220話 戦い、その後・・・②
とんでもない言葉をヒスイの口から聞いてしまった。
いやいや!そう簡単に理解出来ないぞ!
(何てこった!)
「ヒスイ・・・、それは本当か?」
「本当よ。」
ヒスイがとても嬉しそうに返事をするが、肝心のヴリトラはヒスイに足首を掴まれ逆さ吊りの状態になっていた。
あの小さな女の子が自分の身長の2倍以上ある大人の男を片手で持ち上げているんだぞ。見た目がシュールというよりもあり得ん!
さすがはあのミドリさんの娘だけある。
ソフィアとの模擬戦を思い出したが、あのソフィアと互角に戦えるのだぞ!
俺達の中では最強のソフィアと互角だ、そんなヒスイだから出来る事なんだけどな。
本気のヒスイは本当はソフィアよりも強いかもしれない。
あのヴリトラをこんな風に扱っているしな。
「ヴリトラ・・・、本当に生き返ったのか?」
「そうだ、それ以外に何があるというのだ。まぁ、俺だって今でも信じられないけどな。」
逆さ吊りになっているヴリトラだったが、言葉はかつての口調に変わりは無かった。
なぜかホッとしたけどな。
「パパとの戦いをね、フローリアママと一緒に見ていて、私の心にズキューンと彼の姿が刺さったのよ。確かに彼は魔神となっていたけど、目は決して悪ではなかったの。自分の力の行き場を抑え切れなくてイライラしていたように見えたの。その目がとても悲しく見えて・・・、パパとは違うワイルドさも気に入ったのもあるかな?フローリアママにお願いしたらね、『う~ん、彼はもう大丈夫じゃないかな?封印した頃とは明らかに違っているからね。OKよ。』と言って生き返らせてくれたの。」
ニコッと微笑みながらヒスイがヴリトラを見ている。
がっ!
何だ?
ヒスイのエメラルドグリーンの瞳に少し黒い影が見える気がする。
あの瞳の影は何だろう・・・、テレサを連想するが間違いではないと思う。
(この子も重度のヤンデレか?)
何で俺の周りにはこんな危険な思想の連中しかいないのだ?
それ以前にだ!
子供のおねだりレベルで生き返らせても良いのか?
「こ!こら!余計な事を!」
何だ?ヴリトラが慌てているぞ。
ヒスイの前ではあのヴリトラも大人しいとは・・・
「あなた・・・、パパに負けて、ついでに私にも負ける事実をみんなの前に見せびらかせて欲しいの?」
スッとヒスイの冷たい視線がヴリトラを貫く。
あぁぁぁ・・・、これは確実にヒスイが上位の存在になっているよ。
あのヴリトラが完全に尻に敷かれているとはな。
「ヴリトラ・・・」
思わず生温かい目で見てしまった。
「う!レンヤ!お、俺をそんな目で見ないでくれ!」
「まぁ何だ・・・、とにかく頑張ってくれ・・・」
俺にはそれしか言えない。
今のヴリトラの気持ちは俺にもよく分かる。
気がする・・・
多分、俺もヴリトラと同類かもな。
「本当に今でも信じられませんよ。でもね、彼が味方になってくれるのは心強いです。」
アンも俺の隣でウンウンと頷いている。
「ご主人様よ、そいつのおかげで我は無事に神竜へと進化出来たのだ。こいつからはかつての邪竜の気配は無いし、それにな、今の我ならこいつ如きはヒスイと同じく軽く叩きのめせるぞ。」
いつの間にか戻っていたティアも、アンの隣で同じようにウンウンと頷いていた。
「久しぶりに戻ってみれば化け物ばかりが集まっているとはな。」
さすがにずっとヒスイに逆さ釣りにされてはいなく、彼女の手から離れ横に浮いている。
あの傲慢な態度で俺と戦った頃のヴリトラと比べると、かなり大人しくなった雰囲気だ。だが、それでも奴から発せられるオーラの強さは変わっていない。
(それだけ俺達が強くなったんだな。)
1週間だったけど、美冬さん達に鍛えられのは無駄じゃなかったと思う。
「まぁ、生き返らされた後であの凍牙にボコボコにされたんだ。かつては最強のフェンリル族と呼ばれていたが、遥か昔に死んでいたと聞いていたけど、俺のように生き返ったという話だ。アイツの親友でもあって凄まじい強さだった。対峙した瞬間に勝てないと分かったのは初めてだよ。それでも戦ってみたが、結果はなぁ・・・」
その言葉を聞いてヒスイが「ふふふ・・・」と笑っていた。
「凍牙おじさんに勝てる神はパパとおじいちゃんくらいよ。それでも戦おうってするあなたは素敵よ。」
その言葉にヴリトラが「けっ!」と悪態をついていたが、どうも恥ずかしさからのようだな。
「そいつの身内に鍛えられたんだ、今のお前達は俺よりも強くなって当然か・・・」
「凍牙?」
(誰だ?それに身内って?)
