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242話 激突!死天王⑤

エメラルダが絶対零度の視線で女を睨んでいる。

あの視線はよく覚えているよ。

500年前に魔王城で初めて会った時だな。


四天王最後の1人として俺達の前に立ち塞がった時だ。


当時は今よりも幼く見える彼女だったが、戦いにおける覚悟は俺達の目から見ても本物だったよ。

魔王に対する忠誠心もとても高く不退転の覚悟で挑んでいたのは分かった。

その時は力及ばず、いや、最後の最後にエメラルダ自身の心の甘さで俺達に負けてしまったけど、その甘さが無ければどうなるか分からない程だったと思う。


そして、今のエメラルダは当時のような甘さは無い!


アンが心配そうにエメラルダを見ていたが、そのアンの肩に手を置く。


「レンヤさん・・・」


「アン、心配するな。エメラルダの強さは実際に戦った俺が良く分かっているんだぞ。手を出すなと言われているし、俺達は絶対に手を貸せない。だからな、俺達は信じるだけだ。エメラルダが勝つのをな、それも圧倒的な勝利で!」


「うん!そうだね!」


俺がそう話すと嬉しそうにアンが頷いた。


しかし・・・



「エメラルダ・・・、信じているわよ・・・」



小さく呟いていたけど聞かなかった事にしておこう。

アンの大切な友達だもんな。どれだけ信頼していても、やっぱりな・・・






「貴様はサキュバスの因子を取り込んでいるようだが、まだ他にも因子を取り込んでいるだろう?」


ズズズ・・・


エメラルダの周囲に十数本の氷の槍が浮いている。


「さぁ、何の事かしら?女には秘密が多いのよ。特に私みたいな極上の女にはね、うふふ・・・」


裂けていた口が元に戻り、さっきのような妖艶な笑みを浮かべエメラルダと睨み合っていた。


「自分で極上の女と宣言するか!その姿、自分で鏡を見てからものを言え!」



ヒュン!



右手を前に突き出すと、全ての氷の槍が勢いよく女へと飛んでいく。



ズバァアアアアアアア!



「む!」


全ての氷の槍が女の前で粉々に切り裂かれ、大量の水蒸気となって消えてしまう。


「やはり貴様の手から糸が出ているか。」


その水蒸気が女の掌と指先から出ている糸に絡みつき水滴となって、うっすらと見えるようになっていた。


「その男を丸飲みにでもしそうな口に糸を出し操る能力・・・、貴様はアラクネの因子も持ってるようだな。1つの肉体に2つの別の因子を取り込むとは、化け物以外に例えようがないぞ!」



ブワッ!



いきなり女から殺気が吹き出す。


「この美しい私を化け物だと・・・、この雌豚がぁああああああああああああああ!」


バキバキ・・・


「殺す!殺す!殺すぅうううううううううううううううう!」


女が叫び始めると下半身からみるみると細かい毛が生え肥大化しスカートが避けた。下腹部が蜘蛛の胴体に変化し何本もの蜘蛛の足が生えてくる。


「やはりな・・・」


ニヤリとエメラルダが笑った。


「サキュバスの姿よりもこっちの虫の姿の方が似合うぞ。その姿だとどっちが羽虫か分からんな。まぁ、羽が無いから地べたを這いずる芋虫といったところか。」


右手の人差し指を前に突き出した。


「もう1つの因子はアラクネか!正体を現してしまえば恐れるに足りん!その姿、私とは最悪の相性だが、どうする?」



「そうねぇ~~~」


憤怒の表情だっ女が急に冷静になっていた。


「私はねぇええええええええええええ!死天王最強の女よ!サキュバスの因子だけじゃなくて、他にも因子を取り込めた唯一の成功例なのよ!複数の因子を使える事がどれだけか?きゃはははぁああああああああああああああ!ザコがぁああああああああ!身の程知らずをその身に教えてあげるわ!」


そしてペロッと長い舌を出し舌なめずりをした。


「そういえば聞こえたわよ。あのザコ魔王だった元四天王だって?さすがにダークエルフだけあって長生きなんだ。でもねぇ・・・、ザコにはやっぱりザコの部下しかいないのね!私に敵うはずが無いあなたが私に勝てるって?先代魔王の四天王、クソザコ同士が集まってままごとでもしていたのかしらねぇええええええ!だから勇者なんかに負けたかもね。きゃはははぁああああああ!あ~~~~、可笑しいわ、可笑し過ぎてお腹が痛くなっちゃうわ。」



ビキッ!



「う!」

「エメラルダ!」


(おい!嘘だろう?)


