27話 ザガンの町の露店街
「それじゃ、マナさん、あと2、3時間したら夕方だから、その頃には戻ってくるよ。」
「分かったわ。それまでには仕事も終わるから、楽しみに待っているね。」
マナさんがニッコリと微笑んで俺を見送ってくれた。
ラピスがウキウキしながら俺の手を握った。
「レンヤ、今からアンと一緒に3人でデートね。どこに行こうかな?」
ガシッ!
緑の狩人のメンバーの1人がラピスの肩を掴んだ。
「ラピス様・・・」
「ナルルース、どうしたの?」
「ラピス様と理事長が一緒にいらっしゃるのですから、今後のギルド方針や計画を立ててもらいたいのです。今は勇者様もいますし、これからのギルドの運営計画も変更しなければなりませんからね。ラピス様も復活しましたし、是非とも計画の立案に参加してもらいますよ。中期、長期計画は大切ですから、草案が出来上がるまでは逃がしませんよぉぉぉ~~~」
ラピスが真っ青な顔になる。
「ねぇ、ナルルース、今じゃなければダメ?私、デートに行きたいんだけど・・・」
「ダメです。理事長も忙しい身でここに来ているのですから、ラピス様の我儘で理事長の時間を無駄にさせてはいけません。デートは今じゃなくても出来ますから諦めて下さい。」
俺はラピスの方をポンポンと叩いてあげた。そして微笑んであげる。
「ギルドトップのお前がいないと話が進まないみたいだしな。ラピス、頑張れ!」
「レンヤの薄情者ぉおおおおおおおおお!」
血の涙を流しながら、ラピスが緑の狩人のメンバーにズルズルと引きずられ、ギルドマスターの執務室へと消えた。
「ラピス・・・、お前の骨は拾ってあげるからな・・・」
「さぁ、レンヤさん、行きましょうね。」
アンが嬉しそうに俺の腕を組んでくる。
「生まれて初めての町ね。楽しみ・・・」
アンと一緒にギルドを出て町ヘと繰り出した。
「アン、取り敢えずどこに行きたい?」
少し考えるような仕草をしてから俺の顔を見てきた。
「レンヤさん、それなら食べ物を売っているお店に行きたいな。どんな食材があるのか見てみたいの。今夜のマナさんの歓迎料理にも使いたいからね。やっぱり普段食べ慣れている食材の方がマナさんも喜ぶんじゃないかな。」
アンらしい希望だよ。それにマナさんも受け入れてくれているみたいだし。今日はアンに付き合うとするかな。
この町は半年前から住んでいるから、どこに何があるか分かるから迷うことも無く目的地に着いた。
「うわぁ~、色んなお店が並んでいる・・・」
アンの目がキラキラと輝いている。
ここはこの町の台所と言われている露店街だ。色んな露店が道の両側に店を出している。俺もここにはかなりお世話になったからな。
買い物以外で・・・
アンと2人で並んで道を歩き露店の1つ1つを見て回っている。
「すごい!こんな食べ物もあるんだ!」
「あっ!これ知っている!これはね、焼くと美味しいんだよ。今度作ってあげるね。でも、別の料理にも使えるし、ちょっと工夫してみるかな?」
いやはや、アンの料理に対する情熱は凄いな。
アンの気に入った食材を購入し、次々と収納魔法で収納していく。
ギルドから大金をもらったので、今回は上限無しで買い物が出来る。こんな贅沢な買い物は冒険者になって初めてだよ。
それ以上に、アンの喜ぶ顔を見ていると俺まで嬉しくなってしまう。
「よっ!レンヤじゃないか?髪の色が変わっていたから最初は気付かなかったけど、間違いないな。」
野菜売りの露店の親父が声をかけてくれた。
日に焼けた浅黒い肌で、厳つい顔の親父だ。見た目はかなり怖い。
「親父さん」
親父が隣のアンを見てニヤニヤ笑っている。
「レンヤ、いい身分になったな。こんな可愛い彼女を連れて買い物なんてな。えらく出世したなぁ。」
「レンヤさん、あの人は?」
不思議そうな顔でアンが親父を見ている。
「あぁ、あの親父は俺の恩人の1人だよ。この町で苦労しているって話をしたよな。その時に色々と助けてくれたんだ。見た目は厳ついけど、気の良い親父だよ。冒険者としての仕事が無い時は、ここの店の手伝いをさせてもらっていたんだよ。売り子の手伝いをしたりして手間賃をもらったり、痛んだ売り物にならない野菜をもらったりしていたんだ。」
