29話 マナさん大いに驚く
さてと、マナさんのところに戻るとするか。
後ろを振り返ると・・・
・・・
武器屋の親父達が揃って土下座をしていた。
(何で?)
1人が立ち上がりソロソロと俺の前にやって来る。
「勇者様、是非とも聖剣を手に取らせて下さいませんか?一生のお願いです。武器屋として神々が作られたと言われている最高の剣を、是非とも隅々まで見てみたいのです。」
(あぁ、そういう事ね。だけど・・・)
「悪いが無理だ。」
「ど、どうして?」
親父が涙目になっている。
「このアークライトは意思を持っている剣なんだ。まぁ、もう1本のミーティアもそうなんだけど、資格が無い者が使おうとすると拒絶されるんだ。手に取るだけでも電撃が走って黒焦げだぞ。それでも良いなら持ってみるか?」
刀身にパリッと電撃が走った。
「い、いや・・・、遠慮しておく・・・」
冷や汗をかきながら親父が後ろに下がって行った。
「それじゃ、アタイに触らせてくれ!」
1人の女性が立ち上がった。
いや、女性というよりも女の子じゃないのか?身長は130cmあるかないかだぞ・・・
どうしてこんな女の子が武器屋の親父達の中にいたのだ?
しかしよく見れば、身長は低いけど、体付きは普通の女性と同じだ。出るところはちゃんと出て主張し(どちらかといえば主張し過ぎの気も・・・)、顔付きも大人の女性と変わらない。
赤い髪に負けん気の強い瞳だ。身長を除けばアンと同じくらいの年齢かもしれない。
「もしかして、ドワーフなのか?」
ドワーフ
人族、エルフ族と同様にフローリア様が創造された種族だ。他にも獣人族や妖精族などもいる。
ドワーフ族は人族と比べて身長が低く、体つきもがっしりしている。
だけど、彼女はどちらかと言えば細身だけど、半袖の上着の袖から見えている腕はとてもたくましく見えるし、無駄な肉が一切無い引き締まった体だ。相当に鍛えていると思う。
手先が器用なので鍛冶屋や建築に携わっている事が多いから、今の状況からして、彼女は鍛冶関係の仕事だろう。
俺を見てニカッと笑った。
「そうだよ。こんなナリだけどちゃんとした大人だからね。今回、アースドラゴンの解体を頼まれてやってきたけど、アタイの作った武器じゃ歯が立たなかった。鍛冶師としてまだまだと実感したよ。そんな鱗をこの聖剣は簡単に切り裂いたんだよ。もちろんアンタの腕もあるだろうが、こんな剣を見せられて黙っていられないのが本音だよ。」
聖剣をじっと見つめている。
「目の前に聖剣があるんだ。最高の剣が目の前にある、こんな剣を手に取る事が出来るなんて、鍛冶師にとっては最高のチャンスだよ。例えこの剣に黒焦げにされても文句は言わないよ。それまでの女だったという事なんだろうな。だから、1度でいい!アタイに握らせてくれ!」
彼女の瞳からとても強い意志を感じる。こんな目は嫌いではない。
(ん!)
アークライトの柄頭に埋め込まれている赤い宝玉がゆっくりと点滅している。温かい波動が俺に伝わった。
「分かったよ。」
剣を彼女に差し出した。
彼女が驚いた表情で俺を見ている。
「いいのか?」
「アークライトがアンタを認めたみたいだ。もしも何かあったら、俺が回復魔法ですぐに治してあげるよ。」
彼女が剣を受け取ったが何も起きなかった。周りがザワザワしている。
まじまじと彼女が剣を見つめている。
「これが聖剣『アークライト』・・・、持っただけでも分かるよ。この圧倒的な存在感を・・・確かに神が作られた剣というのは間違いない。だけど・・・」
とても満足した表情で俺に剣を返してくれた。
「もういいのかい?」
「あぁ、十分だよ。この剣の凄さを体に刻み込んだからな。ふふふ、これで生涯の目標が出来たよ。いつかはこの剣に匹敵するものを作る目標がね。」
「アタイはクロエって言うからな。必要があったら格安で剣でも防具でも作ってあげる。今回のお礼だよ。」
そう言ってウインクをしてきた。
「レンヤさん・・・」
アンの声だ。振り向くとちょっと怒っている。
(どうして?)
「鼻の下が伸びているわよ。相手が美人だからってデレデレして・・・」
ギクッ!
(そんなに顔に出ていたのか?)
