315話 船上での戦い⑬
「マジかい・・・」
思わず言葉が出てしまう。
俺の目の前には、トワによって惨殺されてしまったゾラが倒れていた。
いくら敵だとしてもトワのやっていることはやり過ぎだ。
ここまでする事もないだろうに!
そう思っていたが、どうやらトワはワザとこのような倒し方をしたとは・・・
確実に死んだはずのゾラの体が小刻みに震えた。
正確には切り離されてしまった上半身だ。
そして首から上の頭部分だけが!
「何が起きている?」
ズル・・・
額の角から細い黒い糸のようなものが伸び、分かれた下半身と腕に纏わりついた。
まるで逆再生のように下半身と腕が上半身へと戻っていく。
あっという間にトワにバラバラにされる前のゾラの姿に戻っていた。
「レンヤ、しっかり見た?グールというアンデットに成り下がった宿主は、あの角を破壊しない限りは超再生で元に戻るのはあの時から変わっていないようね。」
トワが腕を組みゾラの再生を見ていた。
「お姉ちゃん・・・」
タマモがミヤビさんに震えながら抱きついている。
「あんなのがタマモに・・・」
ギリッと歯を食いしばりミヤビさんがゾラの姿を見ていた。
タマモは本当にギリギリだったんだな。
もう少し遅ければ、タマモもゾラのように悪鬼に成り下がるところだった。
これは魔人よりも非常に質が悪い。
こんなのが世の中にばら撒かれでもしたら、本当に世界が終わってしまう。
「がぁああああああああああああああ!」
グールと化したゾラが叫びながらトワへと駆け出した。
フワ!
しかしその突進をトワが軽く跳躍し頭上を飛び越える。
「しっ!」
飛び越える瞬間、またもやトワが空中でいきなり方向を変え、ゾラの頭へと踵落としを喰らわした。
「げふっ!」
頭部が半分以上体にめり込んでしまったゾラだが、トワの足を掴もうと手を伸ばす。
「甘いわ!」
額の角を掴み一気に引き抜いた。
「ぎゃぁあああああああああああああ!」
再び断末魔の声をあげ、力無く床へと倒れ込んでしまった。
床に降り立ったトワの右手には漆黒の歪な形状の角が握られている。
その角の根元には心臓のような臓器があり、ドクドクと脈打っていた。
「トワ!」
俺の言葉にトワがニコッと微笑んだが、すぐに厳しい表情に戻った。
「安心したらダメ!こいつはまだ死んでいないわ。」
(何だと!)
「よく見てなさいよ。」
トワの手に握られていた角が砂となり崩れると、サラサラとゾラの体へと流れていく。
ピク!
「嘘だろう?」
またもやゾラの額から漆黒の角が再生し、再びゆっくりと立ち上がった。
「あぁあああああああああああああああ!」
言葉にならない叫ぶを上げている。
これは単にアンデッとの括りと違うモンスターだ。
あのダリウスのような不死性をも凌駕する。
本当にこんなのがこの世界に放たれたら・・・
「心配しなくても大丈夫よ。」
俺の心配な気持ちを気にしていないのか、トワがニッコリと俺に微笑んでくる。
「何が大丈夫なんだ?」
「確かにアレは不死性が高いし倒すのに『少し』は苦労するでしょうね。普通の人間ならばね。しかも、アレの一番嫌なところは身内や知り合いに寄生された時よ。」
(確かにな。)
「そう、ここの子狐ちゃんのようにアレは相手を選んで寄生する事は無いし、こんな兵器だと知らなければ簡単に憑りつく隙を与えてしまうわ。多分だけど、力を向上させるアイテムって言われたんじゃないの?」
そう言ってトワがタマモへ顔を向けると、タマモがゆっくりと頷いた。
「そういう事。大切な人があんなのに変貌して襲われたら普通は躊躇するわよ。特にアレはそういう人の精神的弱点を突く知能も兼ねそろえているのよ。身内なら助けようとするじゃない?だけど、どんなに頑張っても助けるのは無理。そうしている間に段々と被害が広がっていく。そして、アレは増殖し更に仲間を増やしていくのよ。」
「本当に嫌らしいな・・・」
「ホント、我が一族最大の汚点よ。あの男は・・・」
(我が一族だと?)