「それはね、師匠の兄さんよ。それと冷華さん雪さんの旦那さんでもあるの。」
ソフィアが説明してくれたけど、美冬さんの兄貴ときたか。しかもあの2人の旦那とはね。
冷華さんと雪さんもウンウンと頷いている。
それならヴリトラも敵わないのも分かる。
(俺もその境地になれるのか?)
「何、しけた面してる!」
パァアアアン!と俺の背中をヴリトラが叩いた。
「お前は俺が認めた男だ。お前はまだまだ強くなる!だからな、俺と一緒に強くなろうぜ!」
スッとヴリトラが右手を差し出した。
その手を俺もガッチリと握ると、ヴリトラがニヤリと笑った。
だが、彼は魔神に堕ちたといっても元は神の1人だ、美冬さん達と一緒に神の世界に戻るのでは?
「お前はこの世界に残るのか?」
「あぁぁぁ・・・、俺はまだ神界には戻れん。色々と悪さをしてきたからな。罪滅ぼしが終わるまでこの世界に当分は厄介になるつもりだ。」
「そうよ。」
ヒスイが俺達の間に割り込んでくる。
「私もこの世界に残る事にしているの。だって、このままじゃ彼は一人ぼっちじゃない。だからねママに頼んで新しい家を貰ったの。その家で彼と2人で過ごす事にね。」
そう言って俺にウインクをしてくる。
ヒスイはまだ子供だよな?ふとその表情がとても大人っぽく見えた。
いやいや!
だからって、2人っきりで同棲なんて認められん!
「こら、ヒスイ・・・」
冷華さんがジロッと睨んだ。
「何、嘘を付いているのかな?家の事は無しと言ったはずよ。今頃、美冬からこの国の国王に話をしているわね。彼は騎士団の立て直しで頑張ってもらうし、あなたはメイドとして頑張ってもらう手筈になっているわよ。ミドリさんから実際にメイド技術を学んでこいって言われていたんじゃないのかな?もちろん部屋は別々だし、一緒になるにはちゃんと大人になってからよ。」
「うっ!」
ヒスイの全身から冷や汗がダラダラと出ている。
ホント、ヴリトラと一緒になる為には手段を選ばなかったようだ。
ヤンデレに追いかけられるヴリトラ・・・
そう思った瞬間、ヴリトラと目が合った。
「「友よ!」」
思わずお互いに叫んでしまった。
一生の親友と呼べる友が出来た瞬間だった。
「さぁ、積もる話はここまでよ。」
ソフィアがパンパンと手を鳴らした。
「フランちゃん、ラピスは頼んだわ。ここまで疲れ切ったラピスは珍しいけど、アイちゃん達に任せれば大丈夫だと思うわ。」
ラピスを抱いているフランが頷くとスッと姿が消える。
転移でフォーゼリア城へと移動したのだろう。
「私達も戻りましょう。みんなが待っているわ。」
ソフィアが大きく翼を広げローランド城へと飛んで行く。
みんなもソフィアの後を追っていった。
いやはや・・・
王城のバルコニーにはかなりの大きさの穴が開いている。
バルコニー自体も消滅しているし、どれだけ激しい戦いがあったのか想像出来る。
「豪快に壊したなぁ・・・」
そう呟くとマナさんの顔が真っ赤になった。
「レンヤ君の意地悪・・・、私だってここまでするつもりは無かったのよ。ちょっとやり過ぎただけだし・・・、それにね、あの魔人がしぶとかったのもね・・・、本当にお城を壊すつもりはなっかったのよ。」
(う~ん・・・)
色々と良い訳をしているマナさんも可愛いな。
そんなマナさんをみんながニヤニヤしながら見ている。
この戦いで実質的な被害があったのはこのバルコニーだけ?あれだけの戦いで街は全くの無傷だったのも凄いと思う。
それだけ力の使い方も上手くなったのだろうな。
大穴の開いたバルコニーから城内へと入った。
「おや?」
国王様と王妃様、それにブランシュ王女様が待っていてくれたのは分かっていたが、そこにはマーガレットも一緒にいる。
その横には美冬さんを始め、ローズ、テレサ、エメラルダも立っていた。
「兄さん、お帰り。」
そう言ってテレサが俺の方へと歩き始めたが!
