224話 閑話 楽しい宴会?
あの桜の木は縦に真っ二つになってしまったが、アンの知識で『挿し木』という手法で何とか残す事が出来そうだと教えてくれた。
後世にも残していきたいとアンもテレサも願っていた。
元気のありそうな枝を数十本切り落とし、その中から十数本を選び、マルコシアス公爵家へと転移で移動する。
「これはアンジェリカ様!どのような用件で?」
サイロスさんが深々と頭を下げて俺達を出迎えてくれた。
まぁ、この人達はアンに忠誠を誓っているからの態度だしな。俺が相手だとここまで恭しい態度にはならないと思う。
収納魔法から桜の枝を取り出た。
「サイロス様、この桜の木を挿し木で育てて欲しいのです。」
両手で大切に受け取りながらサイロスさんが涙を流している。
(どうして?)
「アンジェリカ様からの直々のお願い・・・、あまりの嬉しさにこの胸が張り裂けそうです。」
(はい?)
思わずアンの顔を見てしまったけど、アンも少し引きつった顔をしていた。
「サイロス様、ここまで感動しなくても・・・」
「いえ!我らマルコシアス家、こうしてアンジェリカ様のご尊顔をお伺いする事すら過分な幸せなのに、更にお願いをされるなんて・・・、この時代に生まれて本当に良かったです!」
「ははは・・・」
アンの乾いた笑いが響いた。
いやはや・・・
ここまでくると狂信だよ。俺も頭が痛くなってきた。
「アン、シヴァの親に頼んで大丈夫か?何か怖い気がするぞ。アンが触っていたって理由で、その桜の枝を標本にして飾ってしまうんじゃないのか?」
「まぁ、数本はやりそうね。」
アンもそう思ったか。多分、間違いないだろう。
「でもね、この城の庭園の木々はとても丁寧に手入れさえているのよね。私のいた頃の魔王城でもここまでの管理はさすがに無理だったわ。そうなると、ここの城には相当な腕の庭師がいると思ったのよ。そんな庭師ならこの桜の木もきちんとお世話してくれるんじゃないかな?」
「そうか・・・」
確かにこの城の庭園は見事なのには間違いはなかった。この庭園を見れば俺もアンの考えに納得出来たよ。
「それではよろしくお願いしますね。」
「はっ!身命に誓ってこの依頼を遂行させていただきます!」
(本当に大袈裟だよ・・・)
しかし、数年後の春・・・
「どうやったらここまで育った?あり得ない大きさだぞ。」
「そうね・・・」
マルコシアス公爵家の庭園にはそれはとても立派な桜の木が何本もきれいな花を咲かせていた。
見上げるくらいまで成長しているなんて・・・
勇者の里にあった桜の木ほどまでは大きくなかったけど、それでもだ!あの木の枝がたった数年でここまで大きくなるのか?
隣に並んでいるアンも不思議そうに見ている。
確かに腕の良い庭師だろうが、腕だけでここまで急激に育つものか?
庭師曰く
『植物であろうが生き物には変わりません。
たっぷりと愛情を注げば必ず応えてくれるのですよ。
それに、勇者様に早く立派になった姿を見せたくて頑張っていたようですね。』
自分達の偉業は全く偉ぶる事もなく、ニコニコ微笑みながら当然のように仕事をしてくれていた。
(恐るべし、マルコシアス家の庭師・・・)
「兄さん!兄さん!」
テレサが俺を呼んでいる。
声のする方に顔を向けると、テレサ以外にもシャルやエメラルダ、赤ちゃんを抱いたシヴァ、カイン王子様にフォーゼリアの国王様に王妃様達、シュメリア王国のみなさん等々とワイワイと出来上がっているよ。
「とても楽しそうですね。」
アンが目を細めてとても嬉しそうにみんなの姿を見ていた。
「これがアンが繋いだみんなとの縁だよ。そしてここには身分も国も関係ない。全員が平等に楽しく過ごせる場所だな。」
「そうですね。これがかつてレンヤさんが見ていた里の風景なのですか?」
「そうだな・・・、桜の木の下でみんなで宴会する光景、当時を思い出すよ。アン、俺達の国もこんな風になると良いな。もう少しの辛抱だ。」
「はい・・・」
「こらぁあああああああああ!そこぉおおおおおおおおお!」
げっ!ソフィアの声だ!
