275話 悪魔族
時間は少し遡る
城の外で戦闘をしていたマナが掲げていた右手をゆっくりと下す。
「ふぅぅぅ・・・」
そのマナにシャルロットとフランが近づいた。
「マナ姉様、大丈夫ですか?」
シャルロットが心配そうに声をかける。
「何とかね・・・、さすがにこれだけの情報処理は大変だったわ。もう頭の中がパンク寸前だったわよ。これを事も無げに行使できるデウス様はやはり神と呼ばれるだけあるわ。」
「「いやいや!」」
シャルロットとフランが一斉に首を横に振る。
「マナお姉ちゃんも大概よ!ラピスお姉ちゃんもそうだし、神の世界の技術をサラッと普通に使える事自体があり得ないわよ。」
フランが呆れた顔でマナを見ていた。
「お~~~~~い!」
「「「あ!」」」
どこからか声が聞こえる。
ファサァァァ
3人の前に宝石のように煌びやかな紫色に輝く鎧を纏ったティアマットが降りてくる。
「ティアさん!」
「ティア姉様!」
「ティアお姉ちゃん!」
「お前達、一体何をしたのだ?」
降り立ったティアマットが開口一番呆れた表情で3人に尋ねた。
「一体って?」
マナが惚けたようにしているが、顔には冷や汗がダラダラと流れていた。
「惚けんでも分かるわ!あの空一面を覆った魔力、この一帯を吹き飛ばすかのようだったぞ。おかげで我の出番が無くなったではないか。」
ジト~~~~~とした目でティアマットがマナを睨んだが、急にフッと微笑んだ。
「まぁ、今は最終決戦だしな。出し惜しみしても仕方ないか。」
その言葉にマナが頷き、シャルロットが城へと体の向きを変える。
「それではみなさん、レンヤさん達の後を追って私達も行きましょう!あの魔王が相手です!いくらレンヤさん達でも苦戦しているかもしれませんから急ぎましょう!」
3人がシャルロットの言葉に合わせ頷く。
「待って!」
フランがいきなり叫んだ。
ズズズ・・・
城の上空に大量の魔法陣が浮かび上がる。
その数、万を超える程かもしれない。
「何が起きているのよ・・・」
しばらくするとシャルロットが呟いた。
「うそ・・・」
「これはあり得ないわ。」
マナもフランも信じられない顔で上空へ顔を向ける。
上空に浮かんだ大量の魔法陣からレッサーデーモン達が出てくる。
「ふふふ・・・、これはこれは・・・、レッサーデーモンにグレーターデーモンと、こんな大量の悪魔族を召喚するのはあり得んな。前代未聞の出来事だぞ。この世界は本当に何が起きている?」
言葉とは裏腹にティアマットがニヤリと笑っている。
帝国城の上空には万を超す大量のデーモン達が空を覆い尽くすのでは?と思えるほどの数が浮いている。
「マズいわね・・・」
マナがギリッと顔を歪め大量のデーモン達を見ている。
「お姉ちゃん大丈夫?」
フランが心配そうに見つめている。
「まさかね、悪魔族がこんなにお出ましだとは予想していなかったわ。さっきのサテライトキャノンでプラチナ・クイーンの魔力をかなり使ってしまったのね。このままだと私は足手まといにしかならない・・・」
「心配するな!」
ティアマットがマナをデーモン達から庇うようにして前に浮いた。
「ティア?」
「あんな悪魔族など我にかかればどれだけの数がいようが問題は無い!なぁ!お前達!」
「はい!」
「うん!」
ティアマットの横にシャルロットとフランが浮く。
「さて、マナよ・・・、お前の魔力が回復するまで我らが時間を稼ぐ!まぁ、それまでにこいつらを全滅してしまうかもしれんがな。」
ザワッ!
しかし、4人が一斉にピクッと震え上空の一点を見つめた。
「そ・・・、そんなの・・・」
「信じられない魔力よ・・・」
「まさか、我をも凌ぐ?そんな存在がこの世界にいるとは信じられん・・・」
「あんなのフルチャージのプラチナ・クイーンでも勝てるか・・・」
4人の視線の先には、新たな魔法陣が空中に浮かび上がっていた。
その漆黒の魔法陣から何かが姿を現す。
「人間?」
ボソッとシャルロットが呟く。
中から現れたのは、まるでどこかの貴族のような豪華な服を着ており、漆黒の髪をオールバックにまとめている男だった。
その佇まいは普通の人間のように見えるが、ただ一つ人間とは違うところがあった。
「アレって虫の羽根?」
フランが呟く。
その男の背には昆虫のような羽が4枚生え宙に浮いていた。
ジロリと男がシャルロット達を睨む。
「雑魚が・・・」
ブワッ!
