274話 ダンジョン化
「貴様は何者だ!」
ダリウスが血走った目で俺を睨みながら叫ぶ。
俺達に対しては今までは余裕な態度でいたが、今の俺の斬撃が余程ダリウスに緊迫感を与えたようだな。
(今の俺のこの力なら!)
不死身のダリウスに通用する!
そして遥か昔から続いていた人間と魔族との長い戦いの歴史に終止符を打つ!
「俺はレンヤ!勇者レンヤだ!貴様を倒し!真にこの世界を救う!それだけだ!」
パリィイイイイイイイイッン!
例の結界が砕け散った。
俺の斬撃で切られ維持が出来なくなったのだろう。
「アン!」
薄く青みがかった白い大きな翼を広げたエメラルダが、床の上をギリギリで滑空しアンに近づき手を伸ばす。
「エメラルダ!」
アンもエメラルダに手を伸ばしガッチリと掴みフワリと飛び上がった。
そのまま手を繋ぎながら俺の後ろにいるラピス達の場所へ降り立つ。
「姉さん!良かったよぉぉぉ・・・」
テレサがギュッとアンに抱きつくと、アンもテレサを優しく抱いた。
「テレサちゃん、心配させてゴメンね。」
「うぅん・・・、姉さんさえ無事なら・・・」
(これで一安心だな。)
アンの無事も確認出来たからチラッとダリウスへ視線を移すと、そのダリウスは再生しない右手を左で握りワナワナと震えている。
「この私に・・・、不死を司る神たる私に・・・、たかが人間ごときがぁああああああああああああああああああああ!」
叫び声を上げながら俺を血走った目で睨んだ。
「レンヤ、本番はここからだぞ。一時も気を許すな。腐っても邪神と呼ばれる上級神の一人だから何が起きても不思議じゃないぞ。」
ヴリトラが俺の隣に立ち拳を構えた。
「あぁ、それは分かる。あいつから感じる力は普通じゃないしな。」
「そういう事だ。あいつの事は俺もデミウルゴスもよく分かっているが、俺達にも見せた事が無い力もまだ隠し持っているはず。今のお前を倒すのは俺の役目だ!それは譲れないから、絶対に負けるなよ!」
ニヤリと笑い俺を見てきたが、そんなヴリトラの態度に俺も思わず口角が上がってしまう。
「もちろんだ!俺は誰にも負けるつもりは無い!お前に対してもな!」
「その自信!次こそ俺が砕いてやるぞ!」
「期待しているぞ、相棒!」
俺の言葉にヴリトラが一瞬呆けた表情になった。
「そうか・・・、俺を相棒ってか・・・」と、ブツブツ言っている気がする。
何だろう?とても嬉しそうだ。
(もしかして・・・、ヴリトラってずっとボッチだった?)
いや、今は余計な事は考えないでおこう。
『マスター!真の相棒は私ですよ!』
(何だ?アルファの声が少し機嫌が悪そうだ。)
そんなアルファの機嫌を直すには手間はかからない。
(分かっているさ。一番に頼りにしているのはお前なんだしな。)
『そうですよね。えへへ・・・、マスターとは生まれ変わる前からもずっと一緒に戦ってきましたしね。』
チョロい!
「がぁああああああああああああ!」
ダリウスの叫ぶ声が響いた。
何と!ダリウスは再生しなくなった右腕を肩から手刀で切り落とした。
「おい!」
思わずヴリトラと目を合わせてしまった。
「考えたな。お前の神殺しの技で再生が出来なくなっていたが、あくまでも出来ないのはお前に切られた肘の断面部分だけだ。自ら肩から切り落とせばお前の影響は受けないしな。」
ヴリトラが冷静にダリウスの行動を解説してくれる。
「そうよ、ダーリン・・・、ダリウスを倒すには一気に息の根を止めないといけないの。チマチマした戦い方をすれば、それこそ永遠に倒し続ける事になってしまうわ。フローリアもそんな状態になって、仕方無しに封印する事しか出来なかったの。」
デミウルゴスもヴリトラの横に立ち説明をしてくれた。
(ちょっと待て!)
