26話 収納魔法
「勇者様、外で立ち話も何ですから中へ戻りましょう。」
理事長が中へ戻るように勧めてくれる。
中へ戻ろうと歩き始めた時に、目の前で5人のエルフの女性が整列していた。
一糸乱れぬ動きで一斉に5人が揃って片膝を着き頭を下げる。
(確か、彼女達は『緑の狩人』、Sランクのパーティーだったよな。何の用だ?)
「「「「「我ら緑の狩人、これより勇者レンヤ様を主とし、生涯忠誠を誓います。」」」」」
見事にハモった。
「アラグディアも余計な事をして・・・」
ラピスがやれやれといった感じで俺の隣にやってくる。
「ラピス、これはどういう事だ?」
「アラグディアは私の弟子なんだけど、ちょっとやり過ぎたみたいね。エルフの里から出て武者修行をしていたのだけど、同時にかなりの数の弟子を育てていたのよ。暗部と呼ばれる諜報、暗殺が得意な集団もそうだし、彼女達のように冒険者としての集団も育てていたのよ。それ以外にも400年の間にどれだけの弟子が出来たのか・・・、アラグディアの弟子一派だけで国家戦力級の軍隊が出来そうよ。それは、全て私とレンヤの力になりたいからってね。」
それから思いっ切りため息をしている。
「はぁ~~~~~、だからって、ここまでやらなくても・・・、まぁ、今回はとても助かったけどね。」
そういう事ね。それだけの人員がいたからあっという間に調べることが出来た訳だ。ラピスを敵に回したら終わりだよ。
それに『暗部』って・・・
俺の中のエルフの概念が崩れてしまったぞ。暗殺が得意なエルフって想像も出来ない。
俺から離れ彼女達の前に立った。
「あなた達、気持ちだけは汲んでおくわ。普段は今まで通りでお願いね。必要な時には声をかけるから、その時はよろしくね。」
「分かりました。ラピス様の御心のままに・・・」
立ち上がり、ギルドの中へ入っていった。
「あっ!レンヤ、忠誠を誓うと言っているけど、彼女達は全員がアラグディアの奥さんだから、レンヤには迫らないから安心してね。」
「それは助かるよ。出来れば、彼女達の事はラピスに任せる。人を使うのはどうも苦手だからな。」
「任せて。」
ラピスがサムズアっプで応えてくれた。
再びギルド内に戻ってきたのだが・・・
「勇者様!」
理事長とサブマスターの暑苦しい顔が俺の目の前にある。
(どんな罰ゲームだよ・・・)
更に理事長の顔がグイグイと迫って来る。
「勇者様、サブマスターに聞きましたが、魔王城を攻略されたとか?詳しくお聞かせ下さい。」
取り敢えず玉座の間のトラップの事と、4階までの簡単な説明を行ったけど、2人揃って青い顔をしているし・・・
「勇者って本当に凄いですね。ラピス様の仰る通り専属の受付を置かないと、取り入ろうと考える受付嬢が殺到します。それと、倒した魔獣とかの素材はどうなりましたか?」
「それなら持って来ているぞ。丁度、買い取って欲しいと思っていたからな。」
サブマスターの顔がニコニコしているよ。
「本当ですか?それは感謝します。高ランクのモンスターや魔獣の素材は手に入りにくいもので、常に不足しているのですよ。それに、ギルドの収入にも繋がりますからね。」
今まで倒した魔獣の素材をどうやって買い取ってもらうか考えていたけど、今じゃ勇者と分かってしまったから遠慮せずに買い取ってもらおう。
肉は俺達の食料にするけど、それ以外は売っても構わないし、アンと一緒に町を回るにもお金が必要だしな。今まではギリギリの生活をしていたけど、これで生活も楽になるだろう。アンもラピスもマナさんも養っていかなければならないし・・・
みんなでゾロゾロと素材の受け取り窓口へと移動したが・・・
(さて、どの素材から出そう?)
「レンヤさん」
「アン、どうした?」
「どうせなら、1番インパクトのある素材を出したらどう?アレなら確実じゃない?」
「そうだな、それでいくか。」
サブマスターが心配そうに俺を見ている。
「あのぉぉぉ・・・、素材はどこにあるのでしょうか?みなさん手ぶらですよね?もしかして、外に置いてあるのですか?」
「いや、ここにあるぞ。」
「はい?」
ドン!
ギルド内が一斉に静かになった。
みんなが一斉に俺の出したモノに注目している。
沈黙が漂っていたが、しばらくすると・・・
「「「「「うぎゃぁあああああああああああああああ!」」」」」」
あちこちから悲鳴が上がった。
俺の目の前にはアースドラゴンの頭部が置いてある。1mは軽く越える大きさの頭だからなぁ・・・
みんなが驚くのは無理はないだろう。Aランクの冒険者でも滅多にお目にかかれない魔獣だし、ここにいる冒険者にとっては初めて見るんじゃないのかな?
