251話 デミウルゴス再び⑦
「さて、この状況で彼女に勝利するには骨が折れそうですね。」
フローリアがため息をしながら呟く。
「しかもテレサさんの人格も取り戻さないといけないですし、ダリウスとの決戦の前に何て事をやらかしてくれたのでしょうかね?」
ジト目でフローリアがデミウルゴスを睨んだ。
「しかもですよ、デミウルゴスさん、あなたはラグナロクの頃よりもかなり力が落ちていますね。強がっていても私には分かりますわ。」
「確かにね・・・、私も全盛期の頃に比べれば力が落ちているのは自覚しているわ。だけどね!今の私は魔神、あんた達に敵対する神なんだし、迷惑をかけるのは当たり前じゃないの!こんな状況だけど、私もただでやられるつもりはないわよ。ダーリンが近くにいるんだから何が何でもダーリンのところへ行くわ!邪魔者は全部蹴散らしてね!」
自嘲気味にデミウルゴスが笑ったが、すぐに真剣な表情でトワを見つめる。
「デミウルゴスさんの衰弱は種族的には仕方ないでしょうが、ここまでして自分の純潔を守っていたなんて、ちょっと尊敬しちゃいますね。まぁ、私も似たような感じでしたけどね。数万年も独り身だったのに、ここ数年で一気に結婚と出産を経験しましたしね。」
少し嬉しそうにフローリアが微笑み、パチンとデミウルゴスへウインクをする。
「何を惚気ているの・・・、私に対する当てつけ?あんたはあの人の生まれ変わりと一緒になったから良いものを・・・、私はこの世界でダーリンと添い遂げるしか方法が無いのよ。もう神界に戻る事も出来ないしね。それにね、私はハーレムは認めないの!ダーリンと2人っきりでずっと一緒にいる。それ以外の人間はダリウス様が滅ぼすでしょうしね。これだけはあの人を好きになった時からの想い!譲れないわ!」
その言葉でトワがニコニコとしていた。
「ふふふ・・・、こんなところはあんたと気が合うわね。私も本当はハーレムは嫌いなのよ。あの頃は私がワタルを独占したかったけど、周りがあまりも強力過ぎてね。この私でも敵わないヤツがねぇ・・・、もちろん、ワタルには手も足も出ないで負けるし、あの時代はそんなレベルの連中がごろごろといたわね。あのフレイヤやアヤノもそうだった。鬼神族は決闘で負けてしまった相手に従うのは当たり前だし、そいつらには私は敵わなかったわ。負けた私に対しての彼女達の提案がワタルの妻の1人となってみんなを支えるって事だったわ。まぁ、みんなとは気が合ったし一緒になってワタルの妻の1人になるのも悪くはなかったけどね。それだけ仲間に恵まれていたのでしょう。」
グッとトワが拳を突き出す。
「だからといってね、この時代に私と気が合う奴がいるのかなのよ。気が合わない上に弱い女と一緒のハーレムは勘弁よ!私に言う事を聞かせたければ私を打ち負かしな!そうすれば私はあんた達の言う事を聞いてあげるよ。」
しかし、トワが不敵に笑う。
「でもね・・・、それが出来る?」
そのトワの言葉に対しフローリアもニヤリと笑った。
「出来る出来ないの問題ではないのですよ。あなたを負かす事が最低の条件ですし、しかも、テレサさんを取り戻す事も並行して行わなくてはなりません。トワ様、申し訳ありませんが、私達にも譲れないモノがありますので、精一杯足掻いてみせますよ。」
「ふふふ・・・」
トワの口角が更に上がった。
「やっぱりあんたはソノカの生まれ変わりに間違い無いわ。その目、絶対に諦めないその目!嬉しいわ・・・、親友のあなたは何も変わっていないかった。だったら!尚更、今のあんたの言う事を聞けないわ!」
グッと拳を構えると、黄金のオーラが吹き出した。
「私をどうにかしたいのなら、この拳で決着をつけさせてもらうわ。鬼神族の真の力を開放してね!」
「そうですか・・・、だったら私も!」
「待って!」
ズイっとデミウルゴスがフローリアの前に立つ。
「フローリア、悪いけどこの勝負、私が先にやらせてもらうわ。いえ!手を出さないでちょうだい。」
「デミウルゴスさん!いくら何でも1人では無謀ですよ!」
しかし、デミウルゴスはゆっくりと首を横に振った。
「フローリア、今のあんたは分身体だから本来の力を出せないって言っていたわね。でもね、その話は本当?実は何とでもなる方法を本当は知っているのよね?」
「そ、それは・・・」
