3話 あれから3年
拝啓
父さん、母さん、そして妹よ
僕はもうダメかもしれません・・・
先立つ不孝をお許し下さい。
体が痺れてほとんど動けない。目の前には巨大で真っ黒な3つ首の魔獣が涎を垂らしながら僕を見ている。
ゆっくりと歩いて近づいてくるが、僕はその場から動く事も出来ない。
(僕は囮に、いや、コイツの餌にされたんだ・・・、自分達だけ助かろうと思って・・・)
魔獣が僕を見てニヤッと笑った気がした。絶望が僕の心を押し潰す。
3年前、僕は称号を授かった。
しかし、授かった称号は【勇気ある者】で、スキルも全く無かった。
極めて稀だけど『外れ称号』と呼ばれる称号は存在する。司祭様の見立てでは間違いなさそうだった。
『外れ称号』とは何かというと、称号を授かってもステータスの変化は全く無く、しかもスキル付与も無い。
今の僕の状況と全く同じだ。
能力も一般人とほぼ変わらないので『無能』とも呼ばれている。
だけど、僕は諦めたくなかった。
この称号には何か意味があると信じたい。
「父さん、母さん、頑張ってくるよ。」
「あぁ、頑張れよ。」
「レンヤ、無理だと思ったら帰ってくるのよ。」
旅の服装をして玄関を出てから見送りをしてくれる父さんと母さんの前に立った。
妹は2階に上がったまま見送りにも来ない・・・
(まぁ、僕が冒険者になるって言った時から、「兄さんが家を出ていくって許さない!」って妹は猛反対してたからなぁ~、あれからちょっとギクシャクして今に至るか・・・、まだ13歳だし、まだまだ甘えたい年頃だから、気持ちは分かるよ。テレサ、勝手な兄で済まない・・・)
こうして僕は冒険者になる事を目指して家を出た。
冒険者とは?
冒険者ギルドに所属している人達の事なんだけど、基本的に危ない仕事が多いので称号やスキル持ちの人が大半だ。
町の外に出て素材を集めたり、危険なモンスターを駆除したりしている。
または、遺跡やダンジョンなどの探索を行い珍しいものを見つけたり宝探しをしている人もいる。
中には町の中の掃除やお手伝いなんかの雑用もしている人もいるけどね。
いわゆる個人の何でも屋という感じかな?
このフォーゼリア王国は国王様がとても頑張っているので、他の国に比べて格段に治安が良い。
でも、治安が良いのは町の中だけで、町から一歩外に出ればモンスターや盗賊などの脅威に晒されてしまう。
定期的に騎士団や自警団が街道や都市の周辺の警護をしているので、比較的だけど安全な方だと思う。
だから、町から町へと移動する商人などは危険回避の為に護衛などを雇っているんだよね。専属の護衛を雇っているのは大商人くらいだし、普通の商人はそんな経費はかけられない。そんな時に役に立つのが冒険者なんだよね。
だから、冒険者という職業は常に人材不足でもあるし、実力があれば難しい依頼などを達成して人々から喝采を浴びる事もあるんだ。
勇者レンヤも最初は冒険者から始めて徐々に実力を伸ばし、仲間を増やして魔王の討伐に至った訳だ。(物語にそう書いてあった)
本人も凄い人だったけど、仲間のメンバーも凄い人ばかりだった。
僕もそんな人達と一緒に旅をしたいものだ。
まぁ、今の僕はそれどころじゃないけど・・・
冒険者になる為にギルドへ行ったのは良かったけど、『外れ称号』というものは予想以上に僕の足枷になっていた。
冒険者になるにはギルドで登録をしなければならない。
まずは僕が住んでいるこの町『フィン』の冒険者ギルドで登録を行う事にした。
登録の際はステータスをチェックされる。ギルドにはステータスを鑑定できる魔道具があるので、簡単に調べる事が出来る。
ステータスプレートと呼ばれるもので、銀色の板みたいなものだ。
その上に手を置くと称号やスキルが浮かび上がってくる。
僕を担当していた受付の女の子がクスッと笑った。
「何ですか、この称号は?あはははぁあああ!『勇気ある者』なんて・・・、しかもスキル無し・・・」
普通はギルドは冒険者の事は周りにはあまり話さない。
称号やスキルはその人の仕事における生命線でもあるので、ギルドの職員は基本的に守秘義務を課せられている。だけど、この受付嬢は周りに聞こえるように話していた。
(無能と決めつけてバカにしているに間違いない。顔は覚えたからな!いつか絶対に仕返ししてやる・・・)
受付嬢の言葉を聞いた周りの冒険者がザワザワしている。
「何だ、あの変な称号は?しかもスキルが全く無いみたいだぞ。」
「たまにいるんだよな、無能の称号でも冒険者になろうとする奴がな。」
