315話 船上での戦い⑨
あらら・・・、熊獣人はソフィアに取られてしまったよ。
キィイイイイイイイイインン!
剣が合わさる音は?
誰かが戦いを始めたようだな。
音のした方に目を向けると、テレサと狐耳の女獣人が剣を合わせていた。
(あれは?)
あの狐獣人はミヤビさんに似ている。
多分だが、彼女とは姉妹かもしれない。
あの時に見たミヤビさんの傷は確か刀傷だったはず。
(まさか?)
姉妹で殺し合いをしていたのか?
チラッとアンのそばにいるミヤビさんを見ると・・・
「くっ!」
キョウカ姫もそうだけど、ミヤビさんの表情が今にも泣きそうだ。
(何か事情があるのか?)
だけど、2人の間にテレサが割り込んでくれて助かる。
詳しい事情は俺には分からんが、テレサなら何とかしてくれるだろう。
アンも一緒にいるから万が一も無いだろう。
(頼んだぞ、テレサ!)
キラッ!
(これは!)
視界の隅に何か光るものが見えた。
考えるよりも早く体が反応しサッと後ろへ飛び退く。
俺の自動防御スキルがちゃんと仕事をしてくれた。
後ろへと飛び退いた瞬間!
ドガァアアアアアア!
派手な破裂が響く。
(何があった?)
さっきまで俺が立っていた場所を見ると、1人の獣人が右拳を床にめり込ませながら蹲っている。
「こいつは・・・」
多分だが、一気に高くジャンプをして上から俺を狙って拳を叩きつけるつもりだったのだろう。
俺が気配に気づきすぐに下がったから空振りに終わったようだな。
勢い余ってそのまま床に拳をぶつけぶち抜いたのだろう。
そしてゆっくりと拳を床から引き抜きながら立ち上がった。
その拳には黒光りする金属の小手が装着されている。
「がはははぁあああああああ!俺の流星拳を避けるとは面白い。勇者の名は伊達でないって事か。」
ニヤニヤと笑いながら男が俺を見て、拳を俺へと突き出す。
あんなのを装備している拳に殴られたら、普通の人間だと頭が吹っ飛んでしまうぞ。
見た目は熊獣人に似てガタイの良いマッチョマンだが、熊よりも無駄な筋肉が少ない。
熊は完全な筋肉ゴリゴリのパワーファイターと分かるが、こいつはそれよりも手ごわそうに見える。
短く刈り上げられた黄色い髪の頭には頭髪と同じ黄色い耳が生えている。
そして頬には黒い縞が横に伸びている。
上半身がタンクトップでむき出しになっている肩や腕も、頬と同じように黒い縞のような痣が浮き出ていた。
(これは間違いなく虎の獣人だな。)
キョウカ姫の狼獣人と同じく、虎獣人は最強の一角を担っている獣人だ。
獣人の中でも最高スペックの身体能力に、今の動きから見てもかなりの修業を積んだ猛者だと分かる。
「ふっ・・・、相手に不足はないな・・・」
(アルファ!)
『マスター、どうしました?』
アルファが俺の呼びかけに応えてくれる。
(アーク・ライトをモード・ガントレットに変えるぞ。)
『どうして?えぇ、分かりましたわ。本来ならアレの相手は剣の私の方が圧倒的に有利なんでしょうけど、あえて相手のスタイルに合わせて戦うのですね。ふふふ・・・、そんなマスターもカッコいいですよ。改めて惚れ直しました。もう胸がキュンキュンして体が火照ってきました!今夜は寝させませんから覚悟して下さいね。』
おい・・・
何でそうなる?
俺の安眠を妨害しないでくれ!
切に願うぞ!
『それじゃあ!マスター!いきますね!』
カッ!
俺の手に握られているアーク・ライトが輝く。
ズズズ・・・
その光が俺の右腕をも輝かせた。
「何なのだこの剣は!」
虎獣人がアーク・ライトの変化に驚いている。
まさか剣がこのように変化するとは想像もしないだろうな。
あのダリウスとの戦いでアーク・ライトが進化した姿だ。
その姿とは・・・
俺の右腕の拳と前腕部を覆う黄金のガントレットに変化していた。
手の甲には柄頭に装着されていた赤い宝玉が輝いている。
本来なら、この形態になると例の最強の広範囲殲滅攻撃のトール・ハンマーを放つのだが、さすがにここでやってしまうと船は跡形も無く消え去ってしまうだろう。
いくら何でもやり過ぎだ。
俺は大量殺戮者になりたくはないからな!