「ふふふ、冗談よ。レンヤさんが他の女の人と楽しそうに話しているのが、ちょっとね・・・」
ヤバイ、ヤバイ・・・、アンのヤキモチメーターが上がっていたとは・・・
女性と話をする時は気を付けよう。
受付の方に戻るとピークが過ぎたのか、カウンターの冒険者の数もかなり減っていた。横を見ると、併設されている酒場が賑やかだ。これから騒がしくなるんだろうな。
アンに凄まじく視線が集中しているが、俺が勇者だとハッキリと分かってしまっているから、見ているだけで誰もちょっかいを出そうとする気配はない。
(まぁ、ちょっかいを出されても困るけどな。)
マナさんも受付が終わったのか俺に手を振っている。
アンと一緒にカウンターまで行く。
「レンヤ君ごめんね。専属受付嬢になったけど、今まで担当していた依頼があったからね。すぐに他の受付に代わるという訳にはいかないから、引継ぎが終わるまで数日かかりそうよ。」
「それは構わないよ。急ぎの用も無いし、マナさんが落ち着くまでは、俺も普通に依頼はこなそうと思っていたからな。専属になってもいつも通りで良いと思うよ。」
マナさんがニコッと微笑んでくれた。
「ありがとうね。今日はこれで終わったから、後片付けをして私はもう終わりよ。いつでも帰られるからね。」
しかし、急に心配そうな表情になる。
「でもねぇ~、ラピスさんがまだ出てこないのよ。理事長は夕方にはセンターギルドに戻る必要があるから、そろそろ会議も終わると思うんだけどね。」
「姉様、それなら先に私達で行きましょうよ。設備の説明もあるし、私が教えてあげるね。レンヤさんがラピスさんを迎えに行けば問題無いと思うわ。」
「そうだな、シャワーやキッチンの使い方も説明する必要もあるし、服とか女性同士でしか出来ない話もあるだろうしな。」
ラピスに念話を送ってみる。
【ラピス、そっちはどうだ?】
【レンヤァァァ~~~~~~】
今にも泣きそうなラピスの声が聞こえた。
【おいおい、そんなに悲愴な声を出さなくても・・・】
【だってぇぇぇ~~~、アンと一緒にデートしたのでしょう?私は除け者にされのよ、悲しくて悲しくて・・・】
【分かった、分かった。今度一緒に行こうな。約束するよ。】
【約束よぉおおおおおおお!絶対にね!よぉおおおおおおっしゃぁあああああああああああ!やる気が出たわ!あと少しで終わるから待っていてね。】
【了解だ。アンとマナさんは先に連れて行くけど、すぐに戻って来るからな。】
【分かったわ。】
アン達に向き直った。
「そろそろ終わりそうだけど、先に送っていくよ。」
「分かったわ。姉様、私達は外で待っているから。」
アンが俺の腕に抱きつき、2人でギルドの外に出ていく。
しばらくすると、マナさんがギルドの裏口から出てきた。それから人気のない場所に移動する。
「お待たせ。裏にある寮から着替えとか持ってくるから、もう少し待ってくれる?」
しかし、アンがマナさんの手を取った。
「姉様、手ぶらで大丈夫だから早く行きましょう。家には何でもあるから心配しなくても大丈夫よ。」
「そ、そうなの?」
アンがニッコリと微笑んだ。
「そうよ。驚くかもしれないけど、何も問題ないからね。でも、驚く方が普通かも・・・」
「何か気になる言い方ね。でも、楽しみね。」
マナさんも微笑んでくれた。
俺の前にアンが立った。
「それじゃ、レンヤさん、お願い。」
手を繋ごうとすると、アンがちょっと不機嫌になる。
「違うよ、今はラピスさんがいないんだから・・・」
「マナさんがいるんだけど・・・、ホント、アンは甘えん坊だよな。」
アンを抱きかかえると、とても嬉しそうにしている。
「レンヤさんのお姫様抱っこ・・・、幸せ過ぎ・・・」
「ははは・・・」
マナさんも苦笑いをしているよ。
「アンって本当にレンヤ君が大好きなんだね。どうやって知り合ったか教えてね。」
アンが急に真剣な表情になった。
「うん、分かったよ。私も姉様には本当の事を話さなければいけないと思っているから・・・、ラピスさんが戻ってきたら教えるわ。その話はそれまで待っていて欲しい・・・」
「分かったわ。」
マナさんもアンの表情に気付き真面目な顔になって返事をしている。
「マナさん、俺の肩に手を置いてくれないか?今から移動するから俺に触れていなければいけないからな。」
「そうなの?」
そう言ってマナさんが俺の背中に抱きついてきた。マナさんの大きな胸が俺の背中に押し付けられる。
いかん!心を無にするんだ!
