184話 王都ローランド⑨
王妃様がペンダントを握りしめ泣いている。
(やっぱりか・・・)
彼女がマーガレットの本当に母親なんだろう。
そして、あれだけソックリな王女様はマーガレットの双子の姉妹に間違い無いと思う。
この様子だと、マーガレットとは望まない別れだったのだろな。
だから、敢えて身分の分るあの高価なペンダントを教会に預けたのだろう。
(いつかはマーガレットを迎え行く為にな・・・)
そんな泣き続けている王妃様の隣にソフィアが座り、彼女をそっと抱きしめた。
「今は立場を忘れて思いっ切り泣いて良いのですよ。この場所には私達しかいませんからね。」
ソフィアに抱き着き再び大声で泣き出すと、ソフィアは王妃様の頭をまるで母親のように優しく撫で、泣き止むまで抱きしめ続けた。
「取り乱してしまい大変申し訳ありません。」
泣き止み落ち着いた王妃様がソフィアからゆっくりと離れ深々と頭を下げた。
少し深呼吸をしてから握り締めていたペンダントをテーブルの上に再び置き、ジッとラピスを見つめている。
「大賢者様、このペンダントはどのような経緯で入手されたのでしょうか?」
ラピスがジッと王妃様を見つめる。
「口で説明するよりも実際に見た方が早いわね。」
「お兄ちゃん・・・」
(ん?)
どういう事だ?何で後ろからマーガレットの声が聞こえる。
後ろを振り向くと・・・
「ローズ・・・、それにマーガレット・・・」
ローズはニコニコしながら俺を見ている。
そして、マーガレットは・・・
「そろそろ寝ようとしていたけど、ローズマリーお姉ちゃんが急に教会に来て、それからここに連れて来てもらったの。何も言われていないけど何でこに?」
ガタッ!
椅子が倒れる音がした。
そこには立ち上がった王妃様がまたもや口に手を当てワナワナと震えている。
「そ、そんな・・・、これは夢なの?この顔・・・、まさか、エレノア?」
そんな王妃様とは対照的にマーガレットが俺に抱きついてきた。
そのまま俺の胸にグリグリと頬を押し付けてくる。
「へへへ、兄ちゃん、昨日ぶりだね。すぐに会えるなんて嬉しい。」
マーガレットは俺に会えたのが嬉しいのか、どうやら王妃様には全く気付いていないようだ。
「マーガレット」
ラピスが彼女に声をかけるとラピスへ顔を向けた。
「ん?ラピスお姉ちゃん、どうしたの?」
「マーガレット、あなたに会いたいって人がいるのよ。もう眠る時間なのに遅くに呼び出してゴメンね。ヘレン達にはちゃんと話をしてあるわよ。」
「ふぅ~~~~~ん」
そして、マーガレットが王妃様を見つめた。
「お姉さんが私に会いたいって?でも、どうして泣いているの?」
俺の膝から降り、王妃様へと歩き始めた。
王妃様は再び涙を流しながらマーガレットを見つめている。
ゆっくりと歩き始め目に前に立ち抱きしめた。
「ごめんなさい・・・、ごめんなさい・・・」
「お姉さん、い、痛いよ。そんなに強く抱きしめなくても・・・、それに何で私に謝っているの?」
不思議そうにマーガレットが王妃様の顔を見つめている。
「でも不思議・・・、ずっと昔にもこうしていたような気がする・・・、何だろう?とっても落ち着くの。」
マーガレットも王妃様にギュッと抱き着いた。
「エレノア・・・、こんなに大きくなったのね。」
「私の名前はマーガレットよ。誰かと間違えて・・・」
