281話 レンヤと蒼太
あれだけ苦労して腕一本だけ落とした俺達なのに、たった右足だけでダリウスを圧倒している彼は一体何者なんだ?
そして、彼にそっくりな俺は?
(どうしてだ?)
そっくな事で驚いている俺だが、どうしてだろう、彼の事は昔から知っている気がする。
それも遥か昔、俺が俺である事を自覚する前から、ずっと記憶の片隅にあって絶対に忘れる事の出来ない記憶として・・・
そんな不確かな思いを感じた。
再びアン達を見ると何か赤い顔で彼をジッと見つめているけど、唯一デミウルゴスだけは涙を流しながら立っていた。
「デミウルゴス!」
慌てて隣に行ったが、ピクンと震えジッと俺を見る。
「ダーリン・・・」
ギュッと俺に抱きついてきたけど何で?
「おい、どうした?」
段々と抱く力が強くなっているけど、デミウルゴスよ!どうした?
「こっちのダーリンは絶対にフローリアに渡さないわ・・・、あのフローリアなら1つにして独占するに違いないから・・・」
(1つに?)
増々訳が分からなくなてきた。
「デミウルゴスさん・・・」
何ですぐ近くにフローリア様の声が聞こえる?
確か、かなり遠くにルナさんと一緒に離れていたはずなんでは?
「げっ!」
ヴリトラの慌てた声が聞こえる。
同じ方向から声が聞こえたので、そちらに首を向けると・・・
「いたぁあああああああああああ!」
フローリア様がすぐそばに立っているではないか!
(いつの間に・・・)
しかしだ、そのフローリア様は俺を見てニコニコしている。
「ふふふ・・・、まさか旦那様と同じリアクションをしてくるなんてね。ホント、デミウルゴスさんが言ったように1つにして持って帰りたいですよ。」
「フローリア!」
まるで猫のような威嚇の状態でデミウルゴスがフローリア様を睨んでいるよ。
まぁ、そんな感じのデミウルゴスが可愛いと思ってしまったのは、味方になった安心感からかな?
そんなデミウルゴスに睨まれていたフローリア様だったが、ペロッと舌を出してクスクスと笑っている。
「デミウルゴスさん、冗談ですよ。レンヤさんはもう個別の魂として長く独立していましたから、1つに戻る事はありませんよ」
(1つに戻る?)
いやいや!
何かとんでもない言葉をサラッといっているよ!このお二方は!
フローリア様だけでなくて、デミウルゴスも俺と彼の事情を知っているのか?
「ならいいけどね。」
安心した表情でデミウルゴスが俺から離れていく。
「デミウルゴス・・・」
俺が話しかけるとデミウルゴスは首をゆっくりと振った。
「ダーリン、事情を知りたいのは分かるわ。でもね、今は戦いの最中よ。私が話せるのは戦いが終わってから・・・、ゆっくりとベッドの中でね。」
凄く妖艶な表情でペロリと舌なめずりをしている。
その様子を見て背中に汗が流れ、思わず後ずさりをしてしまった。
「こら!」
ガン!
「いたぁあああああああああああ!」
デミウルゴスが頭を押さえ蹲っているけけど、後ろにはミーティアを構えたテレサが立っていた。
「ごらぁぁぁ~~~~~、姉さん・・・、今の場で言っていい事と悪い事があるのよ。それを・・・」
チャキッとミーティアを正眼に構える。
「今は剣の腹で殴ったけど、今度は遠慮なしで刃を突き立てるわよ。」
(怖い!怖い!怖い!)
テレサの目が完全に据わっているし、しかもだ!殺気が全開で放出されている!
「ホント、お主らは面白い。フローリアが目をかけるだけあるな。」
「はい?」
今度はルナさんの声が聞こえる。
「はいぃいいいいいいいいいいいいいい!」
いつの間にかルナさんもフローリア様の隣にいた!
