322話 獣王国へ③
「出航だぁあああああああああ!」
熊が叫ぶと船の錨が上げられる。
流石に船を停留している港の中までシーサーペントのお世話になる訳にいかないので、まずは帆を上げ自力で外洋に出ていかなくてならない。
普通なら風を読み適切に帆を調整しながら船を動かしていくのだが、今回はちょっとしたズルを使って外洋へと出ていくことにした。
「レンヤ、準備は出来たわよ。」
ラピスが空を飛んで船の後方で待機していた。
グッと杖を頭上に掲げると杖の先端の宝玉が輝く。
「サイクロン!」
巨大な竜巻が船の帆へと当たった。
「兄貴・・・、本当に大丈夫なんだろうな?」
俺の隣に立っている熊がすっごく心配そうな顔で俺を見ているよ。
(確かにこれはな・・・)
ラピスの魔法を受けた帆がミシミシと嫌な音を立てながら、竜巻の風を受け止めている。
「大丈夫じゃないかな?普通よりもかなり威力も抑えているし、ラピスも船の耐久力も計算して魔法を打っているはずだからな。多分・・・」
「ならいいんだけど・・・、その多分の言葉は怖い・・・」
熊の名前は本当は『ゴウキ』と呼ぶのだが、俺は熊と呼んでいるんだよな。
どうしてかこの呼び方がしっくりく感じだ。
まぁ、熊も俺の呼び方に何も言ってこないし問題ないのだろう。
多少の不安を感じながらも船は無事に港を出て外洋へと辿り着いた。
そこには人の姿をしているリヴァイアサンと・・・
「はい?」
「みなさん!見てはダメ!」
甲板上に黒い霧が立ち込めてしまい、視界が塞がれ全く見えなくなってしまう。
これはアンの『ダークミスト』の魔法だ。
この霧に覆われてしまうと全く視界が利かなくなる。
どうしてこなったのかというとだな・・・
「シーラさん!何度も言っているじゃないですか!人化した時はちゃんと胸を隠して下さいって!特にここは男の人がほとんどなんですし、この光景は刺激が強過ぎなんですからね!」
アンの大声が聞こえる。
ティアと最初に会った時もそうだったけど、竜族は人化しても裸に対しての羞恥心は全く無かった。
竜の姿は元々が裸の状態だったのもあるから、それは仕方ないだろう。
しかしだ!
ティアもそうだけど、リヴァイアサンの妻であるシーサーペント・クイーンのシーラさんも人化するととんでもない美女に変化してしまうのだ。
完全に人化は出来ていないので、人間の姿になった時は下半身が魚であるマーメードの種族に変化してしまう。
その姿はティアにも劣らない美女だし、スタイルもティア並なんだよな。
最初、俺達の前で人化した時は何も隠さずにとてんでもない大きな胸が丸出しになったものだから、女性にあまり慣れていない獣人達は鼻血のシャワーをまき散らしながら次々と気絶していった。
俺は大丈夫だったけど、ソフィアが「見たらダメぇえええええええええ!」と叫びながら俺に目潰しをしてきてしまって、もうそれは痛いのなんのって!
そんな事があったからシーラさんにはアン達から口酸っぱく「上半身にはちゃんと水着を着て下さい!」と言われていたのだけどねぇ・・・
今回もそれを忘れてシーラさんが再び丸出しの状態で俺達の前に現れた訳だ。
アンが咄嗟に目くらましの魔法をかけ俺達男共の視界を塞いだのは良い判断だったけど・・・
既に遅かった。
またもや獣人達の半数以上が鼻血の海に沈んでいた。
俺はというと・・・
「目がぁあああああああああああああああああ!」
ソフィアでなくアンからしっかり目潰しを喰らって、甲板の上でのたうち回っていた。
「あぁ~~~、死ぬかと思った・・・」
自分で回復魔法をかけて地獄の痛みからやっと解放された。
その大騒動の原因を作った夫婦は・・・
シーラさんがリヴァイアサンにお姫様抱っこされた状態で甲板に立って、ティア達と話しをしていた。
もちろん!シーラさんの上半身にはちゃんと水着が着用されている。
(でもねぇ・・・)
その水着ってのが、いわゆるビキニというタイプの水着なんだよな。
これが意外とね・・・
独身者ばかりの獣人族の男達にはちょっと刺激が強いかもしれない。
いや、かなりかも?
