261話 魔王との決戦①
う~~~ん・・・
(弱ったなぁ・・・)
ソフィアが俺に抱き着いたまま離れないよ。
それよりもだ!
アン達の視線がとても痛い!
「なぁなぁ、ソフィア・・・、そろそろ離れないか?」
しかし、やっと泣き止んだソフィアだけど、まだ名残り惜しそうに俺の胸に頬を埋めている。
(そろそろタイミング的にマズいぞ。アレが出てくる。)
ガシッ!
「いい加減にしろぉぉぉ~~~~~~」
地の底から聞こえてくるような重低音の声が聞こえる。
声から誰だか分かってしまったけどな。
予想通りといえば予想通りだったけどな。
「い!い!痛いよぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」
(やっぱりな・・・)
ラピスがソフィアの後頭部を鷲掴みにして、ギリギリと締め上げているよ。
いやいや!
ギリギリという音は比喩の音じゃなくて実際に聞こえてくる!
この音は聞こえるとマズい音では?
あまりの痛さに抱き着いていたソフィアの腕が俺から離れた瞬間、グイっとラピスがソフィアを持ち上げ後ろへと放り投げてしまう。
「キャン!」
そのソフィアだが、可愛い声で悲鳴を上げて床に転がってしまったが、そのソフィアを見るアンやラピス達の視線はとても冷たい。
エメラルダなんかは称号『雪の女王』に相応しい絶対零度の視線だったりする。
「はぁ~~~~~~」
そんなソフィアを見ていたラピスがため息を吐いた。
「ラピスゥゥゥ・・・、ゴメン・・・、ついあの時のね・・・」
ペコペコと頭を下げているソフィアだったが、そんなに謝るくらいなら最初から俺に抱き着かなくても良かったのでは?
ソフィアもそうだけど、みんな自分に正直過ぎる気がする思うのは俺だけ?
「ソフィア、あんたの気持ちも分からない気はしないけど・・・」
ラピスが腕を組みながらジト目でソフィアを見ているよ。
「あの呪いの波動は私も忘れていないし、あの呪いは当時の私達じゃ手も出なかったのは事実だったしね。そのおかげでレンヤは・・・」
(何?)
今度はラピスが俺の顔を見てポロポロと涙を流した。
そのまま俯いて細かく震えている。
「ソフィア!あんたのおかげであの時の事を思い出したじゃないの・・・」
今度はラピスが俺の胸に飛び込んでくる。
「ラピス・・・、私の気持ち分かったよね?」
そのラピスの隣にソフィアも一緒に抱き着いてきた。
「レンヤ・・・、もう絶対に私を置いて行かないでよぉぉぉ・・・」
呟きながら泣いていたラピスをソフィアと一緒に抱きしめた。
「みんなゴメンね・・・」
少しバツの悪そうな顔でラピスがみんなに謝っている。
「いいですよ。この事はレンヤさん達3人だけにしか分からない気持ちですからね。」
アンがにっこりと微笑んでくれているが、どうして?圧を感じるのは気のせい?
「兄さん、私もアン姉さんも500年前の事はその場にいなかったし何も言えないけど、でもね・・・」
ジッとテレサが俺を見つめている。
「みんな兄さんの事を大切に思っているんだから。ソフィア姉さんやラピス姉さん達にも負けないくらいにね!」
「そういう事よ。」
アンがテレサの言葉に続いた。
「当時の勇者パーティーの絆としての繋がりは強いと思うけど、今の私達も同じよ。だからね、ちゃんと私達の事も見てくれないと・・・」
肉食獣のような目でテレサが俺を見る。
ラピスとソフィアに当てられてその気になったかもしれないけど、お前達のその目は久しぶりだよ。
何だろう?背中に汗が・・・、止まらない・・・
「今度は私達が兄さんを襲っちゃうよ。私達の事しか考えらなくなるほどに徹底的にね。うふふ・・・」
もう少し場所を考えて行動してくれないか?
(勘弁してくれ。)
「ところで、アレは?」
エメラルダが冷静にある一点を親指でクイっと指差す。
「「「あ!」」」
ひたすら土下座をしている男達の集団が目に入る。
(完全に忘れてたよ。)
アンが申し訳なさそうに男達の前に立ち、騎士団長の手を取って顔を上げさせる。
「みなさん、ずっとこのようにさせてしまい申し訳ありません。」
団長の顔がポッと赤くなったのを見逃さない。
(こいつはぁぁぁ~~~)
「何て華麗なお方で・・・」
団長がそう呟いている声を聞き逃さなかった。
おいおい、あれだけリーゼロッテ様に忠誠を誓っていたのに、さっさとアンに乗り換える?
