248話 デミウルゴス再び④
『うふふ・・・、まさかこうして甦ることが出来るなんてね。』
どこからか部屋の中に女性の声が響いた。
「誰なのよ!」
デミウルゴスが大声で叫ぶが、この部屋には彼女とラピス、ソフィア以外は誰もいない。
しかし、3人の視線がある一点で止った。
「何でテレサのいた場所に?」
「こんな殺気、師匠以上かも?」
ラピスとソフィアがゴクリと喉を鳴らす。
「あの子はただの人間だったはずよ・・・、一体、何が起きているの?」
フワリとテレサの服が舞い上がった。
服のあった床には何も無い。
「テレサちゃん・・・、本当にいなくなったしまったの?」
涙を流していたソフィアだったが、その目が鋭くなりデミウルゴスを睨んだ。
「許さない・・・、絶対にぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
ミシッ!
全身を縛られていたソフィアだったが、その拘束具からミシミシと軋む音がし始める。
「無理よ!いくらあの拳法の使い手でもこの拘束は解けないわ!」
デミウルゴスが叫ぶ。
「そんなのはぁあああ!やってみないと分からないわよぉおおおおおおおおおおおおおおお!」
ギリギリとソフィアの歯を喰いしばる音が聞こえると・・・
ブチブチブチィイイイイイイイイイ!
「う!嘘ぉおおおおおおおおお!」
デミウルゴスが叫ぶ。
ザッ!
力づくで拘束具を引きちぎったソフィアがデミウルゴスの前に立った。
「どうよ!根性で何とかなったわよ!」
ソフィアの目は血走り、グッと腰を屈め右拳を前に突き出す。
「今の私は怒りを抑えきれないのよ!あんたを殺したくて殺したくてね!テレサちゃんの想いも乗せてぇえええええええええええええ!この一撃であんたを消滅させてあげるわよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ダン!
右足を踏み込み、同時に右拳をデミウルゴスへ一気に突き出した。
「死ねェエエエエエエエエエエエエエ!」
「ダメ!こ、こんなのいくら何でも防げない・・・」
デミウルゴスが死を覚悟し目を閉じた。
パシィイイイイイイイイイ!
何か弾ける音がしたが、いつまで経ってもソフィアの拳はデミウルゴスへ届かなかった。
そのデミウルゴスが恐る恐る目を開けると、信じられない光景が飛び込んできた。
「フローリア・・・、何であんたがここにいるのよ・・・」
デミウルゴスの目の前にフローリアが立っていた。
ソフィアの渾身の右ストレートを右手の掌で受け止めている。
「フ・・・、フローリア様・・・、どうしてここに?」
「痛ったぁあああああああああ!」
慌ててソフィアが右拳を引くと、フローリアが痛そうに右手をさすっている。
「美冬さんが言っていたようにとんでもない馬鹿力ですね。この体でもギリギリ耐えられるソフィアさんのパワーは凄まじいとしか言えないですね。」
「この体って?フローリア、あの子について何か知っているの?」
今度はデミウルゴスがギロッとフローリアを睨む。
そんな視線を無視して、フローリアがソフィアへと微笑んだ。
「ソフィアさん、安心して下さい。テレサさんは生きていますよ。ただねぇ・・・、アレをテレサさんと言えるかどうか?」
いつもニコニコと微笑みを絶やす事がなかったフローリアだったが、神妙な表情でテレサのいた場所を見つめている。
不思議な事にテレサの服は何故かまだ浮き続けていた。
「フローリア様、どういう事です?」
ソフィアもフローリアと同じようにテレサの服を見つめている。
ズズズ・・・
その服に黒い靄が纏わり始める。
「何!」
「これは!」
デミウルゴスとソフィアが叫んだ。
「まただ、あのとんでもない殺気が・・・、フローリア!あの子は本当に何者だ?まさか人間ではないのか?」
「人間よ、間違い無くさっきまではね。」
デミウルゴスの問いにフローリアが答える。
「さっきまでだと?それに、なぜ貴様がここにいる?この殺気に関係するのか?」
「そう・・・、ある意味、ダリウスよりも厄介な事なのよ。その為に私はこの分身体を作ってテレサさんに憑依していたの。彼女が生まれた前からね。」
「はぁ?訳が分からないわ。」
「ソフィアさん!」
フローリアがソフィアへと叫ぶ。
「一瞬たりとも気を緩めないで!もうそろそろよ!」
宙に浮いているテレサの服に纏わりついている黒い靄が段々とまとまり始める。
少しづつ人の形になってきた。
スタッ!