ティアマットから漆黒のオーラが沸き上がる。
「我々を雑魚だと?貴様の方こそ我の足元にも及ばない雑魚だろうが!」
「ふん・・・、身の程も弁えぬ下等生物ごときが!」
ドン!
男がおもむろに右手をティアマット達へ向けると真っ赤な炎の玉が飛び出す。
「こんな下級のファイヤーボールでぇええええええええええええええええ!」
ティアマットがオーラを右手に集中し炎の玉を殴りつけようと構えた。
「姉様!危ない!イージスの盾!」
シャルロットが慌ててティアマットの前まで移動し、目の前に巨大な黄金に輝く光の盾を展開する。
その盾に炎の玉がぶつかった。
「そ!そんなぁあああああああああああ!」
バリィイイイイイイイイイ!
呆気なく炎の玉が黄金の盾を砕く。
「ママ!危ない!ブラッド!シールド!」
フランが急いでシャルロットの隣に移動し、赤黒い結晶の盾を展開した。
「きゃぁああああああ!」
パァアアアアアアアアッン!
炎の玉が盾を砕き消滅した。
「はぁはぁ・・・、どんな化け物よ・・・」
荒い息を吐きながらフランが男を睨む。
しかし、その男はフラン達を見てニヤリと笑った。
「多少は出来る者がいるようだな。だが、まだまだ私には到底届かないがな。」
「あなた!何者よ!」
フランが叫ぶと、男は更に口角を上げながら両手を広げた。
「ふふふ・・・、気の強い女は好きだぞ。だがまだまだ子供・・・、女や子供はいたぶる趣味は無いが精々足掻くが良い。絶望に染められるほどに魂は美味くなるからな。
「魂が美味しいって?まさか?」
マナがギリっと唇を噛んだ。
「ここに召喚された大量のデーモン、そして、そのデーモン達を統率するような存在・・・、しかも魂を食べる存在、あなたは神界や冥界とも違う世界、伝承にある『魔界』に住んでいる悪魔族なの?」
パチパチパチパチ・・・
「ご名答!これだけの状況だけで正解にたどり着くとは素晴らしい!」
男がニタニタ笑いながら拍手をしている。
「あなたに褒められても何も嬉しくないわ!」
マナがギリギリと歯を食い縛る。
「そう睨まないで欲しいな。折角の美人が台無しだ。下等生物とはいえ、君達ほどの美貌の持ち主は魔界でもそうないからな。簡単に殺すのは忍びないし、奴隷として連れ帰り徹底的に魂を恐怖に染めてからいただくのが良いだろう。」
「そう簡単に我らを屈服させられると思うな!」
ティアマットがドラゴンスレイヤーを顕現させ下段に構える。
「ここまで私との力の差を分からぬとは・・・、憐れとしか思えないぞ。」
男が優雅に両手を広げる。
「貴様達は私が誰だか分かっていないようだな。ならば!先に真の絶望を与えてからゆっくりと魂を喰らってやろう!ふふふ、どの魂もとても美味そうだ!」
そしてペロリと舌なめずりをする。
「私は魔界公爵が一人、名前はベルゼブブ!」
「何ですって!」
マナが叫んだ。
「姉様、何か知っているの?」
マナの動揺ぶりにシャルロットが青い顔で尋ねる。
「あくまでもギルドの資料で知っているだけだけど、魔界公爵というのは悪魔族の中でも最高位の者、そして7大公爵家の1人が『ベルゼブブ』と書かれていたわ。7大公爵家の中でも上位の悪魔よ。いままで戦ってきたデーモン達とは次元が違うわ。」
マナの説明で全員がゴクリと喉を鳴らす。
「そんな存在がどうしてここに?」
「もちろん!我々は呼ばれたから現れたのだよ!」
ベルゼブブが高らかに宣言をする。
「呼ばれた?どういう事です?」
シャルロットがギリッと目を鋭くし、ベルゼブブを睨んだ。
「そういえば・・・」
マナがボソッと呟く。
「マナ姉様、何か知っているのですか?」
マナも視線を鋭くしベルゼブブを睨む。
「シュメリア王国の時、魔人がグレーターデーモンに変貌したじゃない?その際に何体ものレッサーデーモンを召喚していたわ。そしてこの城での戦いでもデーモン族が大量にいたわ。」
「まさか?」
シャルロットがゴクリと喉を鳴らす。
「そう・・・、ダリウスや魔王はかなり前から悪魔族の研究をしていたのに間違いないわ。魔人を更に強化させ悪魔に変貌させていたし、私も1人そのような魔人を倒したしね。」
「私もそうです。フォーゼリア城ではグレンやリゼも魔人から悪魔に変貌していました。グレンはレンヤさんが倒しましたが、リゼは私が・・・」
「ふふふ・・・、そういう事だ。」
ベルゼブブがニチャ~とした笑みを顔に張り付けている。
「この世界はなぁあああ!売られたのだよ。我ら魔界へ帰属するよう、あの城の中にいる邪神によってなぁああああああ!だからこの世界の住民は全てが我ら悪魔族の食糧なんだよ!しかも!この世界で私に勝てる者はいる筈が無い!あの邪神でさえも凌駕する私にな!大人しく家畜として生きるだけだと諦めるのだな!ふはははぁあああああああ!」
「そうはさせん!」
ティアマットが剣を上段に振りかぶりベルゼブブに切りかかった。
ガキィイイイイイイイイイ!
