190話 裏切りの騎士団③
「し、信じられません・・・、あの大国であるフォーゼリア王国のシャルロット王女様が戦われるとは・・・、しかも、あっという間に3人も・・・」
ガタガタ震えていたマーベルさんだったが、トロンとした表情になりシャルを見つめている。
そのシャルが倒れている男達に掲げていた腕を下げ掌を向けた。
「私の事をお飾りの王女と言いましたね?」
ボッ!
倒れている3人の男の全身が青白い炎に包まれ、すぐに火が消えたが装備も含め地面には何も残っていなかった。
その場所には黒く焼け焦げた地面だけで、よく見ると土がガラス状になっている。
骨も金属も蒸発させてしまう程の高温なんて、シャルが発生させたプラズマの温度は俺の想像以上に高い。土が溶けてガラスみたいになってしまうくらいだしな。
あまりにも危険だから模擬戦では滅多にしか使えないと言っているのも納得だよ。
あれなら物理での防御は不可能ではないのか?
「私はレンヤさんの妻となった時、覚悟を決めたのですよ。私は自ら戦いに赴きこの手を血で汚す事を・・・、この世界に仇なす者をこの手で葬るとね。みなさんが戦っているのに私だけが平和な場所で見ている訳にいきません。私も戦う事にしました。それだけの力もありますので・・・、だから、私が手を下しあなた方が命を落とそうが、私の心が罪悪感で痛む事は決してありません。そして、既に魂が堕ちてしまったあなた方に慈悲を与えるつもりもありません。」
シャルの冷たい視線に騎士達が後ずさりを始めた。
「だけど・・・」
バサッ!
背中から大きな白い翼が生える。
「!!!!!!!」
男達が驚きのあまり腰を抜かしてへたり込んでしまった。
馬車の中にいるマーベルさんも、目の前の光景に驚きを通り越して放心状態になっていた。
「ま、ま、ま、ま、ま・・・」
あまりにも驚きすぎて言葉も出ないみたいだな。
シャルの金髪の巻き髪とスカイブルーの瞳が徐々に黒くなっていく。
真っ白な大きな翼に吸い込まれそうになるほどに深い艶のある黒い髪の対比で、いつもとは違う神々しい雰囲気のシャルが立っていた。
「ま、まさか・・・、シャルロット様は女神様なのですか?」
やっと言葉が出る程に落ち着きを取り戻したマーベルさんが、すがるような視線でラピスに質問をしている。
「ん?シャルはシャルよ。それ以外に何があるのかしら?」
(おいおい、これはちょっと無理があるだろう。)
「今は黙ってシャルを見守っていなさい。これから何が起きるのか?こうしてあなたが生き残れた意味を考えておくのね。」
クスッとした笑い顔でラピスが微笑んだ。
3人の男が消滅した黒くなった地面の上に青白い光の玉が浮かび上がった。
「今の私は女神アイリスでもあるのよ。こうして堕ちてしまった魂の救済も女神の魂を持つ私の役目・・・」
その青白い光がゆっくりと上昇し、次第に目に見えなくなってしまう。
「今度生まれ変わる時は真っ当な人生を歩む事を願うわ。さようなら・・・」
そして、残った男達に視線を移した。
「さて、今度はあなた方ね。」
シャルの絶対零度の視線が男達を貫く。
「「「ひぃいいいいいいいいいい!」」」
あまりにも人間離れしているシャルの姿に男達が腰を抜かしてガタガタと震えていた。
しかし、急にピタッと動きが止まり、上半身だけがガクガクと不自然に小刻みに震えた。既に目が虚ろになっているし、何の意志も感じない操り人形のように立ち上がった。
(これは?)
この現象はまるであの時のようだ。
ヴリトラと戦った時に最後にヴリトラの身に起きた現象に似ている。
いや、同じだ!
(まさか?)
「おいラピス!あれは?」
だけど、ラピスはゆったりとした態度で馬車の席に座っている。
視線は外の男達の方へと向いている。
「えぇ・・・、間違い無いわ。ヴリトラがあなたに負けた瞬間、あいつの身に起きた状態と同じね。あのロキが小細工したのでしょう。意識を封じ込め、いえ、強制的に身も心も殺してゾンビ化する処置を施す薬のようね。死兵となって肉体が完全に破壊されるまで戦い続ける事しか出来ないようにされるのでしょうね。」
「ヴリトラも最後はあいつらに裏切られてドラゴン・ゾンビにさせられたんだよな。自分は動かずに周りの人間は最後には使い捨ての駒って・・・、趣味の悪い連中が考えそうな事だな。」
「そうね・・・、だからよ、あいつらはまともな神でなく魔神と認定され封印されたのね。当時は煮ても焼いても食えない不死身性を持っていたわ。だから仕方なく封印するだけしか出来なかったの。だけどね、ずっと封印されている間に対処法も分ったから、次に封印が解けた際に完全に消滅させるつもりだったの。その方法はね・・・、今は秘密よ。」
「うふっ!」といった感じでウインクをした。
(おい!何を勿体ぶっている!)