エメラルダから今まで見た事もない程の殺気が溢れ始めている。

彼女の足元の床もあまりの冷気で凍り始めていた。


「レンヤさん・・・、エメラルダが本気で怒っているよ。」


「どうして?」


「多分ね、父様と四天王の事をバカにされたからよ。エメラルダの父様への忠誠心は魔王軍一だったの。そして、他の四天王も性格はちょっと危ない人もいたけど、全員が父様へ絶対的な忠誠を誓っていたし、そしてね、何だかんだいっても四天王同士はお互いに仲は良かったわ。全ては父様の下での魔王軍の一員としての誇りをもっていたしね。」


(そうなんだ。)


確かに人間にとっては最悪の敵だった魔王だったが、そのカリスマ性は凄い人物だったのだな。

俺達4人で戦ってやっと勝利したくらいだし、その強さに心酔して四天王もまとまっていたのだろう。

その魔王を貶されてしまったのだ。

今でもアンの父親でもある魔王に対して忠誠を誓っているマルコシアス家だ、怒らない訳がない。

しかも、エメラルダにとっては親友でもあるアンの父親をバカにされたのだ。

それに他の四天王の事もバカにされてしまった。



「身の程知らずねぇ・・・」



エメラルダがゆらりと立っている。


「貴様はアラクネの因子を取り込んでいるのだろう?虫は何に弱いか分かっているの?」


スッと手を女に向けた。



「ダイヤモンドダストォオオオオオ!」



掌から強烈な吹雪が女に襲いかかる。




だが!



「無駄よぉおおおおおおおおおおおおおおお!」



女が叫ぶ。


「何ぃいいいいいいいいいい!」


エメラルダが驚愕の顔で女を見ていた。


(そ、そんな!)


「嘘でしょう?ラピスさん以外にエメラルダよりも強力な氷魔法の使い手がいるなんて・・・」


アンも信じられない顔で目の前の光景を見ている。



「無駄!無駄!無駄よぉおおおおおおおおおおおおおおお!」



エメラルダが放った強力な吹雪が、女がかざした手の前で左右に分かれ当たらない。

その女のかざした掌の正面には女の全身を覆う大きな氷の盾が浮いている。

その盾でエメラルダの吹雪を防いだようだ。


吹雪が止むと勝ち誇った顔の女が蜘蛛の下半身を誇らしげにのけ反らせ立っていた。


「アラクネは蜘蛛の因子を持った種族だそ。寒さは弱点のはず・・・、それなのに氷の魔法を使えるなんて・・・、しかも、私の魔法を弾くだと?」


ギリっとエメラルダが唇を噛んだ。



「きゃはははぁああああああああああああああ!どう?驚いた?ザコの反応にしては面白かったわよ。改めて自己紹介するわ!私は最強の美貌と強さを誇る女!ロザリアよ!種族の中でも最も美しいと言われるサキュバス族とアラクネ族の優性因子を組み込まれて生れたのが私よ!私の美貌の前ではどんな男も虜なのよぉおおおおおおおおお!」


そう言ってジッと俺を見てくるけど、俺としては生理的嫌悪しかない。

これが最高の女と思う感覚が変だ。自己陶酔もいい加減にして欲しいと思う。


「エメラルダ・・・、私も手伝うよ。」


アンがズイッと俺の前に出てくる。


しかし、そのアンをエメラルダは手を出して制する。


「アン、心配するな。私がこんな下品な奴に遅れはとらんよ。絶対に手を出すな。私が1人で片付ける!」



「何を言っているのよ!さっきからの攻撃で分かったけど、あんたは冷気系の魔法しか使えないようね。残念ながら私に冷気は全く効かないわ!」



バサッ!



いきなり上半身の服を脱ぎ捨てた。

ロザリアの大きな胸が露わになり、俺の視線が固まってしまう。


(!!!)


コイツは露出狂の変態か!

下半身は大きな蜘蛛の胴体になった際にスカート破れてしまっている。

いわゆる下半身は裸の状態だが、まぁ、大きな蜘蛛の胴体だし気にはしなかったが、上半身が裸だと事情が違う!普通に女性が裸になっている状態だ。

サキュバスとアラクネの因子の影響か?裸に対する羞恥心が欠如しているのか?


(いや!これは!)


「レンヤさん!いくら敵でも女の人の裸を見たらダメ!」



ズム!



「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



アンから強烈な目潰し攻撃を喰らってしまった。

あまりの痛さに目を開けられない!

目を押さえゴロゴロと床をのたうち回ってしまった。


「レ、レンヤさん、ゴメン!やり過ぎちゃった!」


アンが慌てて俺を抱き起こしてくれた。

再びロザリアへ視線を戻した。

ロザリアのあまりの異常さに、今度はアンから何もされていない。


そのアンがロザリアを凝視し呟いた。


「何て酷い事を・・・」


そう、ロザリアの胸の下、お腹の部分に信じられない光景が!



10歳くらいの女の子の顔が貼り付いていた。



しかもだ!

その女の子の顔だけど、生きている!

涙を流しながら口をパクパクと動かし俺達を見ていた。



「貴様ぁああああああああああああああ!一体何をしたぁあああああああああああああああ!」



エメラルダがロザリアへと叫んだ。



「そ、そんなの・・・、いくら何でも・・・」


アンがロザリアの腹部に張り付いた女の子を見ながら泣いていた。


「レンヤさん・・・」


そして俺をジッと見ている。


あの女の子は言葉を話せないようだが、口を動かして必死に俺達へと訴えているのは分かった。



その言葉は・・・




『苦しい・・・、助けて・・・』




ギリ!