その言葉で王妃様が驚いた顔になったが、すぐに優しい顔に戻った。
愛おしそうにマーガレットの頬を撫でている。
マーガレットはまたもや不思議そうに王妃様の顔を見ている。
しかし、その視線が王妃様の右手にあった物を見て、ハッとした表情になりジッと王妃様を見つめていた。
王妃様の手にはあの金のペンダントが握られていた。
「お姉さんは・・・、もしかして・・・」
「私のお母さんなの?」
マーガレットの言葉に王妃様がゆっくりと頷いた。
「エレノア・・・、いえ、今はマーガレットと言うのね。女神様・・・、この奇跡に感謝します。」
「本当にお母さんなの?」
「そうよ・・・、ずっと待たせてごめんなさい。あなたにはどれだけ謝っても許されないダメなお母さんだったけど・・・、でもね、ずっとあなたに会いたかった・・・、ずっとずっとあなたに謝りたかった・・・、許してとは言わない、あなたの元気な姿を再びこの目で見られるだけでも・・・」
ギュッとマーガレットが王妃様に抱きつく。
「私、全然怒っていないよ。だって、司祭様とヘレンお母さんがね、絶対に本当のお母さんが迎えに来てくれるって言っていたの。私はその言葉を信じていたの。そして、本当のお母さんに会えた・・・、私の事が嫌で捨てたんじゃないって分かったから・・・」
マーガレットも涙を流しながら王妃様を見つめていた。
「しばらくはそっとしておいておきましょう。」
ラピスが視線を横に向けると、王妃様の侍女なのかメイド服を着た女性が涙を流して佇んでいた。
「はい、大賢者様よりお話をお聞きした時は信じられませんでしたが、こうしてフィーがあの子と再び会えるとは・・・、あの子が勇者パーティーとの繋がりを持っていた事も驚きですし、この繋がりは本当に奇跡が起きたとしか考えられません。みなさまのご慈悲、心より感謝します。今夜は私から国王様に事情をお話しておきますので、ゆっくりと朝まで過ごさせるようにします。」
ラピスへと深々と頭を下げた。
「ふふふ・・・、7年ぶりの親子の対面だしね。今夜は2人っきりで過ごすのが一番でしょう。国王への許可はもう取ってあるわ。」
「えっ!いつの間に?」
侍女の女性がとても不思議そうにラピスを見つめている。
「私を誰だと思っているの?この世界で私に意見を言える為政者はいないのよ。まぁ、私を敵に回す事を考えるのは自殺行為と分かっているからね。だから・・・」
スッと視線が鋭くなる。
「500年前と同様に魔王・・・、必ず滅ぼしてあげるわ。そして、この国にちょっかいを出そうとしている事も分かっているし、私を舐めるとどうなるか・・・」
「ひっ!」
メイドの人がガタガタと震えている。
「ごめんね、ちょっと殺気が漏れちゃったみたいね。」
ペロッと舌を出し謝っているけど、彼女には何にも分かってもらっていないぞ。
「2人の為に例の家の片方は貸してあげるわ。明日になれば、お互いに気安く会えないだろうしね・・・」
「まぁ、今はこうしてお互いに無事を確認出来たし、これからの事は追々考えていけばいいって事ね。」
ソフィアがそう言うとラピスへと視線を移した。
「あんたの事だから、既に何か考えているのでしょうけどね。」
ニヤッとソフィアが笑うとラピスもニヤリと笑った。
(おいおい、何だこの絵面は?お互いに悪い顔になっている気がするけど、どうして?)
