212話 負けてたまるかぁあああああ!②
「「「ティアァアアアアアアアアアアアアアアアア!」」」
彼女達の絶叫が響いた。
「はぁっ?」
しかし、彼女達の悲鳴の直後にロキの声が響く。
そのロキだが、ティマットへ振り下ろされるはずの右腕が肩から斬り飛ばされていた。
右腕を失った肩から大量の血が溢れ出した。
「お、お姉ちゃん・・・」
シャルロットにしがみつき泣いていたフランだったが、恐る恐る顔を上げシャルロットと一緒にティアマットを見つめている。
「「ティア!」」
飛び出したアンジェリカとソフィアがその場で止ったまま浮いていた。
右腕を失ったロキが深い緑色の瞳をある一点へと向け、ワナワナと震えながら信じられない顔になっていた。
「貴様ぁああああああああああ!どうして生きているぅううううううう!」
その視線の先には真っ赤な髪に赤い瞳の大柄な男が、ニヤニヤと笑いながら右拳を手刀の形にし振り下ろしていた。
「どうした?俺がこうして生きているのが不思議か?そうだよな、俺は貴様のおかげで一度は死んだのだからな。」
その男は手刀となっていた拳をギュッと握り締め、一気にロキとの距離を詰め顔面を殴った。
「ぶひゃぁああああああああああああ!」
情けない悲鳴を上げながら錐揉み状態で吹き飛ばされていく。
ゴシャァアアア!
そのままゴーレムの装甲に顔面からぶち当たり、ズルズルと落ち装甲のはみ出ている部分へと倒れ込んだ。
「はひぃ・・・、はひぃ・・・」
口と鼻から血をダラダラと流し蹲っていた。
「どうしてあなたが!」
アンジェリカも驚きの表情でその男を見ていた。
その男はニヤリと笑いアンジェリカにヒラヒラと手を振った。
「どうも俺をゆっくりと休ませてくれない奴がいてな、おちおちと死んでいられなくなったよ。」
「き、貴様は本当にあのヴリトラなのか!」
城壁にめり込んでいたティアマットが叫びながらやっとの状態で這い出てくると、その隣にソフィアが浮き両手を添えた。
「パーフェクト・ヒール!」
ソフィアが呪文を唱えるとティアマットの傷がみるみると回復していった。
「ソフィアよ、助かった。しかしだ!貴様がなぜここにいる?貴様はご主人様に倒されたはずだろうが!我もその時の光景を見ている!」
ティアマットがヴリトラへと詰め寄る。
「確かに俺は間違いなく死んだ。それは本当だ。」
ヴリトラがティアマットへの視線を外し、シャルロットを見つめた。
「俺は満足して死んだ・・・、全てを出し尽くしてな・・・、そしてアイツに負けた事が不思議と心地よかった。アイツが俺の全てを受け止めて心を救ってくれたのかもな?今なら俺も分かる。あのガーネットが女神に戻った事の理由がな。アイツはそんな存在なんだろう。全てを受け止め、そして包み込んでくれる。それには男も女も関係ない。アイツの元にこれだけの人間が集まる理由も分かったよ。」
「しかし、それでもお前が生き返った理由にはならんぞ!」
「それは、彼が私の婚約者になったからなの。」
「その声は?」
「「「ヒスイ(ちゃん)!」」」
いつの間にかヒスイがドラゴンの翼を広げ、ヴリトラの横に浮いている。
「おいおい、婚約者って・・・、俺は認めては・・・」
ザワッ!
ヒスイの瞳にハイライトが無くなり、ゾッとする程の無表情な状態でヴリトラを見つめる。
「あら・・・、何を言っているのかな?私から逃げられるとでも思って?誰のおかげで生き返る事が出来たの?あなたはレンヤお兄ちゃんの手助けをしたいって・・・」
「おい!」
ヴリトラが慌ててヒスイの口を塞ぐ。
「何か見た光景ね。」
シャルロットがフランを見てクスと笑った。
アンジェリカもクスクスと笑っている。
「あの時の彼の印象とは全く違うわね。意外とツンデレっぽいし、邪気が浄化されるとあんな風になるのかもね。それにしても、レンヤさんって男の人からもモテるって・・・」
口を塞いだヴリトラの腕がヒスイによって軽くどかされ、そのまま城壁と投げられてしまった。
ズン!