「面白いな・・・」
にやりと虎獣人が笑った。
「まさか剣がこのように変化するとは、世の中は広い!獣王国じゃ退屈していた俺を楽しませてくれよな!俺の黒曜石で作ったこの小手が勝つか?貴様のその黄金の小手が勝つか?ふはははぁああああああああああああああ!血が滾る!滾るぞぉおおおおおおおおおおおお!」
(嫌だよ!この戦闘狂脳筋の相手は!)
とはいっても諦めてくれないだろうな。
「我が名はゴウマ流手甲術のゾラ!俺の期待に応えてくれよなぁああああああ!」
(えぇええええええええい!暑苦しい!)
「まずは小手調べだぁああああ!」
虎獣人のゾラが左拳を俺へと繰り出す。
(!!!)
スッと後ろへステップを踏んで躱そうとしたが、背中にピリッと悪寒が走る。
反射的にステップの途中で体を半回転させる。
ブン!
横を向いた俺の鼻先を奴の拳が通り過ぎた。
(腕が伸びただと!)
いや!
普通にジャブだと思っていたパンチだったが、腰を回転させ左肩ごと拳を前に突き出している。
(ちょっと舐めていたな。)
まっ直ぐに後ろに下がっていたら確実にあの手甲を嵌めた拳が顔面に直撃していただろう。
ソフィアのストレートパンチに近い動きだ。
だからといって、俺にパンチを当てることはまず不可能なんだけどな。
「よく避けたな。」
ニヤリとゾラが口角を上げる。
「たまたまだよ。」
しかし、俺の言葉にゾラの目が鋭くなる。
「貴様のその余裕!いつまで続くかな?例え勇者だろうが俺の敵ではない!くたばれぇえええええええええええええええええ!」
一気に俺との距離を詰め左右の拳を連続で休みなく繰り出す。
ズバババァアアアアアアアアアアアアアア!
右、左、左、下、上、とまるで弾幕のような拳のラッシュが俺に襲い掛かる。
(普通の人間だったらぼこぼこにされてしまうな。だが!ソフィアに比べれば・・・)
ガシィイイイイイイイイイ!
「何だと!」
ゾラの叫び声が響いた。
ピシ、ピシ、ピシ・・・
何かがひび割れる音が聞こえる。
俺の右拳が奴の左拳を正面から受け止めていた。
バカッ!
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああ!」
ゾラが左拳を押さえながら絶叫している。
奴が自慢していた黒光りしていた手甲は粉々に砕け、拳どころか左指の全てがあらぬ方向に折れ曲がり血だらけになっていた。
それはそうだろう。
奴の拳に合わせてカウンターで俺の拳を叩き込んだからな。
絶対に破壊される事のないアーク・ライトの小手に自ら拳をぶつけたんだ。
俺のパンチの威力に相手の威力も重なっているんだからな、いくら強固な小手だろうが無事で済むはずがない。
俺が手加減をしなければ、多分だけど奴の拳そのものが消滅していたのではないか?
『マスター、やりましたね。あのイキリ野郎の顔、ざまぁ!です!』
嬉しそうなアルファの声が俺の頭の中に響く。
『マスター、あれは完全に骨が砕けていますね。見た目は違ってもデウス様が創造してくれた聖剣であるアーク・ライトに勝てる武器なんてないのにね。馬鹿ですよ!馬鹿!アレは!間違いなく馬鹿です!』
何だろう・・・
アルファがニタァ~と笑って思いっきりふんぞり返っている光景が目に浮かんだが・・・
多分、今のアルファの態度は俺の想像通りだろうな。
「そ、そんな・・・、俺の手甲術が通用しない?」
ここまで聞こえそうなくらいギリギリとゾラが歯ぎしりをしながら俺を睨んでいる。
「残念だったな。お前は獣王国では最強の1人だったかもしれんが、ここでは更に上がいるって事だ。俺達の国に攻め込むつもりだっただろうが、はっきり言ってお前達全員が無駄死にだぞ。諦めて国に帰るんだな。幸い、こっちにはおたくの国の姫様もいるんだ。前向きな交渉なら姫様とアンがするだろう。これ以上戦うなら・・・」
「残念ながら俺は容赦しない。アンの敵は俺の敵でもあるからな。」
強烈な威圧をゾラへと向ける。
「ここまでの差があるとは・・・」
ゾラが忌々しそうに俺を見つめる。
だが・・・
それだけで奴が戦意喪失するはずがないだろう。
確かに左拳が使い物にならなくなったはずなのに、奴の目はまだ諦めていないように見える。
「ぐぐぐ・・・」
今度は無事な右拳を俺へ向け構えた。
「これからが本番だ!手甲術の真の力!見せてやる!」
(そうこなくちゃな!)
