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183話 王都ローランド⑧

とても信じられない内容の手紙でした。


あの太陽のように輝く微笑みのクラリス様が・・・


(どうして?)


確かにクラリス様はそんなに体が丈夫なお方ではありませんでした。

だけど、持病も無くこんな事態に?


殿下からの手紙を読み進めると、事の詳細が分ってきました。


クラリス様の出産はとても難産だったと書かれています。

そしてとても苦労して生れたのに・・・


死産でした・・・


その事がショックだったのか、出産にクラリス様の体が耐えられなかったのか、程なくクラリス様もお亡くなりになったと書かれていました。



「そんな事が・・・」



その日の夜、マリアに手紙の事を話しました。

その話を聞いたマリアがとても困った顔をしています。


「フィー、これはマズい事になったわよ。」


私も事の重大さは分っています。


「殿下が新しく正妻を迎えれば良いのだけど、万が一、あなたに正妻の話が来るかもしれないわ。こうして手紙のやり取りもしている事だし、あなたの居場所は殿下にも分っているしね。どうする?この街から逃げ出す?」


しかし、私はマリアのこの提案には賛成出来ません。

何故なら、よそ者の私でしたが、この街ではそんな事は関係無く私を受け入れてくれました。

生活は決して裕福ではありませんでしたが、私が働いている間は近所の女性達はブランシュとエレノアの面倒を見てくれます。私と同じ様な赤ちゃんを持つ母親の人からも、私の不在時にお乳を飲ませてもらっていました。

この街の人達はとても温かい・・・

たった1ヵ月少ししか住んでいませんが、私はこの街が大好きになりました。


だから・・・


この街から離れる選択肢はありませんでした。



そして2週間後、私とマリアが想像していた最悪の来訪者が現われました。



「殿下・・・、どうして?」



とても憔悴しきった殿下が私の前にいます。


「フィー・・・、私はどうしたら良いのだ?君が私から離れ、そしてクラリスもいなくなってしまった・・・。父上達からは新しく妻を娶れと催促されているが、クラリスの喪も明けていないのにだぞ・・・、いくいら王族は国の為に、国の事を1番に考えろと言うが、私はそこまで割り切れない。」


そしてポロポロと涙を流し始めました。


「お願いだフィー・・・、もう私には君しかいない・・・、君が私の心の支えになってくれなければ気が変になりそうだ・・・、貴族の派閥争い、国王の派閥に私の派閥の醜い権力争い、私1人では・・・」


泣きながら私の胸に飛び込み静かに泣いています。

そんな殿下の頭を母親のように優しく撫でてあげました。


(私はやっぱり殿下が大好き、本当は離れたくない・・・)


そんな気持ちがどんどんと強くなっていきます。


殿下は純粋過ぎるお方です。

他人の悪意に敏感で、小さな頃から兄弟での派閥争いに心を砕いていました。

その殿下を幼少の頃からクラリス様が、学生時代になってからは私も一緒になって殿下を支えてきました。

そして現在は第一王子殿下となり、次期国王までの地位に上り詰めました。

そう考えれば、私達はいつも3人一緒でした。


(苦しい時も悲しい時も・・・)


そんな殿下の心が今、まさに折れそうになっています。


殿下は私のように平民になって新しい人生を送る事は出来ないでしょう。

それが王族として生れた宿命・・・


私の好きになった人が、今、こんなに苦しんでいます。


今すぐにでも一緒に戻りたい・・・




でも・・・




私はベビーベッドに眠っている2人の赤ちゃんへと視線を移します。


「ブランシュ、エレノア・・・」


先程お乳を飲ませたので、とても満足した表情で気持ち良く眠っています。


(私はどうすればいいの?)




