316話 船上でのい戦い⑩
「テレサ?」
俺と戦っていた虎獣人のゾラを蹴飛ばし戦線離脱させたけど何で?
(いや・・・)
目の前にいるテレサはいつものテレサではない!
髪は金髪なのに黒く、瞳も青色から金色に変わっている。
それ以上にテレサと違うのは・・・
額に黒い1本の角が生えている。
「トワか?」
「久しぶりね。レンヤ、会いたかったわ。」
そう言ってニコッと微笑んでくれる。
この笑顔はテレサと変わらないな、
トワ・・・
見た目はテレサと全く同じ。
だけど、金髪青目のテレサと違い、トワは俺と同じ黒髪で金色の目の姿だ。
そして、決定的に外見が違っているのは、トワの時には額から黒い1本の角が生えている点だ。
トワは厳密には人族ではない。
どういう原理か分からないが、トワに切り替わった時の種族は、かつて神界にいた鬼神族という種族だって事だ。
ソフィアの師匠でもある美冬さんのフェンリル族のような最強種族の末裔みたいなもので、トワの時は剣術でなくソフィアのような体術を駆使する。
そのトワが強いってなんの・・・
多分だけど、ソフィアよりも強いんじゃないか?
(そう思うよ。)
ダリウスとの最終決戦が終わった後、テレサが自身の体に起きた事を話してくれた。
まさかテレサの体にあんな秘密があったとは驚きだ。
テレサのストーカー気質はテレサの人格を形成していたフローリア様の分身だったのは未だに信じられない。
でも、あのハイライトのない目は確かに似ているよ。
テレサはトワとは仲が良いから、ダリウスとの戦いの後でも何度か入れ替わっていたな。
そんなトワだけど、テレサは俺の事が大好きだが、トワは俺の事はどうか?と聞いた事もあった。
その瞬間、嬉しそうな顔のトワが俺に迫る。
「もちろん私も大好きだよ。テレサに負けないくらいにね。」
そう言って俺に抱き着きキスをしてきた。
そんなトワが俺の前にいる。
「トワ・・・」
ニタリとトワが微笑んで俺に近づく。
「さて・・・、レンヤ、少し私に付き合ってね。」
(何をだ?)
「邪魔者は蹴飛ばしたし、しばらくは誰も私達に近づかないと思うわ。」
ギュッとトワが俺に抱き着いた。
「おいおい、どういう事だ。ただ俺に抱き着きたいっていうなら勘弁してくれ。お前なら時と場所を弁えていると思うんだけどな。」
「もちろんよ。今回は非常事態なの。だから少し手荒な真似をするけどゴメンね。」
そう言ってニコッと笑っていたのだが、トワのこの行動が緊急事態だとは思えない。
「レンヤには思い出して欲しいものがあるの。あの子狐ちゃんを正気に戻す為にね。」
そう言ってチラッと視線を横に移した。
その視線の先にはさっきテレサと剣を交えていた女の狐獣人がお腹を押さえて蹲っている。
(あらら・・・、あれは痛そうだ。)
多分だけど、さっきの虎獣人のゾラのようにトワの攻撃を喰らったようだな。ソフィア以上の攻撃力を誇るトワの攻撃だ、殺さないように手加減をしているだろうが、しばらくは動くのは無理だろう。それだけトワの強さは別次元だからな。」
(ん?正気にだって?)
「そうよ。」
トワがニコッと笑う。
何で?俺が考えている事が分かる?
ラピスといい、アンもそうだし、ソフィア、おっとシャルもデミウルゴスもだ。
俺が思っている事を完全に分かるって、どんな読心術の使い手なんだよ。
でも、確かにあの狐獣人はミヤビさんに似ているし、彼女と比べて少し幼い感じだし姉妹なんだろうな。
そしてティアがキョウカ姫を見つけた時、ミヤビさんは既に亡くなっていた。
体に刻まれた刀傷が致命傷だったのは明らかだ。
その刀傷を負った原因は?
間違いなくあの女狐獣人だろう。
六輝星の中で剣を使う獣人は彼女1人だけだ。
だけどだ、トワは気になる事を言っていたよな。
(正気に戻す。)
やはり彼女に『何か』あったのに間違いない。
その『何か』がトワには分かっているのだろう。
それでこんな状況の時に出てきたのだろうな。
そんなトワの顔が間近に迫ってくる。
(おいおい、まさかキスをするつもりじゃないだろうな?)
いくら何でも今は戦闘中だ。そんな中でキスをする神経は理解出来ないぞ。
そんな俺の考えを読まれてしまったのか、トワが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「私は別にここでキスをしても問題ないわ。テレサも間違いなくウエルカム!って思っているでしょうね。どう?試してみる?」
いやいや!それは勘弁してくれ!