「お荷物はいらないな。」
そんな声が聞こえる。
案の定、僕と一緒に仕事をしてくれる人はいなかった。
ギルドから僕に回ってくる仕事といえば町のどぶ掃除や買い物の手伝い、町の外に出ても冒険者パーティの荷物持ちや薬草集めくらいしか仕事がなかった。
それでもいつかは僕は立派な勇者になると思っていた時期がありました。
だけど世の中は理想とは違い甘くなかった。
行く先々で「無能はいらない」と言われ、各地を転々として3年の月日が流れた。
現在はフォーゼリア王国の辺境伯が治めている辺境の町『ザガン』を拠点として活動している。
この辺境の地は500年前に魔王がいた時代は魔王の土地だった。魔王が討たれてから魔王のいた魔族領はかなり小さくなって、周辺国の領地と化した。
この地はかつて魔王がいた土地なので、町からそう遠くない場所に勇者と魔王が戦った魔王城の遺跡もある。そんな曰く付きの土地なので500年が経った今でも未開の場所も多く、冒険者としての仕事に困る事が無かったから、僕もこの地で頑張ろうと思った。
だけど相変わらず雑用仕事の毎日だった。生活もかなりギリギリで・・・
それでも『いつかは勇者に!』の信念で、依頼の仕事だけでなく鍛錬も欠かさなかった。
今ではかなり強くなったと思うが、それでもスキル持ちの人には敵わないのが悲しい現実だったりする。
いつも通り薬草の採取をしてからギルドへ戻り受付に行く。
「レンヤさん、お疲れ様でした。」
ギルドの受付嬢がニコッと微笑んで迎えてくれる。
「マナさん、これでOKかな?ついでにホーンラビットも倒したから換金してもらいたいけど・・・」
「分かりました。それじゃ、素材の受け取り窓口へ持って行って下さい。」
「レンヤさん、ちょっといいですか?」
受付から離れようとしたらマナさんに呼び止められた。
「何です?」
「このザガンのギルドに来られて半年経ちますが、3年も冒険者を続けてまだ最低のFランクなんですよね。これ以上頑張っても・・・」
マナさんがポロっと涙を流した。
(何で?)
「ごめんなさい。実はね、私には弟がいたのよ。まだ小さい頃に病気で・・・、生きていれば今は丁度レンヤさんくらいの歳なの。レンヤさんは本当に頑張っているわ。でも、他の冒険者から比べれば弱いのに間違いないの。だから、依頼も最低ランクの仕事しか回せないし。危ない事もさせたくない・・・、レンヤさんが出て行って無事に帰って来るまでいつも心配なのよ。」
「マナさん・・・」
マナさんは今までの担当してくれたギルドの受付嬢の中では1番親身になってくれていた。僕よりも少し年上のキレイなお姉さんって感じだ。そうか・・・、僕の事は亡くなった弟さんと重なって見えていたんだ。
「レンヤさんは私にとって弟みたいな存在なの。だから・・・」
突然、ギルドの出入り口のドアが大きな音を立てて開けられた。
みんなが一斉にドアの方を見る。
大柄な男を先頭にして数人の男女がギルドに入ってきた。
「何だぁ~、辺境だけあってシケたギルドだなぁ~」
(入ってきてすぐにこれか?一体何様なんだよ。)
ちょっとイラついた。
「あ、あの人達は!」
マナさんが驚いた表情で男達を見ている。
「誰です?」
「あ、あの人達は王都のギルドを拠点にして活動している【黒の暴竜】って呼ばれるAランクパーティーよ。先頭の大きな人は【英雄】の称号を持っていて個人でもAランクの猛者なのよ。」
【黒の暴竜】は聞いた事がある。どちらかというとあまり良い噂ではないけど・・・
パーティー全員がAランクの冒険者であり、高難度の依頼を次々と達成して並ぶ者が無いと言われる程の実力者揃いのパーティーだ。
だけど、素行に問題が多く、自分達より強い者がいないという事で、かなり態度が横柄だと聞いている。他のパーティーの依頼も横取りは当たり前とも聞いた。
ギルドにとっては実力者を揃えるのもギルドの価値の1つでもあるので、多少の問題行動がある冒険者でも見て見ぬ振りをしている事も多い。Aランクなら尚更ギルドも手放したくないから、かなり好き放題にしているみたいだ。
(うわぁ~、そんな奴等に目を付けられたくないよ。)
「誰だ!ギルド内で大声を出すヤツは!」
受付の奥からギルドマスターが出てきた。
ギルドマスターはこのギルドの責任者だけど、普段からあまり姿を見せないんだよな。いつも何をしてるのやら・・・
そんなギルドマスターが黒の暴竜のパーティーに気が付いたみたいだ。
(騒がしいから注意でもするのかな?)