その日は殿下の事ばかりが頭から離れず、ずっとうわの空でした。


「フィー、大丈夫?」


マリアが心配そうに私を見つめています。


「えぇ、大丈夫よ。この子達の為にも頑張らなくちゃね。」


そう言いましたが、ずっと心が揺れ動いています。

あの殿下があそこまで憔悴しているなんて想像もしていませんでした。今、殿下は落ち着く為に宿に泊まっています。数日後には自分の国に戻らなくてはならないでしょう。

殿下がここに来た理由は分かっています。


(私に戻って来て欲しいと・・・)


あんな殿下の姿を見てしまうと私が殿下を支えないと確実に自分から命を絶ちそうです。

クラリス様に続いて殿下まで・・・


そんな最悪な事しか頭に浮かびません。


ですが、戻るとなれば必ずブランシュとエレノアの問題が出てきます。

いくら殿下が良いと言っても、周りは絶対に認めないでしょう。


幸せそうに眠っている彼女達の顔を見ていると自然と涙が流れてきました。



「はっ!」



(いけない・・・)


今、私は最悪の事を考えてしまっていました。


どちらかがいなくなれば、私は殿下と一緒に帰って支える事が出来ると・・・


(ダメ!ダメ!殿下と子供達のどっちが大切か考えるなんて、そんな事は・・・)


ですが、あの殿下が私の胸で子供のように泣く姿が私の頭から離れません。


(殿下を支えてあげたい。今は亡きクラリス様のように・・・、いえ、それ以上に・・・)



結局、この日は一睡も出来ませんでした。

そんな姿を見てマリアがとても心配しています。


「フィー、大丈夫?・・・って、そんな軽口を言える状態じゃないわね。」


「マリア、ゴメン・・・」


食事も喉を通らなくなるほどに、私も殿下のように憔悴しているみたいです。

ですが、子供達はそんな私を慰めるかのようにギュッと抱き着いてくれます。


子供達とは離れたくありません。



ですが・・・



殿下の事も・・・




「フィー・・・」


再びマリアが私を見つめています。


「本当はあなたの気持ちは決まっているんじゃないの?でも、良心がそれを認めていないだけじゃ?それでずっと悩んでいるんでしょう?」



ドキッ!



マリアの言葉が私の心臓を鷲掴みしたように感じました。




私の本当の気持ち・・・


私を見つめてニコニコしている娘達、そんな無邪気な顔を見ていると自然と涙が流れだしました。



「マリア・・・」



「・・・何?」



マリアも私の気持ちを察したのか、すぐには返事をせず、しばらく沈黙してから返事をしてくれます。


「前にあなたが言っていた言葉を覚えている?」


「覚えているわ。あの時は私はあなたの侍女だったし、その時の言葉に間違いは無いと思っているわ。」




「私は覚悟を決めなくては・・・」




でもダメ、どうしても涙が止まりません。



「私は妾とはいえシュメリア王国の王族に連なる者・・・、例外は認められないの。私は王族の義務を果たすわ・・・」


無邪気な子供達の笑顔が私の心に罪悪感となってグサリと刺さります。


「ブランシュ・・・、エレノア・・・、ダメなお母さんで本当にごめんなさい・・・、許して・・・」




「分かって言っているのですよね?」


私の目の前にあるテーブルを挟んで、法衣を着た司祭様とシスターが座っています。

司祭様はとても厳しい目で私を見ています。

そしてシスターは目が見えないはずなのに、まるで見えているかのようにジッと私の顔を見つめている感じです。


「あなたは母親として最低な事をする自覚はあるのですね?」


シスターが怒ったような口調で私に話かけます。

それは当然でしょう。

私はゆっくり頷きました。


「はい・・・、ですが、これ以外に方法は・・・」


「正直、あなたの国の事情は私達にとって全く関係ありません。ですが、国に戻れば確実にどちらかが命を落とす・・・、何て罰当たりな風習のある国なんでしょうね。全然理解出来ませんよ!そんな王族なら滅んでも良いと思う程です。」


「まぁ、ヘレン、落ち着いてくれ。住む場所が違えば決まりも変わってくる。ここまでは私達が口を出す必要は無いだろう。」


司祭様はシスターをなだめてくれていますが、司祭様も同じ気持ちだと思います。

話を始めた時から司祭様の私を見る目が厳しいのは変わっていません。


「申し訳ありません。ですが・・・」



私は席を立ち、床に土下座をします。


「今はこの子達を守るにはこの方法しかありません!だから、私は誓います!今は無理ですが、将来は必ずこの子を迎えに来ます!こんな風習も私達の代で終わりにし、双子の姉妹が仲良く一緒になれる国にします!ですから!それまで・・・」