だからといって、シーラさんにちょっかいを出すような勇者もいないだろう。
間違いなく海の藻屑とされてしまうからな。
「帆をたためぇえええええええええ!」
「「「はい!」」」
熊の号令でマストに張っている帆をたたむ。
ズズズ・・・
船が何匹ものシーサーペント達に持ち上げられ一気に速度を上げ海を進んでいく。
「リヴァイアサン、助かるよ。」
俺がそう言うと彼がニコッと微笑んでくれる。
ホント、これが男なんてな。
どう見ても超絶美人な女の人にしか見えない。
まだ熊は慣れていないのか、顔を赤くしてモジモジしているよ。
「あれは男なんだ・・・、俺は普通だ・・・」
そんな独り言を言っているけど、大丈夫!他の男連中も熊と同じような反応だし、悪いのは女性以上に美人なリヴァイアサンが悪いんだからな。
何か色々と面白いハプニングがあったけど無事に獣王国へと出発した。
「ここからが本番だな。」
獣人達が俺の前で整列している。
熊も神妙な表情で俺達を見ていた。
「覚悟は出来たか?」
「「「はい!」」」
全員が頷く。
ズイッと熊が前に出てきた。
「兄貴、俺達は覚悟を決めた。だけど、覚悟だけじゃ俺達は前に進めない。だからお願いだ!俺達の覚悟に見合った力を!あのグールどもに負けない力を!」
決意の籠った視線が俺をジッと見つめている。
熊の後ろに控えている獣人達も同じ視線で見つめていた。
「お前達の覚悟、しかと受け止めたぞ!」
俺の後ろに立っていたラピスへ視線を移すと、ラピスもゆっくり頷く。
ブン!
俺達の足元に巨大な魔方陣が浮かび上がった。
「ここは?」
熊達獣人族がキョロキョロと周りを見渡していた。
今まで船の甲板の上だったのに、今俺達がいる場所は見上げても先が見えないくらいに高い木々に囲まれた森の中だった。
それだけ深いので光があまり入ってこなく、まるで夕暮れ時のようにかなり薄暗い。
「よく来たな。」
いきなり男の声が聞こえる。
大きな木の影から男が現れた。
真っ赤な髪を短く刈り上げ精悍な顔をした筋肉質の大柄な男が立っている。
顔以外は熊にとても似ていると思った。
「ヴリトラ、久しぶりだな。」
俺の言葉にヴリトラがニヤリと笑う。
「これがお前が言っていた鍛えて欲しいメンバーか?」
「そうだ、1ヵ月で徹底的に鍛えてもらいたい。出来るか?」
「出来る出来ないかというよりも、こいつらがそこまでの覚悟を持っているかだな?」
熊が前に出てヴリトラの前で頭を下げる。
「俺達は不退転の覚悟でここに来ました!この1ヵ月死に物狂いで頑張ります!」
「そうか・・・」
ヴリトラがとても嬉しそうに口角を上げた。
「この1ヶ月、死んだ方がマシ!と思えるくらいに鍛えてやるからな!」
その言葉に獣人達の表情が引きつってしまっていたのは見なかった事にしよう。
熊達をヴリトラに任せて俺は転移で船に戻った。
「彼らは大丈夫でしょうか?」
姫様が心配そうに言ってきたけど、多分大丈夫じゃないかな。
「まぁ、何とかなるわよ。あの手の連中はなかなかしぶといのが相場だからね。」
「そうですね。」
ラピスがそう話すと、姫様がクスクスと笑っている。
「それではソフィア様、私も1ヶ月の間よろしくお願いします。」
姫様がペコリとソフィアへと頭を下げた。
「それじゃ、私は早速2人を鍛えに行くわね。」