「レンヤさん!何で私から逃げているのよぉおおおおおおおおおおおお!」
目が据わっているソフィアがズンズンと近づいてくる。
ラピスは?
(ダメだぁぁぁ~~~~~~~~~)
既に酔いつぶれてマナさんに介抱されているよぉおおおおおおおおおおおお!
「レンヤさん!私はエメラルダのところに行きますね。」
マッハの速さでアンがこの場から離脱した。
その気持ちは良く分かる!
(俺だってソフィアから逃げたいよ!)
ソフィアが俺の腕に抱き着きスリスリしてくる。
「おいおい、飲み過ぎじゃないのか?」
しかし!俺のその言葉で少し機嫌が悪そうになった。
「大丈夫よ!ちょっとだけしか飲んでいないよ!ワインをたった樽1つ分なんだから!それとエール100杯くらいかな?全く酔ってないわよ!」
(お~~~~~い!)
どこがちょっとだけだぁあああああああああああああああ!
普通の人間が飲める量じゃないぞ!
(この底無しが!それ以前にだ!この体のどこに入っていったのだ?)
しかもだ!酔っていないだと?この状態で?
本人がそう思っているだけで完全に酔っているぞ!
一緒に飲んでいたラピスはソフィアのペースに合わせていたら速攻で潰れたし・・・
それにだ!ソフィアは絡み上戸ときたか・・・
スリスリと俺の腕に頬ずりしているソフィアの行動に頭痛がしてくる。
(頼むから大人しくしてくれよぉぉぉ~~~)
チラッ
「エキドナよ!こうしてお前と一緒に飲むのは初めてだな。ところで・・・、ご主人様とはどこまで進んでいる?」
ティアがエキドナさんと一緒にワインを楽しそうに飲んでいる。
そのエキドナさんが俺の顔をチラッと見て真っ赤になっているよ。
ティアがそんなエキドナさんを見てから俺を見てニヤリと笑った。
(ヤバい!俺と彼女の関係をティアに勘付かれた?)
「エキドナよ・・・、そうか・・・、おめでとうだな。これで我と同じ立場になったか。」
そして再び俺へと視線を戻した。
「ご主人様よ、エキドナは我の可愛い妹みたいな存在だ。末永く頼むぞ。だがな・・・」
マズい!ティアの目の奥がキラッと光った気がする!
「だからといってだ、我は譲る気はないからな。ふふふ・・・、今夜は覚えておれ!いつも以上に我のすばらしさを・・・」
ズン!
「うご!」
(あちゃぁ~~~)
ティアの上半身が地面にめり込んでいるぞ。
その後ろには・・・
「ティア~~~、この場でレンヤさんを誘惑するのは無しよぉぉぉ~~~」
酒乱ソフィアが立っていた。
(いつの間に移動した?)
そんなソフィアをエキドナさんは化け物でも見るような目で見ているよ。
今のソフィアを止められる存在はいないだろう。
そんなソフィアにティアが瞬殺されてしまったのだ。神竜のティアでも敵わないソフィアにエンシェントドラゴンのエキドナさんが敵う訳がない。
このままだとエキドナさんもソフィアの餌食になるかもしれない。
「こらこらソフィア義姉さん、暴力反対よ!」
そう言ってテレサがソフィアに近づいていくが大丈夫なのか?
「そうね、ちょっと動いたら酔いが少し覚めたみたいだし、飲み直しをしようかしら?」
おいおい、どこが覚めている?まだまだ酒乱状態だぞ!
ガシッ!
そんなエキドナさんがソフィアからアイアンクローを極められ掴まってしまった。
「いやぁああああああ!」と悲鳴を上げているが、ソフィアはそんなのお構いなしで彼女をズルズルと引きずりながら、テレサと楽しそうにみんなの中へと戻っていった。
これからソフィアにどれだけ飲まされるのやら・・・
そっちの方で犠牲になったようだな。
飲むのは程々にな・・・
(ご愁傷様・・・)
心の中で手を合わせた。
「パパァ~~~、私もお酒飲みたいよぉぉぉ~~~」
(ん?)