「フローリア、外野の妾達がここいては邪魔になるだろうが。」
そう言ってルナさんがフローリア様の耳を引っ張り移動を始めた。
「痛い!痛いですよ!ルナさん!許して下さい!」
フローリア様が叫びながらルナさんに連れて行かれている。
あんな姿、女神の威厳も何も無いな。
クルッとルナさんが振り返る。
「レンヤとやら・・・」
「はい!」
「お主の真の覚醒はもう少しだ。その姿、しかとこの目で見させてもらうぞ。」
(はい?)
真の覚醒?
俺は本当に何者なのだ?
神々がここまで俺に期待しているなんて信じられない。
(いやいや!)
今は難しい事は考えない!
俺は俺のやれる事を全力で頑張るだけだ!
そっくりさんへと視線を戻すと、少女を抱きながら未だにダリウスから視線を離していなかった。
そのダリウスはまだ床に転がったままだ。
ピクッ!
うつ伏せになっているダリウスの指が微かに動く。
「むっ!」
ゆっりとダリウスが起き上がった。
「き・・・、貴様ぁぁぁ・・・」
まるでこの世の全てを恨むような視線で俺そっくりさんを睨んでいる。
「あれだけの攻撃も全くダメージ無しか・・・」
彼がダリウスを見てニヤリと笑っている。
(ダメージ無しだって?あれだけダリウスがボロボロなのに?)
俺が疑問に思った事を感じたのか、彼が俺に視線を移してニカッと笑う。
胸に抱いている少女も彼に会わせて微笑んでくれた。
「フローリアに教えてもらったけど、君はレンヤ君って言ったかな?」
「はい、そうです。」
何て事だ!
顔も似ているけど、声まで俺にそっくりだ。
「俺は蒼太、そう呼んでくれ。別に敬語も要らないぞ。」
「いえいえ!それは無理です!蒼太さんと呼ばせて下さい!」
俺がそう言うと、少し恥ずかしいのか、少女を抱いている左手を伸ばしてポリポリと頬を掻いていた。
さすがに右手はあの巨大な剣を持っているから右手では無理だよな。
それにしても抱きながらだし、とても器用に頬を掻いているよ。
「あの2人が・・・、尊い・・・」
デミウルゴスが両手を胸の前に組んでうっとりとした表情で呟きながら見ているのは無視しよう。
「俺がアレをノーダメージだと言った事が気になったのか?」
「はい!そうです。」
すごい・・・、俺のボソッとした呟きを聞き取っていたなんて・・・
「あの姿は本物のダリウスと思ったのかな?」
(はっ!そうだった!)
「どうやら分かったようだな。」
蒼太さんが嬉しそうに笑ってくれた。
「そう、あの姿は仮初の姿だ。君達が魔王と呼んでいた男の体を乗っ取っていただけの存在だよ。本物のダリウスはあれではない。」
「やはり・・・、ダリウスの本体は?」
魔王を倒した後、魔王の胸に例の宝玉が現れた。
それからダリウスと戦った。しかし、あの人間の姿がダリウスだと思い込んでいたが、どうやら戦っていた事で完全にダリウスが復活した光景を忘れていたよ。
慌ててダリウスを見ると、ダリウスは既に立ち上がっている。
その姿は・・・
胸に大きな穴が開いているが、その中心に例の宝玉が浮いていた。
「アレがかつてフローリアに滅ぼされかけた時、肉体を失ったダリウスが全能力を宝玉に変換し生き残った姿だよ。当時のフローリアでは破壊する事は出来ず、封印する事でやっと大人しくさせたってな。」
蒼太さんから説明を受けたが、あのフローリア様でさえ破壊が不可能だっただと?
(そんな存在、どうすれば?)
「だから俺がここに来た。」
「そうだよ。お父さんが手伝いに来たからね。確実に勝てるから安心してね。」
小さな手で少女が俺にVサインをしている。
何で彼女が自信満々なのかは深く考えないでおこう。
「よくもぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ダリウスが絶叫して両手を左右に広げた。
その瞬間、胸の穴がみるみると肉が再生し穴が塞がった。
砕けてしまった股間と胸の鎧も黒い霧が発生しあっという間に元の輝きを誇る鎧が修復されていた。
「ホント、ゴキブリのような奴だな。」
蒼太さんがおもむろに少女を下ろした。
「ガーネット、父さんはこれから本気で戦うからな。母さんのところで見ていろ。」
その言葉に少女が頷き、姿が描き消えた。
(えっ!いつの間に?)
