218話 ラピスVSデミウルゴス③
「ラピスゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!」
デミウルゴスの大鎌がラピスへと迫る。
「くそ!間に合わない!」
転移を発動しラピスの前に移動しようとしたが、デミウルゴスの大鎌を振り下ろすスピードが速い。
振り下ろす大鎌がまるでスローモーションのようにゆっくりと見えるが、俺の体がまるで泥沼にはまっているかのよう動かない。
思考だけが高速で動いているのか?
(くそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!)
心の中で叫んでもその声が出てこない。
何で俺はこの戦いで距離を取ってしまったのだ?
いくらデミウルゴスがサキュバス・クイーンで魅了を警戒して、戦いに参加しなかった事を激しく後悔している。
もし一緒に戦っていればこんな事にならなかったのでは?
ラピスが死ぬ!
そんなの!
絶対に嫌だぁああああああああああああああああああああああああああ!
【レンヤ、大丈夫だから安心して。】
その声は?いや!これは念話だ!
【ラピス!】
よく見るとラピスの口元が動いている。
(どうしてだ?)
デミウルゴスのスキルでラピス自身の時間が止まっているはずだ。
しかし!思考だけが高速で独立して動いている俺だが、なぜ?ラピスが微笑んでいるのが分かる?
そもそもだ!
時が止っているはずのラピスがどうして微笑んでいるのだ?
ゆっくりとデミウルゴスの大鎌がラピスの首へと近づく。
(くそ!)
何も出来ないなんて!
次の瞬間!ラピスの視線がデミウルゴスのの大鎌へと向いた。
(!!!)
ラピスは本当は動けるのか?
ガキィイイイイイイイイイ!
激しく武器同士がぶつかり合う音で時間が元に戻ったのか、体が自由に動くようになった。
いや、思考速度が元に戻ったのかもしれない。
俺の視線の先には・・・
「そ、そんなの・・・」
デミウルゴスの驚愕した表情が目に入り、声も聞こえた。
ラピスが杖を目の前に掲げ大鎌の刃を受けている。
今度こそラピスがニヤリと笑った。
「どうして?どうしてよぉおおおおおおおお!」
デミウルゴスが大鎌を握りながら慌ててラピスから離れ距離を取り大声で叫んだ。
「私の『時の歯車』は完璧なスキルよ。このスキルを防ぐ手立ては存在しない・・・、でも、どうして?」
ワナワナと震え、ラピスを恐怖の目で見ている。
そのラピスだが、いつもの傲慢な態度でデミウルゴスを見ている。
「ラピス!本当にどうした!」
俺が叫ぶと嬉しそうに微笑んでくれた。
「レンヤ、心配させてゴメン。でもね、いつもあなたが戦っている時、私達もこんな気持ちなのよ。そしてあなたが死んだ時、この気持ち以上に辛かったのよ。私達の気持ちも分かってくれた?」
「す、すまん・・・」
確かにそうだよな。
かつての俺の戦いを思い出すと、俺はどちらかといえば先陣を切って真っ先に特攻していたよ。
そして、いつも傷だらけになって戻りソフィアに治療してもらっていた。
あの時のソフィアの顔は確かにいつも心配そうだった。
そして500年前に俺は一度死んだ・・・
残されたラピスやソフィアの気持ちはどんなものか?
そう思うと俺も胸が苦しくなってくる。
「分かれば良いのよ。だからね、いつも自分で抱えなくてもいいの。私達はチームなんだからね。」
「そうだな・・・」
俺がクスッと笑うとラピスはクスクスと笑っている。
「貴様等ぁぁぁ・・・」
対照的にデミウルゴスの表情は目が吊り上がり血走っている。
防御が不可能なスキルを防がれてしまったのだ、アイツのプライドがそれを許さないのだろう。
デミウルゴス・・・
彼女は3人の魔神の中でも一番強いのだろう。
直接的な攻撃力ではヴリトラ。
ゴーレムや妙な薬を使っての嫌らしい戦い方はロキが一番だろうな。
だが、戦いというものはそれだけでは決まらない。
時間を止めるスキルに、先ほどはいきなり空間を割って出現する特殊な空間魔法をも使いこなす。
単純な攻撃力では収まらない戦い方をするし、特に時間を操る戦い方は下手な攻撃魔法よりも厄介なのに間違いは無い。
だけど、ラピスはそのデミウルゴスの戦いを上回っていた。
物理的には絶対に回避不可能なあのデミウルゴスの時間停止のスキルを無効化したのだ。
「うっ・・・」
ラピスが目を押さえると、目から血の涙が流れてふらついた。
「ラピス!」
慌ててラピスに近づき抱きとめる。
「ごめん・・・、ちょっと無理してしまったわ。」
それでも俺には微笑んでくれている。
「無理すんなよ。」
ラピスが首を横に軽く振った。
「これは女の戦いよ。そしてレンヤを巡る戦い・・・、絶対に負ける訳にいかないし、全てを懸けてでも勝たなくてはならないの。あのスキルを破るのに少しだけ限界突破しただけよ。すぐに回復するわ。」
キラッ!