そう思ってどうなるかを見ていると・・・
ギルドマスターが揉み手をしながら黒の暴竜のところに近づいていく。
そして目の前まで来るとペコペコし始めた。
「ようこそ、黒の暴竜様方、お待ちしてました。」
(はいぃいいい?)
何て事だ!ギルドマスターが黒の暴竜を呼んだのか。
「ふん!本当につまらない場所だな、ここは!」
先頭の大男がつまらなさそうにして愚痴を言っている。
「まぁまぁ、そう言わずにお願いしますよ。」
ギルドマスターが更にペコペコと頭を下げていた。
「まぁ、分かった。この黒の暴竜のリーダーであるこのグレンが、噂の魔剣を見つけてやるわ。英雄である俺がな!ぐはははぁあああああああ!」
(へぇ~、アレが英雄グレンなのか。英雄っていうよりも盗賊の頭みたいな感じだよ。笑い方も下品だし態度も英雄とは思えないしな。何でこんな品性の無い人間にレアな称号を授けるのだ?女神様って人を見る目が無いのかも?)
魔王城はかつて勇者と魔王が最後の決戦をした場所でもあるけど、500年経った今でも内部の探索が進んでいない。
魔王がいない今では、城内はダンジョンと化し高ランクのモンスターが徘徊している。
噂では魔王が所持していた魔剣が眠っていると言われているが、まだ誰も見つけていなく、探索に出て行った冒険者の帰還率も悪く、ここ数年は誰も挑戦していなかった。
別名、死の魔王城とも言われているのはそういった理由だからだ。
魔剣は勇者の聖剣と同等の力を秘めていると伝えられている。所有者になって魔剣を振るうというよりも、貴族のコレクター精神を擽っているみたいで、発見する事が出来れば相当の報酬が出ることになっていた。それこそ、僕達平民が人生を3回遊んで暮らせる程の金額だ。
どうやらギルドマスターがこのパーティーを指名依頼をしたみたいだな。
「グレン~、さっさと終わらせて帰ろうよ。こんな田舎にいると私まで田舎臭くなっちゃうわ。」
そう言ってグレンさんの腕に垂れ掛かっている。
真っ赤なローブにとんがり帽子を被っているから、どうやら彼女は魔法使いみたいだ。それにしても化粧が凄い・・・、そんなに歳を取っている感じはしないけど、いやはや・・・、ケバい化粧で美人が台無しだと思うね。
まぁ、人の価値観は色々だと思うから言わないけど、今の態度と言葉使いでこの女性も碌な人でないだろう。やっぱり噂通りのパーティーだろうね。
(まぁ、無能と呼ばれている僕には関係無いか・・・)
「ギルドマスター、ちょっと相談だが、どこかにポーターがいないか?実は最近ポーターが辞めてしまって荷物を運ぶ手が少ない。魔王城の探索なら尚更ポーターが必要なところだ。」
「ほぅ~、それなら・・・」
なぜかギルドマスターが僕をチラッと見た。そしてニヤッと笑う。
僕の背中に嫌な汗が流れる。
「グレン様、それなら丁度いい人材がいますよ。」
(嘘だろ?)
ギルドマスターの視線に続いてグレンさんの視線も僕に向いている。
「彼はレンヤと言いまして、実は無能の称号持ちなんですよ。正直、荷物持ちしか使い道がないもので、是非とも黒の暴竜のみなさんで使って下さい。」
「げひゃひゃひゃぁあああああ!無能ってか!確かに無能は荷物持ちにしかならんわ。」
「待って下さい!」
マナさんの声が響き渡った。
「はぁ~、何だこのアマ!」
グレンさんがマナさんに凄んでいる。
しかし、マナさんはグレンさんの視線に怯んでいなかった。
「レンヤさんはFランクの冒険者ですよ!そんなランクの人をあの魔王城に行かせるなんておかしいですよ!いくらあなた方Aランクのパーティーでも無茶苦茶です!」
「このアマァアアア!俺に意見するなんて生意気だよ!」
グレンさんがマナさんを殴ろうとしている。
(マズイ!)
咄嗟に2人の間に入ってしまったものだから、僕が思いっきり殴られてしまった。
マナさんの前で無様に這いつくばっている。
「レンヤさん!」
マナさんが僕を抱き起こしてくれた。頬がとても痛い。けど、それ以上にマナさんの前で情けない姿を見せた事の方が悔しかった。