194話 双子の天使①
シュメリア王国王城の大ホールにずらりと騎士達が整列している。
少なく見積もっても100人は下らないだろう。
その騎士達を挟むように騎士達の両側にある席に貴族達が並んで座っていた。
その騎士達の前にある高い段の一番上に国王を始め王妃と王女が座っている。
ホールに続くバルコニーの手摺りに小鳥が数羽止まっていた。
「ふふふ・・・、壮観な光景ね。」
ローズマリーがアンジェリカ達に向けて微笑んでいた。
そのアンジェリカもローズマリー同様に笑みを浮かべていた。
「ここにいる騎士団全員が寝返るなんて、誰も想像しませんよね。それにしても、このローズマリー姉様のスキルは本当に凄いと思いますよ。こんな離れている場所の景色をまるで目の前にいるように見えるなんて・・・」
「私はみんなと比べて戦う力は低いわ。その分、みんなの目や耳となって協力できるのは嬉しいわね。一人だけ仲間外れは嫌だしね。」
「ローズ姉さんはまだこうしてここに参加出来るから羨ましいわ。」
テレサが少し不満げに口を尖らせている。
「私は今回はあっちの戦いなのよ。兄さんの前で良いところを見せたかったのにぃぃぃ・・・」
「テレサよ、今回ばかりは仕方ないと諦めるのだな。エメラルダも貴様同様にあちらの戦いに回っているが文句は言っていないぞ。」
ティアマットが壁に寄りかかりながら腕を組んでいた。
その視線がエメラルダへと向くと、彼女はゆっくりと頷いた。
「今回は神様達が計画の草案を作りましたしね。自分の好き勝手な事をして旦那様に迷惑をかけられないわ。まぁ、あちらの方もそれなりに手応えのある奴がいるみたいだしね。一方的な蹂躙だと可哀想な気がしたけど、そいつで少しは憂さ晴らしをするのも手よ。だけどティア・・・、あなた、本当に大丈夫なの?」
「あぁ・・・、我も覚悟はしている。」
エメラルダに向けていた視線を、自分の隣に立っているヒスイへと向けた。
「お姉ちゃん、ゴメン・・・、お姉ちゃんだけが一か八かの役目にさせてしまって・・・」
隣にいるヒスイの頭へ左手を伸ばし優しく撫でると、ヒスイが不安そうにティアマットを見上げる。
「気にするな。我も十分長生きしてきた、今回の我の命を懸けた賭け、分が悪い程燃えてくるぞ。我がここまで生きてきたのは今日の為かもしれんな。そしてジョーカーがお前だって事もな。本当に良いのか?」
「うん、大丈夫。」
ニッコリとヒスイが微笑んだ。
「私がここに来た意味、そして私の役目・・・、だから、お姉ちゃん!絶対に死んだらダメだよ!死んだら私が来た意味が無くなっちゃうからね!」
「分かっている。我は絶対に死なないからな。ご主人様の子供を産んで子育てをするのが我の最上の願いだ。その願いを叶えるまでは絶対にな!」
「ふふふ・・・」
アンジェリカが微笑んでいる。
「ティアさんらしいお願いね。でもね、ここにいる、いえ、レンヤさんの妻となった者全員が同じ願いを持っているのです。だから、必ず生きて帰りましょう。ロキがどんなに卑怯な手を使ってもね、絶対にです!」
アンジェリカの言葉に全員が頷いた。
「テレサちゃん、私達も移動しましょう。」
エメラルダが呟くとテレサが頷いた。
その瞬間、2人の姿が消えた。
「あちらの方は美冬様が控えているから万が一も無いでしょうね。」
マナがクスッと笑う。
「そろそろ奴らも動き始めそうよ。」
ローズマリーの視線が鋭くなりマナを見つめた。
「マナ、タイミングは任せたわ。あの騎士連中ならサクラ様の力で問題無さそうだけど、黒幕のジョニーが出てきた時は頼むわね。例のお披露目もあるから派手に頼むわよ。」
「ローズマリーさん任せて。この日の為に私も徹底的に頑張ったんだから、それに最後の仕上げは私達にかかっているからね。ふふふ・・・、頑張ったらレンヤ君にたっぷりと褒めて貰わなくてはね。」
マナが少しだらしなく笑っている、
どうやら妄想の世界にトリップしたようだ。
「マナ姉様・・・」
「はっ!アン・・・、うふふ、ちょっとレンヤ君との世界に入っちゃったわ。」
「ダメですよ。今夜はティアがレンヤさんの相手なんですからね。今回の作戦はティアが1番危険な役割なんですから。一歩間違えたら本当に死んでしまうのですし・・・」
「主よ気にするな。我だけが危険になる訳ではない。それこそ、全員がキチンと役割を全うしなければ勝利出来ん。何せ相手は神だからな。我らにも絶対はあり得ん。」
「そうですね。」
アンジェリカが全員を見渡した。