「良いのよ、隠さなくてもね。あんたの本当の力をね。あの鬼っ子だろうが、あんたが本気で戦えば勝つ事は無理でも私の『時の歯車』が発動するまでの時間は稼げるでしょうね。確かにこの『時の歯車』は強力だけど発動までに少し時間がかかるから、私1人だとあの鬼っ子相手では発動するまでに倒されてしまうわね。だったら、あんたが時間を稼ぎ、このスキルで時を戻してテレサを復活させるのがあんたの作戦でしょう?それくらいの事、あんたとは長い付き合いだったし良く分かるわ。多分、この方法でしか勝てないだろうって事もね。だけどねぇ・・・」
ギロッとトワを睨んだ。
「今から始まるこの戦いはダーリンを巡る戦い!どっちがダーリンを独占するかよ!もちろん独占するのは私!ダーリンを好きな気持ちは誰にも負けないの!」
ビシッとデミウルゴスが人差し指をトワへと向ける。
「戦いの意味を良く分かっているじゃないの。ふふふ・・・、あんたの事は気に入ったわ。私との圧倒的な力の差でも諦めないその目がね。」
グッと拳を突き出し構えた。
「だけどねぇえええ!気持ちだけではどうにもならない現実ってのを教えてあげるわ!」
ボソッとソフィアが呟く。
「何を2人で盛り上がっているの?レンヤさんは既に私達と結婚しているのよ。それを寝取るって・・・、傍から見たら頭の中が変な2人がいがみ合っているにしか見えないわね。まぁ、あの鬼神族の子はテレサちゃんの前世みたいだし、あの極端な発想はだからかな?やっている事がテレサちゃんに似ているわね。それに、あのデミウルゴスって魔神も好きを拗らせてああなってしっまたけど、私もラピスも一歩間違えれば同じになったかもね?気持ちは分からないでもないけど、どっちも変態だというのは確実に間違いないわね。」
はぁ~~~~~~~~~~っと、とても長い溜息がソフィアの口から出ていた。
「ソフィアさん・・・」
「フローリア様!」
いつの間にかフローリアがソフィアの横に立っている。
「申し訳ありませんね、私の古い友人がやらかせてしまって・・・」
「いえいえ!そんな謝らないで下さい!」
ソフィアが慌てて首をブンブンと振っていたが、ピタッと止まり真剣な表情でフローリアを見つめる。
「フローリア様、ずいぶんと落ち着いて見えますが、何か秘策でもあるのですか?」
その言葉にフローリアがニコッと微笑む。
「別に秘策と呼べるものはありませんよ。ただ、私は信じているのです。テレサさんをね・・・」
「テレサちゃんですか?」
「そうですよ。確かに彼女は記憶を持って生まれるはずだったトワ様を抑える為に、私が作り出した疑似人格です。でも、よく考えて下さい。あのトワ様を抑え込むほどの存在なのです。さすがレンヤさんの妹さんだけありますね。」
「は、はぁ・・・」
「デミウルゴスさんのスキルでテレサさんの人格は消滅したように見えますが、私はそう思っていません。テレサさんは必ず復活すると信じています。テレサさんはあの勇者レンヤさんの妹さんですよ。私は信じているのです。生まれてからずっとレンヤさんと一緒に過ごした日々が、兄妹としての絆は絶対に無くならないと!彼女は絶対に戻って来るとね。」
「そうですね・・・」
ソフィアがニコッとフローリアへ微笑んだ。
「私も信じなくてどうします!テレサちゃんは私の可愛い妹でもありますし、あんな可愛い妹は他にはいませんよ。私も信じます!レンヤさんの妹であるテレサちゃんをね。最強ヤンデレがそう簡単に屈服するとは思えないですから!」
「ま、まぁ・・・、確かにあのヤンデレ具合はねぇ・・・」
少し引きつった笑いをしているフローリアだった。
「それじゃ!現実ってのを見せてもらおうじゃないの!」
デミウルゴスが両手の掌をトワへ向ける。
「ゴッド!ブレス!」
いくつもの巨大な竜巻が四方八方からトワへと襲いかかる。
「どうよ!極大魔法の連発からの全方位の範囲攻撃魔法はぁあああ!どこにも逃げ場は無いわ!」
「そうね、こんな強大な魔法なんて滅多にお目にかかれないわ。」
しかし、トワが嬉しそうにペロッと舌なめずりをし口角を上げる。
「だけどねぇえええええ!だからといって対処出来ないって事はないのよぉおおおおおお!」
全身から金色のオーラが噴き上がり、額の角も金色に輝いた。
「覇王流!破砕掌!」
両手を左右に広げると、衝撃波が掌から飛び出した。
ドォオオオオオオオオオオオッン!
衝撃が部屋中に響いた。
「嘘・・・」
デミウルゴスが信じられない顔で目の前の光景を見ている。
「どう?驚いたようね。でもね簡単な理屈よ。風の攻撃魔法は等級に関係なく基本的に衝撃波なんだし、それ以上の衝撃波を放てば相殺は可能よ。」
「だからといって、スキルじゃなく単なる技が極大魔法を上回るってあり得ないわ!」
ドン!