「あがっ!」
城壁にめり込んだヴリトラがピクピクと痙攣している。
どうやら意識を失っているようだ。
「あらら、そんなに照れなくてもいいのにね。ふふふ、そんなところも可愛いし、やっとこうしてみんなに発表出来たのだから、もう遠慮しないでずっと一緒にいれるね。それが私達の運命なんだから・・・」
にたぁ~~~とヒスイが笑う。
その表情に女性陣全員が少し引いていた。
「ヒスイってあんな性格だったのか?お前がこの世界では一番長く一緒にいただろうが。」
ティアマットがフランに問いかけたが、フランもお手上げのポーズを取っている。
「いやいやお姉ちゃん!私だってヒスイがあんな危険だったなんて知らなかったよぉおおお!婚約者の話も知らなかったし、何が何だか・・・、ただ分かっているのはテレサお姉ちゃんと同類だったのね。ツンデレにヤンデレの組み合わせ・・・、恐ろしい・・・」
「ティアお姉ちゃん!」
ヒスイがティアマットへ声をかけた。
しかし、顔を赤くしながらモジモジしている。
「婚約者がいるって事を言うのは恥ずかしかったから・・・、ゴメンね。」
「おい!」
ヴリトラが城壁の穴から出てくる。
「俺は認めた訳じゃないぞ!いきなり女神に生き返えらされて、その隣にいたコイツからいきなり『私と結婚するのよ。これは運命なんだから。』って言って押しかけて来ただけじゃないか!」
ブワッ!
ヴリトラが身構えた。
目の前にいるヒスイから大量の緑色のオーラが立ち上る。
「竜神王だろうが私に勝てると思って?認めたくないなら私に勝ってからね。」
「くっ!」
ヴリトラが忌々しそうに拳を振るわせている。
「ヴリトラよ・・・」
ティアマットが哀れみの視線でヴリトラを見ている。
「まぁ、末永く幸せにな。貴様は少し尻に敷かれていた方が良いのではないか?今まで好き勝手してきたのだ、これで少しは落ち着くのかもな。」
「ふん!この俺様が女の、しかもまだ子供の尻に敷かれるなんて想像もしなかったぞ。まぁ、これからはこの世界でこのガキと一緒に世話になるんだ。神界に戻れるのは俺の今までの業が無くなるまでだし、これで落ち着くのも悪くないとも思っているけどな。」
「はぁあああ?マジか?」
ヴリトラが真面目な表情で頷いた。
「あぁ、マジだ。俺は奴を、いや、レンヤを認めた。友としてアイツには迷惑をかけられないからな。不本意だが、これも運命だと思って受け入れるさ。」
「貴様がここまで大人しくなってしまったのには我も驚きだ。それとな、先ほどは助かった。危うく本当に死ぬところだったぞ。」
「お前はアイツの嫁だ。お前に何かあってアイツが悲しむ姿を見たくないだけさ。」
「ふふふ、そうだ、ご主人様を悲しませる事は我もご免だからな。」
2人がニヤリと笑いながら頷き合った。
「う~ん・・・、この光景ってどう見ても悪人同士が頷き合っているしか見えないよ。」
フランがボソッと呟くと、アンジェリカ達も同じように思ったのか、みんながウンウンと頷いていた。
「さて・・・」
ヴリトラがジロッとロキを睨んだ。
ロキはまだ意識を失っているようだが、ヴリトラがめり込んでいた時の城壁の欠片を手にし、ロキへと思いっきり投げた。
ガシッ!
その石をロキが無造作に片手で掴んだ。
「ふ~ん、やっぱりか・・・、隙を見て逃げ出そうと思っても無駄だぞ。」
ヴリトラがニヤリと笑った。
「くっ!気付いていたか!だが!俺は不死身!貴様がいくら攻撃しようが死ぬ事はない!無駄なあがきを!」
ロキが叫ぶと失っていたはずの右腕が肩から再生し元に戻った。
「だからといって痛みは感じるんだろう?」
ヴリトラが再びロキのボディを殴ると、勢いよく吹き飛びゴーレムの装甲にぶち当たった。
「ぐっ!破壊竜めがぁぁぁ・・・」
「ふふふ・・・、さすがはエンペラー・スライムが魔神化しただけあるな。上手く液状化して衝撃を分散するとはな。切ってもすぐに再生、打撃は効果薄、弱点らしい弱点も無い。唯一の弱点であるコアも常に体内に移動しているし、しぶとさだけなら神界一だよ。殺す事も当時は不可能だったから封印しかないのも分かるな。」
ニヤリとヴリトラが笑う。
「さて、どこまで痛みに耐えられるかとことん付き合ってもらうぞ!」
ズドォオオオオオオオオ!