「ちょっ!ちょっと!マナさん!そんな事しなくても!」
後ろでマナさんがクスクスと笑っている。
「ふふふ、レンヤ君って純情ね。そうだと思っていたから、ちょっと意地悪したくなったのよ。お姉さんを女として見てくれて嬉しいわ。」
(勘弁してよぉぉぉ~~~、マナさんも姉ポジションから本格的に妻ポジションを狙ってきているのか?)
俺の足元に魔法陣が浮かび景色が変わった。
「ここは?」
マナさんが俺に抱きついたまま後ろから訪ねてくる。
「魔王城の中だよ。玉座の間は今はセーフティーゾーンになっているからな。」
「ま、魔王城ぉおおおおおおおおおおおおおおお!」
派手にマナさんが絶叫している。
(み、耳がぁあああああああああ!)
耳元で絶叫されると鼓膜がぁあああああ!アンを抱いているから両手が使えないので耳が塞げない。アンはしっかりと耳を塞いでいた。
「ほ、ほ、本当に!しかも一瞬でこんな距離を・・・」
アンが俺の腕から降りるとマナさんも俺から離れた。
「本当よ。レンヤさんの転移魔法で一瞬に移動したからね。」
「収納魔法に転移魔法・・・、伝説の魔法が次々と・・・、ラピスさんがレンヤ君を国に渡したくないって気持ちがよく分かるわ。どんな手を使っても欲しがるでしょうね。」
「でも暗いわね。室内ってのは分かるけど、周りが良く見えないわ。」
マナさんが心配そうにキョロキョロと周りを見ている。
そうだろうな、。いくら明り取りの小窓があちこちにあっても、陽が沈んだしここは室内だ。かなり暗くなっている。
アンがニコッと微笑んで両手を上に掲げた。
「姉様、ようこそ、私達の家へ。」
パァ~~~~~~
いくつもの光球が上で輝き始め、一気に周りが明るくなった。
生活魔法の『ライト』をこんな演出に使うなんて、アンもなかなかやるよ。
マナさんがわなわな震えている。
「嘘・・・、本当に家が建っている。平屋だけど、こんな大きなホールの中に家が・・・」
「姉様、驚くのはまだまだ早いわ。さぁ、中に入りましょうね、もっと驚くわよ。」
ドアを開けて中に入ると、マナさんが完全に固まってしまう。
アンが最初に入った時よりも驚いている感じだ。
そうか・・・、アンは元々はお姫様だったし、生活水準が高かったから、マナさん程には驚いていなかったのか。マナさんは平民だし、どれもこれも見た事が無いくらいの贅沢品だしなぁ・・・
完全に気後れしている。
「マナさん、さぁ、入ろう。いつまでも入口にいてはねぇ・・・」
そう言ってマナさんの手を取り中へと案内する。
「いやいや、こんな贅沢な部屋は見た事がないわ。レンヤ君にアンって本当に何者なの・・・、私みたいな普通の人間が一緒にいて良いのか・・・」
アンがマナさんにギュッと抱きつく。
「姉様、それ以上は言わないで。こんな事で驚いて自信を無くすなんて、姉様はそんな軽い覚悟で私達と一緒になろうと思っていたの?」
「アン・・・」
マナさんがアンをジッと見つめていたが、ふと微笑んだ。
「ごめんなさい・・・、色々とビックリし過ぎてちょっと弱気になっていたわね。」
今度はマナさんがアンをギュッと抱きしめた。
「ありがとう、アン・・・、もう大丈夫よ。あなたは最高の妹ね。あなたの姉になれて本当に良かったわ。」
「姉様、ありがとう。」
アンがマナさんと手を繋いでリビングの方へと歩いて行った。
(ふぅ~、良かったよ。これで2人は上手く打ち解けたかな?)