テレサの服を着た何者かが床へと降り立つ。
「テレサちゃん?」
ソフィアがボソッと呟いたが、すぐに拳を構え腰を落とした。
「あなた・・・、何者?」
「いいねこの殺気、少しは楽しめそうかな?」
ニヤリとソフィアの視線の先にいる少女が笑った。
その少女は・・・
顔の造形はテレサに似ているが、髪と瞳はテレサと全く違っていた。
テレサの髪形は肩までに切り揃えられていた金髪だったが、その少女の髪はレンヤと同じような黒色の髪だった。腰まで届きそうな長髪をポニーテールでまとめ動きやすいようにしている。
瞳もテレサの青い瞳ではなく、フローリアと同じように金色に輝いていた。
「そんなの・・・、まさか?これって伝説の種族じゃないの?」
ワナワナとデミウルゴスが震えながらその少女を見ている。
髪と瞳もテレサとは違っていたが、それ以外にもテレサとは全く違った部分があった。
額に大きな1本の角が生えていた。
「もしかして『鬼神族』?」
その言葉に少女がニコッと微笑んだ。
ドン!
「おご・・・」
一瞬でその少女がデミウルゴスの前に立ち、右拳を深々と鳩尾に叩き込んでいた。
「がは!」
少女がゆっくりと拳を引き抜くと、デミウルゴスは口から大量の血を吐き出し膝から崩れ落ちる。
「デミウルゴスさん!」
フローリアが叫んだが、デミウルゴスは床でピクピクと痙攣しながら倒れている。
「意外と丈夫だったわね。殺す気で打ち込んだのに生きているって・・・」
「テレサちゃん!」
ダン!
ソフィアが少女へと突きを放った。
しかし、その突きは掠る事もなく軽くかわされてしまう。
「そんな様子見の突きなんて怖くもなんともないわよ。」
ニヤリと少女が笑うが、少しすると首を傾げた。
「あれ?この型って、もしかしてヒビキの拳?」
ソフィアがグッと拳を構えて腰を低く落としグッと少女を睨むが、その姿を見て更に嬉しそうにしている。
「やっぱりヒビキの拳だよ!うふふ、久しぶりに手合わせしたいな。どう?」
ドン!
少女がソフィアと似たような姿で構えると、ロケットのようにソフィアへと飛び出した。
右肘をソフィアの胸元へ叩き込もうと一気に加速する。
「くっ!」
ガシィイイイイイイイ!
ソフィアも右肘を突き出し肘同士が激突し、少女の突進が止る。
「やるわねぇえええ!」
少女が叫んだ瞬間、左足をソフィアの脇腹へ叩き込もうと蹴りを放つ。
しかし、ソフィアはお互いに離れた肘をすぐに下ろし、迫る少女の蹴りへと当て、その力を利用し後ろへと飛び上がった。
滑るように床に着地し、再び拳を突き出し構える。
対して、少女の方は蹴りを放った左足を高く掲げ残心の姿勢をとっていた。
血を吐きながら床へとうつ伏せになって倒れていたデミウルゴスだったが、意識は残っており2人の攻防を信じられない顔で見ている。
「何なのこの戦いは?ソフィアって子は力を隠していたの?私との戦いの次元が違い過ぎる・・・」
「デミウルゴスさん・・・」
「その声は?」
フローリアがデミウルゴスのすぐ横に立っていて、グッと服を掴んで持ち上げた。
「ちょ!ちょと!フローリア!何するのよ!」
「黙ってなさい!今は緊急事態だから余計な事を喋らないで!」
まるでボロ雑巾のようにデミウルゴスを片手で持ち上げたフローリアは、2人から少し離れた場所へと飛び上がり移動する。
ドサ!