「デミウルゴス、その話が本当なら俺達ではどうにもならんぞ。あのフローリア様でさえ倒せない神なんだろう?だったら尚更俺達じゃ・・・」
「ダーリン!」
彼女が力強い目で俺を見つめた。
「ダーリンなら出来る!だってダーリンは・・・」
ドォオオオオオオオオオオオッン!
「くっ!」
俺達の前で大きな爆発が起きた。
「レンヤ!何をのんびりと会話をしているのよ!」
ラピスが巨大なシールドを俺達の前に展開し、ダリウスの攻撃を防いでくれていた。
「スマン!ラピス!」
「今は例のシールドが無いから私達の攻撃は通るはずよ!チャンスは今しか無いのよ!」
「分かった!」
グッとアーク・ライトを上段に構えた。
「相棒!頼むぜぇえええええええええええええええええええ!」
『了解です!』
嬉しそうな声でアルファが返事をしてくれる。
俺の全身が金色に輝き、その光が刀身へと集中する。
「真!光牙斬っっっ!」
『ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
巨大な黄金の狼が刀身より飛び出し、咆哮を上げながらダリウスへと突っ込んだ。
狼の大きな顎がダリウスに噛みついた。
ダリウスを咥えたまま壁まで飛んで行き大爆を起こす。
ドォオオオオオオオオオオオン!
大量の土煙が充満しダリウスの姿が見えなくなってしまった。
(ダリウスはどうなった?)
「お・・・、お・・・、おのれぇぇぇ・・・」
ダリウスが壁に開いた大きな穴からヨロヨロと出てくる。
黒水晶のような輝きの鎧もあちこちとひび割れ土などで汚れが付いていた。
(アンにしてくれたお返しだ!)
「ふ!ふざけるなぁああああああああああああああああああ!神たる私がああああああああ!」
血走った目で叫んだダリウスが俺を睨む。
「このような屈辱!もう許さん!」
ズズズ・・・
「何が起きた?」
ダリウスを中心にし足元から巨大な魔法陣が形成され始める。
「レンヤ!」
ラピスが俺へと叫ぶ。
「何か知っているのか?」
そのラピスだが俺の言葉にゴクリと喉を鳴らした。
ラピスが緊張しているほどに事態だ、あの魔法陣はかなりヤバいかもしれない。
「あれは空間魔法の一種よ。今、私達のいる空間と別の空間を混ぜ合わせて、ダンジョンのような空間を作っているの。自力でダンジョンを作り出すなんて、腐っても上級神だけあるわ。」
「ダンジョンだと?」
「そう、通常の空間とは違う理を持つ空間になっているわ。そして、ダリウスにとって有利になるような空間よ。」
ラピスの常葉通りに周りの景色が徐々に変化を始めている。
かなり広いホールだったのが、壁や天井が徐々に遠くに離れこの部屋自体の空間がとても広くなり始めている。空間拡張でもここまで出鱈目な事は出来ない。
しかもだ!
天井や壁が見えなくなってしまい、ただ広い空間に俺達とダリウスだけがいる状態になってしまった。
上を見ると空のように広がっているが青空ではなく、夕焼けの色とは違うオレンジ色の少し不気味な空が広がっている。
まるで俺達の世界が荒廃し何も無くなってしまい取り残された気持ちになってしまう。
(こんなの滅茶苦茶だ!)
いくら神でもこんな無限の空間を構築出来るなんてあり得ない。
これが人間とは全く違う神の御業というヤツなのか?
「レンヤさん!」
アンが俺へと叫んだ。
しかし、その顔は真っ青に青ざめている。
隣にいるエメラルダも同様に青い顔だ。
「どうした?」
「ここは例の神殿にあったダンジョンと同じ雰囲気なのよ。構造は違うけど、ただ空の色は父様から聞いたのと間違い無いわ。」
その言葉にエメラルダも頷く。
「それは間違い無い。かつて魔王様がまだ魔王でなく例の神殿のダンジョンを我ら四天王と一緒に攻略したからな。雰囲気は間違いなくあのダンジョンと同質よ。やはりこの空気からして、あのダンジョンはダリウスが作り出しのだと確信したわ。」
「これだけ広いなら大規模殲滅魔法でも気にしなくても良いんじゃないの?」
テレサがミーティアを掲げる。
「七聖剣!」
ミーティアの銀色の刀身から七つの輝く光の玉が上空へ飛んだ。
カッ!
