280話 最強登場
その子の右拳がダリウスの鎧をぶち破り、深々と鳩尾に突き刺さっていた。
ゆっくりと拳を引き抜くと、ダリウスがガクっと膝をつき苦しそうに少女を見ている。
「そ!その顔は!」
ベキャ!
「げひぃいいいいいいいいいいいいいいいい!」
少女が膝を付いたダリウスの顔を右フックで殴った。
その右フックは俺の目でも辛うじて見えるか見えないかの、あまりにも素早いパンチだ。
ダリウスの顔の高さが丁度少女の拳の高さにピッタリだっただろうが、何て破壊力なんだ!
頭部と頬をガードする頑丈そうなヘッドギアが簡単に砕かれ、そのまま勢いよくゴロゴロと転がっていく。
シュン!
ズムッ!
「うぼぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「うわぁ~~~~~」
「あちゃぁ~~~~~」
ダリウスが絶叫し、俺とヴリトラが思わず声を出してしまう。
転がっているダリウスを少女が飛び上がり追っていくが、ダリウスが上を向くタイミングに合わせ、両足を揃えてダリウスへと急降下しその足を深々と叩き込む。
前にソフィアに見せてもらったドロップキックという技に間違いない!
但しだ、落下先のその場所がいわゆる・・・
キュッと!俺のある部分が縮み上がる。
股間を中心とした鎧は砕け散り、少女の両足が深々と股間に刺さっていた。
(あんなのは経験したくない!)
ソフィア以上に過激な股間を狙ったダイブアタックだぞ!
「はうぁあああああああああああああああ!」
少女がグッと深く両足を曲げダリウスの股間へ踏み込むと、再びダリウスが絶叫しその反動で少女が空中へと飛び上がる。
クルクルと回転しながら床へと華麗に着地する。
「き!き!貴様ぁあああああああ!」
ダリウスが股間を押さえながらよろよろと立ち上がった。
いくら不死身で無限の再生能力があっても痛いものは痛いから、しっかりとダメージが与えられているに間違いない。
どちらかといえば、心のダメージが特にキツイだろうな。
「まだまだよ!」
ガシッ!
少女が股間を押さえ中腰で立っていたダリウスの懐へ潜り込むように移動し、真下から垂直に拳を振り上げダリウスの顎にアッパーを叩き込んだ。
「ぶほほぉおおおおおおおおおおおおお!」
悲鳴を上げ錐揉み回転をしながら打ち上げられるように空へと高く飛んでいく。
グシャァアアアアアア!
しばらく空中に滞空していたが、ゆっくりと頭から落ち始め勢いよく床に激突した。
「マジかい・・・、あの攻撃はソフィア以上のパワーだぞ・・・」
いくら女神だといっても、あの小さい体で出せるパワーではないだろうが!
何か事情を知っているのでは?と思いヴリトラを見ると、ジト目でデミウルゴスがヴリトラを見ている光景が目に入った。
「デミウルゴス、俺の言った事が分かったか?」
「えぇぇぇ、あんたの言った事が分かったわ。あれは本物の化け物よ。しかも最上級のね!フローリア・・・、あんた・・・、どんな化け物を作ったの?」
(マジかいな・・・)
「まだまだ終わらないわよ!」
少女がニヤリとダリウスへ凶悪な笑みを向けた。
「ガーネット!」
フローリア様の声が響いたが、どうして?
その声で少女は少し悔しそうにしていた。
もしかして、あの少女の名前は『ガーネット』て呼ぶのか?
「そのくらいで終わらせましょう。それ以上するとレンヤさん達の出番が無くなってしまうわよ。私の事を思っての行動は嬉しいけど、何事もやり過ぎはダメって言っているでしょう?」
フローリア様がジロッと少女を見つめると、その子は少しバツが悪そうな顔でフローリア様を見ていた。
チラチラとヴリトラとデミウルゴスの会話も聞こえてきたし、多分だけど、あの子がフローリア様の子供なんだろうな。
まぁ、あれだけそっくりだし間違いようがない!
それにしてもだ!
2人の会話からだけどあの子はまるで最終兵器のような感じなんだけど、それだけヤバい子供だったりするのか?
あのダリウスが子供扱いにボコボコにされているから、本当にマジでヤバい子供なんだろう。
ガバッとダリウスが起き上がった。
「ば!ば!ば!馬鹿にしやがってぇえええええええええええええええええええええ!私が何でこんなチビにボコボコにされなきゃならんのだぁああああああああああああ!」
思いっ切り叫んだ後でジロリとフローリア様を睨む。
「フローリア!お前達は手を出さないって言っていたんじゃないのかぁあああああ!」
しかし、フローリア様はダリウスの言葉に何も臆せずニコニコと微笑んでいる。
「言ったでしょう、『私達2人』は見届け人になりますからってね。私は嘘は言ってませんよ。うふふ・・・」
「ふ!ふ!ふざけるなぁあああああああああああ!私をバカにしているのかぁああああああああああああああ!」
ダリウスが絶叫しているけど、フローリア様・・・、あなたは絶対にダリウスをバカにしているのでは?