やっぱりアンが言ったように今回の騒動は神界絡みだったのか。
それにしても・・・
トワの生きていた時代は神界でも神話と呼ばれるくらいに遥か昔の時代だぞ。
そんな時代の出来事が今、どうしてこの世界に再び起きた?
「レンヤ・・・」
ジッとトワが俺を見ている。
「ダリウスもそうだったけど、私達神界の後始末をまたお願いしなくてはいけないなんて、本当に心苦しいわ。でも、こうして私もこの世界に生まれ変わったという事は、私も一緒に後始末をしなければならないって事でしょうね。だけど、いつまでも私は表に出ていられないからテレサに色々と教えておくわ。」
「だから・・・、お願い・・・」
トワがポロッと涙を流した。
「あの時代の悲劇を決して繰り返えさせないで・・・、奴、ジャキは間違いなくこの世界にいるわ。多分だけど、獣王国にね・・・」
「トワ・・・」
トワが目を閉じると黒かった髪が徐々にテレサの金髪へと戻っていく。
額の黒い角も徐々に消えていく。
そして、瞼がが開くと青い瞳が俺を見つめていた。
「兄さん・・・」
「テレサ・・・」
俺の言葉にテレサがゆっくりと頷く。
「トワの意志は分かっているわ。それとね、兄さんありがとう。」
パチンと可愛くウインクをする。
「何でお前に感謝されなきゃならんのだ?」
そう、テレサが俺にお礼を言う理由が分からない。
「兄さん、アレに憑かれてしまったら普通は助からないのよ。だけど、唯一兄さんのあの斬魔剣だけがアレを祓う事が出来るの。その事をトワから教えてもらったのよ。」
そして、抱き合っているミヤビさんとタマモに視線を移しニッコリと微笑んだ。
「兄さんの力であの姉妹は元に戻れたの。姉妹が殺し合うのを止めさせたのも兄さんお陰よ。だから、ありがとうなの。」
「そ、そうか・・・」
何だろうな、テレサにこうもストレートに感謝されると背中がむず痒い。
テレサってストーカーなヤンデレだけど、少しツンデレも入っているからな。
そうなるとだ、やっぱりかなりヤバイ性格なんだとちょと思ってしまう。
だけと、今の素直なテレサはちょっと調子が狂う。
ジロッ!
急にテレサの視線が鋭くなった。
「兄さん、何か失礼な事、考えていない?」
ドキィイイイイイイ!
(す!鋭い!)
あからさまに悪口は思っていなかったけど、微妙なニュアンスの事まで分かる?
ちょっと怖いよ!
「ま!今はそんな事は考えないでおくわ。」
ニヤッと笑う。
「後で色々とね・・・、『色々』と・・・、ふふふ・・・」
ゾクゾクッ!と背中に悪寒が走る。
(勘弁してくれ・・・)
「それじゃ兄さん!アレの対処法を教えるわ。身内じゃなければ遠慮はしなくていいから、思いっきり殺れるわ!」
う~ん・・・
何だろうな。
『やる』の言葉が違ったような気がする。
まぁ、気にしたら負けだな。
「ミーティア!」
テレサが叫ぶと右手に聖剣であるミーティアが握られ、隣にはベーターが浮かんでいる。
今の状態のベーターは、俺やアンのような聖剣の所有者しか見えない。
だけど、ベーターの表情を見ると、彼女の方もかなりやる気になっているようだ。
「主、いっその事、メテオでこの船を木っ端みじんに沈めません?衝撃波で全てが塵と化しますし、この方が後始末もしなくていいのでは?」
(おいおい、テレサ以上に物騒な事を言っているよ。)
あの寄生兵器に対しての気持ちは分からんでもない。
それにしてもだ、確かに聖剣に自我があると言い伝えられていたけど、こんなに過激な奴ばっかりか?
