311話 船上での戦い⑤(ラピス①)
SIDE ラピス
さぁ~~~て、あの筋肉ダルマはソフィアに取られてしまったから、私は誰を叩き潰そうかな?
「う~~~ん、目ぼしい奴はいないわね。」
テレサは狐獣人の女と剣を合わせているし、シャルは豹獣人と戦いを始めたわね。
(レンヤは?)
あらら・・・、しっかりと相手を見付けているんじゃない。
虎の耳が付いているし、体には虎模様の痣があるからあれは虎獣人ね。
ソフィアが相手をする熊獣人に比べて少し細身の体だけど、逆に無駄な贅肉が無いから戦闘力に関しては熊獣人よりも高いかもね。
(ん?)
ここにいる幹部連中は確か『六輝星』と言っていたわね。
そうなると、幹部クラスの獣人は6人いるって事になるわけ。
ソフィアが戦う熊獣人
レンヤが相手の虎獣人
テレサが絶賛戦闘中の狐獣人
シャルとの戦いを始めた豹獣人
アンとフランで瞬殺した鷹獣人
5人しかいないわね。
あと1人はどこに隠れているのかしら?
ボボボッ!
「はっ!」
いきなり頭上に魔力の塊の気配が!
ここまま私めがけて落ちてくるわ。
ボゥ!
サッとこの場から飛び退き一気に後ろに下ると、今まで私のいた場所に青白い火柱が立ち上ったわ。
魔法の発動の気配を感じないから、相手がどこにいるかすぐには分からなかったわ。
でもねぇえええええええええええ!
(この馬鹿!何て事をするのよ!)
ここは地上でなく船上なのよ!
かなり大きな船だけど木造船なんだから、火は厳禁なはずよ!
こんなところで火の魔法を使えば船が燃えて大変な事になるんだから。
常識というものをどこかで落としてきたのかしら?
それなのに・・・
かなり強力な炎の魔法で私を狙ってくるなんて頭の中を覗きたいわ。
まぁ、船が炎上しても私達はまたティアの背中に戻るだけだから何にも困る事は無いけどね。
「あれ?」
あれだけの炎の火柱が上がっていたのに、火が消えた場所の床にはほとんど焼け焦げが付いていないわね。
威力的には上級魔法のメギド・フレイムくらいはあったと思うけど・・・
どうやら一瞬だけ高温の炎を発生させ、瞬間的に対象物を燃やす炎のようね。シャルのプラズマボールのような原理かも?
そんな魔法ならアレかな?
アレを魔法と言うかは疑問だけど、それだけけの事が出来るって事はかなりの手練れには間違いないわ。
「面白くなってきたわね。」
思わず顔がにやけてくるわ。
あの最終決戦以来、そう激しい戦いはしていないからね。
ダリウスが倒れてからは魔人にされていた人達も元の人間に戻っていたし、帝国の残党らしい残党も残っていなかったわ。
ヴリトラが派遣したシュメリア王国の騎士団だけでも対応は十分だったしね。
それにしても、あのヴリトラって指導者の素質が高いんじゃない?
確かに地獄の修練とも呼べるハードな訓練だけど、その訓練を乗り切った人間は軽く上級騎士くらいの強さを持っているのね。
そんな人間を派遣してくれるものだから、魔人崩れとはいえどもかなり強い残党もあっさりと騎士達に倒され、次々に討伐されていったわ。
本当に私達は何もすることがなかったわ。
まぁ、おかげでアン達と一緒に外交に集中出来たけどね。
今回は成り行きで戦いに巻き込まれる形になったけど、今の気分は悪くないわ。
私よりもソフィアやテレサが生き生きしているのは気のせいではないと思う。
「さて・・・、どこに隠れているかはもう分かっているわよ!」
杖の先端を誰もいない方向へ向ける。
「エア!バレット!」
ズドドドドドドドドドドドドドド!
大量の空気の弾幕が飛んでいくわ。
ス・・・
(!!!)
何も無い空間に光る細長い紙きれのようなものが何枚も浮かんでいる。
その紙切れから細長い光が発せられ、光と紙切れが繋がり光の壁が出来上がったわ。
ガガガガガッ!