絶対にそうだろうな。
「はぁはぁ、私とあろう者があんなチビに翻弄されるとは情けない。チビだと思って舐めていたな・・・、ん?こ、これは・・・」
そのダリウスだけど、少女を見てにやぁ~と嫌らしい顔で笑っている。
(マズいな。)
急に冷静になっているし、その少女の正体が分かったのか?
「くくく・・・、これこれは、まるでフローリアの生き写しではないか。フローリアが手に入らないのならこのチビでも良かろう。いくら攻撃を当てようが不死の私には通用しない。ぐふふ・・・、貴様はずっと私が可愛がってあげようではないか!」
「うわ!キモイ!」
少女が心底嫌そうな顔でダリウスを見ている。
確かにあの気持ち悪い表情は俺でもドン引きだろうな。
ゆらりとダリウスが少女へと動き始めた。
(これはマズい!見た目的にもな!)
涎を垂らしそうな変質者のにやけた表情のダリウスが少女へとジリジリとにじり寄っている。
あの少女は確かにソフィアすら上回る攻撃力だろうが、ゴキブリ以上にしぶといダリウス相手ではさすがにマズいだろう。
あの不死性は俺達も攻略出来ていない。
(ただねぇ~~~)
フローリア様と隣にいるルナさんも全く焦った感じもしないし、余裕の表情であの子を見ている。
絶対にあの子に間違いは起きないと信頼している表情だ。
「ストーカーの次は変態不審者ですか?」
ジロリと少女が鋭い視線でダリウスを睨む。
「ここに変態不審者がいますから、後の処理はお願いしますね。」
そう言ってニコッと微笑んだ。
(え!誰に処理を?まさか俺?)
だけど、少女は俺を見ていないし、フローリア様は手を出さないと言っている。
「む!」
変態不審者と呼ばれたダリウスだったが、更にいやらしい(完全に変質者)目で少女を見てジリジリと近づいているよ。
(これはさすがに・・・)
「アルファ!」
グッとアーク・ライトを構えダリウスへ飛び出そうと腰を屈める。
『マスター!分かっています!変態は滅ぼさなくてなりません。私も全力でお手伝いします!』
飛び出そうとした瞬間・・・
ヒュン!
何かが俺達の上から落ちてきた。
ゴシャァアアアアアア!
「あぶっ!」
何かを叩き潰した音の直後にダリウスの短い悲鳴が辺りに響く。
「えっ!」
信じられない光景に俺は飛び出そうとした体勢のまま硬直してしまっていた。
目の前の光景は・・・
ダリウスがプルプルと震えて立っている。
しかしだ!そのダリウスの頭が胴体に半分埋まっていた!
その原因を作った1人の人物がダリウスに踵落としを叩き込んでいたからだ。
(エグい・・・)
その人物は俺から見て後向きで顔は見えないが、体格からして男なのはすぐに分かった。しかし、片手には信じられないくらいの巨大な黄金の剣を持って、その剣を肩に担ぎながら右足の踵をダリウスの頭部に叩き込んだ姿勢で立っていた。
あの巨大な黄金の剣は見覚えがある。
(確か?)
思い出した!
あのフォーゼリア城での戦いでデウス様が使用していた剣だ!
その剣を軽々と扱える人物なんて・・・
ザワザワ・・・
何だろう?アン達の方が騒がしい気がする。
「嘘・・・、あの時に会った・・・」
テレサがプルプルと震えている。
「まさか、あなた様が・・・」
ラピスは今にも土下座しそうなくらいに恐縮しているけど、あのラピスがビビるなんてどんな人物なんだ?
「うわぁぁぁ、ラピスに聞いた通りだよ。さすがにちょっと・・・」
ソフィアは少し赤くなってモジモジしているけど何で?
アンもエメラルダもソフィアと同じ反応になっている。
みんなが驚愕する人物って?本当に訳が分からなくなってきた。
その人物が踵落としの態勢のままゆっくりと俺へと首を曲げた。
「そ!そんな!」
その人物を見た瞬間、俺の全神経が硬直した。
アンが魔王の娘と分かった時よりも、いや、俺が勇者の生まれ変わりだと分かった時よりも、今、この瞬間が人生で一番驚いたのでは?
それくらいに衝撃的だった。
「俺が目の前にいる?」
俺とそっくりな顔の人物が俺を見てニカッと笑った。
いや!確かに俺とそっくりだけど、相手の方は若干俺よりも少しだけ年上の感じがした。
その人物がダリウスの頭に叩き込んでいた右足をおもむろに引き下ろす。
その動作でグイっとダリウスが前のめりに倒れ込んだ。
足を軽く捻り倒れ始めているダリウスの後頭部へと再び踵を叩き込んだ。
グシャ!