危険度SSランクは伊達ではない。
恐る恐るサブマスターがアースドラゴンの頭に近づき触っている。
「間違いないです。アースドラゴンの頭部です・・・、よく倒せましたね。しかも、キレイに首を切り落としてますし・・・」
「レンヤさんは凄いのよ。たった2発のパンチで瀕死にしちゃったし、最後は手刀でスパッと簡単に首を切り落としたんだからね。」
アンがなぜか自慢しているよ。
その瞬間・・・
「「「すいませんでしたぁあああああああああああああああああああ!」」」
冒険者達が一斉に俺に向かって土下座をしてきた。
(おいおい、どうした?)
「今まで馬鹿にしてすみませんでした!」
「こ、こ、殺さないで下さい!」
「お助けをぉぉぉ~~~~~」
「い、命だけはぁぁぁ・・・」
「グレンのようになりたくないです・・・」
よく見ると、今まで俺を馬鹿にしてきた冒険者達だった。
(はぁ~、ここまで態度が変わるものなんだな。まぁ、グレンの『ざまぁ!』を見ているから、明日は我が身だと思ったのかな?)
「まぁ、今では俺は別に何とも思っていないし、お前達には手を出すつもりはないよ。これからは弱い者虐めを止めて、自分を磨く事を頑張るんだな。そうすれば、俺のようになるかもしれないぞ。」
「「「はい!」」」
ラピスがみんなの前に立った。
「そういえば、ここはあまり指導者に恵まれていないって話だったわね。」
「緑の狩人達!」
「はっ!ここに!」
緑の狩人のメンバーがラピスの前に整列した。
「あなた達、これからはここの冒険者達の指導をしてもらえるかな?手の空いた時で良いからね。転移魔法ならすぐに来られるから問題無いでしょう。アラグディアも参加させても面白いかな?容赦無しに地獄を見せても良いからね。こいつらはまず性根から叩き直さないといけないと思うわ。」
「ラピス様の御心のままに・・・」
そして、緑の狩人達が冒険者の方へ向き直った。
「貴様達!これからは私達が指導をしてやるから覚悟するように!我々は甘くないぞ。死んだ方がマシだと思う程の地獄を味あわせてあげるからな!」
「「「ひえぇええええええええええええええ!」」」
冒険者達が真っ青になってしまったよ。
理事長とサブマスターが恐る恐る俺の前にやって来た。
「勇者様、このアースドラゴンの頭はいきなり出現したのですが、まさか、今のは?」
冷や汗をかきながら理事長が口を開いた。
「まさかの収納魔法だよ。実際に収納されている素材はこれだけじゃないからな。さっき言っていた魔獣の素材はほとんど揃っているよ。必要なら出すけど・・・」
「いえいえ!これだけでも十分です!というよりも、このギルドの金庫にはそこまでのお金の用意が無いもので・・・」
サブマスターが冷や汗を拭きながら話をしている。
「それよりも!収納魔法の方が驚きです!未だに信じられません・・・」
「そうか、じゃぁ、これで信じてもらえるかな?」
次の瞬間、俺の足元に大量の魔石の山が出来上がった。
「山ほど湧いて出てきたリビングアーマーの魔石だよ。剣や鎧は価値が無かったから破壊してしまったけど、稼働用の魔石は売り物になると思って回収しておいた。」
「そ!そんなぁあああああああああああああ!これだけの量が・・・」
真っ青な顔でサブマスターが魔石の山を見つめていた。
「ほ、本当に収納魔法です・・・、これが伝説の・・・、この目で見られるとは思いもしませんでした。」
理事長も口をパクパクして見ていたが、ハッと我に返った。
「ゆ、勇者様、こんな素晴らしい魔法を見せていただき感激です。ラピス様の仰ったとおり、勇者様は絶対に国に渡す訳にはいかなくなりました。こんな魔法が使えると分かってしまえば、間違いなく戦争に駆り出されます。収納魔法があれば兵站問題が一気に片付きますし、魔王がいてもいなくても関係無しです。」
そうだろうな、アレックスもそんな事を危惧していたよ。ラピスも収納魔法を使えるけど、アレックスは決してその事を口外しなかったからな。しかも転移魔法も使えるし尚更だよな。
アイツの事だ、理事長が思っている事は既に想定に入っていたのだろう。だから、俺だけでなくラピスも表舞台から消えた事にしたのだろうな。
(さすが将来は賢王と呼ばれただけあったな。親友として嬉しいよ。)
「心配するな。俺はどこの国にも仕える気は無いからな。俺は勇者だ、魔王を倒せば自由気ままに冒険者を続けるつもりだよ。困った人々を助ける事が俺の使命だからな。」
「そう言っていただけると私達も嬉しいです。ギルドは確かに営利団体ではありますが、設立の根幹は国の手の届かない困った人々の助けを理念としています。勇者様に恥じないよう我々も頑張っていく所存でございます。」
理事長が深々と頭を下げた。
「それでは受付の方に戻りましょう。全ての素材を買取出来ないのは心苦しいですが、今度は王都のギルドにお越しください。その時はしっかりと全て買取させていただきます。」
アースドラゴンの頭部はそのままにして置いておいたけど大丈夫かな?並の腕では解体も出来るか怪しいな。まぁ、これも勉強かな?