フランが俺の服をグイグイと引っ張っている。
「こら、いくらフランでもこれはダメだ。ちゃんと大人になってからな。」
だけど、フランがかなり不機嫌な顔を俺に向けている。
「だってさぁ、ユウ達はお酒を飲んでいるんだよ。アレ・・・」
フランが指を差した方向へ顔を向けると、大人の姿に偽装しているユウ達がナブラチルさんやドット司祭様達とお酒を飲んでいる姿が眼に入った。
「あいつらぁぁぁ~~~、まだ子供のくせに、どさくさ紛れに飲んでいるとは・・・」
だけど、聖教国組の面々はとても大人しくお酒を飲んでいる。いや、嗜んでいるって感じだな。
そのみんなの前でカクテルを作っているマイがいる。
あの一角だけすごく大人の雰囲気でお酒を飲んでいるよ。
花見の酒の席とは雰囲気が違うぞ!
「フランよ・・・、あそこだけは特別だ。おまえはあの場所でみんなに混じってお酒を飲めるか?」
フランはプルプルと首を振っている。
「パパ、あそこは無理!熱々カップルと熱々夫婦しかいないから、私が行くとお邪魔虫になっちゃう!」
(だろろうな。)
「フラン、俺も一緒に付いていくから、あそこに行くか?」
俺の視線の先には司祭様とヘレンさん、そしてマーガレットとブランシュ王女様がみんなでジュースを飲んでいた。
そこに行くならフランもジュースで満足してくれるかな?
「うん!パパが一緒にいるならジュースでも良いよ!」
助かった、フランの機嫌が良くなった。
「えへへ・・・、レンヤお兄ちゃんが来てくれたよ。」
みんなの場所に座ると早速マーガレットが俺の膝の上に座った。
「あぁああああああああ!マーガレット!そこは私の場所よ!」
マーガレットの行動にフランが騒ぎ始めてしまったよ。
「フラン、騒ぐなよ。俺の膝は2つあるんだから、マーガレットと仲良く座ってくれ。もし、仲良く出来なかったら・・・?」
フランもマーガレットも顔が真っ青になり、大人しく俺の膝の上に仲良く並んで座ってくれた。
それで2人は満足したのだろうな。とても嬉しそうにしながら座っているよ。
「勇者様、申し訳ありません。姉様のわがままに付き合わせてしまいまして・・・」
ブランシュ王女様が申し訳なさそうに謝ってくるよ。
何か気まずいな・・・
(そうだ!話題を変えよう!)
「ところで、ブランシュ王女様、今日は婚約者の彼がいないけど?」
そんな話をしたら彼女が真っ赤になってしまう。
ブランシュ王女様の婚約者は何と!フォーゼリア王国の宰相様の孫の1人なんだよな。三男だから家を継がなくて済むのだけど、宰相様が後継者にしたいと思うほどに優秀な子供だったようだ。
そんな優秀な彼がブランシュ王女様の婚約者なったのは、まぁ、お互いに一目惚れをしたみたいなんだよな。
将来はブランシュ王女様が女王様となってシュメリア王国を治めるだろうし、その際に彼が王配になればお互いの国にもメリットがあるとの事で、めでたく婚約となった訳だ。
「今日は彼のおじい様のお仕事に同行する事になってしまって・・・、無理をしないでって言っているのに・・・」
「レンヤお兄ちゃん、彼はね、ブランシュに釣り合う男になる為に頑張るって言っているのよ。2人と一緒にいたらもう姉として見ていられないわよ。すっごいイチャイチャしているんだから。まぁ、後で私が転移のペンダントで連れて来るから、ブランシュ、もうちょっと待っててね。」
「ね!姉様!」
あらら・・・、ブランシュ王女様の顔が更に真っ赤になっているよ。
「ふふふ・・・、子供だらけでも大人以上に賑やかだな。」
(その声は?)