タラリと冷や汗が流れてくる。
「ふふふ、そんな慌てているレンヤの顔も好き。そろそろ真面目にしないとテレサが怒って主導権を取られてしまうから、今から真面目になるわね。」
そう言いながらまトワがパチンとウインクをしてくる。
(本当にトワは一体何をしたいんだ?)
「それじゃ、レンヤ・・・、ちょっと痛いけど我慢してね。」
(はい?痛いって?)
ザクッ!
(いっ!痛ってえぇえええええええええええええ!)
トワの額の角が俺の額にザクッと刺さった。
皮膚を突き破って頭蓋骨に角が当たっているよ。
何でこんな真似をするんだ?と思ってトワの顔を見ると、凄く真剣な表情で俺の目を覗き込んでいる。
(コレって冗談じゃなくて真面目なヤツだ。)
角が刺さっている額は痛いが、真面目なトワの表情を見るとさすがに文句は言えない。
そのトワだけど、俺の目を見ながら何かブツブツ言っている。
「レンヤの中に眠っているワタルの記憶・・・、お願い・・・、目を覚まして。私もこうして目覚めたのだから、あなたも目覚めて。」
確かに刺さった瞬間は痛かったけど不思議だ・・・
痛みがサァァァと引いていき、逆に温かい波動がトワから流れている感じがする。
「えっ!」
何だ?突然、頭の中にいくつかの記憶が甦ってくる。
これは?
トワの額の角以外にも1本の角が額の横に生えている。
しかし、その角は元の角よりもどす黒く酷く捻れ邪悪な瘴気を放つ異様な角だ。
その角に意識を奪われかけている、かつてのトワの姿。
そんなトワの体を切り裂く真っ白な剣。
「この剣は?」
「どうやら思い出したようね。賭けは私の勝ち・・・、だからご褒美を貰うわね。」
額からトワの角が抜けた感覚があったけど、そのままトワの顔が近づいてくる。
俺の唇とトワの唇が重なる。
しばらくしてトワの唇が離れていく。
彼女はとても満足した表情で俺を見ていた。
「この力ならあの子狐ちゃんを助ける事が出来るわ。任せたわよ。」
そう言ってフワリと軽く飛び上がり俺から離れていく。
しかしだ!
周りから視線を感じる!
視線を感じたところへ首をグルッと向けると・・・
(ははは・・・)
アンとティアは
『『テレサちゃん!いきなり何をしているのよ!』』
マナさんは
『あらあらお盛んね。若いって羨ましいけど、後で私も混ぜてね。』
そんな心の声が聞こえてくる。
そしてキョウカ姫とミヤビさんは両手で顔を覆って見ないようにしているが、俺は分かっているよ。
見ないようにしているようだけど、ちゃんと指に隙間を空けてそこから覗いているってな。
2人は以外とムッツリなのか?
トワの特大の爆弾投下には困ったものだ。
場の緊張感が一気に緩んでしまう。
まぁ、凄く深刻な表情をしていたキョウカ姫とミヤビさんに気を遣っていたのかもな。
俺から少し離れたトワに視線を向けると、トワはニコッと微笑んでくれた。
「レンヤ、あの子狐ちゃんを頼むわ。助ける方法はあなたの体が覚えているはずよ。」
そう言ってゆらりと体を前へと軽く倒した。
ス・・・
音も立てずに一気にゾラが吹き飛んだ扉へと駆け出した。
バキ!
ドカ!
まるで稲妻のようにジグザクに走り、扉まで途中にいる獣人達全て叩きのめしていく。
全て一撃で獣人達の意識を刈り取っていた。
死んではいないけど、トワの駆けた後は死屍累々と大量の獣人達が気絶をしていた。
「本当に稲妻みたいだな。トワが味方で良かったと本当に思うよ。」
トワが走り去った反対側へ顔を向ける。
そこには腹を押さえながら憤怒の表情で立ち上がっていた狐獣人がいる。
トワの攻撃を喰らって相当頭に来ているのだろう。
彼女から発せられる殺気がハンパじゃない。
(ん?)
確かに尋常でない殺気が彼女から放たれていたが、その殺気には違和感を感じる。
(これは?)
何だろう?この雰囲気は覚えがある。
(確か?)
半年前まで戦っていた記憶が思い出された。
この殺気の混じっている違和感の正体が分かった。
これは魔人が出す瘴気混じりの殺気と同じだ。
この戦いには神界が絡んでいるのか?
いや!ダリウスは倒したはずだし、それに獣王国とダリウスの関係は無いはず!
それでも感じるというのは?
まさかとは思うが、ダリウス以外にもこの世界に神界の者が他にいるのか?