(クソ!)


口の中がカラカラに乾いてくる。

帝国の非道さに俺もこれ以上は無理だ!とうとう我慢の限界が来た!


ブン!


アーク・ライトが自然に俺の手に握られた。どうやら、アーク・ライトも俺の気持ちに応えたようだ。

あんなのを見て怒らないはずがない!


しかし・・・


「レンヤさん!気持ちは分かるけど!今はダメ!」


アンがアーク・ライトを握っていない左手にしがみついた。


「アン!しかし!あれは!」


だけど、アンが涙を流しながら首を横に振る。


「分かっている!分かっているの!でもね、エメラルダと約束したのよ!何があっても手を出さないって!私だってあの子を助けたい!だけど、今はエメラルダを信じるの!あの時、500年前の約束も守ってくれたの!だから今度も必ず!」


アンの言葉に俺の気持ち冷静になってきた。

確かにそう約束したよな。



『絶対に手を出すな!』



(分かったよ・・・)


俺の気持ちが落ち着いてきたのがアーク・ライトも分かったのか自ら収納空間へと戻っていった。


「アン、済まないな。アンが信じているのに俺が信じてあげなくてどうする。」



ゾク!



背後から強烈な冷気が襲ってくる。

物理的な寒さだぞ。


慌てて振り向くと、精霊女王のシヴァが立っていた。



『惨いな・・・、戦いの為とはいえ、人とはここまで残酷になれるものなのか・・・』



「「シヴァ様!」」



アンが慌てて膝を付こうとしたが、シヴァは片手を前に出し制止した。


『よい、今は戦いの最中だ。だが、妾の眷属でもあるフラウを、このように実体化させ力を取り込むような事をするとは・・・、やはり、精霊たちはこの世界に干渉してはダメなのかもな?この世界から全精霊を引き上げる事も考えていた事もあったが・・・』


とても悲しそうにあの女の子を見ていたが、俺達へと視線を移しふと微笑んだ。


『だが・・・、お主達のような人間がいるのもな・・・、妾もそうだが、他の精霊達もお主達にとても懐いている。そんな別れはしたくないな。』



「きゃはははぁああああああああああああああ!」



場違いな笑い声が響いた。


「何てラッキーなのよ!精霊女王のシヴァがここにいるなんて、これで私は更に最強になれるわ!この低級の氷の精霊じゃなくて最上級の精霊を手に入れてやるわ!ダリウス様の力にかかれば、シヴァでも取り込めるはずよ!」


ロザリアの視線がシヴァへと向いたが、その視線をエメラルダが立って遮った。


「そんなのは許さん。その前にお前を倒す!」


しかし、ロザリアは更に醜悪な笑顔をエメラルダに向けた。


「何をザコが粋がっているのよ!私の氷魔法は精霊から直接力を取り込んでいるのよ!魔法の出力はあんたとは桁違いなのよ!ザコの魔法とは違うのよ!ザコとはねぇええええええええええええ!!格の違いを見せてあげるわ!」


スッと右手をエメラルダへと突き出した。



「ダイヤモンドダスト!」



強烈な吹雪がエメラルダを襲う。


「こ、これは!」


エメラルダが吹雪に呑み込まれてしまった。



ピキィイイイン!



「エメラルダァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


アンの絶叫が辺りに響いた。


ロザリアの放った吹雪が止んで視界が晴れたその先には、エメラルダが氷の彫像となって立っている。

まさか、あのエメラルダが凍らされてしまったのか?


ガクっとアンが膝から崩れ落ちる。


「そ、そんなの・・・、約束は・・・、どうしたのよ・・・」



「きゃはははぁああああああああああああああ!やっぱりザコだったわねぇえええええええええ!ザコはザコらしく醜く死ぬのよ!粉々に砕けてねぇええええええ!」


ロザリアの周囲に何本もの氷の槍が浮かび、その穂先をエメラルダに向ける。




『心配するな。お主の親友がアレくらいで何とかされると思っているのか?』


シヴァがニヤリと笑いアンを見ている。


「え?」


アンが信じられない顔でシヴァを見ている。


『黙って見ていろ。心配するのは無駄だとじきに分かるぞ。』



ピシ!



(何だと?)



氷の彫像となっていたエメラルダの表面にヒビが入った。

そのヒビは徐々に大きくなり全身に広がる。


パキィイイイイイイン!


「エメラルダ!」


細かい氷の結晶がエメラルダの周りに漂い姿が見えなくなってしまう。


徐々に視界が良くなってくると・・・


「エメラルダァァァ・・・、良かったよぉぉぉ・・・」


アンがポロポロと涙を流しながら両手を胸に当てていた。



「ふっ!」



長い銀髪をサッと掻き上げ、凍らされる前と全く変わらない姿で、エメラルダが俺達へと微笑んでいた。


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