ちゃんと彼女達の言いたいことは分かるけど、相手を消滅させるような事ばかり言ってくる。頼もしいと言えば頼もしいけど、ちょっとアレはねぇ~~~
「兄さん!」
再びテレサが俺を呼ぶ。
おっと、ベーターの言動にちょっと集中力が欠けてしまったな。
「さっきの話の続きだけど、アレの倒し方はシンプルよ。」
テレサがミーティアを目の高さに真っ直ぐ垂直に構える。
「無蒼流秘奥義、終の型・・・」
「そ!そんな!何で雪が降っているの?しかも、テレサ様の周りだけ?」
ミヤビさんが驚愕の表情でキョロキョロと周りを見渡している。
タマモは何だろうな、とってもキラキラした目でテレサを見ていた。
「乱れぇええええええ!」
掛け声と同時に垂直に構えていた剣を高さを変えず水平に構え、切っ先をゾラへと向けた。
ハラハラと降っていた雪がいきなり大量にゾラ目がけて吹雪く。
吹雪きと同時にテレサが一気にゾラへと駆け寄る。
「雪!」
大量の雪の結晶がゾラの全身に纏わりつき動きが止まった。
そんな状態のゾラにミーティアの切っ先が数百もの数に分かれ、奴の上半身へと叩き込まれる。
ガガガガガァアアアアア!
「あがががががぁあああああああああああああ!」
無数の突きを喰らい、悲鳴を上げながらゾラの上半身が穴だらけになった。
「月!」
突きの姿勢から剣を上段へ構え直し、肩口から一気に袈裟切りを行う。
その軌跡がまるで三日月のように輝いた。
「花!」
切り下ろした剣を一気に切り上げると、その瞬間、まるで大きな真っ赤な花が咲いたようにゾラから血飛沫が舞い散った。
ゾラが悲鳴を上げたのは最初の突きだけで、後は悲鳴を上げる間もなくテレサの剣技に翻弄され、テレサが残心を取った後もなお、ゾラは棒立ちのまま立ちつくしている。
テレサが残心を解きゾラへ背を向ける。
「これぞ神のみが使える剣、その名も『乱れ雪月花』・・・」
パァアアアン!
ゾラの額の角が音を立てながら砕け散った。
そしてゆっくりと仰向けに倒れた。
サァァァ・・・・
ゾラの体が魔人の断末魔のように全身が砂となって崩れていく。
しばらくすると、そこには黒い砂の塊が床の上に残っていたが、その砂も更に細かく砕け消滅してしまった。
完全にゾラの存在が無くなってしまった事を確認すると俺へと向き直る。
「回復する暇も与えず一撃で大ダメージを叩き込む。ただそれだけよ。それって私達が一番得意なやり方ね。」
パチンとテレサがウインクをする。
「確かにな。」
思わず苦笑いしてしまった。
テレサもラピスやソフィア達と一緒にあの戦い以降も研鑽を続けていたし、無蒼流の剣技は更に洗練されているようだ。
俺の目から見ても技のキレには惚れ惚れしてしまう。
「テレサ様!」
ん?ミヤビさんの声だ。
俺とテレサがミヤビさんの方へ顔を向けると・・・
「「はい?」」
ミヤビさんが片膝をつき深々と頭を下げている。
「私、ミヤビ、一生のお願いでございます!」
テレサを見ると、タラリと頬に汗が流れているのが見える。
(あれは多分、アレだ。)
「な、何でしょう?」
テレサが思いっきり余所行きの態度に変わって返事をしていた。
「私を!何卒!私を弟子にして下さい!どうか!」
(やっぱりか!)
そして、ミヤビさんの横にいるタマモが、腕を胸の前に組んでキラキラした目でテレサを見つめていた。
「テレサ様はまるで物語に出てくる勇者様のようです・・・」
意を決したかのように真剣な表情でテレサを見つめていた。
「テレサ様は私の理想のお方です。もし許されるのなら・・・」
「お姉さまと呼ばせて下さい。」
・・・
・・・
長い沈黙が続いた。
「えぇえええええええええええええええええええ!」
直後にテレサの絶叫が響いた。