無意識に俺がニタリと笑っていたのを感じた。
やっぱり俺は事務仕事や面談などは性に合っていない思う。
こうして肌が殺気でピリピリとする空気、これが俺の居場所なんだと感じるよ。
だけどね、決して俺は戦闘狂ではない!
そこは間違えないで欲しいな。
ゾラが軽いフットワークで俺へと迫ってくる。
左拳を潰されたダメージは肉体的にも精神的にも軽いようだな。
ブオン!
すさまじい風切り音を上げながら拳が俺に向かって飛んでくる。
(!!!)
さっきのような悪寒が俺の背中に走る。
奴の迫りくる右腕の手首がクイッと曲がる。
その行動を見た瞬間、反射的に首を捻った。
シュッ!
(何?)
頬に鋭い痛みが走る。
左頬にかすかに傷が付き少し血が流れてきた。
「ぎゃぁあああああはははぁああああああああああああああああ!やった!やったぞぉおおおおおおおおお!」
大きな声でゾラが歓喜の声を上げている。
奴の右拳を見ると、手の甲から3本もの鋭く長い爪が生えていた。
(へぇ~、隠しギミックね。いや、暗器みたいなものだな。)
しかし、これはエグイ武器だよ。
拳で殴ってくると思いきや、いきなり爪が伸びて切り裂きにくるんだよ。
紙一重の躱し方だと間違いなく頭部が爪でバラバラにされてしまうだろう。
まぁ、これは試合でもない命を懸けた戦いだから、相手がどんな手を使ってこようが卑怯とは言えない。
負ければ【死】、それだけだしな。
だが!もう同じ手は通用しないぞ!
(さぁ!どうする?)
だが、今のゾラの喜びようは変だな。
この様子だと確実に勝ちを確信しているようだ。
この手は2度と使えない筈なのに、まだ隠している手があるのか?
「勇者よ!貴様はもう終わりだ!」
ビシッと指を差して勝ち誇った表情になっている。
「躱したと思ったら大間違いだ!この爪の先にはどんな猛獣、ドラゴンすら数秒で殺せる最強の毒を塗ってあるのだ!掠っただけも猛毒が貴様の体内に入り込む!ぎゃはははぁああああああああああ!俺は勇者よりも強い!俺が最強なのだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
毒ね・・・
さ~ぁて~、奴の反応が楽しみだよ。
「どうした?」
ゾラが怪訝な表情でオレを見ている。
あれから10秒以上は経っているぞ。
「何でだ!どうして貴様はピンピンしているんだ!もう毒が全身に回っていてもおかしくないはずだ!」
「何でだろうな。」
そう言って、俺は左の掌を傷がついたところに軽くかざす。
「最強の毒だって?」
傷口がうっすらと輝き、手を離すと傷の影も形もなくなってしまう。
「残念だったな。俺に毒は効かないよ。なんせ、状態異常完全耐性ってスキルがあるからな。どんな毒も俺の体の中に入った瞬間分解されて無害になってしまうのさ。」
ニタリとゾラへ笑顔を向ける。
「そ、そんなの嘘だ・・・、そもそもそんなスキルが存在する事自体がおかしい・・・」
奴が怯えの表情を浮かべていたのもほんの少しの間だけだった。
すぐに視線が鋭くなり俺を睨む。
「ならばぁあああ!この爪で切り刻むのみ!死ねぇえええええええええええ!」
右腕を振り上げゾラが俺に向かって駆け出し始める。
ドキャ!
「うぎゃぁあああああああああ!」
いきなり誰かがゾラの顔面に飛び蹴りを喰らわせていた。
ゴロゴロ!
まるでボールのように転がり派手に船室へと続く扉にぶち当たり、扉が壊れそのまま部屋の中に入っていった。
最高のタイミングのカウンターキックだよ。
あれは痛いってものじゃないな。
普通なら首の骨が折れてもおかしくないだろうが、あいつの太い首ならギリギリ耐えられるかもな。
(一体誰が?)
「テレサ?」
テレサが今までゾラのいた場所に立っていた。