彼女はもうフローリア様の腕に抱かれていた。
いくら転移で移動したとしても、フローリア様の受け入れ態勢も早過ぎだよ。
「さて、クローディア、軽くいくぞ。」
あの黄金の大剣を下段に構えていたと思った瞬間、蒼太さんの姿が掻き消えた。
斬!
信じられない速度でいつの間にかダリウスの四肢が切り落とされ床に這いつくばっている。
(は!速い!)
これで何度目の驚愕だろう。
蒼太さんの戦いは俺の想像を超えている。
「ふむ・・・、少し動きが鈍くなったし、ちょっと試してみるか?」
四肢を切り飛ばされたダリウスだったが、流れ出た血がまるで鞭のようにうねりスルスルと体へと戻っていく。
その際、四肢も一緒に戻り体にくっ付いっていった。
「隙あり!」
再び蒼太さんが肩口から剣を袈裟切りに叩き込む。
ガキィイイイイイイイイイ!
「むっ!」
余裕の表情だった蒼太さんの表情が厳しくなった。
肩口から袈裟切りの軌道でダリウスの胴体に喰い込んだ黄金の刀身が胸の中央で止まっている。
切り裂く事が出来なかったからか、蒼太さんは剣を一度抜き再度、今度は真横から一文字に剣を薙いだ。あの宝形が真っ二つになるようにだ!
しかし・・・
ガキィイイイイイイイイイ!
またもや甲高い音が響き剣が途中で止まってしまった。
どうやら、あの宝玉を断ち切る事が出来ず、刃がそこで止まっているようだ。
剣を抜き蒼太さんが剣を横に構えて立っている。
「ふはははぁあああああああ!無駄!無駄!無駄だよぉおおおおおおおおおおおお!」
ダリウスが大口を開け不快な笑いで俺達を蔑むようにしていた。
「神器だろうが私の本体を壊す事は不可能!かつてのフローリアも私の本体を破壊する事は不可能だった!」
斬!
蒼太さんがあっという間にダリウスの首を刎ねた。
「無駄だと分からないのか!この肉体は仮初の肉体!どれだけ破壊されようが、私の本体さえ無事ならどれだけでも再生可能!」
一瞬でダリウスの頭部が再生し再び大口を開けて笑う。
「確かに厄介だな。だが、貴様はその当時の事しか知らんだろう?時代は常に変化している、それを分からせてやろう。」
ニィ~と蒼太さんが猛獣のような獰猛な笑みを浮かべた。
ザワッ!
蒼太さんからとんでもない殺気が放たれた。
先程のルナさんが放った殺気とは比べ物にならないくらいに強大な殺気だ!
それこそ!本当に殺気だけでこのダンジョンを粉々に崩壊させる事も出来るのでは?
アン達がガクガクと震えへたり込んでしまっている。
(マズい!)
ダリウスよ!
いくら何でも挑発してもいい人と悪い人くらい弁えてくれ!
絶対に断言出来る!
この人は怒らせたらダメな人だ!
『旦那様、冗談はここまでよ。』
どこからか声が聞こえる。
初めて聞く声だ。
カッ!
(何だ?)
黄金の大剣が輝いた。
「そ、そんな・・・」
あれだけの巨大な大剣の姿が無くなって、そこにいたのは・・・
フローリア様に匹敵する美貌を誇る女性が佇んでいる。
しかし、その女性は初めて見る人ではなかった。
「デウス様!どうしてそこに?」
いや・・・
確かに見た目はデウス様に似ているが、彼女から漂う気配はデウス様とは全く違う。
その女性が閉じていた目をゆっくり開け俺を見つめる。
『クローディア姉様!』
アルファがいきなり現われ、うるうるとした瞳で彼女を見つめていた。
いや!いや!
アンのデスペラードからベーターが、テレサのミーティアからガンマも姿を現わし、アルファと同じように憧れの目で、腕を胸の前に組んでうっとりとした表情で佇んでいた。