「レンヤ兄ちゃぁあああああああああああああああああん!」
マーガレットがロケットダッシュで俺へと飛び出す。
ズムッ!
「うご!」
マーガレットミサイル(頭突き)が俺の鳩尾にクリティカルヒットする。
ホント、いつも思うが俺の天敵はマーガレットでは?と思うほどだよ。
だけど、そのマーガレットは俺の胸に顔を埋め泣いていた。
「どうした?」
「だって・・・、だってぇぇぇ・・・、あんな大っきな人形と戦っていたのでしょう?見ていただけでも心配でぇぇぇ~~~~~」
「そっか・・・」
あの巨大なゴーレムとの戦いを見ていたんだな。
俺は参加していないが、普通に考えても只の人間があんな巨大なものに太刀打ち出来るとは想像も出来ないよ。
マーガレットは俺もあの場で戦っていたと思っていたのだな。
そんなに心配してくれるなんて、『実はあの場所にいませんでした。』って言えないよ。
だから・・・
「マーガレット、心配してくれてありがとうな。」
優しく頭を撫でると「えへへ・・・」と嬉しそうな顔になり、俺の胸に頬摺りしている。
「むぅ!」
いつの間にか戻っていたフランが、不機嫌な顔でマーガレットを俺から引き剥がそうとしている。
「こら、フラン、大人げないぞ。」
「だってぇぇぇ~~~、マーガレットがメスの顔になっているの。そんな顔でパパにくっ付いているのを見るのは耐えられないの。」
(はぁ~)
おいおいフランやぁぁぁ~~~~~
ちょっと発想が怖いぞ。
チラッとマーガレットの顔を見たが、いつもの幸せそうな顔だ。
それ以上に『メスの顔』って?
「だからな、フラン、落ち着け。」
しかし、フランの不機嫌な顔は直っていない。
中身は大人のフランとは違って、マーガレットは正真正銘の子供なんだぞ。
そんな子供相手に嫉妬するなんてなぁ・・・
だけど、このままではずっとフランの機嫌が悪いままなのも困る。
(やはり奥の手を使うしか・・・)
「フラン、分かったから、今夜はお前と一緒に寝ような。朝までずっと一緒だぞ。」
「本当に?」
心配そうにフランが俺を見たが、うんと頷くとパァアアア!と花の咲いたような笑顔に変わった。
(ふぅ~、これで落ち着いた。)
みんなには悪いがフランの為だ、今夜は我慢してくれ。
ザワッ!
(何だ?)
マーガレットの様子が変だぞ!
「レンヤお兄ちゃぁぁぁぁぁん・・・」
ゆっくりとマーガレットが顔を上げ、ジッと俺を見つめる。
(うっ!こ!怖い!)
マーガレットの表情がとても怖い!
表情というものがマーガレットから抜け落ちている!
しかもだ!いつもキラキラしている目のハイライトも無くなっている!
こんなのはあのテレサの例の状態と同じだ!
「今夜はフランだけ?私は?」
(うわぁあああああああああああああああああ!)
マーガレットまでヤンデレ化したぁああああああああああああ!
「うわぁぁぁ~~~、母上、あれが噂で聞いた修羅場っていうものですか?」
ブランシュ王女様がとても面白そうに王妃様に尋ねているよ。
「そうよ、あれが修羅場で間違い無いわ。でもね、こうして他の人の修羅場を見るのって意外と面白いわね。」
「そうですね。私個人としては姉様に頑張ってもらいたいと思います。姉様!応援してますよ!」
ブランシュ王女様が俺達へと手を振っている。
(おいおい・・・、頼むから何とかしてくれ!)
周りを見渡したけど、みんなニヤニヤ笑って誰も助けてくれない。
何で楽しそうなんだ?
今の俺の周囲はフランとマーガレットが生み出した絶対零度に匹敵する極寒の空気が漂っているのだぞ!
このままじゃ俺の精神が間違いなく凍死してしまう!
「レンヤよ・・・、とうとう幼女まで誑し込んだか・・・、節操のない男だな。」
ヴリトラまでもが嬉しそうに笑っていた。
おい!お前もヒスイに言い寄られて、しかも婚約までしてしまったのだろうが!
(お前も俺と同じだろうが!お前にだけには言われたくない!)




