レンヤ・・・、そんな約束しちゃって・・・、大変な事になったわよ。」
「そうよ、レンヤさんはこの子の事が分かっていないみたいね。初めて会ったけど私には分かるわ。はぁ~、将来がどうなるやら・・・」
「レンヤ君、子供の約束とはいえ、ちゃんと責任は取らないとね。約束を破ったらどうなるか・・・、私達3人を敵に回す事になるわよ。」
(お~い、何なんだ、この3人の反応は?たかが子供の話だよ。そこまで深刻になるものか?)
その時はそう思っていました。
8年後の未来の話
マーガレットが15歳の成人になった日・・・
「レンヤお兄さん!私ね今日、成人になったよ!会いたくて我慢出来なかったから、私の方から来ちゃった。もう大人になったから約束通り結婚しようね!」
とんでもない美少女に成長したマーガレットが俺の前にいる。
(マジかい・・・、あの時の約束って・・・、本気だったのか?)
ラピスもアンもマナさんもニヤニヤ笑っていた。
「レンヤ、あの時、私達言ったよね?結婚の約束は大変な事になるって・・・、こうなるって予想していたわ。」
「そう、女の子の思い込みパワーは無敵なのよ。ずっとレンヤさんを想っていたのね。可愛い子ね。」
「ふふふ、マーガレットはずっとレンヤ君に憧れていたからね。まぁ、ちゃんと責任を取るなら、私から言う事は無いわ。」
(ははは・・・、何気なく約束してしまった当時の俺はバカだったよ。)
ふと気が付いたことがある。
「マーガレット、今日、成人になったんだよな?ザガンの町からここまではかなりの距離があるけど、どうやってここまで来たんだ?」
満面の笑みでマーガレットが微笑んでいる。
「実はね、今朝、教会で洗礼を受けたら称号を授かったの。何と!『賢者』だって!おかげでほとんどの魔法を使う事が出来るようになったのよ。」
(マジっすか?賢者なんてレア中のレアだぞ!)
「転移魔法も使えるようになったの。ここも何回か来ているしイメージが出来ているから、問題無く転移が出来ちゃった。」
ペロッと可愛く舌を出している。
「マーガレット!凄いじゃない!」
ラピスがマーガレットを抱きしめた。
「えへへ、ありがとう、ラピスお姉さん。私ね、とうとうお姉さんのような魔法使いになる夢が叶ったの。お姉さんは私の憧れだったし、色々と教えて欲しいな。」
「賢者なんて凄いわね、マーガレットはこれからは私の弟子よ。あなたもこれからはずっとここにいるから、私が色々と教えてあげるわよ。ふふふ、可愛い妹がまた1人増えたわね。」
(おいおい、もうマーガレットは俺の家族になるのが確定してしまっているのか?まぁ、この状況で断るってのは絶対に無理だろうし、そんな事をすると3人から確実に殺される。)
腹を括るしかないな。マーガレットもここまで俺の事を想ってくれていたんだ。いくら子供の時の約束だったとはいえ、マーガレットの心を傷つける訳にはいかない。
マーガレットは今までもみんなと仲良くしていたし、これからは一緒に暮らしても大丈夫だ。
「マーガレット・・・」
「レンヤお兄さん・・・」
マーガレットがラピスから離れ、俺の前に立ちジッと見つめている。
「あの時の約束だ、結婚しよう。」
「はい・・・」
ポロポロと涙が流れていたが、とても嬉しそうに俺の胸に飛び込んできたので優しく抱きしめてあげた。
3人がパチパチと拍手をして祝福してくれる、その後ろにいる他の妻達も嬉しそうに拍手をしていた。
元の時間に戻る
「マーガレット、みんなは中にいるのか?」
「うん!これからお昼ご飯の準備をするところだったんだ。」
マーガレットが元気よく返事をしてくれた。
「おっ!丁度いいタイミングだったよ。お土産があるからみんなで食べよう。マリーさんとこの串焼き肉だぞ。」
「えっ!本当!ご馳走だ!みんなに言ってくる!」
そう言って大急ぎで中に入っていった。
しばらくすると中から子供達の歓声が聞こえる。
「とても楽しそうね。」
アンが嬉しそうにしている。
部屋の中に入ると、子供達が目を輝かせて俺を見ていた。
子供の数は10人で、上は13歳から下は5歳の子供達だ。
収納魔法から串焼き肉の包みを取り出すと、再び子供達から歓声が上がる。
「わぁ~、この匂い・・・、もう我慢出来ないよぉぉぉ~」
「早く、早く!」
「レンヤお兄ちゃん、ありがとう!」
後ろから司祭様とヘレンさんがやって来た。
「レンヤ君、ありがとうね。子供達にはなかなかこんな贅沢をさせられなくて、心から感謝するよ。」
「いえいえ、今回はマリーさんからお祝いでいただいたので、みんなに食べてもらう方が俺も嬉しいですよ。」
「さあ、みんな、レンヤ君達と女神様に感謝してからいただこう。」
司祭様がそう言うと、みんながお祈りを始めた。
お祈りが終わる頃を見計らってテーブルの上に串焼き肉の包みを置き広げると・・・
「「「いただきまぁあああああああああああああっす!」」」
子供達が一斉に肉に群がった。
「うわぁ~、凄いねぇ・・・、子供達の食欲はとんでもないわ。でも幸せそうに食べているわね。」
ラピスがニコニコしながら子供達の食べる姿を見ている。
「う~ん、かなりもらったけど足りるかな?後で買いに行った方が良いかもな。」
「そうね、お金はたくさんあるんだし、子供達が喜ぶならいくらでも使ってもいいかもね。」
「はい、レンヤお兄ちゃん。」
マーガレットが串を差し出してくれた。
「おっ!ありがとうな。」
受け取ろうとすると、マーガレットがサッと串を引っ込めてしまった。
(はい?何で?)