「ぐえ!」
無造作にデミウルゴスを床に放り投げると、デミウルゴスはカエルの潰れたような声を出す。
「フローリア、何て扱いをしてくれるの!」
「ヒール!」
デミウルゴスの全身がほのかに緑色に輝く。
「これは・・・」
口から流れていた血が止まり、ゆっくりと起き上がった。
「傷が治っている・・・、敵の私に何で?」
唖然とした表情のデミウルゴスにフローリアがパチンとウインクをした。
「色々とあったけど元は同僚だしね。あなたがパパや私を恨む気持ちも分からないではないわ。今ならその時に壊れたあなたの心も元に戻せそうだしね。」
「はぁ?何を言っているの?そもそもあんたの義父の創造神があの人を殺してしまったからでしょうが!そして、あの人はあんたを庇って・・・」
デミウルゴスがポロポロと涙を流す。
「残された私はどうしたら良かったのよ・・・、創造神とあんたを恨むことで生きがいを見つけたわ。ラグナロクが終わって私は創造神の敵になったわ。私のこのやり切れない気持ちを晴らす為にね!それに私はサキュバス・クイーン、男の精を吸収しなければ衰弱していつかは死ぬって分かっている。今でもあの人に抱かれたい想いは消えないの・・・、でもそれは叶わぬ夢だった・・・、もうあの人はいなくなってしまったから・・・、生きる為とはいえ他の男に抱かれたくないの!それなら男を知らないまま死んだ方がマシよ!あの人のいない世界で無意味に生き続ける気は無いし、あんた達が手に入れた平和を目茶苦茶にするのが残りの命でやりたかった事よ!」
表情が突然変わりギリギリとフローリアを睨む。
「そして!この世界で、やっと!やっとあの人の魂に巡り合えたってのに!それを何でみんな邪魔をするのよ!私達神の魂は不死の存在、肉体が変わろうが魂さえ変わらなければずっと、それこそお互いに生まれ変わりながら永遠に一緒になれるのに!私はあの人の生まれ変わりのダーリンと一緒にいたいだけ・・・、それなのに・・・、どうしてよぉぉぉ・・・」
「デミウルゴスさん・・・」
フローリアが寂しそうにデミウルゴスを見つめていた。
「うんうん、その気持ちは良く分かるよねぇ~~~」
・・・
「「はいぃ?」」
2人がゆっくりと後ろを振り返ると・・・
鬼の角を生やした少女がニカッと笑い立っていた。
「ソフィアさんは?」
フローリアが呟くと少女から離れた場所に片膝を付き荒い息のソフィアがいた。
生きてはいるが全身の服があちこちと破れている。
「フローリア様・・・、申し訳ありません。足止めにすら・・・」
「あの子は大丈夫だよ。なんせヒビキの拳を伝承しているみたいだし、もっと強くさせてまた組手をしたいからね。」
そう言って可愛くウインクしている。
「はぁ~~~~~、ママの言った通りだったわ・・・」
対照的にフローリアの方は疲れた顔でとても深いため息をしている。
「フローリア!あんた何を知っているの?」
ギロッとデミウルゴスがフローリアを睨んだ。
「この子はね、テレサさんの本来の魂なのよ。あなたが予想した通り鬼神族だけど、ただの鬼神族じゃなくて純血の鬼神族よ。今ではもう滅んでいなくなってしまった種族のね。」
「マジ?」
「マジよ。」
「どうするのよ?神界ならともかく、こんなのがこの世界に出現したら確実にこの世界は滅ぶわ。純血の鬼神族の力にこの世界そのものが耐える事が出来ないわよ。何でそんなのが・・・」
ガックリとデミウルゴスが項垂れているが、その頭をフローリアが叩く。
「痛ったぁぁぁ!」
「そもそもあの子を蘇らせてしまったのはデミウルゴスさんのせいでしょうが!テレサさんを生まれる以前までに若返らせてしまって、結局は前世の状態まで若返らせてしまったのですからね。彼女が表に出てこないように私のこの力で封印していたのに、それをあなたは・・・」
フローリアがジト目でデミウルゴスを睨む。
「わ、悪かったわよ!私もこうなるなんて知らなかったから・・・」
しかし、グッとデミウルゴスが鞭を構えた。
「知らなかったとはいえ、災厄を叩き起こしたのは私のせいね。」
ビシッ!鞭を地面に叩き付けた。
「だったら!私がその責任を取るわ!この世界を滅茶苦茶苦にするのは私の仕事よ!誰にも邪魔はさせない!」
「デミウルゴスさん・・・、それはそれで困りますけどね・・・」
「はぁ~~~~~~~~~~」と、とっても疲れたような深いため息をしているフローリアだった。




