197話 双子の天使④
誰も声を発せずにいた。
「姉様・・・、まるで女神様のよう・・・」
静寂の中、うっとりと頬を赤くしたブランシュが呟いた。
国王と王妃はあまりの驚きで、口を開けたまま硬直している。
それ以外の者は男も女も全てマーガレットに魅了されていた。
この世に存在するのか?と思えるほどの美貌を湛え微笑んでいる。
まさに『傾国の美女』と言われても差し支えない程に美しい姿だった。
その微笑みが消え視線が鋭くなった。
春の木漏れ日のような暖かい美しさだったのに、いきなり氷の美女とも呼べるほどに冷めた目付きで公爵を見つめている。
その視線に全員が我に返ったようだ。
「はっ!わ、私は・・・」
マーガレットの鋭い視線に射貫かれ公爵がガタガタと震えている。
「な、何なのだこの威圧は?こんなの人間じゃ無い・・・」
しかし、ギリギリと歯軋りをし、負けじとマーガレットを睨み返した。
「ガキが大人になった?どんなトリックを使ったのだ?いくら神だろうがそんなのは不可能なんだよぉおおおおおおおおおおおおおお!私がその化けの皮を剥がしてやるぅうううううううう!」
「子が子なら親も親ね。」
クスッとマーガレットが笑った。
「あ!違った!親があなただからあっちの子供もバカなんでしょうね。失礼しました。うふふ・・・」
公爵がプルプルと震える。
「・・・めるな。私を舐めるなぁぁぁ・・・、神の力を手に入れたのは私なんだよぉおおおおおおおおお!もう許さん!貴様は生きたままゾンビにしてやる!生きたまま体が腐る痛みと恐怖を永遠に味わうがいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
気が狂ったように絶叫している公爵を心底嫌そうな顔で見ていた。
「まぁ、分っていたけど、本当に救いようがないわね。だけど・・・」
ニヤリとマーガレットが笑った。
「本当の地獄を味わうのはあなたよ。絶対に許さないから。」
杖の宝玉を公爵へと向けた。
「ほざけぇえええええええええええ!」
ゾワ!
マーガレットの足下の影から、いきなり数本もの真っ黒な手が伸びた。
「むっ!」
バサッ!
その黒い手がマーガレットに絡みつく寸前に翼を広げ空中に浮かんだ。
影から湧き出ている黒い手を空中から見つめている。
「これはシャドウバインドね。だけど、起動までにかなりの時間がかかっているけど、これで本気じゃないわよね。単に倒すんじゃなくて、あなたの心をバキバキにへし折って倒すんだから、少しは頑張ってちょうだいよ。」
「このガキめ!俺を見下すなんて生意気なんだよおぉおおおおおおおおお!そのすました顔を目茶苦茶にしてやる!」
ゴーレムの巨大な腕がマーガレットへ向いた。
その掌から何十本もの真っ黒な鞭のようなものが伸び、マーガレットを絡め取ろうとしている。
「気持ち悪いものを出さないでよ!まぁ、私には掠る事も出来ないけどね。」
クスクスとマーガレットが笑っている。
「舐めるなぁあああああああ!このポイズン・ウイップに触れたが最後!掠っただけでも毒に侵され体が腐り果てる地獄を味わうがいい!貴様を絡め取るまでどこまでもこの鞭は追いかけて行く!飛べたのには驚いたが、多少逃げ回るだけの時間稼ぎが出来ただけだ!」
全ての鞭が各々意志を持ったように、不規則な動きでマーガレットを追いかけていく。
しかし、どの鞭も華麗に躱し全く掠りもしていない。
「えぇええええええええええい!ちょこまかとぉおおおおお!」
華麗にかわしていたが、鞭が360°全ての方向からマーガレットに襲いかかる・
「どうだ!これで逃げ場は塞いだ!いくら空を飛べようが、全周囲からの攻撃では逃げ切れん!さっさと死ねぇえええええええええええ!」
しかし、マーガレットはニヤリと笑った。
「お断りよ。」
杖を前に掲げた。
「フレアボール!」
ボボボボボ!
ファイヤーボールよりも遙かに巨大な火の玉がいくつもマーガレットの周囲に浮かんだ。
その炎の玉全てが黒い鞭へと飛んで行く。
ボシュゥウウウウウウ・・・
マーガレットへと向かっていた全ての鞭が蒸発し、炎の玉はそのまま公爵のゴーレムへと飛んで行った。
バシュ!