「はっ!」
彼女の額に生えているものを見て納得した。
それは・・・
トワが見せてくれたのはかつてのトワが経験した事だろう。
その中でトワの額には本来の角以外の角も生えていた。
その角は・・・
彼女の額から生えていた角は異常にに捻れながら、どす黒い瘴気を発している。
この瘴気が俺が感じた殺気の違和感の正体だったかもな。
それ以前に、彼女は狐の獣人だし絶対に額から角が自然に生えている事はない!
あの角は後から人為的に植え付けられたものか?
かつてのトワにもアレと同じ歪な角が生えていた。
だが、今のトワにはそんな変な角は生えていない。
(正気に戻す・・・)
さっきのトワの言葉が思い出される。
かつてのトワもあの角で変になった事があったのだろう。
だったらあの角さえ除去すれば正気に戻るのか?
そうに違いない。
それでなければ、トワがわざわざ俺にあんなのを見せないだろう。
だったらあの剣は?
「斬魔剣・・・」
そんな言葉が自然と出てくる。俺の記憶に無い剣技だぞ。
しかし不思議だ。
何故か記憶が無くても体が自然と覚えているような感じだ。
(アルファ!)
『はい!マスター!分かってますよ!それじゃ元に戻しますね。』
カッ!
ガントレット形状のアーク・ライトが輝き、再び剣の姿に戻り俺の右手に握られていた。
ブワッ!
次の瞬間、膨大な殺気が俺を襲った。
(こいつは!)
その殺気は例の狐獣人から発せられている。
「あぁあああああああああああああああああああ!」
叫び声を上げると、更に巨大な瘴気が彼女の周りに渦巻く。
額の捻じれた角がまるで彼女の精神を表しているように、バキバキと音を立てて大きくなっていく。
「タマモ!正気に戻って!あなたは本当は優しい子だったでしょう!どうしてなのよ!」
ミヤビさんが泣きながら彼女へと訴えていた。
だが、ミヤビさんを彼女がジロッと鋭い目で睨む。
「うるさい!うるさいよ!お姉ちゃん、さっさと死んでよ!お姉ちゃんが生きていると頭が痛いの!頭の中でお姉ちゃんを殺せ!っずっと声が聞こえるのよ!だからぁああああああああああ!私が楽になる為にもう一回死んでよ!」
ミヤビさんがタマモと呼んだ狐獣人の姿がブレた。
「させるかぁあああ!」
「やらせません!」
キィイイイイイイイイイン!
金属がぶつかり合う甲高い音が辺りに響いた。
「私よりも早く動けるって!あんた達何者なのよ!」
真っ赤に血走った目のタマモが俺の目の前にいた。
いや、俺とアンの目の前にな。
「アン!」
俺の隣にいるアンが俺へと微笑んだ。
「どうやら獣王国のみなさんには色々と事情があるようですね。」
「そうみたいだ。今の状況は特にミヤビさん絡みでな。」
ギリギリ・・・
ミヤビさんの前で俺とアンがアーク・ライトとデスペラードを交差させタマモの剣を受け止めている。
「生意気!生意気よぉおおおおおおおおおおお!さっきの女といい!あんた達といい!何で私の邪魔ばっかりするのよ!」
「そう言われましてもねぇ~~~~~、あなた方が剣を収めてくれれば丸く収まるのですが、そうもいかないようですね。」
タマモを見ていたアンが再び俺に視線を移す。
「ところで、さっきのはテレサちゃんでなくてトワさんでしたよね?ただならぬ雰囲気でしたけど何かあったのですか?」
「あぁ・・・、この子はあの額の角に洗脳されているみたいだ。それを俺に伝えてくれたみたいだな。」
「そうですか・・・」
何で、アンが急にニヤリと怖い笑顔になったぞ。
「あの姿はどう見てもイチャイチャしているしか見えなかったし、単にイチャイチャしていたら後で厳しいお仕置きも考えていたのですけどね。ちゃん事情があっての行動だったみたいで良かったわ。」
(お仕置きって・・・、マジかい!)
「それでどうします?」
「アン、しばらく頼めるか?あの角を何とかする方法が朧気ながら浮かんでいるんだ。多分、俺でないと出来ないと思う。少し準備に時間がかかるから、準備が整うまであの子の相手を任せた。彼女の話からしてミヤビさんとは姉妹に間違いないし、これ以上悲しませるような事にしたくない。」
「分かったわ。時間稼ぎは任せてね。」
アンがニコッと微笑んだ。
「デスペラード!いくわよ!」
ギャリィイイイイイイイイ!
アンが受け止めていたタマモの剣をなぎ払い、タマモが勢いよく後ろへと後ずさる。
そしてデスペラードの切っ先をタマモに向けた。
「しばらくは私があなたの相手をするわ。お願いだから私を失望させないでよ。」
そう言ってタマモへ微笑んだが、そのタマモは獲物を見つけた肉食獣のように獰猛に笑った。
「その言葉、そっくり返すわ。私のクラマ流の神髄を見せてあげる!」