「そうなの、じゃぁ、私もお礼をしないといけないね。」
アンが親父の前に立ってペコリと頭を下げてから微笑んだ。
「店主様、レンヤさんの面倒を見てくれてありがとうございます。私からもお礼をしたいので、少し手伝っても良いですか?」
親父が真っ赤になって照れているよ。アンの笑顔に耐えられなかったみたいだ。
「良いのか?こんな可愛いお嬢ちゃんが手伝ってくれるなんて嬉しいけど、本当に大丈夫か?」
「大丈夫ですよ!私、1度はこんな事をしたかったの。色んな人に触れ合える機会なんて無かったからね。さぁ、手伝いますよ。」
アンがガッツポーズをして店の前に立った。
親父が俺の隣にやってくる。
「レンヤよ・・・、本当に大丈夫か?まぁ、あれだけ可愛い子が店先にいれば目立つけど、売り子なんて出来るのか心配だぞ。」
そしてニカッと笑って、俺の背中をバシバシと叩いてくる。
「しっかしなぁ、レンヤよ、よくあんな良い子を見つけたな。話し方からすると良いとこのお嬢ちゃんっぽいけど、どうやって知り合ったんだ?」
「ま、まぁ、深くは聞かないで欲しい・・・」
「そうか、訳ありか・・・、まぁ、今のお前もこの前と比べてどこか変わった感じがするし、深くは聞かないでおくよ。困った事があったら相談に乗るからな。がはははぁあああ!」
(親父さん、感謝します。)
5分後・・・
「おい、レンヤ、この店ってこんなに流行っていたか?」
「いや、行列なんて初めて見たよ。」
10分後・・・
「何なんだ、この客の数は!捌き切れないぞ!もう売り物が無くなる!」
あまりの忙しさに親父さんが悲鳴を上げている。俺も手伝っているが、次から次へと売れるので休む暇もない。
15分後・・・
「すみません・・・、もう売り物がないもので・・・」
アンがペコペコと行列の前で頭を下げていた。
「恐ろしい・・・、あのお嬢ちゃん目当てでこんなにも客が殺到するとは・・・、それに客の目をしっかりと見て相手をしている。可愛いだけでなく、真面目に取り組む姿勢。俺も客だったら何でも買いたくなってしまうな。」
親父さんが冷や汗をかきながらアンを見ていた。
「俺もビックリだよ・・・」
親父の前に数人の男が土下座をしていた。
「ゴンザさん、頼む!このお嬢さんを少しの間でもいいから貸してくれないか?お礼は弾むから!」
「ダメだ!この嬢ちゃんはレンヤのお礼で手伝ってくれたんだ!お前達みたいに客引きの商売として使うなんてもっての外だ!帰った、帰った!」
そしてアンへ振り返った。
「嬢ちゃん、すまないな。変な奴もいるから気を付けなよ。」
俺に麻袋を渡してくれる。
「レンヤ、心ばかりのお礼だ。こんなに売れたのは初めてだからな。このお金で嬢ちゃんに旨いモノを食わせてやりな。」
手に取ったがズシッと重い。
「親父さん・・・」
親父がニカッと笑ってくれる。
「気にするな。久しぶりに気持ちの良い商売が出来たんだ。それに、この嬢ちゃんも良い人だな。ちゃんと幸せにしてあげろよ。絶対に泣かす真似はするなよ。」
「分かっているよ。」
「それとな、マリーのおっかさんも寂しがっていたぞ。最近あまり行っていないんだろ?顔ぐらい出してやれよ。」
「そうするよ。それじゃ、行ってくるよ。」
手を上げると親父も手を上げてくれた。
「また顔出せや。それとな、嬢ちゃんも一緒に来るときはちゃんと教えてくれよ。たっぷりと仕入れておくからな。」
親父の店から離れ2人で露店街を再び歩き始めた。
「あのお店の人、見た目は怖いけど良い人だったね。また手伝いに行ってもいいかな?」
「あぁ、構わないけど、今度行く時はちゃんと連絡しないといけないな。あれだけ売れるとは思ってもいなかったし、さすがアンだよ。お前の笑顔にみんなメロメロだったぞ。」
アンが真っ赤になっている。
「そんな、恥ずかしいよ。こんなところに来た事なんてなかったし、私がどう見られているか分からなかったから・・・」
「まぁ、アンの可愛さは特別だからな。ホント、俺が相手で良かったのかと思ってしまうよ。」
アンの頬が膨れてしまう。