「何ぃいいいいいいいいいいい!」
ティアマットの驚愕の声が響く。
「う~ん、中々の威力だったが、私の前ではまだまだだな。」
ベルゼブブが左腕を上げ、掌でティアマットの剣を受け止めている。
「バカなぁあああああ!神殺しの剣を素手で受け止めるだと!」
ベルゼブブの空いている右手の掌がティアマットへ向く。
「!!!」
ズバァアアアアアアアアア!
掌から発せられた漆黒の光線がティアマットを貫こうとしたが、寸前で彼女が身を躱しギリギリに避けていた。
そのまま3人の前まで一気に飛んで行く。
「ティア!」
「姉様!」
「ティアお姉ちゃん!」
3人が心配そうにティアマットを見ているが、そのティアマットはギリギリと歯を鳴らしている。
「ここまで力の差があるとは・・・、だが!」
全身にオーラを纏わせながら再び剣を構えた。
「お前達はここから逃げろ!我らが束になってもあ奴には勝てん!しかし!我が命を懸ければお前達を逃がすくらいの時間稼ぎは出来る!」
「そ!そんなのダメです!」
シャルロットがティアマットに抱きついた。
「シャル・・・、分かってくれ・・・」
「いいえ!分かりません!姉様を見捨てて逃げたとなってはレンヤさんに会わせる顔がありません。それなら・・・」
ゆっくりとシャルロットがティアマットから離れ、白く輝く槍を両手で構えた。
「レンヤさんの妻として、私は恥ずかしくない戦いをします!例え敵わなくても私は絶対に後ろへ下がりません!」
パチパチパチ・・・
ベルゼブブがニヤニヤと笑い拍手をしていた。
「素晴らしい!この期に及んでも諦めていないあなた達の目!最高だ!エクセレント!」
両手を高々と掲げた。
掲げた両手の周囲に無数の漆黒の玉が浮かび上がる。
「その高貴な心に感動だよ!だったらぁあああ!その心が無残にボロボロに折れるまで徹底的にいたぶってやろうではないかぁああああああああああああ!ふはははぁあああああああ!最高に素晴らしい味の魂になりそうだ!」
「趣味が悪いわね・・・、でもねぇえええ!どんな事があっても私達の心は絶対に折れない!」
シャルロットも負けじと吠えた。
しかし・・・
「レンヤさん・・・、ごめんなさい・・・、これで最後だなんて・・・」
一滴の涙が零れる。
「インフィニティイイイイイイイイイイ!真っ向唐竹割ぃいいいいいいいいいいい!」
「あが!」
どこからか若い女性の叫び声が響くと、ベルゼブブが間抜けな声を出していた。
一瞬だけだったが、黄金の巨大な壁のようなものが天から降り注ぎ、その壁がベルゼブブの体を縦に真っ二つに両断していた。
「何が起きたの?」
シャルロットが思わず上空を仰ぎ見る。
他の3人もシャルロットに続き上を向いた。
「あ!あなたは!」
マナが驚愕の声で叫んだ。
その視線の先には機械的な翼の生えた真っ白な甲冑に身を包んだ少女が微笑みながら浮かんでいた。
「アヤさん!どうしてここに?」