ゴーレムの皮膚を焼いているように見えるが、そう効果があるとは見えない感じだ。
「バカだと思っていたけど、単純なバカじゃないのね。」
公爵のこめかみがピクピク震え、今にも血が噴き出そうになるくらいに血管が浮いている。
「このガキめぇえええええええええ!どこまで俺をバカにするぅうううううううううう!このゴーレムは元々がゾンビだから炎に弱いと思うなよ!そんな弱点は既に手を打っている!炎対策は完璧なんだよ!上級魔法でも燃やす事は不可能!俺はな!貴様ようなガキとは違うんだよ!大人を舐めるなぁああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「はぁ~、五月蠅いわねぇ・・・、お喋りな男はモテないわよ。少しはレンヤお兄ちゃんを見習ったらどう?それに口調も変わってきているし、どうやらこの喋り方か本来の口調のようね。その醜い姿とお似合いよ。」
掌を公爵へと向けた。
ボッ!
握り拳大の大きさの青白い炎の玉が浮かび上がった。
ヒュン!
そのまま勢いよくゴーレムの右腕に当たった。
ボシュゥウウウ!
「そ、そんなバカな・・・」
炎が当たった右腕が塵も残さずに消滅している。
「このゴーレムの炎耐性は完璧なはず・・・、どうしてだ?」
「ふふふ・・・、そんなに不思議かな?」
マーガレットが左手を掲げた。
ブワッ!
「そ、そんなのはあり得ん・・・、貴様は本物の化け物か・・・」
マーガレットの掲げた手の先には・・・
10メートルをも超える巨大な青白い炎の玉が浮いていた。
「バ、バカな・・・、あんな巨大なメギドフレイムなんて見た事がない。」
ニヤリとマーガレットが微笑んだ。
「単に大きければ良いって訳じゃないのよ。」
その言葉が終わると、炎の玉がみるみると小さくなり、先ほどのような拳大の大きさまで縮んだ。
「あんな巨大なものをあれだけまでに小さく出来るのか?それじゃさっきの炎も?」
小さな青白い炎がゴーレムへと向け飛び出した。
「マ!マズい!あんな高密度の炎では!」
ボシュゥウウウウウウ・・・
今度は左腕に当り、右腕と同様に一瞬で消え去った。
「バカな!バカな!そんなバカなぁああああああああああああああああ!この無敵のゾンビゴーレムが負ける?そんなのは認められないんだよぉおおおおおおおおおおおおお!」
ズルッ!
ゾンビゴーレムの失った両腕が一瞬で生え元通りになっている。
「ふはははぁぁぁ・・・、これは悪い夢だ・・・、悪い夢なんだよぉぉぉ・・・、神の力を得た我ら親子がこの世界の覇者になるんだぞ。それをこんなガキにぃぃぃ・・・」
ボッ!
マーガレットの前に黒い玉が浮かんだ。
「これは!」
みるみると大きくなり、空気がその玉へと吸い込まれるように風が吹いている。
「どうだ!闇の最上級魔法のブラックホールはぁあああああああああ!このまま貴様諸共吸い込まれてしまえぇえええええええ!ふひゃひゃひゃぁああああああああああ!空中に浮いているのが徒となったなぁ!このままでは踏ん張る事も出来まい?このまま吸い込まれて消滅てしまえ!」
ギャリィイイイイイイ!
「シールド!ソーサー!」
マーガレットの左腕に装着されていたシールドが宙を舞った。
クルクルと回転しブラックホールの黒い球をあっさりと真っ二つにしてしまう。
「へ?」
高笑いをしていた公爵だったが、急に間抜けな表情に変わり、真っ二つにされた黒い球を唖然とした顔で見つめている。
その黒い球は煙のように消えてしまった。
「何を驚いているの?」
またもやマーガレットがクスクスと笑っている。
「エターナルはね、このスタッフとシールドが対になって初めて本当の力を発揮するのよ。圧倒的な魔力上昇を誇るスタッフ、そして完璧ともいえる防御を誇るシールド。だけどね、このシールドは防御だけじゃないのよ。」
ヒュン!
またもやシールドがマーガレットの腕を離れ、その周りをクルクルと回っている。
「こうして武器にも出来るし・・・」
「くたばれぇえええええええええええええええええ!」
公爵が突然腕を前に突き出すと、手のひらから巨大な炎の玉が飛び出し、マーガレットへと高速で飛んで行く。
パキィイイイン!
目の前に飛んでいたシールドがいくつものパーツに分離し、薄い透明な三角形状の光を展開した。
「シールド・ビット!」
ドォオオオオオオオオオオオン!