そんな話をしていたラピスが外の男達を見ていた視線をマーベルさんへと移す。
そして優しく微笑んだ。
「どうやらあなたは犠牲になっていなかったようね。」
「犠牲ですか?」
「そう、人を人ならぬものに成り果てるようにする薬よ。確かに人外の力を得るようだけど、最後はあんな風になってしまうのよ。自我を破壊され生きた屍となってしまうようにね。」
「そ、そんな・・・、あの薬が・・・」
「あら?どんなのか知っていたの?」
「は、はい・・・、私には支給されませんでしたが、騎士の中でも上位の方々には支給されていたと思います。確か、新しく開発された能力を底上げするポーションです。その薬を飲んでからは言動が少し横暴になっていた気はしていましたが、確かに話の通り強さにおいては更に磨きがかかっていたと思います。まさか、こんな事になるなんて・・・」
マーベルさんがまたもや顔色が青くなりガタガタと震えている。
そんな彼女の肩をラピスが優しく抱いた。
「安心して、あなたの安全は私達が保証するわ。王城の方も手を回してあるし、国王様達も指一本触れる事は出来ないようにしてあるからね。」
「大賢者様ぁぁぁ・・・」
(ん?)
彼女のラピスを見る目が何か違う気がする。
頬がほんのりと赤いし、確実に恋する女の人の目になっているのでは?
(もしや?百合展開になるのか?)
これからの展開をちょっと期待しよう。
そう思った瞬間!
ギロッ!
(げっ!)
ラピスが俺を睨んだ。
そしてボソッと呟いた。
「残念だけど、私に百合は無いわ。そんなのは興味も無いしね。」
(恐ろしい・・・)
気持ちを切り替えて外にいるシャルへと視線を移した。
「あいつ、いつの間に?」
どうやってなのか、シャルのスタンボルトの麻痺から回復した副団長のロベルトが立ち上がっていた。
あの魔法は俺も使えるし効果はよく分かっている。
だから、そんなに早く回復している事で少し驚いた。
そして!
早くに麻痺から回復していたが、男の風貌がさっきまでとはガラリと変わってしまっていた。
(やはり・・・、こいつもあの薬のジャンキーになってしまった1人なのか?)
「ようやく正体を現しましたね。あなたの臭い息から闇の匂いが漂っていましたからね。」
シャルがニヤッと笑う。
確かに元々は筋肉質の大柄な男ではあったが、今の体格は比べ物にならない程に大きくなっている。
確実に3メートルは超えているぞ!
それ以上に全身が筋肉ダルマのように筋肉で全身がはち切れんばかりになっていた。
それに頭には魔族と同じ真っ黒な角が両脇に生えていた。
肌も浅黒い紫色に変色し、かつてフォーゼリア城で戦った魔人と一緒な肌の色だった。
「ふ、副団長・・・、ど、どういう事ですか・・・」
マーベルさんが再びガタガタと震えている。
「アレが邪神に魂を売り渡したなれの果てよ。もう救いようがないわ。」
「邪神ですか?」
「そう、私達が戦っているこの世界の本当の敵よ。」
「本当の敵?」
ゴクリとマーベルさんが喉を鳴らしジッと窓の外を見ていた。
「くそ!ジョニーの奴め!何が勇者パーティーは楽勝だと!俺達は最強の力を授かると言っていたのにぃいいいいいいいいいい!このクソ姫が女神だと?そんな話は聞いてはいないぞ。」
しかし、ペロリと舌なめずりをする。
「だが、そんなのは関係ないな。この力を開放した俺は無敵なんだよ。ぐへへへ・・・、さっさと黙らせて徹底的に・・・」
ゴシャッ!
「ぐほっ!」
シャルが翼を広げ飛び上がり、右拳をロベルトの顔面に叩き込んだ。
「ぶひゃぁあああああああ!」
豚のような悲鳴を上げてゴロゴロと地面を転がっている。
「お喋りを許す程、私は悠長な事はしないわ。正体を現したのだからさっさと死んでちょうだい。」
ロベルトがヨロヨロと立ち上がったが、鼻が潰れ口からも大量に血を流していた。
「な、何なのだこのパワーは!進化した俺をも圧倒する力だとぉおおおおおおお!こうなれば・・・」
サッと右手を掲げると、立ち尽くしていた騎士達がシャルへと向いた。
「貴様ら!一斉に取り囲んで押さえつけろ!いくら女神だろうが、同時に全方向からの攻撃に対処は出来ん!俺の傀儡らしく、俺の役に立って死ねぇえええええええええ!」
男達が人間とは思えない速度で動き、シャルの周りを囲んだ。
「どうやら、人間としての能力も底上げされているようね。いえ、これは人間の潜在能力を開放させたの?もう壊れても構わないから?」
ギリっとシャルが歯軋りをする。
しかし、すぐに優しい笑みに戻った。
「死して尚、こんなゲスの道具にされるなんてね。あなた達に同情はしないと言いましたが、これはさすがに可哀想です。せめてこれ以上の苦痛を味わう事の無いように・・・」
両手を左右に広げた。
「ギガ!サンダー!レイン!」
ガカッ!