「なかなかやるわね。」
思わず顔がにやけてしまう。
私の魔法を障壁で防ぐとはかなり高位の魔法使いのようね。
障壁がすぐに消え、その空間が揺らいで見える。
「やっぱり隠れていたのね。その姿、見せなさい!」
スッと右手を前に突き出す。
「ディスペル!」
これは魔法解除の呪文、さぁ!正体を現すのよ!
「あなたが最後の六輝星なのね。」
私の前にはずんぐりとした太った獣人が立っていたわ。
かなりお腹が出ているし、少しは運動でもしたら?と思ってしまったけどね。
その容姿に頭から生えた耳と尻尾から察するに狸の獣人ね。
突き出たお腹を揺すりながらニヤニヤと笑っているわ。
「これはこれは、あなた様がかの大賢者様でいらっしゃいますか?我々のような魔法を扱う者にとっては雲上のお方で、こうしてお目にかかれるとは感謝感激でございます。」
(はいはい・・・)
言葉はとっても丁寧だけど、どう見ても私を敬っている感じはしないわね。
「感激の割にはこそこそと隠れて私を攻撃したでしょう?あれで私に何かできると思っていたの?」
私の言葉に狸獣人が二ヤリと笑ったわ。
こうもあからさまなんてね、逆に楽しいって思えるのだけど。
「くくく、私は勝てない戦いはしない主義なもので、確実に勝てると思っているんですよ。大賢者と呼ばれてもその肩書は500年前の化石のようなもの。魔王?邪神?一体いつの時代の存在なんですかね?お互いに化石のような存在同士で戦っているなんて・・・、そんな存在とは違い我々は常に進化しているのですよ。過去の栄光に浸っているだけのあなたを我々はすでに追い抜いているんです。」
よく口が回るわ。
まぁ、魔法使いならある意味当然の行動かもね。
常に新しいものを見つけたがるのが性だしね。
「ふふふ・・・、我々は詠唱魔法みたいな非効率な魔法を認めることはしませんよ。今の時代は効率、誰でも無詠唱で発動出来る魔法を開発したのですよ。誰でも使え、しかも即発動の魔法、私は伝説を超えるのだ。そして、私が新たな伝説となるのだよ!この六輝星『ムクロ』がねぇえええええええええええ!」
へぇ~、あれが最新の魔法?
南大陸の魔法技術は遅れている自覚が無いみたいよね。
「それではお見せしましょう!私の研究の成果を!」
(どれどれ・・・、どんなものが飛び出すのかな?)
私よりも魔法に詳しいというのはちょっと期待してまうわね。
お手並み拝見しましょう。
ザァァァ!
ムクロの周囲に小さな何かを描かれている長方形の紙がいくつも浮いているわ。
あの紙は確か?
「朱雀の炎よ!そいつを燃やし尽くせぇえええええええええええ!」
ボボボ!
紙が青い白い炎を上げて燃え始めたわね。
さっきの炎はこれだったようね。
いくつもの炎の球が私へと飛んでくる。
ボッ!
あら、肩に炎が移ったわ。
次は足、頭、と全身に炎が纏わり始めてしまった。
(あ・・・、意識が・・・)
全身に力が入らくなって、そのまま床に崩れ落ちてしまう。
手足が燃えてしまい炭と化している。
(私の役目はここまで。後はお願いね・・・)
「ぎゃはははぁああああああああああ!やったぞ!あの世界最強の魔法使いと言われたラピスを倒したぞ!」
ムクロが突き出た腹を震わせながら歓喜の声を上げている。
「誰が私を倒したって?」
どこから嬉しそうなラピスの声が響いた。
「はぁあああああああああああああああ!」
ムクロが信じられない表情で叫んだ。
「何でだ!大賢者ラピスは死んだはず!俺の放った炎で消し炭になったはずだぁあああああああああ!」
「そうなの?それはご苦労様ね。」
またもやラピスの声が響いた。
「どこだ!どこにいる!姿を現わせぇえええええええええええ!」
キョロキョロとムクロが周りを見ながら叫んではいるが、獣人の兵士以外は見当たらない。
スタッ!