「ナルルース!」
「はっ!ここに!」
ラピスがナルルースさんを呼ぶと床に魔法陣が浮かび、その魔法陣からナルルースさんが現われる。
彼女の隣にはシャルお付のメイドであるミイも立っている。
2人が恭しく俺達に頭を下げると、王妃様とマーガレットの方へと移動した。
「マーガレットちゃんに王妃様、今夜はお二人でお過ごし下さい。国王様には先ほど私からご説明しておきました。大変喜ばれていましたし、今夜は親子水入らずに過ごせる許可は取ってあります。」
「そ、そこまでご厚意に甘えても?」
王妃様が心配そうにナルルースさんを見ているが、ナルルースさんは優しく微笑んでいる。
「マーガレットちゃんは私の可愛い生徒でもありますし、ラピス様を始め勇者様達からもとても可愛がられています。彼女の幸せ・・・、それは私達が1番望んでいた事ですからね。マーガレットちゃん・・・」
「ん?ナルルースお姉ちゃん、どうしたの?」
「お母さんと一緒にあそこへ送ってあげるわよ。あの家ならマーガレットちゃんが詳しいし、お母さんを安心させてあげてね。」
「えっ!あそこ!」
「そうよ、マーガレットちゃんも大好きなところね。それとミイさんがお手伝いしてくれるから安心してね。」
ミイがペコリと頭を下げた。
「マーガレットちゃん、今夜はシャルロット様のようにお姫様にさせてあげますよ。何なりとお申し付けください。だけど、夜だからあまり甘いモノはダメですよ。」
「えぇぇぇ~~~、あそこのお菓子は最高なのにぃぃぃ・・・」
ブーブーとマーガレットが不満顔になっているが、ミイは優しく微笑んでいる。
「それじゃ、寝る前にはちゃんと歯磨きをしませんとね。」
「うん!うん!約束する!」
「分かりましたよ。」
「やったぁああああああああああああ!」
ギュッとマーガレットが王妃様の手を握った。
「お母さん、一緒に行こうね。とてもビックリすると思うよ。」
しかし、王妃様は困惑した表情だ。
「えっ!そんな急に?やっぱりテオドール国王様にちゃんとお話ししないと・・・」
「フィー!」
侍女の人が王妃様に声をかけた。
「もう、あんたは心配性ね。もう全部お膳立てされているんだから、素直に厚意に甘えなさい。ブランシュの事は私に任せて。明日の朝までちゃんとお世話しておくわ。」
「マリア、ありがとう・・・」
そして王妃様がナルルースさんの前に立ち頭を下げた。
「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします。」
「いえいえ、そう畏まらずに。」
ナルルースさんも頭を下げた。
う~ん・・・、何だろうな、お互いに腰が低いし、一国の王妃様と世界最高の冒険者との挨拶には見えないよ。
ちょっと面白い光景だった。
しばらくすると彼女達の足元に魔法陣が浮かび、全身が光に包まれてから消えた。
今夜はラピスの提案通り母娘水入らずで過ごすのだろう。
(マーガレット、良かったな。)
こうして本当の親に会えたんだ。これからは・・・
(ん?)
そうなると・・・
マーガレットはどうするのだ?
この国の王女様として暮らしていくのか?
だが、俺も聞いたけど王家の双子はこの国では認められないって話なんだよな?
とても変な風習だよな。そして迷惑な話だよ。
(子供に罪は無いのにだ。)
結局は大人の権力争いの種にされただけだというのに・・・
だけど、王妃様はこの風習を無くすようにしたいと、かつて孤児院にマーガレットを預けた時に言ったとラピスから聞いている。
そういう事は、このままマーガレットを引き取り、彼女の双子の姉?妹?と一緒に暮らす事になるかもな。
周りからどんなに反対されようが、これからの王妃様は母親としての立場を貫くのだろう。
そして双子は大人達の権力争いの道具には絶対にしないと思う。
もう二度とマーガレットを手放さない。
王妃様からはそう覚悟を決めた意志を感じる。
(う~~~~~ん)
まるで物語の主人公のようになってしまったマーガレットだけど、彼女はどっちの道を選ぶのだろう?
この国の王女様になるのか?
それとも今までのように孤児院で暮らすのか?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ローズマリー姉様、どうでした?」
シャルがみんなの後ろに立っているローズに声をかけるとニヤリと笑う。
この笑顔は確実に悪い笑顔だよな。
どうやらみんなの危惧していた事が当たっていたようだ。
「ビンゴだったわ。この国は完全に真っ黒だったわよ。まぁ、一部のバカのおかげでね。」
「やっぱり魔王と内通していたのね・・・、ふふふ・・・、どうやって潰そうか?」
ラピスもローズと同じ顔でニヤリと笑った。