「それではみなさん、今から作戦開始です。ローズマリー姉さんは状況を確認の上、逐一私達への指示をお願いします。」
「分ったわ。」
ローズマリーがコクリと頷いた。
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「アシュレイ・トリスタン騎士団団長よ。」
国王が騎士団団長の名を呼ぶと団長が前に出る。
それに合わせ国王も立ち上がった。
「そなたらの働きを期待する。必ずや魔王となった帝国からの脅威を取り除いてくれ。」
「ははぁあああああああ!必ずや国王様のご期待に添えられるよう頑張らせていただきます。」
騎士団長が臣下の礼をとり深々と頭をさげる。
「それでは聖女様の祝福を!」
しかし、誰も動かず静寂が広がっている。
「聖女様はどうした!」
国王が後ろに立っている宰相に尋ねたが、宰相も困惑している感じだ。
騎士達が整列している左側の貴族席からザワザワと声が出始めた。
こちらの席に座っている貴族は出陣式に出席している来賓の貴族で、聖女であるソフィアの姿が見えない事で不安な表情になっていた。
国王の後ろに控えていた宰相へと1人の男が駆け寄り、宰相へと耳打ちをしている。
宰相の顔がみるみるうちに真っ青になった。
「聖女様が失踪した?控室にも立ち寄った気配も無いだと・・・」
宰相の呟きを聞いた国王がジロリと宰相を睨みつけた。
「宰相よ・・・、これはどういう事だ?」
しかし、宰相も状況が理解出来ずに伝達に来た男と一緒にオロオロするだけだった。
国王が騎士団長へと視線を移す。
「アシュレイ騎士団長よ!聖女様のお迎えは其方ら騎士団が行っていたのでは?聖女様がここにいらっしゃってないのはどういう事だ?」
ジロリと視線が鋭くなった。
「くくく・・・」
頭を下げていたアシュレイから笑い声が漏れている。
「ふはははははぁああああああああああああああああああああああああああ!」
アシュレイの余りの不遜な態度に国王がプルプルと震え激高した。
「貴様ぁああああああ!どういう事だぁあああああああああ!」
「いえいえ、あまりにも可笑しくて思わず声に出てしまいましたね。」
心底面白そうな顔で国王を見ている。
「聖女?さぁ?もうこの世にはいないのでは?そして、勇者パーティーも我ら精鋭にかかればねぇ~、ぐふふふ・・・」
「貴様は・・・、乱心したか?」
国王が呟き、騎士団の右側にいる貴族達へ視線を移した。
「トリスタン公爵!これは何があったのだ!貴公の息子は・・・」
そう叫んでいる最中にアシュレイの親である公爵もニヤリと笑う。
「貴様まで・・・」
椅子に座っていた公爵がゆらりと立ち上がった。
「国王様?どうなされました?」
白々しく微笑みを浮かべながら片手を胸に当て腰を曲げた。
ザッ!
玉座の両脇から国王の護衛の兵が数人現れ国王を守るように前に立つ。
そのタイミングに合わせて騎士達が左側にいる来賓貴族達へ剣を向けた。
「貴様ら・・・、本気で謀反を起こす気か・・・?魔王がいる帝国との戦いを前に何を考えている・・・」
ギリギリと国王が歯を鳴らす程に憤慨した顔でアシュレイを睨んだ。
「私は生まれ変わったのだ!この世界を支配出来る力を手に入れてな!」
「何だと!」
「ぐはははははぁあああああああああああああああ!見ろぉおおおおおおおおおおおお!」
アシュレイの体が徐々に変貌を始めた。
皮膚の色が徐々に紫色に変色を始め、全身が浅黒い紫色の皮膚に変化した。
額がバックリと割れ中から真っ黒な大きな角がせり出してくる。
正面の角に合わせ、頭の左右からも捻じれた角が生えみるみと大ききくなった。
元々が筋肉質の大柄な体だったが、身長も伸び始めまるで山のように3メートルは超える背までになる。
服は弾け飛び腰辺りを覆うだけになってしまい、異常に発達した上半身の筋肉がこの男の異常性を更に増幅していた。
「こ、これは・・・」
余りのアシュレイの変貌に誰もが声を上げる事も出来ず、ただ茫然としてその姿を見ている事だけしか出来なかった。
「ぐふふふ・・・、これが魔王すらを凌ぐ世界最強になった俺の姿だ。」
ニヤリと国王達に笑った。
「この力で俺は魔王を超え、世界の王となるのだよ。ぐはははははぁあああああああああああああああ!力がぁああああああ!力が漲るぅうううううううううううううううううううううう!俺は最強なんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「し、信じられん・・・」