デミウルゴスの言葉を遮るようにトワが一気に飛び出し、デミウルゴスの正面に立った。
「それを可能にするのが私達鬼神族にしか伝わっていない拳法!覇王流よ!」
左足を前に出し踏み込み腰を捻りながら、右の掌底をデミウルゴスへ叩き込んだ!
ガッ!
しかし、その掌底をデミウルゴスは手の甲でトワの掌底を巻き付けるような仕草で横に弾いた。
その反動でデミウルゴスが一気に横へと飛んだ。
「同じ手は喰わないわよ!」
デミウルゴスがトワに似た構えで立っている。
「フェンリル族の小娘に散々とやられたからね。あんたも似た拳法を使うから対処は可能よ!」
「うふふ・・・」
トワの口角が更に上がる。
「楽しい!楽しいわぁあああああ!こんな時間がずっと続けばって思う程にねぇええええええええ!」
グッと腰を深く屈め構えた。
「だけどもう終りの時間ね。あんたの後ろにいる連中も処分しないといけないからね。」
左拳を前に突き出し左足も踏み出した。
後ろに右手を引くと、拳に金色の渦が纏わりつく。
「あれは!師匠の技と同じ!」
ソフィアが叫ぶ。
「覇王流!黄金螺旋撃!」
まるで渦巻きのように黄金の螺旋を纏わり付かせた右拳が放たれた。
「は!速い!ガードが!」
黄金に輝き迫り来るトワの右拳を、デミウルゴスが胸元で腕を十字に組んで受け止めた。
ミシ!
「ぐぅぅぅ・・・」
受け止めたデミウルゴスから嫌な音が聞こえる。
「よく受け止めたわね。」
ニタリとトワが笑った。
「だけど無駄よぉおおおおおおおおおお!吹き飛べぇえええええええええええええ!」
ゴシャァアアアアアアアアアアア!
「ぎゃああああああああああああああああ!」
デミウルゴスが黄金の渦に呑み込まれ、悲鳴を上げながら天井へと打ち出された。
ドォオオオオオオオオオオン!
「がはっ!」
そのまま天井へとめり込んでしまう。
天井へと張り付けになっていたデミウルゴスだったが、しばらくすると天井から剥がれゆっくりと床へと落ちてくる。
ドシャ!
全身が切り刻まれ傷だらけになっており、おびただしい血が流れ、血だまりの中にデミウルゴスが沈んでいた。
ガードした両手はあちこちとあらぬ方向へ折れ曲がっている。
「デミウルゴスさん・・・」
フローリアが涙を流しながらデミウルゴスを見つめていた。
「・・・よ・・・・」
「まだよ・・・・」
ピクッとデミウルゴスの体が動いた。
「嘘・・・、あれを喰らって生きているって・・・」
トワがワナワナと震えている。
「まだ終わっていないわ・・・」
デミウルゴスがゆっくりと起き上がる。
しかし、両手の骨が粉々になって砕けてしまっていたので、手を床に着けて起き上がる事は出来ない。
頭を床に着け支えにしてゆらりと起き上がった。
「私自身が負けたと思うまでは負けにならないわ。だから・・・、私に勝ちたければ私の息の根を止めるしかないわよ・・・」
「そうね・・・」
トワが右拳の指を伸ばし手刀の状態にしてデミウルゴスへと向ける。
「あんた・・・、いえ、あなたを舐めていたわ。あなたは間違いなく戦士、戦士の資質に強さは関係ないの、その諦めない不屈の気持ち!だから、もう手加減はしないわ。全身全霊をもってトドメを刺してあげる。」
「ふふふ・・・」
全身血だらけのデミウルゴスだったが不敵に笑った。
「一撃で仕留めないと、次は必ず私がやり返すわよ。さぁあああああ!かかって来なさい!」
「ぐっ!」
デミウルゴスの気迫に一瞬だがトワが怯む。
「私が怯む・・・、そうよ!この緊張感!これが私の求めていた戦い!最高の戦いをありがとうね!あなたの事はずっと忘れない!」
トワが手刀の形にした右手を後ろへと引いた。
「さようなら!」
ダン!とトワが床を踏み込み手刀をデミウルゴスの心臓を目がけ突き出した。
「ダーリン・・・」
デミウルゴスの瞳から一滴の涙が零れる。
「もう一度・・・、会いたかったよぉぉぉ・・・・」
ビタァアアアアアアア!
「何ぃいいいいいいいいいいいい!」
「何ですってぇええええええええ!」
「これはぁああああああああああ!」
3人の絶叫が部屋に響く。
トワを始め、フローリア、ソフィアが叫んでいた。
『私の許可無しに何を盛り上がっているの?こんなので私の体を自由に出来るって、ちょっと私を舐めているんじゃないのかな?』
デミウルゴスの胸に手刀を突きたてる寸前でトワが硬直しており、彼女の口から別の感情の籠った言葉が吐かれた。
「「テレサさん(ちゃん)!」」