「むぅ、レンヤさん。私はレンヤさんしかいないんだから、そんな意地悪を言わないで。」
「ごめん、ごめん、俺もアンが大好きだからな。」
アンが嬉しそうに俺の腕を組んでくる。
「私もレンヤさんが大好きよ。」
・・・
「「あっ!」」
周りの視線が痛い・・・
男連中の嫉妬の視線が大量に俺に降り注いでいた。
「ここがさっき親父さんが言っていたマリーさんのお店だよ。」
店の前に来ると、とても良い匂いがしてくる。
「うわぁ~、すっごく良い匂いね。こんな匂いを嗅いでいるとお腹が空いてくるわ。」
ジュウジュウと肉の焼ける音と匂いが漂ってくる。
俺もこの匂いを嗅ぐとお腹が減ってきたよ。
「あら!レンヤ、久しぶりね。今まで何してたの?」
恰幅の良いおばさんが串に刺さった肉を焼きながら俺に話しかけてきた。
「ゴメン、色々と忙しかったから、なかなか顔を出せなかったよ。」
そしてアンを見てニヤニヤ笑っている。
「はぁぁぁ~、彼女が出来たから忙しかったのかな?それにしてもとんでもなく可愛い彼女だね。この色男が!」
「彼女だなんて・・・」
アンが真っ赤になって悶えているよ。そんな仕草も可愛い。
「う~ん、彼女って言うよりも・・・」
「初めまして、レンヤさんの婚約者になりましたアンジェリカです。」
ペコリとアンがマリーさんに頭を下げていた。
「そうか、そうか、婚約者なんだ・・・」
突然、マリーさんの肉を焼く手が止まった。
「はぁあああああああああああああ!レンヤ!何だって!私の耳がおかしくなったのか?何か婚約者って聞こえたけど・・・」
「本当です!」
アンがそう言って俺の腕に抱きついてきた。
マリーさんがニコッと微笑んだ。
「そうか・・・、レンヤもそんな年頃なんだよね。だけどビックリだよ!こんな可愛い彼女を見つけてくるなんてねぇ~、いやぁ、めでたい!サービスだよ。焼きたてのヤツ持っていきな。お代はいらないよ。」
そう言って大量の焼たての串を包んで俺に渡してくれた。
「マリーさん、そんなに・・・」
「いいからさ!レンヤ、生活はそんなに楽じゃないんだろう?彼女に美味しいモノを食べさせてあげな。自慢じゃないけど、味はこの町じゃ1番だと自負してるからね。」
「それじゃ、マリーさん、お礼にコレを。」
収納魔法からアースドラゴンの大きなブロック肉を取り出し、マリーさんに渡した。
肉を見た瞬間にマリーさんの表情が変わる。
「レンヤ、この肉はどうしたんだい?とんでもない最上級の肉だよ。あんた、何をしたんだ?」
さすがに誤魔化す事は出来なくなった。ドラゴンの肉を出したのは軽率だったかな?だけど、恩人でもあるマリーさんに嘘はつけない。
「ちょっとドラゴンを倒したから、そのお裾分けだよ。遠慮せずに食べて欲しいな。決して悪い事をした訳じゃないからな。」
「ド、ドラゴンだってぇええええええええええ!あんた、いつの間に・・・」
信じられない目で俺を見ているけど・・・
「明日になれば噂になると思うけど、俺は勇者になったんだ。今まで俺を助けてくれたお礼だよ。」
「はぁ~、レンヤが勇者だなんて・・・、何か凄すぎて頭がおかしくなりそうだよ。」
マリーさんが頭を抱えてしまった。
「実はな、あんたを初めて見た時から、普通の人とちょっと違っていると思っていたんだよ。まさか勇者様だったとはねぇ~、人生長生きするもんだね。」
「マリーさん、何言っているんだよ。まだまだ若いじゃないか、もっと頑張ってもらわないとな。」
マリーさんがとても嬉しそうにしている。
「レンヤ!嬉しい事言うじゃないか。ちょっと待ってな。」
俺の渡したドラゴンの肉の一部を切り取り、手際よく串に刺して焼き始めた。
お店特製のタレを付けて焼くと、何とも言えない美味しそうな匂いがしてくる。
アンが作ってくれたドラゴンのステーキも良い匂いがしたけど、この串からもとんでもない良い匂いがしてくる。
これは絶対に美味い匂いだ。
焼き上がった串を1本づつ俺とアンに渡してくれる。
「さぁ、食べてみな。」
一口食べてみると・・・
「美味いぃいいいいいいいいいいいいいいい!」
(何て美味しいんだ!)