「違うよ。受け取るのじゃなくて私が食べさせてあげるの!はい、あ~んして。」
再び差し出された串にかぶりつく。
(う~ん、相変わらず旨い!)
「えへへ、レンヤお兄ちゃんに食べさせてあげちゃった。」
ニコニコしながら俺を見ているし・・・
「ふふふ、マーガレットちゃん、まるで夫婦のようね。お姉さん妬いちゃうな。」
「ありがとう、お姉ちゃん!でもね、お姉ちゃんの方がずっとキレイだから、私、頑張ってお姉ちゃんのようなキレイな人になりたいな。」
「あっ!そう言えばお姉ちゃんのお名前を聞いていなかった!」
「私はラピスって言うのよ。キレイって嬉しい事を言ってくれるわね。気に入ったわ。」
「ラピス・・・」
マーガレットが何かを思い出すような仕草をして固まってしまった。
「もしかして・・・」
じっとラピスを見つめている。
「もしかして、物語に出ているラピス様?勇者様と一緒に魔王を倒したって・・・」
「そうよ、物語のラピス本人よ。私はハイエルフだからずっと長生きなのよ。物語の頃とは全く変わっていないわ。」
ガクガクとマーガレットが震えている。どうしたのだ?
「はわわわわわぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~」
震えが止まったと思ったら、トロ~ンとした目でラピスを見つめている。本当にマーガレットはどうした?
「お姉様ぁああああああ!」
ガシッとマーガレットがラピスに抱きついた。そのままスリスリしている。
「あぁ~~~、本物のラピス様だぁ~~~」
「ちょ、ちょ、ちょっと!どうしたのよ!」
(おぉ~、あのラピスが俺の事以外でこんなにあたふたしている姿なんて初めて見たぞ。)
「えへへぇぇぇ~~~」
マーガレットが変だよ。俺の時以上におかしい状態だ。
「マーガレット、落ち着け!本当にどうした?」
「はっ!」
無理矢理ラピスからマーガレットを引き剥がすと、やっと正気に戻ってくれた。
「おいおい、本当にどうした?」
しかし、マーガレットはニコニコして俺を見ている。
「えへへ、本物のラピス様に会えたから嬉しくて・・・、私ね、物語の中ではラピス様が1番大好きなの。大きくなったら魔法使いになるのが夢なの。ラピス様のようにバンバン魔法を使いたいの。」
(そうなのか・・・、憧れの人が目の前にいたんだな。変になるのも分かるよ。)
ラピスがマーガレットの前にしゃがみ、優しく頭を撫でてあげている。
「そうか、マーガレットちゃんは私のファンだったんだ。お姉さん、とても嬉しいな。」
「うん!ラピス様は大好き!もちろん、レンヤお兄ちゃんも同じくらい好きだよ。」
「マーガレットちゃん、私の事は様って言わないで欲しいな。これからはお姉さんと思ってくれると、私も嬉しい。どう?」
「うん!これからはラピス様の事はラピスお姉ちゃんて呼ぶね!マナお姉ちゃんみたいに優しいお姉ちゃんがいいな。」
そっとラピスがマーガレットを抱きしめた。
「もちろんよ。あなたみたいな可愛い子は優しくするしかないじゃないの。将来は魔法を使えるようになったら良いね・・・」
「ラピスお姉ちゃん・・・、私、毎日女神様にお祈りするね。絶対に魔法使いになりたい・・・」
「なれるわよ、私からもフローリア様にお願いするからね。」
「本当に?嬉しい・・・」
マーガレットも嬉しそうにラピスをギュッと抱きしめた。