「それじゃ、ラピスを迎えに行ってくるな。」
アンと一緒に買った食材をキッチンの収納棚に置いてからリビングに戻ると、仲良く2人並んでソファーに座っていた。
「うん、分かったわ。戻ってくる間に料理の下ごしらえは終わらせておくね。」
「アン、私も手伝うわね。」
2人が立ち上がって俺を見送ってくれる。
一瞬で景色が変わり、ギルドの裏へと移動した。
ギルドの中に入り待機所の椅子に座って待っていると・・・
【レンヤァアアア!終わったわ!】
【ご苦労様。ギルドにいるからいつでも大丈夫だぞ。】
【今すぐ行くわぁああああああああああああああああああああ!】
ギルドの奥でバンッ!と思いっ切り扉が開いた音がしたと思ったら、ラピスがダダダッ!と走ってきた。
「レンヤァアアアアア!」
半泣きの表情で俺に抱きついてくる。
「ふぇええええええええええん!淋しかったよぉぉぉ~~~~~」
「分かった、分かったよ。だから泣くな。」
頭を撫でてあげると、幸せそうに俺の胸に頬ずりしてくる。遠慮しなくなってからは、段々と言動が子供っぽくなってきたと思うのは気のせい?
俺達の前に理事長と緑の狩人達が立っていた。
1人がスッと前に出てくる。
「ラピス様、ご協力ありがとうございました。これで理事会にて議論を進める事が出来ます。」
抱きついたままのラピスが、首を後ろに向けた。
「ナルルース、次は絶対にデートを優先するからね。分かった?」
今度は理事長が冷や汗をかきながら前に出てきた。
「ラピス様、本当に申し訳ありません。今回は急な御用でしたが、次回からはちゃんとアポを取ってから会議を行いますので・・・、ですから、機嫌を直して下さい。」
ペコペコと頭を下げていた。
「まぁ、仕方ないわね。理事長の立場もあるし、今度は絶対に私の予定に合わせてよね。次も同じような事をしたら骨まで焼き尽くすからね。」
(おいおい、アンも俺絡みになると急に物騒になるけど、ラピスも大概だよ・・・)
「はっ!承知しました!」
深々と理事長が頭を下げていた。
「ナルルース、それじゃ理事長を頼むわね。今日は1日私に付き合せてしまって悪かったわ。」
しかし、緑の狩人全員が深々と頭を下げている。
「勿体ないお言葉です。我らは全てが勇者様とラピス様の為にこの身を捧げています。如何様にもお使い下さい。」
「ホント、アラグディアと一緒で頭が固いんだから・・・」
盛大にラピスがため息をしていた。
「それでは、センターギルドへと帰らせていただきます。」
彼女達の足元に魔法陣が浮かぶと理事長も一緒にこの場から消えた。
「さぁ、俺達も戻るか?」
「うん!」
大きくラピスが頷いた。
だけど、ずっと抱きついている。
(どうして?)
「ねぇ、レンヤァァァ・・・、私にはお姫様抱っこをしてくれないの?アンだけズルいよ。」
(そういう事ね。)
「分かったよ。」
ラピスを抱きかかえると、両腕を俺の首に回してきた。
うっとりした目で俺を見ている。
「ふふふ、これは癖になりそうね。ありがとう、レンヤ・・・」
チュッ!と俺の頬にキスをしてくれる。
しかし!周りの視線がとてつもなく痛い!
外で人気のない場所で転移したかったけど、この痛い視線に耐え切れず、すぐに転移魔法を発動した。
(収納魔法はバレているし、今更もう隠す事もないかな?)
景色が変わり玉座の間に戻ってきた。
「ラピス、着いたぞ。」
「えぇぇぇ~~~、もう終わり・・・」
とても不満そうな顔のラピスだった。
「そんな顔するなよ。中にはアンもマナさんもいるからな。ずっと抱いている訳にはいかないよ。また今度抱いてあげるからな。」
「分かったわ、約束よ。それと、デートもね。」
「分かったよ。数日はあの町にいるから、ちゃんとデートしような。」
コクッと頷いて俺の腕から降りて、ギュッと腕に抱きついた。
2人で家の中に入ると、アンとマナさんが仲良くキッチンで料理をしている。
「ただいま。」
「「おかえり。」」
2人揃ってニコッと微笑んで挨拶してくれた。
(こうやって迎えてくれるって、気持ち的にも本当に嬉しくなるな。俺も幸せを実感するよ。)
「それじゃ、全員が揃ったからリビングに行きましょう。」
アンが先頭になってリビングに移動した。
「姉様・・・」
アンがマナさんの前に立った。
「これが本当の私よ。」
アンの体が光に包まれる。
光が消えると・・・
頭の両側に黄金の角が生え、金色の瞳をしたアンが立っていた。
なぜだ?アンの角と瞳の色が変わっている。
「魔族・・・」
マナさんがやっとの声で言葉を発した。
アンが静かに頷いた。
「そう、私は魔族よ。そして、父はグリード・アルカイド、500年前に魔王を名乗っていたわ。私はその魔王の娘よ。」