炎の玉がマーガレットの前で大爆発を起こす。
「そ、そんな・・・」
顔面が青白くなりガクガクと公爵が震えている。
「こんな魔法など見た事が無い・・・、貴様は本当に何者なのだ?」
マーガレットの前で三角形の青白い透明な障壁がいくつも展開している。
その障壁で公爵の魔法を防いでいた。
「私?私はどこにもいる普通の女の子よ。勇者レンヤお兄ちゃんと結婚する事を夢見ている女の子。」
途端に顔が真っ赤になる。
「きゃっ!言っちゃったよ!こうして言うと恥ずかしいよ・・・・」
「ふふふ・・・、可愛いわね。さすがは私の子ね。頑張りなさい。」
満足そうに王妃が微笑んでいた。
「そして、将来はラピスお姉ちゃんの様に大魔法使いになるのを夢見る女の子よ!」
「もう十分に凄いと思うが、気のせいか?」
国王が深くため息をしている。
重なっていた障壁が展開し、クルクルとマーガレットの周りを再び回りだす。
「そして、これは防御だけじゃないのよ!」
障壁の中心にあるシールドの黄金のパーツが輝きだした。
ズバババァアアアアアアアアアアアアアア!
赤、青、黄色、白等、色んな色の光線が発射され、ゴーレムを蜂の巣にする。
たまらずゴーレムがガックリと膝を付いてしまった。
「こ、こんなの・・・」
「ふふふ・・・」
マーガレットがニコニコとしながら空中から公爵を見下ろしている。
「これがアタック・ビットよ。私の中にいらっしゃるサクラ様は神器の力を借りずとも、自分の魔力だけで魔法を行使できるけど、私はまだ未熟だから神器を媒介にして魔法を放つ事しか出来ないの。でもね、それでもこの魔法の威力は分かったでしょう?」
「く、くそがぁぁぁあああああああああ!」
公爵がギリギリとしながらマーガレットを睨む。
「俺を見降ろすなぁあああ!俺を見下すなぁあああああああああああああああ!」
ゴーレムが立ち上がると、体中に開いた穴が煙をたてながら塞がっていく。
ズバババァアアアアアアアアアアアアアア!
「ぐぎゃぁあああああああああ!」
またもや数十本の光線がゴーレムを貫く。
ズズゥンンン・・・
音を立て再びゴーレムが倒れた。
「いくら魔法防御が高くても、このアタック・ビットの魔法はどれも上級魔法クラスの威力があるのよ。そして色を見て分かると思うけど、全ての属性の魔法が放てるの。それにワザとあなたを狙わずにゴーレムだけを攻撃しているのは分かっている?それだけ私との差があるから、もうあなたに勝ち目は無いわ。」
ブルブルと公爵が震えている。
「俺はこの世界の覇者になる男なんだ・・・、貴様みたいなガキに負ける筈がないんだよ・・・、俺が最強だ・・・」
「まだ心が折れていないようね。それなら決定的な敗北を味わいなさい!」
周りを回っていたシールドが元のパーツに戻り、左腕へと集まり盾の姿に戻った。
杖を公爵へと向ける。
「このエターナルはね、単に所有者の魔力増幅の機能だけじゃないのよ。まぁ、神器と言われるだけあっって増幅率は桁違いだけどね。人間の私が神と同じレベルまでの魔法を使えるようになるの。しかもね、これだけじゃないのよ。魔力は体内にあるだけの分しか使えないのは知っているよね?でもね、このエターナルは違うのよ。空気中、地面、周りのあらゆるところに存在する魔力を集める事が出来るの。」
「そ、それこそあり得ん!無理矢理他人の魔力回路を繋いで俺は魔力を増幅しているのだぞ!魔力の強奪でも神の御技というのに!それを周りから集めるだと!そ、そんなのは・・・」
「そうよ・・・」
マーガレットがニヤリと笑った。
「あなたの想像通り私が使える魔力は無限、どのような魔法も制限無く使用可能よ。これがこの神器の真の力・・・、そして、この膨大な魔力を使いこなす為に、私の体は成長したのよ。」
「だ、だからってここまで急に成長する事はあり得ん!貴様は時を操る事が出来るとでもいうのかぁあああああ!」
公爵が冷や汗をダラダラと流しながら狼狽えている。
「あら!以外と鋭いのね。それにここまでは小手調べよ。今の私の無限の魔力を使えばこんな事も可能なの。」
黄金の杖を頭上に掲げた。
「タイムリープ起動!」
天井付近に巨大な黄金の魔法陣が浮かびすぐに消えた。
「な、何が起きた?」