確かにリーゼロッテ様も綺麗な人だったけど、アンの方がもっと・・・
「こらこら・・・」
(ん?)
気が付けばラピスが俺の隣で脇腹を肘でツンツンと突いている。
「アンばっかりは嫌だからね。私もちゃんと見て欲しいな。」
(おぉおおおおおおおおおおおい!)
だからぁあああああ!心を読むな!
まぁ・・・
そんな事を言っても言う事を聞くようなタマじゃないしな。
いつも思うけど、ラピスの前じゃ俺のプライバシーは存在しないのか?
こうしてラピスに追いかけられるにようになってからは、もう絶対に離れらないのだろうな。
だからといって、この状況が嫌だとも思っていない。
それ以上に俺の心がラピスにも寄りかかっている事を自覚していた。
(もうみんなと一緒にいる生活が当たり前になっているんだろうな。)
かつての俺の生き方からは絶対に考えられない日常だ。
こうしてみんなに囲まれている生活も悪くない。
チラッとラピスに視線を戻すと嬉しそうに微笑んでくれた。
こんな生活を守る為の戦いでもあると、心に強く誓った。
「これは裏切りを察知すると発動する呪いね。」
ソフィアが騎士団達をグルっと見て俺に説明してくれた。
「あのヴリトラやシュメリア王国の騎士団がゾンビになったのも同じ呪いか?」
しかしソフィアは首を軽く横に振った。
「あれはロキの仕業ね。邪神ダリウスの残滓は残っていなかったし、上手く説明は出来ないけど発動のプロセスも違うわ。」
そうなんだ。
さすがは聖女だけあって、呪いに関してはスペシャリストだな。
「それにね、この呪いで殺されるともれなく魂も邪神に吸収されるのよ。しかもよ、呪いで直接的に死ななくても、私達に殺される事によってでも、その恨みの力を確実に自分の中に入るようにね。」
「そして、その力はダリウスだけじゃなく魔王へも?この騎士団達も見事な捨て石だったって事か?」
俺が質問するとソフィアはコクリと頷く。
「申し訳ありませんでした!」
俺達の後ろで再び団長がマッハの速さで土下座を行ったよ。
潔いっていえばそうなんだけど、あの頑なに俺達を敵視していた時の態度とは正反対過ぎて少し笑える。
その態度にアンもクスクスと笑っているよ。
だが、すぐに真面目な表情に戻り団長へと向き直る。
「それだけ職務に忠実なのでしょうね。そのような方が部下にいるとお知りになれば、リーゼロッテ様もさぞかしお喜びになるでしょうね。今度、私から伝えておきます。」
「「「ははぁあああ!ありがたき幸せ!」」」
ホント、げんきんな奴等だ。
思わず苦笑いをしてしまったよ。
「それにね・・・」
(ん?)
ソフィアがなぜかモジモジとした顔で俺とラピスを交互に見ていた。
「あの500年前の呪いも、あと一歩でレンヤさんの力はダリウスに吸収されるところだったの。」
「マジ?」
「うん・・・」
衝撃の事実だった。
確かにあの時の呪いと今の呪いは同じだって言っていたよな?
そうなれば、あの時、俺が死んだ後はどうなったか?
「ラピスの転生魔法でその呪いの流れを防いだって事か?」
「そうよ。ラピスのおかげで今のレンヤさんは蘇る事が出来たの。魂がダリウスへと行かずにフローリア様へと辿り着き無事に転生したって事よ。」
「そうなの?」
いかん!
ラピスがニタァ~~~~~~ッと笑っている!
「そっかぁ・・・」
ジリジリとラピスが俺の隣に近づいて腕を組んできた。
「レンヤにとっては私は命の恩人どころか魂の恩人だったのね。うふふ・・・、これからは私がレンヤの正妻って事なのかな?何せ私が今のレンヤの・・・」
ゾクッ!
「はう!」
あまりの殺気にラピスが黙ってしまう。
あのラピスが完全にビビっているくらいに、2人からの圧が尋常ではない!