視界の端から黄金の光の線がラピスへと繋がっているのが見える。
ガキィイイイイイイイイイ!
一瞬でアーク・ライトを召喚し左手に握り斬撃を受け止めた。
黄金の刀身が漆黒の大鎌を受け止めている。
「ダーリン、何でこのメス猫を庇うのよ。ダーリンは私だけを見ていれば良いの。私だけを愛してくれれば良いのよ。それを・・・、何で?何で・・・?何で私に振り向いてくれないの?私がダーリンを一番愛しているの!私が一番ダーリンの事を理解しているのよ!それを・・・、あの時も、私よりフローリアを選んだ。そして、フローリアの為に自分を犠牲にして・・・」
悲しそうな表情のデミウルゴスだったが、再び目が吊り上がり大鎌を後ろへ引いた。
「ダーリンが私の言う事を聞かないのなら、殺して私の人形にしてあげる。私だけを愛して、私だけを見て、私の為だけのダーリン・・・」
その大鎌の刃先から金色の光の線が俺の首へと伸びた。
(これがテレサの言っていた・・・)
スパァアアアアア!
今度はアーク・ライトが大鎌を真っ二つに断ち切る。
「そ!そんなぁあああああああああああ!」
デミウルゴスが絶叫し後ろへと下がり浮いている。
「何でよ!さっきから見もしないで私のデスサイズを受け止められるの?まるで私の動きが先読み出来ているの?」
「そうか・・・、これが『先の目』、相手の斬撃が先読み出来る無蒼流奥義の1つ・・・」
今までは何となく相手の太刀筋を感じる事は出来ていたが、ここまで明確な剣筋が目に映る事は無かった。
それが今回初めて俺の目に映った。
「ダーリンは今度はフローリアじゃなくてこのメス猫を取るの?私がこんなに愛しているのに・・・、まだ私の愛が足りないとでもいうの?どうしたら、ダーリンは私を好きになってくれるの?」
キラッとデミウルゴスの瞳が輝いた。
一瞬、頭の中に霧のようなものが浮かび上がりデミウルゴスから目を離せなくなったが、すぐに霧が晴れ思考がクリアになる。
(これは?)
「とうとう魅了を使ったわね?」
ラピスが鋭い視線でデミウルゴスを睨んだ。
(あれが魅了?)
「そうよ、でもね、レンヤの精神攻撃無効化のスキルはかなりのものね。あのサキュバス・クイーンの魅了をも跳ね返せるなんて驚いたわ。レンヤも段々と本来の姿に戻ってきているのかもね。」
すぐに俺に視線を戻し嬉しそうにしている。
「本来の姿?デミウルゴスも何か知っているような感じだぞ。」
ラピスが人差し指を俺の唇に当てた。
「今は内緒よ。いずれは分かる事だけど、それまでは・・・」
何か納得出来ないが、今は仕方ないだろう。
今回の戦いに関してはあまりにも神の干渉が多いのでないかと思っている。
その事は俺にも関係があると感じている。
そしてデミウルゴスへと視線を移した。
「あら?魅了は使わないって言っていたんじゃないの?」
「くっ!」
ラピスが勝ち誇った表情でデミウルゴスを見ると、彼女は悔しそうに俺達を睨んだ。
「レンヤ、もう大丈夫よ。」
そう言って俺から離れ一人で宙に浮いている。
「少しだけ種明かしをしてあげるわ。あんたの絶対的な自信を持ったスキルを破った事に納得していないみたいだしね。」
ラピスの金色の瞳がキラッと輝く。
「この『先読みの魔眼』は単なる予知だけじゃ無いのよ。確かにごく未来だけど高確率で起こりうる未来を見る事が出来るのは間違い無いわ。このスキルはアカシックレコードに繋がっている事を忘れていない?」
「ま、まさか・・・、この魔眼の真なる力とは?」
ゴクリとデミウルゴスが喉を鳴らした。
彼女の反応から思うに、どうやらラピスの魔眼のスキルは俺が想像しているよりも遙かに強力なものみたいだ。
「この魔眼の真の力は未来予知じゃないのよ。未来予知はあくまでもこのスキルの副産物であって、本来の使い方じゃないわ。かつての初代創造神様のスキル『アカシックレコード』、このスキルはとてつもなく強力・・・、未来や過去を覗き見るだけじゃなくアカシックレコードそのものに介入し、未来や過去を書き換える事も可能なスキルよ。その能力を使って、私にかかっていたあなたのスキルを無効にしたの。厳密に言えばあなたのスキルの存在自体を無かった事にね。さすがに創造神様のように簡単にアカシックレコードにアクセスする事は難しいし、その反動も大きいからあまり使いたくないけどね。」
ラピスの血の涙はその反動なのか?