「私のエレノアを預かって下さい・・・」





どれだけの時間が経ったのでしょう。




「ふぅ・・・」


シスターのため息が聞こえました。


「顔を上げて下さい。」


思わずガバッと顔を上げシスターを見つめました。


「シスター・・・」


「分りました。ですが、条件があります。」


「どのような条件で?」


「この子はいつの間にかこの孤児院の前に置かれた事にしておきます。そして、名前も新しく付け育てる事にします。」


「そ、そんな・・・」


「それは当然でしょう。あなたがいつこの子を迎えに来るか分りません。最悪の事も考えていますし、この子はこれからはあなた達とは違う世界で育つ事になるのですからね。そして名前を変える理由はもう1つあります。あなたがこの子を迎えに来た時、この子の将来はこの子の意志を尊重して欲しいのです。あなたの国のしがらみに囚われない。この子の人生はこの子に選ばせたいの。だから、あなた達が名付けた名前は付けない事にします。」


「はい・・・、ですが!私は必ず迎えに来ます!そして、双子であろうが仲良く一緒に暮らせる国に・・・、そんな悪習は私達の代で必ず終りにします!」


(エレノア・・・、本当にごめんなさい!)


私の腕の中でスヤスヤと眠っているエレノア・・・


涙が止りません。


(必ず!必ず、迎えに来るから・・・)


私の首にかかっていたペンダントを外し、エレノアの胸元に置きました。

本当はあの国を出る時に殿下にお返しするはずでしたが、殿下は受け取らずそのまま私の宝物になっていました。


「これは?」


司祭様が尋ねてきます。


「このペンダントは我がシュメリア王国の王族の証です。そして、私の可愛い子供であるとの証です。必ず迎えに行く為の約束に・・・」


とても丁寧に司祭様がエレノアを受け取りました。

そして部屋の女神像の前まで移動します。



「女神フローリア様、このような運命に晒されてしまいたが、この子に何卒、幸せになれるよう女神様のお慈悲を・・・」



ポゥ・・・



(えっ!)


目の錯覚だったのでしょうか?

司祭様は気付いていませんでしたが、女神像が一瞬だけ輝いたように見えます。

そして、エレノアの全身も・・・



私は教会を後にしました。




エレノア・・・、必ず迎えに行きます。





そして、私は殿下と一緒にシュメリア王国へと戻りました。

ブランシュを連れて・・・


マリアも戻ってからは大変だろうと言って、旦那と一緒に私達に付いてきてくれました。

再び私の専属の侍女として私に仕え、心の支えとなってくれました。



殿下も私の支えがあってみるみると元気を取り戻し、精力的に頑張っていました。

父である国王様も殿下の事を認め、異例の若さで殿下が国王になったのは驚きです。



そして、この7年・・・


我が子、ブランシュもすくすくと成長しました。


ブランシュを見る度にエレノアも同じように成長しているのか?と・・・

双子だし、見た目は同じかな?

そうなるととっても美人な女の子になるのかも?

これだけ美人なら男の子の放っておかないかもね?

ちゃんと美味しいものを食べているのかしら?

ザガンの街は北部だし、冬は寒くないのかな?


一時もエレノアの事は忘れていません。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






そんな時でした。


勇者様がブランシュを見てとても驚いていました。

なぜ勇者様がブランシュを見て驚くの?


テオドールは気付いていなかったようでしたが、勇者様はブランシュの事を『マーガレット』と呼んでいました。私の聞き違いは絶対にありません!

全く違う名前なのに全く同じ顔の女の子がいるというの?

そして、そんな反応をしたのは勇者様だけではありませんでした。

一緒にいた彼女達もブランシュの顔を見て驚いていました。


(もしかして?勇者様達はエレノアと何か繋がりが?)


彼らは絶対にエレノアと繋がりがある!

それ以外にあの反応はあり得ません!


そう思うといてもたってもいられない・・・

警護の隙を見て思わず勇者様達が休んでいる部屋へと駆け出しました。



そして、その部屋で・・・



あのペンダントが私の目の前に・・・



エレノアに渡したあのペンダントが・・・



色んな思いが頭の中を巡りました。


気が付けば人目も憚らず大声で私は泣いていました。


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