鈍い音を響かせダリウスの上半身が床にめり込んだ。
その無駄が全く無い動作に思わず見惚れてしまう。
少女が嬉しそうに俺そっくりの人物へと飛びついた。
そのままギュッと抱きつき、嬉しそうに頬を彼の胸に埋めグリグリとしている。
しかし、その少女が彼を見ている表情は普通とは違う気がすると思うのは俺だけ?
とてもうっとりした表情なんだけど・・・
まるでアンやテレサ達の行動にそっくりだと思う。
ヤンデレの雰囲気がとても色濃く漂っていると感じる。
そしてその少女の言葉に思わず2人を凝視してしまった。
「お父さん!」
(お父さんだって?)
あの子はフローリア様の子供に間違いないだろうけど、俺そっくりさんが父親?
俺にそっくりだった事だけでも頭が混乱しそうなのに、あの子の父親だって事も更に混乱に拍車をかけている。
確かにあの少女の瞳は彼と同じく黒い瞳だ。
「&%&$&%#O!!!」
床に上半身をめり込まされたダリウスが何か騒いでるようだけど、顔の半分が胸に埋まっていたからなぁ~~~
まともに喋る事も無理なんだろう。
それ以前に、頭が体に埋もれている時点で普通は死んでいるだろうに!
さすがは不死身だと豪語しているだけある。
(元気な奴だよ。)
ガバッといきなり起き上がり、頭に両手を揃えグイっと頭を引き上げると元に戻った。
「き!貴様は何者だぁあああああああああああああああ!」
「別に名乗るほどの者でもないさ。」
彼は興味が無さそうな雰囲気でポリポリと頬を人差し指で掻いている。
「舐めた真似を!死ねぇえええええええええ!」
いきなりダリウスが彼に手を突き出すと、その掌から巨大な漆黒の玉が飛び出す。
「ぐはははぁあああああああああ!超重量の嵐に潰されて終わりだぁああああああああ!」
肩に担いでいた巨大な黄金の大剣を無造作に右手一本で構えた。
しかもだ!少女を胸に抱いたままだぞ!
(信じられない・・・)
「バカめぇえええええええええ!いくら剣の達人だろうが俺の魔法を防ぐ事は・・・」
ズバババァアアアアアアアアアアアアアア!
「へっ!」
軽く大剣を横に薙いだだけであの漆黒の玉が真っ二つに割れ消滅してしまった。
その事に理解が追い付かないのか、ダリウスが呆けた表情で目の前の光景を見ている。
「隙だらけだな。これだけの隙ならフローリアや美冬なら数億回は殺されているぞ。」
その言葉を発した瞬間、彼の姿が掻き消える。
ピタッ!
「そ、そんな・・・」
俺では全く見えなかった・・・
一瞬にしてダリウスのすぐ目に前に彼が左足だけで立っている。
もう片方の右足は・・・
ダリウスの胸の中央に添えられていた。
「こいつには手を出すなってフローリアに言われていたけど、こうもゲスな態度だからな。さすがに少しはお仕置きしても問題ないだろうな。俺の準備が整うまで少しくたばっていろ。お前は不死身なんだから、少し痛くしても問題ないだろうしな。」
胸に抱いている少女へ視線を移す。
「ガーネット、ちょとグロい光景になるから目を閉じていな。」
「うん!」
少女が元気よく返事をし、ギュッと目をつぶったその直後!
ドン!
「ごぼぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
右足を当てた胸の部分が陥没したと見えた瞬間、その陥没した部分が粉々に背中へと吹き飛び大きな穴が出来上がった。
胸に大穴が空いた直後、真っ直ぐに掲げた右足の膝を曲げ、左足を軸にして独楽を回すような滑らかな動作で、今度はダリウスの顔面へ再び右足を叩き込んだ。
「へぎゃぁあああああああああああ!」
ダリウスが情けない悲鳴を上げながら水平に床の上を飛んでいる。
数回床をバウンドしゴロゴロとかなり遠くへ飛ばされて止まった。
あのダリウスがピクリとも動かず床に転がっていた。
「すごい・・・、すご過ぎる・・・」
圧倒的な強さに思わず声が出てしまう。
いくら何でも子供を抱きながら戦うなんて滅茶苦茶だ!
雑魚ならともかく、ダリウスは最強の敵なんだぞ!
それを、まるで片手間にボコボコにするなんて・・・
俺の言葉に彼が俺に振り向きニッと笑った。
「さすが旦那様ですね。惚れ直してしまいますよ。うふふ・・・」
フローリア様がうっとりした表情で彼を見ている。
「あやつは妾よりは格段に下の邪神だが、神界の上位神並みに強いはずなんだがな。それでもその歯牙にもかけん不遜な態度、主の妻になれて本当に良かったと思うな。惚れ直すぞ・・・」
ルナさんも頬に手を当て赤い顔で見ている。
(ん?)
何か聞いてはいけない言葉を聞いたような気がするが・・・
旦那様?
主の妻?
まさか?
俺のそっくりさんって!
そこにいるフローリア様と邪神王であるルナさんの旦那?
彼は一体何者なんだ?
そして、彼にそっくりな俺は?