ゴゴゴゴゴォォォォォ!
いくつもの巨大な岩石が上空からダリウス目がけて振りそそいだ。
「児戯よのぉ・・・、下らん。」
ダリウスがつまらなさそうに呟く。
「本物のメテオの魔法を見せてやろう。」
スッとダリウスが優雅に右手を上空へと掲げた。
(嘘だろう?)
テレサが落とした岩石よりは小振りだが、大量の岩石が降り注いできた。
ゴシャァアアアアアア!
岩石の雨がテレサの流星雨を呑み込み、そのまま俺達の方へと迫ってくる。
「みんな!飛べぇえええええ!出来る限り離れろぉおおおおおおおおおおおお!」
全員が翼を広げ一気に上空へと飛び上がる。
ズドドドドドドドドドドドドドドォオオオオオオオ!
さっきまで俺達がいた場所に大量の隕石が降り注いだ。
「ぐぅうううううう!」
「きゃぁああああああ!」
凄まじい衝撃波が俺達へと襲い掛かる。
「こうなったらぁあああああああ!」
「ラピス!」
ラピスが俺達の前に浮かぶとソフィアが叫ぶ。
「ダメよ!ラピスが犠牲になるなんてぇえええええ!」
しかし、悲壮な表情のソフィアに対しラピスの方はニヤリと笑う。
「ソフィア、何を勘違いしているの?私は自己犠牲になるつもりはサラサラ無いんだからね。勝算があってこうして前に出たの。」
杖を爆風へと向ける。
「爆風には爆風をぶつけるのが一番よ!ビッグバン!全てを吹き飛ばしなさい!」
ドォオオオオオオオオオオオン!
「くっ!」
閃光が輝いたと思った瞬間、ラピスの前に巨大な爆発が起きる。
その爆発が迫り来る爆発を呑み込んだ。
「ふぅぅぅ・・・」
安堵の声をラピスが放つ。
お互いの爆発の威力を相殺し、俺達が吹き飛ばされる事は無かった。
「しっかし・・・」
テレサの流星雨を呑み込み、更に多大な衝撃波を放ったダリウスの魔法は凄まじい。
床だった場所は巨大なクレーターが出来上がっていて、これが元の城の中での戦闘だったら城は粉々に吹き飛び無くなっていただろう。
「どうだ?これが神の真の力だよ。」
それにしてもだ、ダリウスが急に強くなった気がする。
本気になったのは分かるが、ここまで急激に力が膨れ上がるものか?
「レンヤ・・・」
ヴリトラがジッと俺を見つめている。
「何かあったのか?」
「この空間だが、一部は神界と繋がっているな。」
「神界だと?」
「そう、だからだな。ダリウスが急に桁外れの魔力を放つようになったのはな。元々の世界の魔力は神界に比べると薄いから、あのダリウスでも十分に力が発揮出来なかったのだろう。だが、今のダリウスは神界にいた頃の力を取り戻している。」
「そうね。」
今度はデミウルゴスが話に入ってくる。
「このダンジョン化はダリウスが自分の存在を神界と同化するようなものでしょうね。神界から無尽蔵の魔力供給があるから、最も手強い存在になったわ。まさか、こんな手段を持っているとは想像しなかったわ。私達も神界の存在だけど、ダリウスから決別した私達には残念ながらその恩恵は受けられないけどね。」
「ふはははぁあああああああ!」
ダリウスが高らかに笑う。
「力がぁあああ!力が沸き上がる!漲るぞぉおおおおおおおおおおおお!」
そして醜悪な笑みを俺達へと向けた。
「神に逆らう愚か者共よ!決して楽には死なせない!神の偉大さを目に焼き付けて死ねぇええええええええええええええええええ!」
「あら?その言葉、そっくりそのままお返しますわ。もちろん、あの時の分も上乗せしてですね。うふふ・・・」
どこからか場違いな明るい声が聞こえた。