チラッと見てみると、解体の職員と冒険者達がドラゴンの頭を触りながら色々と話をしている。何とかなるだろう・・
受付に戻って来るとマナさんがカウンターに座っていた。
ニコニコと微笑んで俺を待っている。
「専属になって初めての仕事ね。レンヤ君、よろしくね。」
「マナさん、こちらこそよろしく頼むよ。」
「ふふふ、まさかこうなるとは思ってもいなかったわ。レンヤ君も大出世ね。お姉さんとして嬉しいわよ。」
そう言ってウインクしてくれた。
「買い取りの方よりも、まずはレンヤ君の冒険者カードの更新をしないといけないわね。いつまでもFランクって訳にはいかないからね。それと、アンさんとラピスさんのカードも必要だし、ちょっと待ってくれるかな?」
「分かったよ。」
マナさんに俺のカードを渡す。
受け取ると席を立って奥の方へ行ってしまった。
「私も冒険者になるのね。楽しみ~」
アンがウキウキした感じで俺の隣で座って待っている。
「さすがに私もいつまでもグランドマスターの肩書きでいられないからね。普段は普通の冒険者として活動するからね。その方が動きやすいわ。」
ラピスがアンと反対側の椅子に座っている。
しばらく待っているとマナさんが戻って来た。
「お待たせ。はい、これが新しいカードよ。」
俺達の前に3枚のカードが置かれたが・・・
「ちょっと待った!この色は何だ?初めて見る色なんだけど・・・、Sランクがゴールドで最高と聞いているが・・・」
目の前にあるカードは真っ黒だった。
(何で?)
マナさんがニコニコ微笑んでいる。
「今は理事長もいるからね。レンヤ君達のランク付けは審査を飛ばして、理事長がすぐに決めたのよ。正直、レンヤ君達はSランクでも収まらない規格外のパーティーになっているから、それ以上のランク付けになったのよ。Sランクよりも更に上の特Sランクだからね。そのランクの色は黒色なのよ。ギルド創設以来の初めての快挙だから、レンヤ君がここまで立派だなんて私も鼻が高いわ。」
「へぇ~、これがSランクよりも更に上のランクねぇ~」
カードを手に取ってマジマジと眺めてしまった。
前世の時も冒険者をしていた時期はあったが、当時はランク付けなんて無かったからな。この3年間ずっとFランクで頑張っていたから、いきなり最低のFから最上級のランクに格上げだなんて、そんなに実感が湧かないよ。
「それにね、このカードにはもう1つ機能があるのよ。買い取り素材が高額過ぎてすぐにお金が全額用意出来ない時の為に、このカードにお金の金額を記録して、必要な時に引き出す事も可能なのよ。ギルド内とカード本人だけしか使えない制限はあるけど、大金を持ち歩かなくても良いから、防犯にも役に立つと思うわ。まぁ、レンヤ君なら収納魔法があるからお金は全て収納出来ると思うけど、ギルドの金庫にある限度以上のお金を引き出さないように協力して欲しいな。」
「分かったよ。マナさんの頼みだ。ありがたくカードを受け取るよ。」
「それとね、はい!」
俺の前にズシッと麻袋が置かれた。
「これは?」
「ギルドからのお詫びだって。金貨100枚よ、前ギルマスと黒の暴竜のおかげで死にかけたからね。慰謝料みたいなものよ。今のレンヤ君ってほぼ無一文の状態でしょう?ここに来てからずっとお金で苦労していたのは知っているからね。これでアンさん達に美味しいものを食べさせて、いい宿に泊まらせてあげなさい。分かった?」
「ありがたく頂戴するよって言いたいけど、今は住むところも食事も困っていないんだよ。どちらかというと・・・」
話している最中だったけど、ラピスが割り込んできた。
「レンヤ、それならマナも一緒に住む事にすれば?マナって寮だったわね?それならすぐに私達と一緒に住んでも問題無いでしょう。」
今度はマナさんの目が点になった。
「はい?一緒に住む?レンヤ君、いつの間にそんな事になっているの?そう言えばアンさんもラピスさんも婚約者だったわね。どちらかの家に住んでいるのかな?」
今度はアンが話に加わってきた。
「姉様、違うわ。ちゃんとしたレンヤさんの家よ。」
「レンヤ君の家?増々訳が分からなくなってきたわ。」
「マナ、今は詳しくは言えないけど、今夜、あなたを招待するわ。引き継ぎとかもあるから、すぐには仕事が終わらないでしょうし、夕方にまた戻ってくるから、その時に一緒に行きましょう。たっぷりとあなたをもてなしてあげるからね。」
ラピスよ・・・
もてなすと言ってはいるけど、料理はアンが作るだろうし、お前の出番はあるのか?
あっ!お茶出しはあったな。
良かったな、出番があったぞ。