昨日、アンがステーキを作ってくれたけど、あの料理に匹敵するくらいに美味い!甘辛のタレが絶妙に肉とマッチして、更に肉の旨味を引き出している。これなら何本でもずっと食べ続けられそうだ。
それくらい美味しい。
アンはとても気に入ったのか、一心不乱に食べている。
「いやぁ、美味かった。さすが町1番の焼き名人のマリーさんだな。」
マリーさんもニコニコしている。
「嬉しい事言うねぇ~、ドラゴンの肉を焼いたのは初めてだけど、これは本当にとんでもない肉だよ。焼く人間を選ぶ肉なんて初めてだね。まぁ、普通に焼いたり煮ても美味い肉だけど、肉の旨味を全て引き出すにはかなりの腕が必要だね。今夜は旦那と息子達に振る舞うとするよ。泣いて喜ぶだろうね。レンヤ、感謝するよ。」
そいういう事だったのか・・・
かつて俺が焼いて食べた時の味と、アンが焼いてくれた昨日の味が全く違った訳は・・・
改めてアンの料理の腕の凄さを実感したよ。
マリーさんと別れ、今は町の中央にある噴水の前にあるベンチに2人並んで座っている。
「アン、楽しかったか?」
「うん!とても楽しかったよ!」
とても嬉しそうに微笑んでくれている。
だけど、急に暗い表情になった。
「かつて父様に言われたの。『人間は碌な種族じゃない。我ら魔族のように団結する事もなく、お互いに足を引っ張り合う醜い存在だ。だから滅ぼさなくてならん。』ってね。私も最初はそう思っていたの。だけど、人族の本を読んでいるうちに考えが変わってきたの。これは間違いじゃないのかってね。」
「レンヤさんと出会ってから、私の考えは間違っていないって分かったの。レンヤさんは私を受け入れてくれたし、魔族も人族も分かりえるってね。それにね、今日、町に出て分かったの。人族も魔族も一緒なんだってね。父はラピスさんの言う通りダリウス神の呪縛に囚われていたと思うの。確かに黒の暴竜みたいに他人を陥れる人もいるけど、今日、会った人はみんな優しい人達ばかりだったわ。困ったレンヤさんを助けてくれた人もいた。町の中の人はみんな楽しそうだった。女神様やレンヤさんがみんなを守ろうとする気持ちが分かるの。」
「アン・・・」
「私ね、そんな国を作ってみたいと思ったんだ・・・、魔族も人族も関係ない、みんなが笑って暮らせる国、父の考えとは全く逆の国をね。」
黙ってアンを引き寄せた。
「アン、君なら出来るよ。アンの周りにいる人は自然と笑顔になっているじゃないか。俺も君に協力したいと思っているよ。それが、こうして勇者になった俺の使命だと思う。」
「レンヤさん・・・」
アンが俺の肩に頭を預けてきた。
幸せそうに俺に微笑んでくれている。
いつまでもずっとこのまま2人でいたいと思ってしまった。
(アンの笑顔は俺が必ず守るからな。)