テレサの後ろにはミヤビさんとタマモが立っていた。
「テレサ様、ご指導のほどよろしくお願いします。」
「楽しみだよ、テレサお姉さんに直々に教えてもらうなんてね。」
いつも通りの真面目な態度のミヤビさんと、ウキウキとまるで遠足にでも行くような雰囲気のタマモだった。
5人の足元に魔方陣が浮かび、次の瞬間みんなの姿が消えた。
「みなさん行ってしまいましたね。」
アンが俺の隣に立ち腕を組んでくる。
「そうだな・・・、俺達だけで戦っては真に獣王国を救う事にならないからな。下手すれば侵略戦争に捉えられるかもしれん。彼らが先頭に立ってこそだからな。俺達はあくまでも手助けだ。」
「そうね・・・」
船の方はシーサーペントに任せてもらったので、自動的に獣王国へと向かう事になった。
単に船を運んでもらう感じかもな。
そうなると操舵などの作業も必要は無くなり、ただ毎日無駄にダラダラと過ごす事になってしまう。
今の獣王国はどうなっているか分からないが、姫様の兄であるキョウヤが禄でもない事をしているのに間違いない。
今の状態で帰ると、下手をすれば反逆者として手配されるかもしれない。
一番安心なのは国を捨て、俺達の魔導国に亡命する事だ。
しかし、姫様は国を元に戻す事を選んだ。
だが、今のままではこの船に乗っている人員だけでは戦力にならない。
獣王国最高戦力の六輝星であるタマモと熊の2人だけでは、正直国を相手にするには全く力が足りない。
俺達がかつての帝国の時のように戦っても良いのだが、これはあくまでも獣王国の問題であって自分達が何とかしたいと姫様が申し出てきた。
今のシーサーペントのスピードだと獣王国にある一番近い港町までは1ヵ月くらいかかるとの事だ。
普通の航海だと3ヵ月以上はかかるとの事で、このシーサーペントを使った航海はどれ程早いか。
俺達には転移という裏技があるから、船はシーサーペントに任せて獣人達を鍛える事に集中出来る。
今の獣人達の戦力では全く力が足りないので、短期で戦力の底上げにと俺達が鍛える事にした訳だ。
兵士に関しては地獄の厚生施設で実績のあるヴリトラに頼み、熊も含めて徹底的に鍛えてもらう事にする。
姫様は回復魔法の素質があったから、ソフィアに訓練を頼み一人前に戦えるようにしてもらう。
頼むから〇潰しなどの過激な事は教えないでくれよ。
何かとんでもないお転婆なお姫様になりそうで、1ヶ月後がどうなるか怖いよ。
剣技に特化しているミヤビさんとタマモは、本人達の希望もありテレサが徹底的に指導する事にした。
獣王国に着くまでの1ヵ月の間にどれだけみんなを鍛えられるか?
そして1ヵ月が経過した。
「アン、そろそろ陸が見えてきそうだな。」
「そうね・・・、今の獣王国はどんな状態か分からないけど、私達のする事は変わらないわ。ジャキの目指している闘争の続く世界、その事でどれだけの人々が犠牲になっているか・・・、キョウカ姫と共に平和を取り戻すわ。」
「そうだ、みんなが笑い合える世界を作る。それが俺達勇者パーティーの、フローリア様から託された使命だからな。」
グッと拳を前に突き出す。
俺の拳にトワが手を重ね俺を見て微笑む。
「レンヤ、任せたわ・・・」
「任せろ!」
ジャキ・・・
待っていろ!
お前の野望は俺達が打ち砕く!
必ずな!