そして、アシュレイの後ろに控えていた騎士達も次々と変貌を始めた。
どの騎士達も紫色の皮膚に頭から角を生やした姿に変わった。
「テオ・・・」
「父様・・・」
王妃と王女がガタガタと振るえ国王に縋りついている。
「こ、こんな事が・・・、この国は滅びて、いや世界が滅びてしまうのか?」
国王達を始め来賓の貴族達も一歩も動けず、絶望の顔で目の前の騎士団の変貌を見つめていた。
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「むっ!」
ヘレンが急に険しい表情になった。
「ヘレンお母さん、急にどうしたの?」
マーガレットが不思議そうにヘレンの顔を覗き込んでいた。
彼女達2人は丁度教会内にある女神像の前で祈りを捧げていた最中だった。
その女神像が突然輝く。
「これは?何が起きたの?」
『マーガレットさん・・・』
どこからか声が聞こえた。
「私を呼んでいるの?」
マーガレットがキョロキョロと周りを見渡しているが誰もいない。
輝いていた女神像から光の玉が浮かび上がった。
「マーガレット!気を付けて!」
ヘレンが叫ぶがマーガレットはゆっくりと首を振った。
「お母さん大丈夫よ。この光は温かいし、私を呼んでいるの。」
その光がマーガレットの前に浮かび更に激しく輝いた。
一瞬だけ激しく輝きすぐに光が消えると・・・
「あなたは女神様なの?」
マーガレットが不思議そうな表情で目の間にいる人物に尋ねた。
その人物は髪が桃色で桜のような薄い桃色の瞳がマーガレットを見つめている。
そしてゆっくりと頷き優しく微笑んだ。
「私は女神サクラ、女神フローリアの使いでこの世界に顕現しました。」
「女神様!これは大変失礼しました!」
ヘレンが慌てて床に膝を付き頭を下げた。
「そこまで畏まらなくても大丈夫ですよ。あなたが聖女ヘレンさんですね。あなたの祈りは私達にも届いています。とても温かく心安らぐ祈りです。」
「そ、そんな・・・、私などまだまだで・・・」
「ふふふ・・・、フローリア母さんが選ぶだけありますね。これからも頑張って下さいね。」
「あ、有り難きお言葉!」
しかし、突然ヘレンが女神を凝視した。
「え!フローリア母さん?」
しかし、女神はニコニコと笑っているだけだ。
「まぁ、この言葉は気にしないで下さい。私がここに来た理由は・・・」
ニコニコしていた表情が急に真剣になった。
「マーガレットさん」
「はい」
真剣な表情の女神を見て、マーガレットも真面目な表情で女神を見つめた。
「あなたの家族が今、とても危険な状態になっています。私はこの事を伝えに来ました。」
「え!お母さん達が!」
その言葉にマーガレットが真っ青になる。
「そうです。」
真っ青になっていた表情だったが、歯を食いしばりキッと女神を見つめた。
「女神様が私のところに来たという事は、私には何か出来る事なのでしょうか?そうでなければ、こうしてお話しする事は無いですし、私に出来る事なら何でもします!お母さんやブランシュを助けたい!」
そして深々と頭を下げた。
「女神様!お願いします!私はどうなってもいいから!何でもします!」
しばらく沈黙が続いた。
「ふふふ・・・、合格よ。」
女神がニコッと微笑んだ。
「合格って?」
頭を上げたマーガレットが信じられない顔で女神を見ていた。
「試してゴメンね。」
ペロッと根上が可愛く舌を出した。
「私の女神の力をあなたに託せるかテストをしたのよ。やっと会えた本当の家族を自分の力で助けたいと思わない?だからね、私が手助けしてあげるわ。」
「ほ、本当に?」
ワナワナとマーガレットが震えている。
「本当よ。だけどね、女神の力はとても強力な力よ。その力を正しい事に使えるのか?その心を試したの。どうする?」
「も、もちろん!お願いします!」
マーガレットが再び深々と頭を下げた。
「あなたのその守りたい心、それが力になるわ。でもね・・・」
女神が人差し指をマーガレットの唇に当てた。
「何でもしますって言葉は軽々しく言ったらダメよ。その言葉は心から信頼している人以外にはダメだからね。分った?」
「は、はい!」
「元気があってよろしい。」
そしてヘレンへと頭を下げた。
「聖女ヘレンさん、少しの間マーガレットさんをお預かりしますね。」
「は、はい・・・」
マーガレットの手をギュッと握ると2人の全身が輝き姿が消えた。
1人残されたヘレンだったが、何も無い空間へ深々と頭を下げた。
「女神サクラ様・・・、マーガレットをよろしくお願いします。」