拳のラッシュがロキに炸裂し、全身があちこちとひしゃげた。
ピクピクと蠢いているが、すぐに元の肉体に戻ろうとしている。
「これでも大したダメージが無いか・・・、だが!時間は稼げた!」
視線をティアマットへ向ける。
「ヒスイ!今のうちだ!」
ヴリトラが叫ぶとヒスイがティアマットの目の前に立った。
「ヒスイ・・・」
「お姉ちゃん・・・、覚悟は良い?」
「あぁぁぁ、もちろんだ。」
「ドラゴンの進化は基本的に長い年月が必要だけど、すぐに進化する方法はただ1つ。死の淵から回復して限界値を少しずつ上げて進化する方法よ。それでも何千回も死ぬような目に遭わなければいけないの。ママも美冬ママ達から死ぬ一歩手前の訓練の繰り返しでエメラルド・ドラゴンになったしね。どんな訓練だったのか一切教えてくれないけど、余程の事だったと思うの。アカおじさんも冷や汗をダラダラ流して黙ってしまったしねぇ~~~、私はパパとママの血を受けついでいたから生まれた時から神龍だったわ。」
ヒスイが両手をティアマットへ差し出すと、掌から透明な緑色の光の玉が浮き上がった。
「私はちょっと変わった神龍・・・、その人の潜在能力を開放出来る力をもっているわ。多分だけど、パパの力を受け継いでいると思うの。そして、今のお姉ちゃんは瀕死になって回復したから潜在能力解放の扉を開けたわ。ここまでは予定通り。でも、本当の地獄はこれからよ。」
「構わん!問題ないから頼む!」
「分かったわ。」
拳大の緑色の光の玉がヒスイから離れ、ティアマットの胸の中へと吸い込まれた。
次の瞬間、ティアマットの全身が一瞬緑色に輝きすぐに光が消えた。
「何だ?これ以外には何も起きないが・・・」
ブシュゥゥゥ!
「がっ!」
ティアマットが短い悲鳴を上げると全身から大量の血が噴き出した。
「がぁああああああああああああああああああああああああああああ!」
ドサ!
あまりの苦しみなのか、気を失ったまま地面へと落下してしまう。
「ぐぁあああああ!全身がぁあああ!体がバラバラにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
地面に落ちたショックか、全身を襲う痛みなのかすぐに目を覚まし、蹲りながら叫んでいた。
「ティア!今、回復するわ!」
ソフィアが叫び回復魔法をかけようとしたが、ソフィアの前にヒスイが立ち塞がった。
「ソフィアお姉ちゃん、手助けはダメ・・・、これはティアお姉ちゃんが自分で克服しなければならないの。手助けすると進化の資格が無くなってしまうわ。」
目に涙を浮かべながら苦しんでいるティアマットを見つめていた。
「ティアお姉ちゃんなら・・・、絶対に乗り越える・・・、だって・・・、約束したんだから・・・」
「ぐぁああああああああああああ!」
ティアマットが口からも大量に血を吐く。
爪も剥がれ指先からも血が滴り落ちている。
「「「ティア・・・」」」
アンジェリカ達も目に涙を浮かべ見つめている。
「負けるかぁぁぁ・・・」
ギリギリと歯を鳴らしゆっくりと立ち上がった。
「負けてたまるかぁあああああ!」
ティアマットが拳を突き上げ空へ大声で叫んだ。
カッ!
紫色の光がティアマットから放たれ光の柱が立ち上る。彼女の全身が光に包まれ見えなくなった。
「どうなったの?」
アンジェリカが呆然とした表情で光の柱を見つめている。
光の柱が上空へと昇り消え去った。
そこには・・・
「ふっ・・・、とうとうやったか?アイツの嫁には勿体ない女になったな。」
ニヤリとヴリトラが笑った。
ティアマットが静かに佇んでいた。
あれだけ全身から血を流していたはずなのに、全身どこにも血が流れた跡も無い。
紫色の髪はところどころに銀髪のメッシュが入っているように変化している。
それ以上に変化があったのは、ティアマットも鎧を纏っている事だった。
その鎧はアンジェリカやシャルロットのようなスカート姿の鎧に似ているが、まるで紫水晶を削って作った鎧では?と思われような煌びやかな宝石の輝きを放っている。
「何てキレイなの・・・」
うっとりとした表情でソフィアが見つめている。
目を閉じ佇んでいたが、ゆっくりと目を開けた。
かつての赤い瞳ではなく、髪と同じ紫色の瞳がジッと空を見つめている。
「お姉ちゃん・・・、成功したのね?」
ヒスイが涙を流しながらジッとティアマットを見つめていた。