後ろを振り向くとヒスイと一緒にヴリトラが立っていた。
「ヒスイも子供枠だしな、一緒に混ぜてくれないか?それとレンヤ・・・」
ヴリトラがニヤリと笑う。
その表情でヴリトラが何を考えているのか分かった。
「フランにマーガレット、ちょっと席を外すからゴメンな。」
2人にそう話すと「分かったよ」と言って膝の上から降りてくれた。
みんなの場所から少し離れてヴリトラと向かい合って座る。
お互いの手にはエールの入ったジョッキが握られていた。
「この世界の生活に慣れたか?」
「まさか俺がこんなに大人しくなるとはな・・・、まぁ、あの国の騎士団の連中を鍛えている時は『鬼将軍』と呼ばれているけどな。だが、今の生き方は悪くない生き方だ。」
そしてヴリトラがジッと俺を見つめる。
「あの戦いで俺の器の小ささを嫌ほど知ったよ。そんな俺のつまらないプライドを徹底的にお前は叩き潰してくれた。だけどな、お前の拳にはあいつと同じ熱さがあったよ。だからかな・・・、俺はお前を認めた・・・、そんな俺をお前は『友』として扱ってくれた。」
お互いのジョッキを軽く打ちつける。
「男が男に惚れるとはこんな感じなんだろうな。ロキ達と一緒に悪さをしていた時よりも遥かに充実している毎日だ。これがお前達が望んでいた日常なんだな。」
「ヴリトラ・・・」
「あの時、お前と本気で戦って負けて良かった・・・、そして、こんなバカな俺に惚れてくれたヒスイにも感謝しているよ。まぁ、アイツの前では絶対に言えないけどな。ただでさえ尻に敷かれているのに、これ以上敷かれても堪らん。」
とても楽しそうにヴリトラが笑っている。
俺もお前が友になってくれて本当に良かったと思う。
お前なら俺も本気で全力を出せるし、本音で言い合えるからな。
「ふぅ~~~」
山のように積まれた書類の前でローズマリーがため息をしていた。
「ローズマリー様、大丈夫ですか?」
エミリーがローズマリーの前に淹れたての紅茶のカップを置く。
「ありがとう、気が利くな。」
「いえいえ、ローズマリー様が一番頑張っていらっしゃいますし、私にはこれくらいしか・・・」
エミリーの言葉にローズマリーが「ふふふ・・・」と微笑んだ。
「何を言っている?今や我が商会のNo.2になっているお前が?」
「いえいえ、この商会はローズマリー様がここまで大きくしたのですよ。私は少しお手伝いしただけです。人間として最低だった私に慈悲を与えてくれたラピス様や、仕事の本質を教えてくださったローズマリー様・・・、そんな方々と比べて私なんて・・・」
「はぁ~~~」
ローズマリーがため息をする。
「ここまで謙虚になってもなぁ・・・、だけどな、お前はレンヤさん達のところに行ってもらいたかったのだけどな。普段から頑張り過ぎと言われる程に頑張っているお前だし、それに新婚なんだからご褒美にと思ったのだがなぁ・・・、それを断って私と一緒に仕事をするとはな。」
「いいのです。レンヤさんとはいつでも会えますけど、この仕事は今日中に終わらせないといけませんからね。それに・・・」
そう言って、エミリーが視線を横に移した。
そこには1人の女性が机の上の書類に埋もれて半べそをかいている。
「うえぇぇぇ~~~~~ん、ダーリン成分が足りないよぉぉぉ~~~」
「私以上にレンヤさん大好き彼女も頑張っていますからね。」
クスリとエミリーが微笑むとローズマリーも一緒に微笑んだ。
「確かにな・・・、あいつも頑張っているんだ。我々ももう一働きしないとな。」
ハラッ
「これは?」
ローズマリーの机の上に桜の花びらが1枚、ハラリと舞い落ちた。
「転移した時に一緒にくっ付いてきたみたいだな。」
部屋の奥から男の声が聞こえた。
「あなた!」
「レンヤさん!」
「ダーリン!」
3人が一斉に叫んだ。
「あなた!抜け出してきて大丈夫なの?」
ローズマリーが心配そうにレンヤを見つめた。
「大丈夫じゃないか?あっちにはアン達がいるし俺1人くらいいなくても何とかなるさ。」
「で、でも・・・」
「俺も手伝うし、さっさと終わらせてお前達も一緒に花見に行こうな。」
「終わったぁあああああああああああ!」
4人の仕事が終わった時は既に夜中になってしまっていた。
「この時間じゃみんなはもう帰ってしまったわね・・・」
「レンヤさん、ごめんなさい。私達の為に・・・」
「ダーリン・・・、でも嬉しい・・・」
しかし、レンヤが3人へとウインクをする。
「これからこの4人で花見をすればいいさ。日中の花見も悪くないけど、今日は満月だし夜中でもかなり明るく見えるんじゃないか?夜桜見物もなかなかの風情だし、昼間のみんなと違った花見を楽しめると思うぞ。」
ローズマリー達が嬉しそうに頷いていた。
転移で4人が移動すると・・・
「お前達・・・」
「レンヤさん、これから2次会ね。ローズマリー姉さん達も楽しみましょうね。」
アンジェリカを筆頭にレンヤの妻全員が桜の木の下で待っていた。