ゆっくりと上空からラピスが舞い降りた。
背中の大きな翼を広げ微笑みながら降りてくるラピスの幻想的な美しい光景に、周りの兵士達は声を出すのも忘れてラピスに見入ってしまっていた。
「あらら・・・、私に見惚れてしまうなんて、美しいって事は罪なのね。」
にこりと微笑みながら周りを見渡した。
「でもね、私を見つめる権利を持っているのはレンヤ唯一人、それ以外の男の視線は気持ち悪いからあっちに行ってもらえる?」
スッと杖を高々と掲げた。
「サイクロン!」
ブワッ!
巨大な竜巻が兵士達を飲み込む。
「「「ぎゃあああああああああああああああ!」」」
ラピスの周りにいた兵士達は竜巻に飲み込まれ海へ次々と落ちていった。
「運が良ければ生き残れるかもね。死にたくなかったら死ぬ気で船にしがみついている事よ。もしも私たちの気が変わったら助けてあげるかもしれないからね。」
そう言って、ラピスは目の前にいる人物に視線を移した。
そして楽しそうに口角を上げる。
「さぁ、あなたの周囲の兵士は全員海に叩き落したわ。これで心置きなく対決出来るわね。次は何をするのかしら?」
「ど、ど、ど、どういう事なのだ!何で貴様がここにいる!俺の炎で消し炭になったはずなのに!」
ムクロの顔面に冷や汗をかきながら唾をまき散らし叫んでいる。
「別に・・・、あなたの真似をしただけよ。ここまで慌てるものなのかな?」
ラピスが杖を握っていない左手に何か白い紙を持っている。
「これって何だろうね?」
それは小さい人型に切り取られた紙で、表面には何か文字が書かれている。
その紙をヒラヒラと床に落とした。
紙が床に落ちた瞬間、紙が仄かに輝きある人物の姿になった。
「え”!」
ムクロの顎が床に届かんばかりに開いて呆けている。
しばらくしてからガクガクと震え始めた。
「何で貴様が『式』を使える?これは我らが秘術のはずなのに・・・」
ムクロの目の前にはラピスが2人並んで立っている。
どちらのラピスも全く同じに見え、ムクロの目には区別がつかなかった。
すぐに片方のラピスの姿が消え、床には白い人型の紙が落ちていた。
何かを思い出したのか、ハッとした表情でラピスを睨んだ。
「まさか・・・、さっきの貴様はその式で出来た偽物だったのか?だが、あれは身代わりレベルでしか使い道がないはずなにのに、自分で考えて動ける式だと?しかも呪文まで・・・、どうなっているのだ?」
ムクロの追い詰められた表情とは対照的に、ラピスの方はニヤニヤと笑っている。
「別にどうってことはないわよ。これが式の当たり前の使い方なんだしね。私の知っている人だけど、100体くらい同時に使役していろんな仕事をさせているみたいだし、私なんかはまだまだって言われているんだけどね。」
ガックリとムクロが床へと膝から崩れおちた。
「馬鹿な・・・、そんな馬鹿な・・・、俺よりも呪符魔術を極めている?そんなの・・・、そんなのは・・・」
クワッと目を開きラピスを睨みつけた。
その額には・・・
「何よコレは?」
ラピスが顔をしかめながらムクロを見つめる。
その額には小さな黒い角が生えていた。
「ぐふふふ・・・、俺は・・・、俺は最強なんだよ!俺の前には誰もがひれ伏すんだよぉおおおおおおおおおおお!貴様なんぞ、俺の魔術の贄になるがよい!ふはははぁああああああああああああああ!」
ムクロから先ほどまでとは桁違いの魔力が沸き上がる。
そして、その眼は真っ赤に血走っていた。
「何なのよコイツは・・・、急に魔力が爆発的に増えるなんて・・・、ドーピングでもしたの?」
ラピスは眉間にしわを寄せてムクロを見ていた。
「あれはトワみたい鬼の角が生えている感じね。獣人族にはあんなものは生えないから、アレがドーピングの元かな?だからといって、私のレベルには程遠いわよ。」
杖をムクロへ向ける。
「私との格の違い、どれだけ絶望的な差かを見せてあげるわ。」