「ラピスさぁぁぁぁぁぁん・・・」
「ラピス姉さぁぁぁぁぁぁん・・・」
アンとテレサから尋常ではない漆黒のオーラが溢れ出している。
「ちょっと調子に乗り過ぎでは?」
「こんな理由で序列トップはあり得ないわよ。」
怖い!怖い!怖い!
「おい!もう少しで魔王との決戦だぞ!こんな事で無駄な・・・」
「レンヤさん!」
「兄さん!」
「「黙って!」」
「これは魔王よりも大切な事なの!」
「そう!こんな事だけで兄さんの1番になるのは認められないの!」
ビビっているラピスの両手をアンとテレサが引っ張り、騎士団が現れた曲がり角の奥へと消えていく。
「ホントにアンは何をやっているんだ?」
「そうね、気持ちは分からなくもないけど、これはこれでラピスの面白いところを見られたわ。」
エメラルダは苦笑し、ソフィアはニコニコしながらラピスが消えていった角を見つめていた。
「それだけアンもみんなに溶け込んだのだろうな。あの頃は私以外に友達もいなかったし、あれだけ生き生きしているアンを見るのは嬉しいよ。どれだけ今が楽しいのか分かる・・・」
そう言ってエメラルダがソフィアへ手を伸ばした。
「ソフィア、礼を言うぞ。かつて敵だった私をも認めこうして仲間にしてくれた。そしてアンの心からの友人になってくれてな。」
そのエメラルダの手をソフィアがガッチリと握った。
「何を言っているの?今更の事よ。それにね、レンヤさんを好きな人に悪人はいないからね。」
「確かにそうだな・・・」
2人が嬉しそうに見つめ合っているけど、いつの間にここまで仲良くなったのだ?
どちらもみんなのお母さんのような立場だし、気が合うのかも?
(それにしても・・・)
俺を好きな人に悪人はいないって・・・
なんちゅう言葉を作っている?
(聞いてい恥ずかしいよ。)
「ところでだ。」
エメラルダが団長達へと向き直った。
「「「は!はい!」」」
土下座をしていたが、一斉に立ち上がり直立不動の姿勢で立っていた。
「ここから先はただの人間であるお前達では無理な戦いだ。素直に道を譲ってくれるよな?」
「はい・・・、我々の力不足は身に染みて分かりました。」
そして団長が俺へ向けて姿勢を正す。
「勇者様!この帝国の未来をお願いします!リーゼロッテ様が望んだ明るい未来ある帝国を!何卒!」
全員が深々と頭を下げた。
俺の体の中が熱くなってくる。
こんな事を言われて心が燃えない訳がない!
(俺は猛烈に燃えている!これまで以上にな!)
グッとサムズアップをしソフィアとエメラルダへ声をかけた。
「よっしゃぁあああ!最終決戦だ!」
2人は勢いよく頷く。
「「はい!」」
勢いよく駆け出し、3人が消えていった角を曲がると。みんなが立っている。
(何だ?)
ラピスがとってもやる気オーラを出して立っていた。
「レンヤ!魔王をギッタギッタに殺るわよ!それこそ跡形もなく消滅させてね!」
(おいおい、どんだけやる気だ?いや、別の意味の言葉に聞こえた気がする。)
アンもテレサもラピスほどではないが鼻息を荒くして立っている。
(お前らぁぁぁ~~~、3人でどんな話をしたのだ?)
まぁ、俺を景品にして勝負を始めたのだろう。
3人のやる気度合いも桁違いだったし、絶対にアイツらなら言いかねん。
(勘弁してくれ・・・)
何だろう?アイツらとは正反対に急にテンションが下がってしまった。
気を取り直して6人で通路を走って行く。
「ここか・・・」
何回か角を曲がって長い直線通路の行き止まりにあった巨大な扉の前に立った。
この扉の前に立っただけでも分かる。
(この先に魔王がいる。)
あのデミウルゴスやヴリトラさえをも上回る圧倒的な存在感を扉の先から感じる。
ここまで殺気を出す相手は唯一人!
みんなが頷いたのが合図だったように俺の手が扉へと伸びた。
ゴゴゴゴゴォォォォォォ・・・
まるで扉が俺を待っていたかのように自然に開いた。
「そんなに経っていないけど随分久しぶりに感じたよ。」
アーク・ライトが俺の右手に現われ握る。
その切っ先を魔王へと向けた。
「全ての決着をつけに来たぞ・・・」
「魔王・・・」