本人はサラッと言っているが、本当はとても辛いのだろう。
あのラピスだ、デミウルゴスに弱みを見せたくない気持ちで気丈に振る舞っていると思う。
「そ!そんなのはあり得ないわ!いくら神であろうが、ここまでは・・・」
「そう、いくら運命を書き換える事が出来ようが初代創造神様も全能ではなかったわ。神界、そして神々もまた別の意志の元にいるのかもね。それこそアカシックレコードと同等かそれ以上の存在がね・・・、でもね、今はそんな議論はする必要も無いし、それこそ無意味よ。」
「だけど!」
「今、重要なのは私とあなた、どっちがレンヤの隣に相応しいかじゃないの?」
グッとラピスが杖をデミウルゴスへと向けた。
「そうね、クイーンである私が狼狽えているなんて、ダーリンの前で情けないところを見せてしまったわ。」
デミウルゴスも真剣な表情になりラピスをキッと睨んだ。
「クイーンとなった私が使えるスキルはそれだけじゃないわ。時空魔法を極めたこの私、誰にも本気の私には勝てないわよ。あのフローリアが私に勝てたのもマグレ、本気の本気であなたをこの世界から存在を消してあげる。アカシックレコードが何よ!そんな不確かな実証もされていない伝説の存在なんか!この私が消し去ってやる!」
彼女が両手を掲げると、頭上の景色が広範囲に歪んでいる。
(何が起きている?)
「ふふふ・・・、この空間は私が支配したわ。メス猫ちゃんは私の作り出した時空間の歪みに落ちるのよ。運が良くても次元の隙間に死ぬまで閉じ込められるわ。どんな魔法を使おうが、この時空間の歪みに呑み込まれ、次元の隙間に墜とされるだけ。無駄な抵抗よ。」
何て凶悪な魔法なんだ!
ラピスよ、こんなのはどうして防ぐ?
「ディメンション!テンペスト!時空間の嵐に巻き込まれ存在そのものすら消し去れぇええええええええええええええ!」
「何を勝った気になっているの?」
そう呟いたラピスの背中の翼が金色に輝いた。
( ? )
あの翼は飛翔魔法で出現した幻影の翼のはずだ。
その翼が実体化して輝いている。
(ラピスに何が起きた?)
「エンシェント・エルフの力に目覚めた時に私の称号が変わったのよ。『大賢者』から『魔導王』にね・・・、そのお陰で神域魔法を越える伝説の魔法も使えるようになったわ。」
「原初魔法をね。」
「そ!そんなバカな!伝説の中の伝説の魔法よ!そんなの!あんたみたいな下等種族がぁああああああああああああああああああああああああああ!」
デミウルゴスが絶叫する。
しかし、ラピスは冷静な目でデミウルゴスを見ていた。
そしてニコッと微笑む。
「だってね、私って天才だから。」
「そんなの説明になっていないわぁああああああああああああ!どこまでも私をコケにして!死ねぇええええええええええええええええええええええ!」
デミウルゴスが両手をラピスへと振り下ろした。
歪んだ空間がラピスへと襲いかかる。
「範囲は最小限に絞らないとこの星自体をも呑み込んでしまうからね。それじゃ行くわよ。覚悟しなさい!」
ラピスの背中の翼が更に輝くと、金色の瞳も輝く。
そして杖も黄金に輝き始めた。
「原初魔法!オーバー!ロード!」
カッ!
ラピスの足下の空間から青白い光が立ち上った。
「何!何なのよ!この馬鹿げた魔力はぁあああああ!こんなの神でも制御不可能よ!」
デミウルゴスが叫んだ。
青白い光がデミウルゴスと彼女が放った魔法をも呑み込む。
「私が負ける?フローリア以外にも?そんなの!そんなのぉおおおおおおおおおおおお!」
デミウルゴスを呑み込んだ巨大な光が球体となり、徐々に小さくなっていった。
スゥゥゥ・・・
爆発も何も起きない。ただ静かに小さくなっていく。
多分だが、この魔法は全てを無にする魔法ではないのか?
俺とアンだけが使えるあの技、『虚無』と似た気配を感じた。
「終わったのか?」
ラピスに話しかけるとゆっくりと首を振った。
「あいつには逃げられたわ。完全に呑み込まれる直前、時空魔法で亜空間に逃げ込んでからの無理矢理の転移でね。」
「そうか・・・」
倒せていないとなると、あのヤンデレはまた襲ってくるのか?
そう思うと背中が寒くなる。
「大丈夫よ。」
ラピスが俺へと微笑んでくれた。
「相当のダメージを与えたから、当分は私達の前には現われないでしょうね。そして手の内も分ったし、次は確実にトドメを刺してあげるわ。」
「おいおい、そんなニコニコ顔で殺伐した事を言わないでくれよ。でもな、俺だとあの手の相手は苦手だから次も頼む。」
カッ!
王都の方から激しく輝く黄金の光の柱が立ち上ったのが見える。
その光に青と赤の光が螺旋の様に巻き付いているのも見えた。
「どうやら、あっちの方も終わったようね。」
いつの間にか元の青い瞳に戻ったラピスがその光の柱を見ていた。
そして俺へと顔を向けた。
「さぁ、みんなのところに戻りましょう。」