視界が真っ白に塗り潰される。
「きゃああああああああああ!」
マーベルさんもあまりの眩しさに悲鳴を上げた。
ドォオオオオオオオオオオオン!
直後に空気全体を震わすような轟音が響き、馬車もガタガタと揺れる。
馬はどうなった?
暴れるより先に気絶して横たわっていたよ。
(助かった・・・)
「そ、そんなの・・・」
マーベルさんが馬車の外の光景を見て震えている。
それはそうだろうな。
シャルを囲んでいた20人近くの男達の姿が誰1人残さずに消滅してしまったのだ。
普通のどころか、国家が抱えるほどの高位の魔法使いの攻撃魔法でもここまでの事は出来まい。男達以外の森の木々や土に生えている草など、男達が立っていた場所以外は全く何も異常が無いからな。男達がいたと分かる痕跡は、その場所の地面が黒く深く抉れているだけだ。
広範囲にいる人間だけをピンポイントで消滅させるなんて人間業じゃないしな。
「これが女神様の魔法・・・」
さっきのラピスを見ていたうっとりした視線を今度はシャルに向けているよ。
これで確信した!
(この子もある意味ヤバい!)
絶対にシャルやラピスに近づけてはダメな女の人だ!
王国の王城務めの女性達から最も人気のあるテレサなんて、この子の近くにいるだけでも特にヤバい!
この子は百合属性の人に間違いない!それは確信出来る!
(何で俺の周りにいる女の子って、こんな個性的な女性が多いのだろうな?)
ワナワナとロベルトが震えている。
「あり得ん・・・、あり得ん・・・、こんなの・・・、選ばれた私が・・・、恐怖を感じる?そんなのは・・・」
「認められぇえええええええええええええええええええっん!」
「でも、これが現実ですよ。夢ではありません。あなたは私よりも圧倒的に弱いだけ・・・」
シャルがニッコリと微笑んだ。
「さて・・・、もう終わりにしましょう。この国の国王様達の事も心配ですから。そろそろあなた方達が行動を起こす手立てなのですよね?」
「な、なぜそれを?」
ロベルトの問いの返事をせず右手を頭上に掲げると、一瞬のうちに真っ白な槍が握られた。
そのまま上空に大きな円を描くと、そこに真っ赤な魔法陣が浮かび上がる。
「バトルドレス召喚!」
魔法陣の中から槍と同じ真っ白に輝く鎧が浮かび上がり、直後にバラバラに分解しシャルの全身を纏った。
「これが女神様の真の姿・・・」
またもやうっとりとしたマーベルさんがシャルを見つめている。
フワ!
白く輝く鎧が全身を纏い、青白く穂先が放電している真っ白な槍を構えたシャルが、背中の翼を大きく広げ浮かび上がった。
地面にいる魔人となったロベルトを見下ろしている状態だ。
槍を握っていない左手の掌をロベルトへと掲げた。
ブオォン!
青白い光の玉が飛び出し、ロベルトへと当たった。
「がっ!」
その光が一瞬で大きくなりロベルトの全身を包む。
「な、何だコレは!か、体が動かない!」
まるで十字架に貼り付けにされたような姿でロベルトの動きが止まっている。
「ひぃ!ひぃ!止めてくれぇえええええええ!お、俺が悪かった!これからは心を入れ替える!もう2度と悪い事はしない!神に誓ってぇええええええええ!」
しかし、シャルの視線はずっと冷たいままだった。
「終わりです・・・」
槍をロベルトに向け構えると翼が白く輝いた。
ヒュン!
「ライジング!インパクトォオオオオオオ!」
シャルが真っ白な稲妻となってロベルトの体を貫いた。
「がぁああああああああああああああ!」
どてっぱらに大きな穴が開いた後、断末魔の叫びを上げ、直後に体が崩れ黒い砂となって消え去った。
シャルは槍をゆっくりと下し佇んでいる。
憂いのある目で体が崩れゆくロベルトの最後を見ていた。
「次の人生は幸せになれますように・・・」




